●リプレイ本文
●ただいま準備中
「ふぅ、いい天気でよかった‥‥」
会場の準備をしながら春の青空を見上げたのはルーウィン・ルクレール(ea1364)だ。
いつの間にやらいろいろな仕事を任されている苦労性のルーウィン。
しかし、本人はちっとも気にせずクールにてきぱき作業をこなしていく。
「‥‥ああ、練習してるみたいですね」
風に乗って聞こえてくる遠くの歌声に耳を傾けるルーウィンであった。
「演奏会があるので、来てみませんか?」
学校で道行く学友に声をかけているのはエレナ・レイシス(ea8877)である。
「あ、エレナさん。どんなことをする予定なのですか?」
「ええ、大道芸をする方がいらしたり、弾き語りなどの音楽をする方もいらっしゃるみたいですよ」
「そうなの、面白そうだからいってみようかしら?」
などなど、学友との会話が弾むエレナ。
やはり学生都市、学生たちの興味を引くのはもっとも有効な宣伝かもしれない。
「さて、飾りつけはこんなもんでいいかな‥‥」
聖夜祭の時の飾りを引っ張り出したりして、手際よく舞台を整えているのは里見夏沙(ea2700)だ。
何処からか手に入れた墨と筆で木の板にさらさらと漢字を書いてみる。
やはり漢字は目立つもので、なかなかにおしゃれな看板が完成である。
「この仕事が終わったら、ジャパンに帰るんだししっかりやらなきゃな‥‥ああ、マルティナ殿、こんな感じでいいかな?」
通りがかったマルティナに看板の出来を尋ねる。
「うん、このジャパンの文字も目を引くしとってもいいと思うわ♪ ありがとねっ」
にっこりと笑顔を向けられて、夏沙も思わずつられて笑顔。そしてまだまだお互い準備に奔走するのであった。
「三ヶ月か‥‥長いようで短かったなぁ‥‥」
ふと空を見上げる夏沙。天気は快晴で春の青空が広がっている。
その空の下、はるかジャパンからやってきた彼の胸に去来するのはいかなる思い出だろうか?
「さてと、次は椅子の準備とかしないとな‥‥」
そしていよいよ本番である。
●どきどきな本番
ざわざわがやがや、喧騒がケンブリッジの広場を包む。
宣伝や口コミの効果もあってかなかなかの集まり。3大学園の生徒はもとより、一般学校の生徒や教職員たちの姿もちらほら。「そこは前から順に詰めて座ってくださいね。あ、そこ割り込みはしない〜」
会場の整理に悪ガキの監視。少々拙い英語で頑張っているのは夏沙である。
「さてと、そろそろ始まりますから、お静かにお願いします」
裏方担当のエレナの声が響き‥‥
「それではここに置いておきますね」
ごとごとと周りからよく見えるようにあけてある広場の中央に樽を置く。
まずは一番最初の出し物として、ちょっとした芸を見せるそうだ。
「それでは、まずは蔵王美影さんによる不思議な芸でございま〜す♪」
ティナティナはすっかり司会者気取りで、観客にご挨拶。服装もどことなく気合が入っているようだ。
ちょこっと照れくさそうに歩いて来るは蔵王美影(ea1000)。
その実力とは裏腹の天真爛漫・天衣無縫な様子にはなから黄色い声援が聞こえる。
そして、ぺこりとお辞儀をしたあとに樽の中にすっぽり納まる美影。なんと太鼓まで用意されている。
ダラララララララララララ、ダンッ!
ドムッ!! っと言う爆音とともに樽が軋み、開いていた上の口から白煙がもくもく。
そして、近くで耳をふさいでいたティナティナがつかつかと樽に近寄って樽を回りに見易いように向けるとなんと空っぽ!
おぉぉぉぉぉぉ!! と歓声が起こり、まずまず観客のつかみはオッケーである。
そしてその歓声でますます観客は膨れ上がり、結構な人だかりとなるのであった。
「続いては、我々の演奏をお楽しみください♪」
ティナティナがリュートをかき鳴らし、リン・ミナセ(ea0693)は滑らかな横笛の音を響かせる。
ファム・イーリー(ea5684)もシフールサイズの竪琴を明るく演奏し、即興で合わせる。
音楽に引かれるようにさらに観客が集まり、手拍子が自然と始まり盛り上がる広場。かなりの盛り上がりである。
吟遊詩人はだいたい一人で演奏するもので、これほどの合奏が聴けるの機会はそうそう無いのだ。
「やっぱり音楽はいいですね‥‥」
普段の大人しい様子を崩さないも、楽しげに手拍子をたたきながら笑顔のエレナ。
やはりこれほど盛り上がってくると誰しも体が自然に動いてしまうものである。
「ああ、こっちはやっぱりいろいろ違うんだな‥‥」
響く調べを観客に混じって一人呟くのは夏沙。ジャパンとは何もかも違うこちらの音楽を楽しげに聞いている。
「‥‥異国の文化に触れるってのはこういうのを言うんだな‥‥そう考えるとジャパンの音楽も懐かしいな」
いよいよ盛り上がる合奏の調べの中、夏沙は楽しげに演奏者たちを見つめるのだった。
「次はこんな感じでどうでしょう?」
リンが良く知られている流行の歌を即興でアレンジして横笛でメロディーラインを高く吹き鳴らす。
「ああ、それにあわせてみましょうか♪」
「あたしもやる〜」
賛同するティナティナとぱたぱたと羽を羽ばたかせて竪琴を掲げるファム。
ほかの学生楽士たちも一人また一人と演奏に加わり、観客も一緒に歌い始めるほどの盛り上がり。
企画したティナティナも満面の笑みで素晴らしい演奏会は続いていくのである。
●陽気な歌姫と情熱の歌姫
「というわけで、歌いまっす!」
続いてソロにうつる演奏会、観客はますます増え、次の演奏を今か今かと待ちわびている。
「ケンブリッジで勉強してる人には、冒険に出たことのある人がイッパイいるんじゃないかと思って作曲してみました♪ タイトルは『冒険の夜に飛べ!!』」
そして、ちょこんとシフールサイズの台に腰掛けると、観客に向かって手拍子を求めながら、竪琴をかき鳴らす。
夜が来る♪ 夜が来る♪
闇が空を覆う、夜が来る♪
されど、光照らす者が在り♪
月夜の光の如し者が在り♪
汝の名は、冒険者ぁ♪
どんな困難にもくじけない♪
ツルギを振るいて、舞い踊れ♪
魔法を唱えて、呪文を歌えば♪
さあ、冒険の夜に飛べぇ♪
無邪気な笑顔で歌うのは陽気な歌姫。小さな体から響く大きく明るい歌声に観客も楽しそうである。
なんどか繰り返して演奏するうちにティナティナも一緒に演奏を始め、まさしく小さなアイドルといった盛り上がりだ。
楽しげな響きに陽気な歌詞。つられて歌いだしてしまうような観客たちもちらほら。
もしかするとこの曲は学園に残るものとなるかもしれないほどの広まりっぷりであったとか。
そして、興奮も冷めぬうちに次なる歌姫が登場。すると観客はファムとは違った魅力をたたえたその女性に目を奪われるのだった。
のしのしと現れたのはガルネ・バットゥーラ(eb1978)。ジャイアントの長身と相まって迫力のある美貌に、人知れずため息をつく者もいたとか。
「さて、次は私の番だねえ」
そういってにやりと剛毅な笑みを浮かべるとウィンク一つ。
「この中にもいるかもしれないが、報われない恋心を秘めている人は特に良く聞いておくれよ♪」
そういってリュートをかき鳴らし始めるのだった。そしてそれにリンがあわせるように静かに笛を吹き始める。
私の溜息は木の横笛の音色
嘆きの唇に触れて鳴り響く
報われぬ恋情の調べ
風よ運んでおくれ この溜息を遥かなる故郷へ
イスパニアの情熱の風に触れれば
嘆きの溜息も 喜びの微笑みにかわる
風よ運んでおくれ この音色を遥かなる故郷へ
情熱の風に溶けた音色があの人の唇に触れれば
報われぬ木の横笛の調べも 黄金の横笛の響きにかわる
ほかの演奏者に比べるならば少々拙いリュートの音色。しかし朗々たる歌声で語りかけるように歌う様子に観客は一気に引き込まれる。
なんと観客の中には、我知らず涙を浮かべている人がいるほどである。
あまり耳にしないスペイン語の調べと、次いで同じ歌詞をイギリス語で歌うという趣向も凝っていて、まさしくこれこそが吟遊詩人といった迫力であった。
そして、演奏が終り歌声の残滓も空気に溶けて‥‥ガルネは立ち上がると一礼してから、恥ずかしげに頬をかく。
「ま、一応これでも詩人の卵だしさ。もっと明るい歌にしようかな、とか思ったんだけどねえ‥‥」
しーんと静まり返ってた観客が割れんばかりの拍手を送ったのはいうまでもない。
「‥‥歌詞はもしかして経験に基づいてのものですか?」
ルーウィンが広場の端に下がったガルネに笑みを向けて言う。するとガルネは一言。
「え? あんたの耳にゃあ、ジャイアントの溜息が横笛の音色に聞こえるのかい?」
情熱の歌姫はにっと笑って答えたのであった。
●亜麻色の髪の乙女
「観客の皆さんに自分が主人公であるように感じていただければ幸いです」
そして、最後を締める弾き語りの物語である。たおやかなレテ・ルシェイメア(ea7234)がそっと前に進み出る。
ティナティナをはじめ一同が勢ぞろいして、伴奏の準備。観客もわくわくと楽しそうに待ちわびる。
「それでは、私が知っている古い物語をご紹介します‥‥」
しーんと静まり返る広場にそっと響くレテの静かな声。
古の国 古き都 亜麻色の髪の美しき乙女あり
これを見初めしは醜怪なる大悪魔
鷲の頭にトロルの体 蛇の尾に蝙蝠の翼
(リンのファンタズムの魔法によって小さいながら浮かび上がる幻影に観客はどよめく)
悪魔曰く 我がものになれ美しき姫よ
乙女が答える この松明が燃え尽きるまで 時を下さい 魔の王よ
(美影が人遁の術で美しい乙女の格好をして登場。くるりくるりと身を翻しながらゆっくりと歩く)
悪魔これを承諾し 契約の証に乙女に指輪を与える
乙女は身を翻し 松明の火を魔法で吹き消す
たちまちのうちに松明を覆うは魔道の氷 アイスコフィン
場を包むは極北の大気 フリーズフィールド
(一瞬の氷雪の幻影とともに跳躍し術をといて観客に紛れて消える美影)
さぁこれで松明が燃え尽きることはありません 永遠に
(美影とは違った衣装で乙女に扮したリンが登場し、観客の前で柔らかくお辞儀)
悪魔悔しがるも時既に遅く 契約の指輪は乙女の手にあり
契約の力には逆らえず 悪魔ついに国を去る
(リンとファムのファンタズムの幻影に紛れてさっと、姿を隠すリン。不意に乙女が消え去ったように見え、息を飲む観客)
観客は一人残らず物語りに引き込まれ、固まったように動けない。そこに響くレテの声。
「この乙女は、実は、水の高位精霊だったそうです。悪魔を懲らしめるために、一役買ったのでしょう。何食わぬ顔をして、今、あなたの隣にいるかもしれません。亜麻色の髪の美しい女性がいたら‥‥その指に注目してみてください。もしかすると‥‥ね」
やわらかい微笑みを浮かべて言うレテの言葉に、幻から冷めたかのような観客たち。
一瞬後万雷の拍手が鳴り響き、いつまでも鳴り止まないのであった。