●リプレイ本文
●初めての冒険
――俺にとって初めての冒険。今までは想像するだけだった世界。
キャメロットの冒険者街の片隅で、一人のシフールが樽の上に腰を降ろしていた。
青い髪の少年は俯いており、どこか緊張している風にも見える。
――そんな世界に飛び出したくて、もっと色んなものを見たくて、俺はこの依頼を受けることにしたけど‥‥。
「ヴァースさ〜ん!」
ヴァース・プレセンテ(eb6008)を呼ぶ甘ったるい声が耳に飛び込んだ。青い瞳を泳がせる中、こちらに向けて手を振るシフールが飛んで来る。七色に輝くリボンを碧の長髪に結った褐色の少女――エンデール・ハディハディ(eb0207)だ。
「お待たせデスぅ☆」
「こちらこそ、よろしく。エンデールさんが一緒に行ってくれてよかったよ」
ポリポリとヴァース少年は髪を掻いて苦笑した。
「方向音痴を心配してらしたようでしたから、気になってたデスよ」
そう、彼は自他共に認める極度の方向音痴らしい。
「一人で目的地に向かって迷子になりました、じゃ笑えないしね」
「あたしに任せるデスぅ! さ、家族に紹介しますから付いて来るデスよ♪」
「家族? いや、俺はそんな家族なんて、まだ駆け出しの冒険者だし‥‥俺たち会ったばかりじゃ」
再び髪を掻いて照れるヴァース。
「早くするデスよー! こっちデスぅ!」
既に遠くの方で手をパタつかせるエンデールが、再び背中を向けると、光の粒子をキラキラを輝かせて飛んでゆく。
「え? 一寸、待ってくれよー!」
その後、エンデールを見失ったりしながらも、彼女の家族と対面したヴァース。猫のバステトと馬のホルスは、少年を快く迎えてくれたらしい。
こうして、ホルスに乗った二人のシフールは、目的地へ向かったのである――――。
「あ、来たみたいだよ」
ショートヘアーの若いパラの女性が、前方を指差しながら肩越しにあどけない顔を向けた。極楽司花朗(ea3780)の瞳に映るは、ゆっくりと腰を上げるエルフのハゲ爺さんと、スラリとした褐色の女性だ。カメノフ・セーニン(eb3349)と、イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)も、彼女の捉えたモノが近づいて来るのを確認した。ヴァースとエンデールが合流したのである。
「さてさてー。集まったようだね♪ 私は忍者の花朗、がんばるよっ☆」
「軍船乗りのイレクトラだ。まぁ、私も駆け出しっちゃあ駆け出しなんだが、よろしくな」
「あたしエンデデスぅ☆ よろしくデスぅ」
「わしはカメノフ、エルフのウィザードじゃ。よろしくのう、お嬢さん方、ヴァースや」
「よろしく、皆さん。ウィザードのヴァースだよ」
こうして、少年の初冒険が初めてのパーティーと共に始まろうとしていた。
●コボルトの仮住居を突き止めろ
「ふむ、この辺りかのう」
カラフルで襟の大きく開いたゆったりしたシャツに半ズボンの爺さんが、ふさふさの顎ひげを撫で下ろしながら口を開いた。カメノフの言葉に、習得したばかりの山岳知識と照らし合わせ、エンデールが応える。
「デスねぇ。あの森林の方が怪しいデスぅ」
「うむ、調べるとするかの‥‥」
老エルフが緑の淡い光に包まれた。ブレスセンサーで呼吸する者の大きさと数を探したのである。冒険者達は、人間でも一日以上かかるところから来るのなら、仮住まいか休憩所くらいあると導き出したのだ。相手は8匹のコボルト。数が分かっていれば大きさで或る程度特定できる。
カメノフの瞳が鋭利に研ぎ澄まされた。
「どうやらエンデールちゃんの予想が当たっとるようじゃ」
「それじゃ、コボルトさんの住処を探して来るデスよ」
ぴゅんとホルスから離れるシフールに、少年が慌てて声を掛ける。
「え? 1人でかい!?」
「このための山岳知識と優良視力デスよ、えっへん! ヴァースさんはホルスからあんまり離れちゃダメデスよ〜☆」
両手の甲を腰に当てて胸を張るエンデール。軽くウインクを投げて少年に注意を促すと、茂みに飛んで行った。一見、危険そうだが、小さなシフールなら発見される可能性も低い。
「ふぅ、それにしても、じいちゃん、がっくりじゃ‥‥」
「はぁ? 何が、がっくりなのかな?」
突然、糸が切れたように項垂れるカメノフに、花朗が何事かと小首を傾げた。刹那、ぶわっとハゲ頭をあげ、手をワキワキと戦慄かせる。涙でも溢れているのではなかろうかと思われる勢いだ。
「スカートの子がいないではないかー!! 色気がないぞお嬢さん方ーっ!!」
「‥‥エンデールがいるではないか」
木に背中を預けて腕を組むイレクトラが軽い溜息と共に告げた。
「さすがに10歳前後のシフールには興味ないわい!」
「もぅ、先に言ってくれればいいのに‥‥」
それではスカートめくり爺の称号が廃るというもの。恐らく忍者の女性は性格的に「きゃっ」とか悲鳴をあげてくれなそうだ。
(「みんな余裕だよなぁ。これが冒険を積んだ貫禄ってヤツなのかな?」)
それはどうだろう、ヴァースくん――――。
「見つけたデスぅ☆ ちゃんと8匹揃ってたデスよ」
満面の笑みでエンデールが戻って来た。彼女の報告に因ると、使い古された小さな山小屋にいたとの話だ。昔は使われていたが刻の流れと共に忘れ去られたようなものなのだろう。
「カメノフ殿のミウラー殿を中心に極楽司殿と私で逃げられない様に押し込みながら戦う感じか」
いよいよ襲撃と、イレクトラがダガーを抜く。同様に花朗が忍者刀を逆手に構えて微笑んだ。
「そうなるかな? 前衛ってもそれほど自信があるわけじゃないから、イレクトラ君の戦い方に倣うようなかんじで戦うよ」
こうして、痕跡の消し易さ、後始末を考慮して仮住居の急襲をすることになったのである。
(「仲間の足を引っ張らないよう、ちゃんと自覚して気を付けないとね」)
●一匹も逃すな!
茂みを抜ける冒険者達を先立って、エンデールが状況を再確認しに飛び交う。
狙うは敵が最も油断する刻だ。
「眠ってるデスよ〜♪ コボルトさんを退治するデスぅ☆ コボルトさんはDeathデスぅ」
「ミウラーさん、すまんがわしらを守ってくれんかのう」
カメノフの言葉にコカトリスが短く鳴いた。
小さな小屋だけに出入り口は一つ。冒険者達が戦闘配置につく中、ヴァースが飛び、木の枝に肩膝を着いて待機する。眼下に仲間達を捉えると、扉に張り付いたイレクトラと花朗が先陣を切った。
勢い良く開け放たれるドア。慌てたのは犬のような顔に全身が鱗に被われている小型のオ−ガだ。
『コボッ!?』
ダガーを抜くコボルトにイレクトラが肉薄すると、薙ぎ振るわれる切っ先を躱しながら、斬撃の洗礼を叩き込んだ。赤い斬光が流れ、鱗状の皮膚から鮮血が散る。
「ガマちゃん!」
同時に踏み込んだパラの忍者は『大ガマの術』で3mの巨大蛙を出現させていた。動揺を誘った隙に忍者刀の刃で斬り込んでゆく。ガマちゃんの打撃も絶大で、コボルトは吹っ飛ばされて壁に背中を打ち付ける始末だ。これだけデカイモノが暴れれば、限られた時間でも壁や威圧として十分だろう。
「こっちデスぅ〜♪」
囮としてピュンピュンと飛び交うシフールは、数匹を容易く翻弄して撹乱。その隙を突いて褐色の女ナイトが斬光を描いた。
『コボボッ!』
逃げ出そうと出入り口に駆け出そうとするものの、ミウラーさんが鋭利な眼光を研ぎ澄ませている。その背後で猫背の爺さんが茶の淡い光に包まれた。
「あ、ほれ!」
サイコキネシスで岩を操り、コボルトは叩き込まれた洗礼に短い悲鳴を響かせてゆく。
流石は経験を積んだ冒険者達。戦闘も難が無い。斬撃に血飛沫が舞い、花朗のスタンアタックが意識を喪失させた。
「なぬッ!?」
しかし、敵の数8匹に対して前衛2名に撹乱2名。ヴァースが前衛をアシストする中、ガマちゃんとミウラーさんも健闘したが、逃げ出そうとするコボルトを完全に阻止するには叶わなかった。
――来た!
ヴァースの視界が小屋から飛び出す標的を捉える。
「当たれ! ウインドスラッシュ!」
瞬間、シフールが緑の淡い光に包まれて見えると、薙ぎ振るった手から真空の刃を放った。三日月形の刃にコボルトから鮮血が散る。尚も逃げ惑う姿に、少年は宙を舞う。
「追わなくちゃ! あっ!」
彼の視界に小屋から逃げる別の1匹が映った。
「コッチは私が仕留める! ヴァース殿は向こうを頼む!」
弓を撓らせるイレクトラの背後からエンデールが飛んで来る。
「ヴァースさん来るデスぅ!」
少女の手が少年の手を握ると、一気に高度を落として飛翔した。眼下に捉えたのはカメノフだ。
「未だ距離は遠くないぞい! エンデちゃん、こっちのほうじゃ!」
ブレスセンサーで追跡した情報を聞き、二人の若いシフールが追撃を試みる。恐らく、少年だけでは方向感覚を失い逃亡を許す結果となったかもしれない。
「頼んじゃぞ、ヴァースよ」
二人のシフールが滑空する中、茂みや枝、葉を駆け抜け、ヨロヨロと逃げるコボルトの背中をエンデールの瞳が捉えた。
「見つけたデス! 準備はいいデスかぁ?」
「うんッ!」
再び緑の淡い光に包まれると、青い瞳を研ぎ澄まし腕を薙いだ。三日月の刃が空を切り、吸い込まれるように鱗状の皮膚を切り裂く。獣の如き断末魔を響かせると、コボルトは遂に崩れた――――。
「さぁて! こっからが私の本番だぁ☆」
両手を固め愛らしくガッツポーズして微笑む花朗。恐らく獣道みたいに道をひとつ決めて往復していたと読み、なるべく村から遠いところで断ち切ろうと考えていたのである。この依頼の一つ――痕跡を残さないという後始末が繰り広げられた。
「死体は焼いて埋めるデスか?」
「俺、油もってるよ、土壌に痕跡を残さないよう毒の染みた剣も取り上げておかなくちゃね」
「ほほぉ〜考えとるのう、ヴァース」
「ふぅ、小屋の掃除は終わったぞ」
白いハタキを携えたイレクトラが小屋から姿を見せる。額に掛かる黒髪を掻きあげ、『家小人のはたき』を使った彼女の表情はどこか清々しい。しかし、仲間達の空気に違和感があった。せっせと戦利品で使えそうなモノを吟味するパラの娘が素っ頓狂な声をあげる。
「え? 小屋を掃除しちゃったの?」
「あぁ、面白いように埃が取れてな‥‥。そうか、コボルトの火葬を兼ねて一緒に燃やした方が早いな」
こうして、イレクトラが納得する中、花朗の火打ち石でヴァースの用意した油へ火をつけ、小屋ごとコボルトは火葬された。
「‥‥あ、水も用意しとかなきゃね」
冒険者よ、山火事にならない事を祈る。
こうして少年の始めての冒険は幕を閉じた。きっとこれからも経験を積む事だろう――――。