momentary――夢見る頃を過ぎても
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■ショートシナリオ
担当:切磋巧実
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月16日〜10月21日
リプレイ公開日:2006年10月24日
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●オープニング
――夢‥‥か‥‥。
『俺さ、大人になったら冒険者になるんだ! ばったばったとモンスターを退治するぜ!』
『僕は、騎士になるよ。そしてアーサー王に認められて円卓の騎士になるんだ』
『夢、叶えような!』『うん!』
宿屋の窓から子供達の声が流れ、男は苦笑しながら発泡酒を喉に流した。未だ陽光も傾いていないというのに‥‥。
「‥‥若いってのはいいねぇ」
――裏切り者! 一緒に夢を叶えるって約束したじゃないか!
――許さん! おまえは親を捨てて村を出て行くというのか!?
脳裏に甦る苦い記憶を振り払うように、男は更に喉を鳴らす。
(「くそッ、何で思い出しちまうんだ‥‥」)
――私の所へ来て騎士にならんか?
――そうか、それがおまえの選んだ道か‥‥騎士は諦めるのだな?
それでも酔いは過去を掘り起こし続けてゆく。忘れる為に呑んでいるのに‥‥忘れる為に酔っているのに‥‥。
――何だよ? 親父‥‥。この借金の額は何なんだよ! 帰って来いって、その為だったのかよ!?
――ゴメン‥‥俺はキミを幸せにする事はできない‥‥。
男は自分を嘲笑するように唇を歪めると、ふと、布袋に視線を流して中を覗いた。
「まだ宿代は払えるが、そろそろ厳しいな‥‥」
ベッドに転がり天井を見つめる。その瞳は死んだ魚のように淀んでいた――――。
『あー、またひるまっからゴロゴロして!』
不意に少女のような甲高い声が飛び込んだ。聞き慣れた声に男は寝転んだまま背中を向けた。
「ボムトズさん! いつまでなにもしないでいるつもりですか?」
軽い靴音が近づいたのが分かる。彼女は宿屋に住み込みで働く少女だ。ボムトズはイセンナに背中を向けたまま口を開く。
「‥‥宿代は払っているんだ。文句を言われる覚えはない」
「そ、そりゃそうだけど‥‥まいにちまいにちなにもしないでいたら、おかねだってなくなるでしょ?」
「うるさいな。暇だからって、毎日客の部屋を覗きに来るなよ」
室内が静寂に包まれた。多分、イセンナが怒りを溜めて息を吸い込んでいるのだろう。
「あんたはきてから、いつもゴロゴロしてるんだもの! のぞきたくなくてもみえるわよ! そうだ、ぼうけんしゃになったら?」
「冒険者なんてな、星の数ほどいるんだよ。今更、おっさんが若者とパーティー組めるかよ」
――もう、負い目を背負うのはまっぴらだ‥‥。
「うぅ〜〜、しらない!」
ドカドカと靴音をわざとらしく鳴らし、少女は部屋を出て行った――――。
「もうッ、あのぐーたらをなんとかして!」
赤毛の一房を結った少女は、冒険者ギルドの受付係に怒りを撒き散らしていた。苦笑しながら依頼内容を促す。
「それで、依頼はなんですか?」
「あのおとこにヤルきをださせて! このままじゃダメっておしえてあげてよ!」
「‥‥宿代が危ういかもしれないのは分かりますが、どうしてそこまで?」
「みてるだけでハラがたつの! かってににげて‥‥ズルすぎるわよ」
ふと視線を逸らすイセンナ。その眼差しは怒りと哀しみが混ざり合ってるように見えた。
「‥‥分かりました。募集してみましょう」
●リプレイ本文
●なんで?
イセンナの周囲には4人の冒険者がいた。
ボムトズの事情や現状を少女から聞いたセレナ・ザーン(ea9951)が口を開く。
「ところで、イセンナ様は何故ボムトズ様に憤っておいでなのですか? 憤りの原因が相手側にだけあるとは限りませんわ。相手と自分を比べたり、自分の努力や思いを相手に認めてもらえなかったり、憧れが壊されたり、そんな時に生じる負の感情が相手に向いてしまうこともございます。わたくしも、そんな感情を抱いたことがありますもの」
多分その理由こそがボムトズを立ち直らせる鍵になる。そう考えての問い掛けだった‥‥。
「まあまあまあ〜☆ 30の年の差をも埋めてしまう恋心〜ロマンですね〜☆ 父の面影を‥‥まあまあまあ〜☆」
おっとりとした雰囲気そのままの声を響かせた少女は、あどけない風貌のシェリル・シンクレア(ea7263)だ。
「そ、そんなんじゃ‥‥だ、だれがあんなぐーたらっ」
戸惑いながらも否定するイセンナ。だが、にっこりと微笑む天然妄想娘は止まらない。
「まぁ様子を聞く限り恋心は‥‥さてさて〜♪ このままだとお節介さんを通り過ぎて〜ふぁざ」
「ちょっとまって! あたしのことじゃなくて‥‥」
誰か止めて! と言いたいイセンナに応えるかの如く、ディアナ・シャンティーネ(eb3412)が長い黒髪を揺らす。
「私は、どうして引き篭っているのか理由を考えて欲しいです。イセンナさんは挫折を味わった事がないのではないですか?」
「おいらは違うと思うんだよね」
軽快な響きで口を開いたのはデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)。今回唯一の男性だ。
「イセンナは逃げたくても逃げられない選択をいろいろ行ってきたんじゃないのかな?」
――!!
「そうなのですか?」
ディアナは慌てて身を乗り出した。
「すきですみこみのしごとしてないわよ。やりたいことができないひとだっているの! ぼうけんしゃにだってなれるんだよ?」
この少女は――――。
デメトリオスはクリッとした眼差しを少女に向ける。
「ボムトズが立ち直ったからといってイセンナ自身が幸せになるとは限らない、いやイセンナ自身が折り合いをつけなければ君は幸せになれないんじゃないかな?」
「しあわせよ。すむばしょもある、はたらいておかねもすこしもらえるもん。あのぐーたらがヤルきになれば、いらいらしなくてすむの。もういいでしょ、おかねはらったんだからしごとしてください!」
「それは大丈夫★ ボムトズを立ち直らせるのは他の人たちがやってくれているみたいだから」
●なんだってんだ?
ボムトズは町を歩きながら困惑の色を強めていた。
小柄ながらも肉感的な体つきの娘が付いて来ているのだ。しかも、マルローネ(eb5801)は、話し掛けるくる訳でもない。
――よろしく‥‥。
彼女が無表情のまま挨拶して部屋に居座るようになったのは数日前からである。ジャパンの人形を思わせる風貌で時々喋る様はゴーストとしてギルドに依頼を出したい衝動に駈られた。
「‥‥なぁ」
耐え兼ねた男が視線を落としてマルローネに振り向いた時、若い娘の声が靴音と共に飛び込む。
「ボムトズーっ、大変だよ〜」
「なんだ、ハーブ女じゃないか」
「ハ‥‥せめて探求の薬師とか言えないかな?」
腰に手の甲を当て、不満げに愛らしく頬を膨らますエル・サーディミスト(ea1743)。だが、むくれている場合ではない。
「ロアがいなくなっちゃったんだ、探すの手伝ってっ!」
「ギルドにでも頼むんだな」
再び歩き出した刹那、エルはガシッと腕を掴んで引き止めた。振り解こうと視線を流した男の瞳に映ったのは、円らな青い瞳を潤ませる今にも泣きそうな娘の顔だ。
「お願いだよ〜っ、手伝ってよ〜」
「‥‥何もする事ないなら‥‥手伝ってはいかがですか?」
こんな時に限ってマルローネは淡々と口を開く。先日も『まあ‥‥何もする事ないなら‥薪割りでも手伝ってください‥‥』その前も『何もする事ないなら‥掃除を手伝ってください』という調子だ。まるで呪文の如く脳裏に刻まれた。それに、このまま立ち去って道端で大泣きされても堪らない。
こうしてロア捜索が開始された――――――――。
「どうも‥‥どうもありがとうっ。ロア〜、もうどっか行ったらだめだよっ」
ギュっと悪戦苦闘の末に見つかったウサギを抱いて頬擦りするエル。
「(ありがとう‥‥か、暫く聞いてなかったな)もう逃がすんじゃねーぞ」
何となく清々しい気持ちになった男は再び歩き出した。背中が遠ざかる中、ロアと眼差しを交差させたエルが微笑む。
「えらいぞ♪ ロア、言う通りにしてくれたんだね☆」
キュイ♪ と鳴くウサギは、どこか誇らしげだった――――。
「あのハーブ女! またやりやがったな」
戻った部屋はハーブの香りで満ち溢れていた。ボムトズが外出している間に、小さな巾着に入れたヤル気が出るらしいハーブを枕や部屋に仕込んだのである。この香りでここ最近どうにも落ち着かない。
男は発泡酒を呑むと視線を無表情な娘に流す。
「アンタもな、こんな男の部屋に居座ってどうする気だ?」
「‥‥‥‥」
「(この人形娘は)‥‥帰らねぇと押し倒すぞ?」
「‥‥‥‥!?」
僅かに茶の瞳が驚愕の色を見せた。体を動かすように仕向けて来たが、これは意味が違う。
「‥‥そんな暇があるなら‥‥」
「やっほー☆ さっきはありがとう! ハーブティー飲んでみてよ。自信作なんだよ♪」
「はい、マルローネさんにもパンね☆」
陽気な声を響かせて入って来たのは、エルとイセンナだ。ボムトズは溜息を洩らす。
「ハーブの匂いが溢れているのにハーブティーだと? 飲めるか!」
「またお酒? 僕のを飲んでよー、気分が高揚する効能があるんだからさ♪」
「気分ってなぁ‥‥。それにイセンナ! 当たり前のようにパン持って来るが宿屋に居座る女に注意しないのか‥‥って、アンタの事だよ! なにパンと一緒に黙々と肉くってんだよ」
「‥‥‥‥(こくん)」
無視かよ。男はベッドに寝転がり背中を向けた。静寂の中、流れたのは少女の声だ。
「かわらないの?」
「人間ってのはな、年を取るに連れて変われなくなるんだよ。‥‥そうかイセンナ、おまえが」
「そうやってうじうじしてるからどんどん悪い方に行くんだよっ! どんな事だって気の持ちようなのにっ」
ボムトズが半身を起こした刹那、エルは声を荒げるとハーブティーを男にぶちまけた。ボタボタと雫が滴り落ちる。
「自分ばっかりが不幸だなんて思うのは悲劇に酔ってるだけだからね。目、覚ましたらっ?」
「‥‥悲劇じゃ酔えねーんだよ」
男は俯いたまま立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。
●背中を押す
ボムトズは宿屋に帰る事が出来なかった。エルの言葉が頭から離れず酒を呑む気にもなれない。
「よろしいかしら?」
道端に座り込んだ男が顔をあげる。瞳に映るは気品漂わす幼いお嬢様。セレナは上品な身のこなしで隣に腰を落とす。
「わたくし、挫折の経験はありませんの。だって‥‥夢を持つ機会も無かったのですから。兄様が出奔して、家督を継ぐために騎士になり、冒険者をしています。他に道はありませんでしたもの。ですから‥たとえ挫折したとしても、夢を追った事のある方を尊敬いたしますわ」
「止してくれ。冒険者になって後悔していないんだろ? 夢なんか持たない方が良い事だってある」
「‥‥ボムトズ様は、夢を追える喜びを与えられなかった気持ちが分からないのですのね」
夢を追える喜び? そうだ、あの頃は――――。
――夜の帳が降りた頃、セレナと別れたボムトズは帰る事なく夜空を見上げていた。
『いい月ですね』
飛び込んだ声に瞳を泳がせると、星空を眺めるディアナを捉えた。
「夜は危険だ。言いたい事があるなら明日にしたらどうだ?」
月や星を眺めるのが好きなんです。と彼女は答え、傍に歩みながら口を開く。
「やっぱり現実から目を背けていても何も解決しないです。立ち直るには大変な労力が必要ですが、見返りも必ずあるはずです。鍛冶屋に雇ってもらい働いてみてはどうでしょう? 宿代も稼げて一石二鳥です。探す場合は私も懸命に探しますから!」
思わず熱が入り、両の拳を胸元で固めていた事に気付くと、照れたようにはにかんだ。
「俺は、やっぱり騎士になりたかった。親が何度も代筆で手紙を送って来るから村に戻ると呑んだくれ親父は借金塗れだ。あの姿を見たらどーでもよくなっちまった」
「それでは同じ姿をイセンナさんに見せているのではありませんか? 子供は大人の背中を見て育つものです。夢見る頃を過ぎたのなら、逆に夢を提供する側になってみるのも一興ではないでしょうか。怠けた姿を見せて子供たちの夢を壊すのではなく子供たちの夢を育むことを考えてみるのもいいと、私は思うんです」
「‥‥俺がイセンナの夢を壊しているだと?」
――翌朝、ボムトズは宿屋に戻って来た。
部屋ではエルとイセンナが懲りもせずハーブを忍ばせている真っ最中だ。
因みにマルローネはいない。振り返ったら背後にいて驚いたが。
「‥‥悪かったな、デメトリオスってヤツから話は聞いた。これで何とかしてみる。今度戦い方を教えてやるからな」
男は立て掛けてあった剣を見せた。
「はぁ? なにいってるの」
『まぁまぁまぁ☆』
おっとりとした少女の声が飛び込む。
「人生色々。人もまた色々。世の中色々。ですよ〜♪ 夢を追いかける者。半ば絶える者。挫折する者‥‥また目に光を取り戻す者。存在を求める者。使命を帯びる者‥‥と、顔立ち13歳が言う説得力の有無は外見ではないのです〜☆ これでも50年以上生きているんですよ〜。それなりに多くの人生を見てきたつもりです」
にっこりと微笑むシェリル。突き出た耳でエルフとは分かるが、イセンナは妄想かと疑いの眼差しを向けたのは秘密だ。
「夢が霞んでしまったときは一人ではどうにもできない人もいます。そんなときこそ、一度無心で色々やってみて下さい。犯罪は駄目ですよっ♪ 一人で動けないときに後押しするのは、いつもお節介やきさんです♪ 最後は支えてくれる者の存在だと、私は思います♪」
「お節介やきさんに感謝だよ☆」
「‥‥だ、だれもささえたりしないわよっ、あんたなんか」
少女の声が窓から流れる中、デメトリオスは微笑んでいた。
因みに彼も天然ボケだとボムトズは知らない――――。