●リプレイ本文
憑依された少女の危険を知って、冒険者が駆けつけた。事件は村に知れ渡っていて、到着は喜びとともに迎えられた。
少女は既に衰弱から倒れていて、遠巻きに野次馬に囲まれている。少女の両親もその輪にいる。
母親は赤い目で娘を見つめ、嗚咽している。父親は慰めながらも、駆け寄ろうとするのを防いでいる。
少女の上には未だ青い炎のようなものがうずくまり、レイスが活動しているからだ。下手に近づこうものなら、母親もとりつかれかねない。
華仙教大国出身でありながら青い目の僧侶である郭無命(eb1274)は、両親の悲しみように心を痛める。合唱して神仏の加護を祈り、戦いに備えて抗魔の法(レジストデビル)を準備する。白く淡い光が郭を包み、不浄のものからの抵抗力が増した。
学園都市の打撃騎士として知る人ぞ知るグレイ・ドレイク(eb0884)は、少女を苦しめている老神父の妄執に憤った。
居合わせている村人たちに10Gを取り出し、協力を求める。
「誰でもいい、これであの少女の看護の準備を整えておいてくれ。食事や薬はもちろん、部屋や医者も用意できる限りのものを頼む!」
「おおーっ!」
見知らぬ少女の危機に駆けつけるだけでなく、清廉を越えて献身的なまでの大振る舞いに、村人たちから驚嘆の声が上がる。
「なんと素晴らしい騎士様だ」
「かくも慈悲心に溢れているものなのか」
グレイの優しさの表しように心打たれたのか、物見高く集まっていた野次馬たちも、そう出をあげて少女の受け入れ態勢の整えに散っていく。両親は伏してグレイの足元にすがりつき、感極まってお礼を言っている。
グレイは2人を抱き起こすと、諭すように言った。
「俺は当然のことをしただけだ。戦いはこれからだから、安全なところで待っててくれ」
グレイは、仲間のミネア・ウェルロッド(ea4591)を向く。
愛犬のクロワッサン(ボーダーコリー)を連れたミネアは、グレイにこくんとうなづいた。
少女に比べれば11歳と5歳年長のミネアだが、幸か不幸か女らしい肉づきに恵まれないことを利用して、少女趣味のレイスをひきつけようという作戦なのだ。
相手の趣味に合わせて、ちゃんと金髪に変装している。
「本当に頼んでいいのか?」
グレイの心配に、ミネアは鼻歌交じりの上機嫌で答える。
「大丈夫でしょ♪ ミネアはプリチーだから♪」
「いや、効果の心配をしてるんじゃなくて‥‥」
誤解を正す間もなく、ミネアはレイスへ走り出す。弱っている少女を、気遣ったのだ。
この世ならざる気配を嫌ったのか、クロワッサンが吠え立てる。
炎がぐらりと揺らめき、人が立ち上がったぐらいの高さになる。
どう対応したらいいものかとミネアはにっこり微笑むと、炎は少女を離れ近づいてきた。
「いまだ! 少女を確保しろ」
グレイの掛け声で、村人たちが少女を運び去る。救出は成功だ。少女の両親が、安堵の息をついたのが聞こえる。
人は去り、辺りにはもうレイスと冒険者しかいない。これからは、レイスの始末をする番だ。
青い炎はミネアにまとわりつき、身体の支配を試みる。
心霊以外の悪寒も微妙に感じながら、ミネアは頑張っていた。
「う〜ん、ホラーはあんまり好きじゃないけど、ここは『えくそしすと』として頑張らないとね」
ちゃんと用意したシルバーダガーを抜き放ち、自分の身体へぴっぴっと振り回す。
レイスは、ミネアがミネアを傷つけないようにすることに気を取られている。
パラではあるが僧兵の凍瞳院けると(eb0838)は、持っていたパリーイングダガーを地面に落とし、ジャパン式の除霊術として、なむなむと唱えていた。
「病弱な自分ではあまり力になれないかもしれませんが、できる限りのことをさせていただきます。むむむむむ」
集中し、ビカムワースを発動する。黒く淡い光が、レイスを包み込もうと現われては消えていく。
「ここでまけるわけには参りません、ゴホッ」
喀血に咽せながらも、けるとは魔法を成功させようと呪文を続けた。
レイスがけるとや郭を傷つけないよう、グレイは前に出てシルバーダガーを構える。特に郭が魔法で戦えるよう準備を終えるまでは、なんとしても立ちはだかる覚悟だった。
「邪なる神官など、ケンブリッジの打撃騎士の名に掛けて許さない」
レイスがミネアを利用している間は、うかうか反撃もできない。ライトシールドを構え、守りの態勢だ。
グレイが時間を稼いでいるうちに、郭は施術の集中に入る。
「金縛りの法!」
発動したコアギュレイトは、ミネアの身体を捕らえ動けなくする。
グレイはここぞとばかりに距離を取り、レイスに挑発する。
「くだらない最期を遂げた、アホ神官、悔しかったら私に1発くれてみろ」
ミネアにまとわりついていた炎は悔しそうに揺らめくが、グレイは手の届くところにいない。郭の術はしっかりとミネアを捕らえている。
ついにレイスは、ミネアを離れグレイへと迫った。
「ゲフッ、ゲフ。この大事なときに、自分が休んでいるわけにはまいりません」
けるとのビカムワースも、ついに効果を現した。レイスはわななくように震え、一回り小さくなる。
そしてグレイが、満を持してレイスに迫る。
「体を離れたな、ならば貴様など、この世に留まらせはせん、覚悟しろ」
大振りにより武器の自重が乗った銀の刃が、レイスの幽体を貫いた。
人語で表せぬ忌まわしい悲鳴をあげて、レイスがたじろぐ。
仲間が戦いやすいように距離を取った郭から、続けざまに退魔の法(ホーリー)が放たれる。
レイスがグレイに触れる。しかし仲間をかばうグレイは、構わずシルバーダガーの2撃目を食い込ませた。この銀の武器は、着実にダメージを与えているようだ。郭の退魔の法も二度目が発現し、レイスはいっそう存在を薄する。
「これで終わりだ!」
とどめの一撃を与えようとするグレイを、郭が止めた。
「お待ちくださいグレイ様。除霊の仕上げは、自分に任せてはいただけないでしょうか。地を彷徨う亡者を天に還し、輪廻の輪の中へと導く事は我が使命なのです」
「罪のない女の子を苦しめたこいつにそんな気遣いは必要ない。といいたいとこだけど‥‥あんたの頼みだ、気の済むようにしたらいい」
「ありがとうございます」
レイスの攻撃は、そんなやり取りも会せず郭を襲う。だが郭はそれでも気を変えることなく、抗魔の法に守られながら浄化の法(ピュアリファイ)の集中に入った。
郭の掌の前で、不定な魂は清められていく。レイスの存在を示す青い光が完全に消えると、様子を見ていた村人たちが飛び出してきた。
「すばらしい。あの幽霊が滅んだぞ!」
「これで、この村は迷信や醜聞からも解放された」
村人の喜びようは甚だしい。特にグレイには、数人が手を取り、少女の宿へと案内しようとする。
「騎士様が姿をお見せになれば、巡礼の両親も喜びましょう。用意してくださったお金で、医者も看護も十分すぎるほどです。さあ、おいでください」
しかしグレイは、手を払い告げた。
「そういうつもりはないんだ。俺は薪でも割ってるよ。困った人が助かれば、それでいい」
グレイの遠慮は、さらなる賞賛を巻き起こした。
「さすがケンブリッジの打撃騎士様だ! この村はもちろん、巡礼の親子もグレイ様名を忘れることはないでしょう」
気恥ずかしさから、グレイは早く帰ろうと仲間に呼びかけた。迷える魂の供養を終えた郭はうなづき、発作がおさまり喀血の跡を隠したけるとも、しぐさだけで同意を伝える。
しかし‥‥
「くーん。くーん」
クロワッサンは、未だ動けない主人に寄り添い、悲しげに舐めた。
郭はミネアに振向き、合掌する。
「金縛りの法もほどなく解けましょう」
「なむなむ」
けるとも合わせて、ミネアの早い回復を祈ったのであった。
無事に魔法も解けて帰途についた冒険者たちだったが、巡礼親子に気づかれてしまう。
少女はまだ衰弱して起き上がれなかったが、両親は日の暮れるまで見送りお礼を言い続けていた。
そして、保存食が足りないことに気づくと、その分も都合してくれた。