●リプレイ本文
大きなホブゴブリンに捕らえられた気の毒な家族を、冒険者が救いにやってきた。
ジプシーのイケル・ブランカ(eb2124)は、ホブゴブリンに気づかれないよう、インビジブルの魔法で姿を消した。
屈折する光で淡い金色に包まれると、次の瞬間には溶けるように消えていた。
家族が食料を受け渡す隙に、開かれたドアの間から爪先立ちで忍び込む。
犬が吠えるのではないかと警戒していたが、具合悪そうにうずくまっていた。最初に子供たちをかばおうと吠え立てたりもしたのだろう、ホブゴブリンにあちこち痛めつけられていた。
男の子は掃除に走り回り、女の子はおばあさんと台所で料理の準備をしていた。お爺さんは、偉そうにふんぞり返るホブゴブリンの、ノミ取りをしている。
皆が一様に暗い顔をしている。
イケルは励まそうと、家族からの手紙を取り出して、おばあさんの目の前に舞い落とした。
突然現われた手紙に驚いたようだが、家族からの助けが近いことを報せるメッセージには気づいたようだ。
「おい、ババア! なにサボってやがる。もう体が動かねえってんなら、おまえを釜に放り込んで食っちまうぞ」
「やめて、おばあちゃんを食べないで」
ホブゴブリンの恫喝に、手伝いをしていた女の子が涙目になる。おばあさんは手紙を素早く火にくべる、表情に生気を取り戻して言い返した。
「大丈夫だよ。きっと、すぐに助けがくるからね。あたし達も、必ずここから無事に出られるよ」
「もうボケたのかババア。おまえたちが外に出れるのは、オレの腹に収まって、クソになって出たときだけよ。うははははは」
罵声に子供たちは目をつぶって恐がるが、助けが来たことを知っている老婆は怯まなかった。
いつもと違う様子にお爺さんも元気付けられ、子供たちも今日は、何か特別な日になりそうなことを感じ始めたようだ。
人質たちが逃げるのに必要な元気を取り戻したことを確認すると、イケルは魔法の効果が切れる前に外へ出ようとした。
しかし扉は閉じている‥‥どうしようか?
イケルは思い切ってドアをノックすると、開いて外に飛び出した。
ドアの向こうに隠れると魔法が解けるのを待って、おずおずと中の様子を知らないかのように覗き込む。
「悪い、道に迷ったみたいなんだけど、キャメロットへの道はどっちか教えてくんないかな」
斧と盾を手にとってホブゴブリンは立ち上がり、イケルの首根っこをひっ捕まえようと近寄ってきた。
イケルは腰を抜かし(た振りをして)しゃがみこみ、荷物を差し出して慈悲を乞う。
「キャー、助けて〜。お酒も有ります、芸を見せます。だから殺さないで下さい〜。」
「ほう! 面白いな。おまえは大道芸人か、ちょうど退屈していたとこだし、なにか芸をやってみろ。もしつまらなかったら、つまみ代わりに食っちまうぞ」
イケルは怯えたふりをしながら、人質を的にナイフ投げをしてみせると申し出て、家の奥の壁へ並ばせた。
小屋の近くの茂みから、透き通るように淡い肌と髪が印象的なパラ、凍瞳院けると(eb0838)が見つめている。
変装のつもりなのかカモメの被り物などをつけているが、表情はあくまでも真剣だ。
そのカモメの被り物をおもむろに脱ぐと、黒く淡い光に包まれ、デティクトライフフォースが発動された。
けるとには、小屋の中の生命体の大きさと大体の位置が感じられた。
「どうしているのかはわからないが、イケル殿はうまくやっているようだ。ゴブリンから、人質を奥の壁のほうへ遠ざけている。攻め込むなら、いまがチャンスであろう」
「ゴブリンではなく、ホブゴブリンですわけるとさん。それも、戦士ですから強力な一撃を警戒しなくてはなりません」
とうとうと特徴からその戦いかたまで、知る限りの知識を語りだしたのは、おっとりとした雰囲気のエルフ、メアリ・テューダー(eb2205)だ。
彼女は、この冒険が初めての依頼になる。
そのせいか、いつまでも終わる気配を見せない話に、レンジャーのグイド・トゥルバスティ(eb1224)が言葉を挟んだ。
「早く行動しねぇと、せっかくイケルたちの作ったチャンスがフイになっちまう。そろそろいいかな?」
「あら、失礼しました。私のほうは、いつでも準備できていますわ」
メアリが返事すると、グイドは扉の脇まで近づき、壁に背をつけた。人質を守るため、飛び出してきたホブゴブリンと入れ替えに突入するためである。
同じ救出班に所属する、神聖騎士のノルン・カペル(ea9644)が後に続く。
準備が整うと、戦闘班の八田光一郎(ea6140)がオーラエリベイションを発動させて、淡い光に包まれる。その勢いで、小屋のドアを蹴り開けた。
「爆熱の武人、八田光一郎、参る! どりゃぁっ! てやぁっ!」
イケルが酒を勧め飲酒していたのと、見物のためにイスに座っていたのもあって、光一郎の攻撃は不意を打った。
二天一流の特徴である二刀流と、すばやい続けざまの攻撃に、ホブゴブリン戦士は転倒する。
しかし、光一郎は救出班を突入させるため、わざと挑発し後退した。
考えの無いホブゴブリンは光一郎に誘われるよう小屋を出る。入れ違いに、グイドたちが突入した。
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突然の戦闘は人質たちを、解放の喜びよりも身の危険に怯えさせた。
イケルが落ち着かせようとするも、さっきまでナイフ投げの的にしようとしていた男である。
芸達者が災いして、手紙であらかじめ知らせていた老婆以外は信用しない。
しかし、ノルンが十字架のネックレスを手に話し掛けると反応が変わる。
「私たちは、家族のかたたちに頼まれて、皆様を助けに来た神聖騎士です」
泣きそうになっていた子供たちが、ほっとしたように表情を緩ませる。
落ち着きを取り戻した子供たちを老夫妻に預けると、ノルンは脱出路を探した。
しかし、裏口は無く明り取りの窓しかない。
ノルンは迷わず、モーニングスターを振り上げ人が通れる穴を作ろうとした。
戦闘中のホブゴブリンも、さすがに物音に気づき振り返る。苦戦していたのか、人質をとろうと引き返しそうだった。
子供たちは逃したのだが、老夫妻がゴブリンの形相に慄いてしまう。
「子供たちが無事なら十分ですじゃ。どうかあの子たちを、両親の元まで送り届けてください」
あきらめ始めた老人たちを、グイドが一喝した。
「寝ぼけたこといってんじゃねぇ。あんたたちを助けることも依頼のうちなんだよ」
反論も許さず担ぎあげると、ノルンを一瞥して穴を潜った。
ノルンもうなづき返して、ホブゴブリンに向き直りモーニングスターを構える。
「ご不幸な目に会った家族をお救いする‥‥これも‥‥試練」
ノルンが警戒している隙に、グイドは手早く老夫妻を脱出させた。
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小屋からホブゴブリンが飛び出してくると、けるとはビカムワースを発動させた。
しかし、抵抗を打ち破るために連発せざるを得なく、負担が大きかったせいか吐血してしまう。
ミラ・ダイモス(eb2064)が心配して駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「けふっ。いつものことである。大丈夫であろう。それよりも、光一郎殿を」
不安なままだったが、ミラは戦線に戻っていった。
光一郎は、一人になっても小気味いい掛け声とともに短刀と日本刀の連撃で攻め続けた。
しかし、メアリのサイコキネシスの助けがあるとはいえ、ホブゴブリン戦士の攻撃を一人で受け続けるのは厳しかった。
しかしミラが戻ってきて、盾を前面に出し攻撃を引きつける。
防戦を強いられていた光一郎が、攻勢に切り替えた。
「てやぁっ! どりゃぁっ!」
左のダガーの突きから、身体をひねって右の日本刀で逆胴に切りかかる。かと思えば、右の日本刀で袈裟かけに牽制し、さらに踏み込んで、左のダガーで突きかかる。
手数で圧倒され、ホブゴブリンは膂力を生かした一撃を見舞おうにも、大きく振りかぶる余裕も無い。
再び光一郎に標的を変えようとしたときだった。いままで攻撃をひきつけていたせいで、盾に隠れるように身を縮こませ肉薄していたミラが、ロングソードを振りかぶった。
ひざを折るように軽く跳躍して、全体重を乗せた刀身をホブゴブリンの首筋に埋める。
にわか雨のように傷から血が噴き出す。出血の多さに勝負はついたかのように思えたが、絶命させるにはわずかに足りなかったようだ。
引き戻すように振るわれた斧の陰が、ミラの顔に落ちる。そのままなら額を断ち割る一撃を、メアリはサイコキネシスでつかんだ。
そのまま全力で引く。
風圧で髪がなびき、数本の髪が風に舞った。死の恐怖に足がすくんだが、ミラは際どい一撃を逃れることができた。
無防備に背を向けたホブゴブリンの首に、光一郎は二刀を挟むようにあてがった。そのまま気合一閃、捻じ切ってしまう。
主を失った体が大地に倒れ、永遠の眠りにつく。小屋の裏から救出班も姿を現し、家族の無事を告げる。
救い出された家族から感謝の言葉と、ホブゴブリンに持っていくつもりの食料を贈られ、旅程分の食料は補填された。