●リプレイ本文
もとは高名な騎士が、アンデッドと化して迷い出ているという噂がある。
家族の嘆きにいたく同情した冒険者は、騒ぎをいち早く止めようと先を急ぎ、道中も目立たぬよう努めた。
二晩が過ぎ、日中に目撃場所といわれる橋に到着した。辺りの事情を探って時を過ごす。
「相手が橋を狙うなら、橋で待てばよいでしょう」
ハーフエルフのレンジャーである、マヤ・オ・リン(eb0432)はそういった。
髪の毛や帽子で、ハーフエルフの特徴を隠しているアステリア・オルテュクス(eb2347)は、彼女の自然な立ち振る舞いが上品に見えて話し掛けた。
「マヤさんは、いつもそういう格好なのかしら?」
「特に必要がない限りは、ですね。アステリア様は、いつも人間の振りをしているのですか?」
「私はこれから、明王院さんとうわさを集めに行くから。人の中には、偏見をもった怖い人もいるみたいなのよ」
「話は聞きますね‥‥しかし、その明王院様も人間ではないのですか?」
「明王院さんは私のお友達よ。だからそんなことはないの。そうだ、マヤさんもお友達にしてあげるね」
アステリアに悪気はなかったのだが、説明と同時に明王院浄炎(eb2373)の手を取り、握手させようとした。
指先が触れた途端、マヤがきつい表情で浄炎をにらみつける。
「寄るな! 私にそれ以上近づくなら、手加減はしないぞ」
手近な攀じ登れる木に手をかけ、弓を下ろし構える準備をしている。
アステリアは目を丸くした。
「マヤさんて、異性に触れると狂化する人だったのね。ごめんなさいね」
「無用心だった。できれば気にしないでくれ。俺たちはこれから、付近に誰かいないか確かめて、いれば噂を集めてくる」
浄炎はマヤを落ち着かせるために、穏かに話をしながらアステリアと一緒に離れた。
マヤはドワーフのマレス・イースディン(eb1384)と交替で仮眠を取り、夜の戦闘に備えて休息を取った。
夜である。
仕掛けたランタンに照らされた、橋の周りだけが赤々と浮かび上がっている。
スカルウォーリアーに不意を打たれるのを嫌って樹上に逃れている、マヤが最初の異変に気づいた。
橋の周りを警戒させていた、まだ名前を考え中の犬が、動きを止めた。
尋常ならざる者の気配を感じ取ったのだろう。
仲間に合図を送り、かねての打ち合わせ通り作戦を開始する。
マヤとマレスは騎士へ、他の仲間は、騎士の屍を操っている者がいた場合の、警戒だ。
スカルウォーリアーと化しているとはいえ、陳情してきた家族の気持ちを考えると、礼を失するには忍びない。
だからこそ相手は、誇り高きナイトであるマレスに任せたいというのが、仲間内の統一見解だった。
マヤは敵を警戒しながら、マレスにその位置と距離を伝える。
マレスはマヤが何か考えこんでいるのに気づき、問うた。
「どうかしたか、マヤ」
「大したことじゃありません」
「なら隠すなよ。気がついたことがあるなら、何でも言ってくれ」
マヤはすこし悩んだが、あまり気にさせても悪いと思い告げた。
「ランタンを欄干。ぷぷぷ」
まっすぐな性格であるマレスは真面目に考えてしまい、それが単なる地口だと気づくのに不覚にも時間がかかってしまった。
「‥‥さて、と」
マレスは堂々と橋の上へ進み出ると、マヤに教えられた闇の向こうへ向かい名乗りをあげた。
「ドワーフ族がマキスの息子マレス・イースディン。アンタの生前の名誉を救う為、剣をもって死後の行いを止めさせてもらうぜ」
漲る気合がほとばしるように、淡い光とともにオーラパワーが発動される。
呪いか習慣か、鎧を身にまとった骸骨が、沼から浮かぶ死体のように、闇の向こうからぬっと姿を現した。マレスに応えるように橋の上へ進み出て、相対する。
マレスはじっと目を凝らした。近くにいる術者に操られているのではないと確認すると、仲間たちへ報せようと大声をあげる。
「ちっ、自分で亡者になっちまったのかよっ」
仲間が姿を現す。骸骨とマレスも、それが合図であったかのように武器を交錯させ数度打ち合う。
マレスは戦闘を前に気持ちが冴えるとともに、高揚もしていた。いまはアンデッドだとはいえ、生前は名の知れた騎士だとも聞く。
彼相手に、自分の腕がどこまで通用するかに興奮していた。マレスはそういう意味でも、騎士だった。
攻め手はマレスが優れる。骸骨は盾を使い、そこにはまあ見るべきものがあった。しかし、マレスの攻撃を裁ききれるほどではない。
骨の身体は突いたり刺したりする攻撃を無効にするが、マヤの援護射撃は十分にチャンスをうかがっているせいか、数こそ多くなかったものの、マレスの戦いの邪魔になるようなことは全くなかった。
華仙教大国出身の武道家である浄炎も姿を表す。バックパックを放り投げ、戦いやすい身軽な格好だ。
オーラボディを発動しながら接近し、橋にたどり着くと攻撃に加わった。
マレスのオーラに包まれた一撃は、アンデッドであるスカルウォーリアーに確実にダメージを蓄積させていく。そして堅実な動きを崩さない浄炎は、きわどい攻撃を受け流しつつ、スカルウォーリアーの動きを牽制するように、水際へと追いつめていった。
勝機と見た浄炎は、強い踏み込みとともに拳を打ち込む牛角拳を繰り出した。
骸骨は盾で受けるものの、衝撃を堪えきれず転倒し、水中に没してしまう。
「よし、やったぞ」
この機会を待っていたであろう、旅仲間のアステリアに声をあげる。
水音と浄炎の声に、敵が川に落ちたことをアステリアは知った。無邪気に瞳を輝かせながら、水面に手を向けライトニングサンダーボルトを発動させる。
「武器は効かないかもしれないけど、これならどうかしら?」
閃光に目が眩む。だが、夜を映した川面に、一瞬骸骨の姿が浮かんだ。
目をしばしばと瞬いたあと、アステリアはさらに、無邪気に微笑みながら川へ油を流し出す。
「しぶとい人ですね。でもこれなら、さすがに終わりよね」
たいまつを使い、火を放った。スカルウォーリアーは炎の川で溺れ、やがて沈んでいく。
「キャー。明王院さん。私、やった、やったあ! 倒したよ」
「うむ」
じゃれついて来るアステリアを好きなようにさせ、浄炎は火が消えて黒く戻った川を見つめた。
マレスも隣にやってきて、言葉をかけてくる。
「朝になったら、骨ぐらいは拾ってやるか」
「高名な騎士であった者ともなれば、徳の高い一門の人物なのだろう。ならば、迷い出るとも思えん‥‥なんにせよ、彼の者が哀れでならぬ。そうしてやるのがよいだろう」
鎧が幸いしたか、死体は無事に引き上げられた。マヤが犬を抑えながら、興味深そうにのぞく。
「興味があったんです。なぜ死んだばかりなのに、骸骨になっていたのかと」
遺体を整えていた浄炎が、表情のない表情のままつぶやく。
「そういう施法だったのだろう。ズゥンビのように鈍重にならないためか、理由はわからぬが。ただ自然に剥がれ落ちたものではない」
話に混ざりたくなって、アステリアも覗き込んだ。
「でも、そんなの面倒じゃないかな。ニワトリからお肉取るのだって、けっこうめんどくさいよ」
憤懣やるかたない調子で、マレスが腕を組む。
「結構、楽しんでやったかもしれないぞ。特に、やったのが生前恨みを持つ奴ならな」
静かな表情を変えないまま、浄炎もうなづいた。マレスは遺体を担ぎ上げる。
「とにかく、死体はもとの墓まで運んでってやろう。俺が運ぶからさ」
「遺族もこの者も、それでようやく落ちつくだろう」
冒険者が骸骨を遺族へ引き渡し埋葬されると、橋付近での襲撃騒ぎは聞かなくなった。
旅人は安心して夜の街道を進めるようになり、騎士の家族も凶報に怯えて過ごさなくてもよくなった。
そして騎士の魂もまた、冒険者のはからいによって安らかな眠りにつけたであろう。