●リプレイ本文
森から突然現れたバグベアによって、子をなくした母親がいる。
彼女を哀れんで、言い伝えを言い伝えの中へと追い返すべく、冒険者がやってきた。
いたずらに戦力をそろえても、バグベアは出て来ない。そこで冒険者たちは一計を案じ、囮作戦を使うことにした。
まず、オーガの習性に知識のあるイケル・ブランカ(eb2124)と森に土地感のあるリアナ・レジーネス(eb1421)や夜十字信人(ea9547)が、待ち伏せ場所を相談する。
優雅な物腰だが、リアナが先を歩いて場所を探した。
「できれば皆さんが迎撃しやすく、また逃がしにくいよう開けた場所がいいですね」
「バグベアのテリトリーで、そういう場所があればいいんだけどな、ちょっと手間取りそうだぜ‥‥」
イケルは、付近にバグベアの徘徊した痕跡がないかに注意を払っていた。
すると、後ろをついてきた信人が木の根につまずいたので、とっさに手を伸ばす。
思わずその手を取った信人だったが、イケルの同性に向けてはなにか優しすぎるように感じた笑顔に、慌ててその手を振り払う。
「な、なんだよ。女子供じゃあるまいし、一人で歩けら。バカにすんじゃないやい」
下心は(たぶん)無かったイケルは、信人の過剰な反応に面食らう。それに、イケルの目には、信人は女か子供にしか見えなかった。
しかし、信人の剣幕はすごかったので、そのことに関して反論を避けた。
「助けただけだろ。そんなに怒ることないじゃん」
「あ‥‥ああ。怒ったわけじゃないんだ。ただ‥‥よく女と勘違いされるんで、考えすぎただけなんだ。助かった。ありがとう。悪く思わないでくれ」
イケルにも女に見えたのだが、とりあえず深く考えるのはやめることにして、待ち伏せ場所の探索に集中した。
3人の協力によりバグベアの行動範囲内で、比較的ひらけて戦闘しやすく、周囲を木立に囲まれて侵入路の限定された逃がしにくい場所を発見した。
場所が決まると、パラのバードであるリューズ・ウォルフ(ea5382)と女性ながらに神聖騎士を務めるフレイア・エヴィン(eb2621)が自ら囮になった。リューズはそのままで子供に見えるし、フレイアは十分に武装を整えられないリスクを承知で、村娘の扮装をした。
さすがにスカートの中にはクルスダガーを隠してはいるが、主武器であるクルスソードに比べたら心もとない。
しかし、子を食らうバグベアへの怒りは強く、それ以上に母親への同情から、危険な囮役を決断した。
子を攫ったバグベアに対し、同じものでひきつけようとしたのは的確である。
いつ現れるかわからない敵への警戒を押し隠して、リューズは竪琴を爪弾き、フレイアは花を摘むふりをしながら、耳を澄ませた。
他のメンバーは、援護に入れる距離に身を隠している。
リアナはブレスセンサーで、周囲の様子を探る。しばらくして、大型動物の呼吸を察知した。熊にしては、移動が早い。
「現在北東の方向、距離80m先にバグベアらしき呼吸を捉えました。こちらにゆっくり近づいてきています‥‥」
声を低めて報告を続け、囮役の者たちにも状況を伝える。待ち伏せ組は、バグベアの進路を邪魔しないよう移動し、それから退路を塞ぐように包囲を始めた。
怪しんでいるのか、バグベアはしばらく様子を見ているようだ。反撃よりも、リューズに逃走されないよう窺っているらしい。
しかし、ついに踏み込んできた。
待ち伏せていた者も姿を現し、バグベアへ迫る。
リアナの手から、雷光が溢れるように伸びてバグベアを打つ。
「物語の生き物は、きっちり物語の世界へお帰りいただかないといけませんね」
稲妻がバグベアの毛皮を焼いた。
両手に小太刀を構え、信人も風のように馳せた。
「夜十字 信人(よるじゅうじ・のぶと)。義に生き、義に死すサムライだ! 参る」
柔らかそうなところを狙い、たたみかけるような連続攻撃を見舞うが、あまりダメージを与えてはいないようだ。
逆に、バグベアの棍棒はきわどく掠めて振り下ろされ、大地を揺らす。
「一撃喰らえばアウトだな、かといって決め手にもかける‥‥」
信人は狙いを膝などの脚部に変え、逃走させないために機動力を奪うことにした。
リューズは安全のために、逃げ回ることに専念する。
フレイアもリューズの後を追い逃げるのかと思えたが、リューズをかばうように立ち止まり、クルスダガーを抜いて迎え撃つように振り返った。
「子を失った母親の、そうして被害者となってしまった子供らの無念を晴らすため、必ず倒す」
表情には出ない、フレイアの静かな迫力が滲む。それに怯えたのか、バグベアは出直そうと退路を探す。
しかしハーフエルフのナイトであるレイムス・ドレイク(eb2277)が、それをさえぎるように立ちはだかった。
「人の血肉を覚えたバグベアなど放って置けません、亡くなった方々の弔いの為にも、必ず討ち取ります」
ロングソードとライトシールドを構え、バグベアとの距離を詰めた。
バグベアがいななきのような咆哮をし、本格的に戦闘が始まった。
仲間がバグベアを囲むと、リューズは逃げるのを止めた。そして、竪琴を奏でスリープを試みる。
小太刀のために場所を選ばないで戦える信人は、木立の間に飛び込んで相手の攻撃をかわし、大木を打って相手の腕が痺れている隙に飛び込んで、身長差を利して足元に切りつけるヒットアンドウェイを繰り返した。
「鬼さんこちら、手のなる方へってか‥‥。あーあ、手ぇ鳴らしたくねぇぜ、全く‥‥」
ツバメのように足元を掠めては、二度も切りつけて来る信人の攻撃に、バグベアはいきり立っている。
イケルも遠間から、スピアで牽制する。穂先を沈め肉をえぐり、すこしづつだがダメージを蓄積させる。
フレイアも果敢に、クルスダガーでバグベアに切りつけていた。
四方から攻撃を受け、さらに音色とともに魔法の力までが及んでくる。
バグベアは逃げようと焦るが、退路はレイムスが、盾を構えてガッチリと塞いでいた。
死にもの狂いで、レイムスに打ちかかる。レイムスはライトシールで捌くと、ロングソードの切先を、バグベアへ向けた。
「多少、振り回し難くとも、抉りこむ様に突きを放てば、問題有りません、覚悟しなさい」
武器の重さを乗せた突き込みが、バグベアの胸へ突きたてられる。
ずずっとロングソードがバグベアに沈み、抜くと血柱が吹き出した。
バグベアは、出血に濡れた手でレイムスを押しのける。しかしそこで、ついにリューズのスリープがバグベアを捕らえる。
息絶えるように眠り込んだバグベアの背中へ、レイムスが追いすがり、再びロングソードでの突きを狙う。
「逃がしません」
剣はバグベアの背に埋まり、肺を抜け、大地にまで達した。
信人も追いついて、バグベアの死を確認した。
「やれやれ、鬼はお話の中で十分だよ。めでたしめでたしで、終わりやがれ!」
「心半ばに散った方々よ。仇は取りました安らかにお眠り下さい」
レイムスも刃を汚した血を拭い、黙祷する。
リアナはレイムスのつぶやきを聞くと、表情に憂いを漂わせる。
「子供の無事は望めないでしょうけど、残されたかたたちのために、せめて遺品だけでも回収できないでしょうか」
イケルが応えた。
「まだ日も高いし、探してみようじゃねーの」
バグベアの巣穴は見つかった。骨は様々な動物のものと混じってわからなかったが、むかれて捨てられた皮のように、服の切れ端のようなものが見つかった。
リューズが竪琴を爪弾きながら、みんなに提案する。
「これで、ご家族も空のお墓を手入れすることは、なくなるんだね。私と一緒に、お墓参りに行かない?」
村に戻り遺品を手渡すと、家族から感謝された。そしてリューズの提案は、幾ばくかの慰めになったようだ。
墓地へ案内されると、リューズは子供たちへ鎮魂歌を捧げる。
「天に迎えられし子供達に安らかな眠りを‥‥そして、再び現世に生まれる時は幸せな人生を送れますように‥‥」
フレイアは墓を見つめながら、静かな表情の下でバグベアを倒した報告と、子供たちが安らかに眠れるよう、祈りを捧げた。
かくして冒険者たちは、森からやってきた悪夢を物語の中へと追い返し、犠牲なった子供たちの霊と家族に慰めを与えた。
村に平和を取り戻し、遺族と村人たちの賞賛を背に浴びながら、彼らもまた、村を救った冒険者と記憶され、冒険の世界へと戻っていったのである。