聖職者の消えた死体

■ショートシナリオ


担当:深紅蒼

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2005年10月01日

●オープニング

 パリに近郊ある寂しい森の中。ここで人が死んでいるのが見つかった。見つけたのはある吟遊詩人で、歌の創作のためにこの森にある泉のほとりで考えたり竪琴を鳴らしてたりしていたらしい。
「そうなんです。僕は自分で言うのもなんですが歌や演奏は上手いと思うんです。そうですね、パリで5本の指に入るんじゃないと思いますよ。けれど、どうにも作曲や作詞が苦手でして‥‥そりゃあ自作の歌なんてなくても商売は出来ますけどね、あればあるに越したことはないじゃないですか。だから一念発起して創作活動に踏み切ったわけですよ。この森には音楽の神様がいらっしゃるような‥‥そんな気がするんです、僕」
 吟遊詩人だけあって語り出すと止まらない様だ。
 ともかく思索にふけっていた吟遊詩人は不審な音に目を覚ます。真夜中であった。ランタンの光が5つか6つ木々の向こうに見え隠れする。吟遊詩人は気配を殺して成り行きをみているとランタンの光は少しずつ近づいてきた。そして泉の側までくると何かを投げ入れた。パシャーンと激しい水音が夜の森にこだまする。そのまま男達はいなくなった。その間、誰も一言も話さなかった。
 長い時間がすぎてようやく空が白み始めると吟遊詩人はそっと泉に近寄ってみた。そこには老人の死体が1つ、水面に浮かんでいた。恐ろしかったがやっとの思いで引き上げてみるとそれは聖職者のローブを着ていた。刃物で傷つけられたらしく、服とその下の身体に数カ所切られた跡がある。
「もうびっくりしましたよ。だからあわててパリに戻って人に知らせたんです。けれど森に戻ったらその死体がないです。嘘じゃないんです。僕は確かに見たんです! ほら、短剣だって泉の側で拾ったんです。でも誰も信じてくれない。だからですね、もう身銭を切ってギルドにこの話を持ち込んだんです。僕が嘘つきじゃないって証明してください!」
 吟遊詩人は興奮したのか豊かな声量で絶叫をした。

●今回の参加者

 ea8761 ローランド・ユーク(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2581 アリエラ・ブライト(34歳・♀・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2823 シルフィリア・カノス(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb3050 ミュウ・クィール(26歳・♀・ジプシー・パラ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●嘆きの吟遊詩人
 吟遊詩人のミシェルはまだ開店していない酒場で冒険者達を迎えた。
「この店は僕が懇意にしている人のでね、多少の無理は聞いてくれるんです。善良なこの僕が不名誉な『嘘つき』の称号を押しつけられそうだというのにいたく同情して、こうして便宜を図ってくれるのです。本当に日頃の行いって大事ですよね。そう思いませんか、皆さん。ほら‥‥考えてもみてくださいよ。そもそもですね‥‥」
 放置していれば、そのまま延々と講釈を垂れ流しそうだ。4人の冒険者達は互いにチラリと目配せをしあっていたが、なんとなくその場の雰囲気で3人の視線が1人に集まる。
「しょうがねぇな」
 他人には聞こえない程小さな声でそうつぶやくと、ローランド・ユーク(ea8761)は言葉を土砂降りの様に続けるミシェルに向き直る。
「そうは言うが『嘘つき』なんて吟遊詩人には最高の褒め言葉だろう」
「な、な‥‥何ってことを言うんですか!」
 ミシェルは顔を怒りで真っ赤にした。
「僕は嘘つきなんかじゃありません。本当に真実、僕は殺された聖職者様を見たんです!」
 しかしローランドは余裕しゃくしゃくでミシェルをからかう。
「全く良く出来た話だな。身銭切ってギルドまで巻き込むこと自体、虚構の一部ってワケか。さすが自分で『パリで5本の指に入る程の吟遊詩人』と言うだけあるぜ。全く‥‥才能だな」
「そんな‥‥」
 にやにや笑うローランドにミシェルは泣きそうな顔になる。
「ほらほら。あんまりからかうモンじゃないよ。それよりちゃんと話を聞こう。なんて言ってもミシェルさんは生き証人なんだし」
 アリエラ・ブライト(eb2581)がとりなすように言う。
「そうです。私も是非ミシェルさんが見聞きした事を伺いたく存じます。情報は少しでも多い方が今後の助けになりますから、出来る限りの詳しく教えてください」
 シルフィリア・カノス(eb2823)も視線でローランドをたしなめ、ミシェルに笑顔を向けた。
「皆さん‥‥」
 ミシェルの表情が歓喜にほころぶ。その時、ミュウ・クィール(eb3050)は駆け寄ってミシェルの両手をギュッと力任せに掴んだ。
「い‥‥」
「ミシェルったらみんなに信じてもらえないなんて、かわいそぉなのー★ 死体さんも、本物なら、死んだことにさえ気づいてもらえないなんて、かわいそぉなのー★ だからあたしがなんとかしてあげちゃうのー★」
「い、いた‥‥いたい」
 ブンブンと両手を振り、ミュウは『今のこの胸の内』を力説する。容赦のないミュウの力にガクガクと頭が揺れるミシェル。ローランドは思わず笑いを堪えきれない。
「とりあえず話してみろ。ここにいる俺達は頼れるあんたの救い主になる予定だからな」
「あ、ありがとう。ありがとうございます」
 ミュウに玩具にされながらも、ミシェルは4人に頭をさげそのまま号した。

 きっかり1時間泣いた後、ようやくミシェルは話を始めた。しかし、この男は『物事を順序立てて簡潔に話す』という才能には恵まれていなかった。洗濯場で見かける女達の雑談よりも話があちこちに飛び、しかもごてごてと修飾語が連呼される。
「それでですね。私が引き上げたその方は‥‥あぁああああぁぁぁなんということでしょう。あろうことかその方は既にこときれていたのです。ぐっしょりと濡れた厚手のローブが重くて重くて‥‥そりゃあ難儀しました。周りは明るくなってきましたけど早朝すぎて誰もいなくて手伝っては貰えないし‥‥そうですよ。こんなところを誰かに、あの人殺し達に見られてしまったら僕まで殺されてしまうじゃないですか。もう、あんなに怖かったのは後にも先にも‥‥そうですねぇ。カルロスとかいう悪党が立て籠もったという城を見物に行ったときぐらいですね。恐ろしいデビルが集まっているというので、本当に遠くからでしたけど見に行ったんです。はい、あの時ぐらい怖かったんで‥‥」
「ちょっと待った!」
 強引にローランドは大きな声を出した。ミシェルの言葉が途切れる。見ればローランドだけではない。アリエラもシルフィリア、そしてミュウもげんなりとした表情で座っている。表情には色濃く疲労が浮かんでさえいる。
「さすがのあたしも‥‥ちょっとつらいのですぅー☆」
 なんとなく語尾が白ちゃけた感じでミュウがつぶやく。
「物語ではないのですから、要点だけをお話下さった方が理解しやすいですし、時間もかからないと思うのですが‥‥」
「‥‥はぁ」
 シルフィリアのやんわりとした提案だが、ミシェルは気乗りしなさそうに返事をするだけだ。ミシェルにとって語ることとは物語りすることであった。
「つまり夜の森に死体を捨てに来た人がいて、でもパリに戻って人を呼んで来たらいなくなってしまっていた‥‥そういうことだよね」
 アリエラがこれ以上ない程簡潔に言い表してみる。
「‥‥そうなんです。そうなんですけれど、それには多くの浪漫と謎と恐怖とが‥‥」
「わかった! そういう細かいところは俺達が質問する。お前はそれに答えるだけにしろ」
「えー」
「賛成!」
「だいさんせー★」
「私もローランドさんのご意見を賛成いたします」
 不満げなミシェル以外の賛成を得て、ローランド案による聞き取り調査が始まった。

●情報の先に
 アリエラはパリから現場となる森まで愛馬に揺られて行くことにした。足の速い馬だが長い間高速で走り続けられるわけではない。だから、アリエラは乗馬用の馬と変わらない速度で走らせることにした。そして人を見かけるとすぐに話をする。
「最近、年を取った教会にいる様な人をこの辺りで見かけませんでしたか? それと、5,6人の人相の悪い男の人達‥‥見ませんでした?」
 行き交う人の多くは旅人で、定期的にここを行き来しているわけではなく目撃情報もなかなか得られなかった。
「でも、私は諦めないんだから」
 赤い髪を風に揺らし、アリエラは更に森へと向かった。
「お嬢さん、聖職者を捜しているのかい?」
 頭に頭巾を被った旅人がアリエラに近づいてきていた。
「そうなの。もしかしてどこかで見かけたことがある?」
 駄目で元々‥‥な気分のままアリエラは質問をする。
「何日前だったかな。宿屋で一緒になった旅の人が人相の悪い奴らに連れ去られる老人を見たと言っていたよ。たしか‥‥その老人が聖職者っぽい服装をしていたとか聞いたねぇ」
「ほ、本当?」
 アリエラの目が輝く。

 シルフィリアは徒歩でパリ郊外の村へあちらこちらと立ち寄っていた。そして村にある小さな教会に出向いてはそこで話を聞く。クレリックであるシルフィリアが教会に行くことは至極当然の事で誰も不審には思わないが、村にとっては珍しくどんどん人が集まってくる。その村人達にシルフィリアは根気よく聞き込みをした。自分以外にこの村を最近聖職者が訪れなかったか。それから鳩の絵がついた武器に心当たりはないか。
「それは‥‥ちょっと」
 いくつめかの村で『鳩の絵』の話をすると目をそらす男がいた。シルフィリアの視線から逃れる様に人の輪から外れようとする。
「あの‥‥あの、すみません。ちょっと‥‥」
 シルフィリアもその男の後を追う。けれど集まってくれた人々をそのままにする事も出来ない。彼等はシルフィリア目当てで集まっているのだ。やっとの思いで1人になるとシルフィリアは先ほどの男を捜そうとした。狭い村の中だが、なかなか求める人は探し出せない。
「こんなところにいたのですか?」
 男は村はずれの柵の側にいた。
「来ないでください。おらぁ‥‥おらぁ‥‥」
 怯えたように男は膝を抱えてうずくまった。

 ミュウが森に着いた頃、辺りは夕暮れになっていた。静かな森はひっそりとして、人影も見えない。いくら危険な動物はいない森とわかっていても、この刻限から森の中に入るのはやや勇気が必要になる。
「ミシェルはすごいのぉー★ 夜の森に1人で入るなんて、ちょっとこわいのぉー★ でも、でも、あたしも頑張らなきゃなのぉー★ えい!」
 勇気を出してまず1歩。更にもう1歩、そして1歩。ぎくしゃくとした歩き方だが、確実にミュウは森へと入ってゆく。
「やっぱりちょっと怖いのぉー★ そうだ! あたし歌っちゃうのぉー★ そうすれば怖くなんかないのぉー★」
 我ながら妙案だとミュウは思う。そして次から次へと思いつく限りの歌を歌い、そして歌いながら踊りを踊る。自然と身体が動いてくると不思議に恐怖も薄れてくる。ここがどこだか、何を為すために来たのか‥‥踊りは全てを忘れさせてゆく。服の袖口や裾が風になびいてヒラヒラと動く。
「あれ?」
 気が付くと、どこから湧いたのかと思うほど沢山の見物客が集まっていた。即興で稚拙だが伴奏までしている者もいる。
「いい踊りだね、あんた。もっとやってくれよ」
「そうだ、そうだ。踊っておくれよ」
 観客達の喝采を浴びて嬉しく思わないジプシーはいない。
「わかったのぉー★ もっと音楽をぉ手拍子をぉー★」
 ミュウは更に激しく踊り始める。

 ミシェルから鳩の絵がついた短剣を預かったローランドは、パリ市内での聞き込みをしていた。最初は冒険者のギルド、そして被害者とおぼしき者が関係していた教会、そして最後に向かったのが酒場であった。ちょうど陽も落ちて酒場には沢山の者達が顔を出す。まっとうな仕事をしている者達が一日の疲れを癒しに来る事もあるが、場所と時間によっては胡散臭いスネに傷持つ者達も寄ってくる。そういう類の男達の中で、妙にローランドを見つめている男がいる。ローランドは見られていたことなどおくびに出さずに店内をうろつくと、その男の隣にどっかりと座った。ビクッと男の身体が揺れる。上衣に隠れて少ししか見えない短剣をじっと見つめてきていることはわかっていた。この男は何かを知っている‥‥確信があった。
「ちょっと困った事があってな。出来たら色々と教えて欲しいんだが‥‥」
 ニヤリと悪ぶって笑って見せると男は不審そうな顔でローランドをじろじろと見る。
「なんだよ、あんた。おらぁ情報屋じゃないぜ」
「わかってるって。おい、この兄さんに同じ酒をもう1杯」
 ほとんど空になっている男のグラスを見てローランドは店員に酒を追加注文する。
「酒を奢られたからって話なんかしねぇぜ」
 警戒心をあらわにして男が身を引く。
「酒1杯で話してくれなんて了見はないぜ。安心しなよ、兄さん。俺も1人で飲むのは味気ないから付き合ってくれって訳だ」
「‥‥なんだ、そうか。そうならそうと‥‥」
 男はあっさりと新しいグラスに口をつける。
「良い飲みっぷりだぜ。今夜は楽しい酒が飲めそうだ」
 すっかり術中にはまっている男を見つめ、ローランドは浅く笑った。

 翌朝。泉からほど近い森の中で不自然に土が盛り上がった場所が見つかった。
「森で恋人と会っていた人が教えてくれたのぉー★ ちょっと前まではこんなもりあがったところはなかったのぉー★ 不自然なのぉー★」
 ミュウは地面を指さす。
「ある村の男の方が人相の悪い男達から農具を売ってくれと頼まれたそうです」
 シルフィリアが言う。その男達の1人が鳩の絵がついた武器を腰から下げていたのだそうだ。
「人の来ない小さな教会を根城にしようとしていた悪党どもがいるって話も聞いたぜ。そいつらは鳩の絵がついた武器を持っているらしい」
 ローランドも色々と聞き込んできた情報を話す。
「掘ってみるしかない‥‥かな」
 アリエラは皆を見つめ、そして木の陰から顔を覗かせているミシェルを見る。
「やるぞ」
 ローランドが木ぎれで土を掻く。すぐにその下に埋まっているモノが姿を現した。
「ひぃぃぃぃぃいい」
 ミシェルの声量豊かな悲鳴があがる。土から出てきたのは、殺された聖職者の悲しい亡骸であった。十字を染め抜いた服からは文字の乱れた遺書が見つかった。それには教会を悪事に使おうとする者達に狙われ、殺されようとしている状況が書かれていた。
「なんと卑劣な‥‥」
 シルフィリアは十字を切り亡き聖職者に祈りを捧げる。
「かわいそうなのぉー」
 シルフィリアの身体にすがってミュウがそっとつぶやく。恐ろしくて亡骸を直視する事が出来ない。
「これで汚名返上になるかな」
「多分‥‥なるだろうな」
 アリエラの言葉にローランドは重い口調でそう言った。