●リプレイ本文
●虜囚の村
事件を聞き依頼を受けた冒険者達はそれぞれに『出来るだけ速い手段』を用いて村にやってきた。フェリシア・フェルモイ(eb3336)はセブンリーグブーツを東雲大牙(ea8558)に貸した。大牙が村に到着した時にはメリル・エドワード(eb2879)を除く全ての者達が村はずれの薪小屋に参集していた。ここからは村の全容がよく見える。
「これのお陰で助かった‥‥」
「いえ。お役に立てて光栄です」
すぐに大牙は借り物を返却する。
「ラルフ兄様」
夕闇せまる空から戻るラルフ・クイーンズベリー(ea3140)をまっさきに見つけたのは、彼の義妹であるフェルトナ・リーン(ea3142)であった。能力でも魔法でもなく、愛の力が彼女に兄の姿を見いだす力を授けるのだろうか。
「皆さん、義兄が偵察から戻りました」
そう言うと、フェルトナは嬉しそうに兄に駆け寄る。ほんの少し離れていただけなのだが、義兄を案じていた思いは安堵に満ちる。
「どうだった?」
レオパルド・キャッスル(eb3351)はラルフに尋ねる。レオパルドの手にはこの村の者から贈られた剣がある。この剣に掛けても、村人を犠牲を出さずに解放しなくてはならないと思う。
「空から探ってみたけれど‥‥村の大人達は村の集会場らしい大きな建物に押し込められているみたいだ。レオパルドさんの読み通りだね」
ラルフは目にかかる前髪をうるさそうに頭を振って払いながら言った。右手は荷物、左手はフェルトナに絡まれ手が使えない。
「やはりそうか」
レオパルドは低くつぶやくと小さくうなずいた。これだけの大人数を比較的少ない人数で制圧するには、どこか1カ所に集めているのだろうと思っていたのだ。
「‥‥見張りがどこにいるかはわかりましたか?」
シルフィリア・カノス(eb2823)が尋ねる。敵がどこにいるのかあらかじめ見当を付けることが出来れば、村人救出はよりやりやすくなる。
「外に大人が4人いた。これは見張りだと思うな。けれど、中は良くわからない」
ラルフがすぐに答えた。
「子供の行方はどうなのでしょうか?」
堪えきれずにフェリシアが聞いた。悪魔に身も心も売った『猊下』は生け贄に子供を使う。大人達よりも子供達の行方が気に掛かった。
「それなんだけど‥‥集会場の地下なんじゃないかと思うんだ。大人達よりも遠い場所に子供達と‥‥それから数名の大人の息を感じた」
「つまり‥‥大人を解放し速やかに地下へ行く必要があるということですね」
別方面で偵察をしていた水無月冷華(ea8284)の姿があった。背筋のピンと伸びた姿と真っ直ぐに見つめる瞳からは、彼女の自己に厳しい生き方が伺える。
「侵入出来そうでしたか?」
フェルトナは事前にリリアーヌ・ボワモルティエよりこの辺りの事を知らされていた。その情報を冷華にも伝えていた。
「情報は確かでした。村の裏手‥‥山へと向かう道なき道には誰も注意を払っていない様子です」
そこから一気に村の集会場を目指す。それが今回の作戦になった。
●行動
夜になっていた。冷華は愛馬『霧風』を少し離れた場所に繋ぐと、足音を忍ばせて戻ってきた。
「‥‥行くぞ」
「わかった。行こう」
大牙とレオパルドが先行する。2人とも見事に気配を殺し足音を立てずに移動してゆく。うち捨てられた村の様に静かであった。時折背後の山から鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。その音に混じって足音が聞こえてきた。大牙もレオパルドも身を低くして歩みを止める。それは敵の見回りであった。人手不足なのか1人だ。
「‥‥眠ぃなぁ」
若い男はカンテラを持ちぼやきながら村を歩く。
「『鳩』だ」
「あぁ。『鳩』の紋様だ」
若い男の腕には『鳩』の刺繍を施した布がグルグルと巻かれていた。それを2人はハッキリと確認した。2人とも一気に間合いを詰める。ほとんど音らしい音もなく戦闘は終わった。レオパルドは動かない男の身体を抱え、民家の脇にそっと降ろす。大牙が小柄を男の身体から引き抜いた。
前衛の2人から少し間をあけて、ラルフ、フェルトナ、冷華、フェリシアが続いていた。
「まだ息があります」
冷華は倒された敵の生死を調べ、必要ならば『アイスコフィン』を使った。こうしておけば騒がれることもない。
「後が面倒ですが、今はこれで良いでしょう。時間を取らせました」
冷華が立ち上がる。
「お二人と少し間があきました。参りましょう」
フェリシアは大牙とレオパルドが消えた方へと歩み出す。2人が通った後は必ず敵が倒されていた。安全な筈だが油断は出来ない。
「ラルフ兄様」
「フェル‥‥足元に気をつけて。僕たちが先行している2人の邪魔するわけにはいかないからね」
「はい‥‥兄様と一緒なら、私なんだって出来ます」
フェリシアは憧憬と親愛の視線を義兄に向ける。
「私が先頭に立ちます。もしシルフィリア殿が追いついて来たら教えてください」
冷華はそういうと、用心深く先を進み始めた。
シルフィリアは少し遅れて村を移動していた。怪我人を治療するためであった。仲間であれ村人であれ、戦闘のさなかでは治療できない。ある程度距離を置く必要があった。不気味な程静かな村だった。この村のどこかで大牙やレオパルドが戦っている筈なのに、嘘の様に音がしない。その痕跡は敵の倒された姿として道ばたの目立たない場所に放置されている。
「村人はみんな集会場にいるのでしょうか‥‥それとも‥‥」
民家のどこかで身を潜め震えている者もいるのだろうか。しかし、今はこの音が出そうな戸を開く訳にはいかない。
その時、シルフィリアの背後で空気が動いた。とっさに振り返る。
「あ‥‥あなたは!」
●戦い
大牙とレオパルドは村の集会場の扉を開いた。外の見張りはもう倒してある。人数からすれば、中にいるのは4人の筈だ。中は広く、四隅に煌々とカンテラが光を放っている。大牙は転がるように内部に入るとそのまま2転して立ち上がった。外との明暗の差に目が眩むこともない。
「なんだ! てめぇは!」
部屋の奥にいた男が怒声をあげた。
「きゃあああ」
「わあぁぁあああ」
「助けてくれぇえ」
村人達の悲鳴があがる。座っていた村人達が立ち上がったり、這い回ったり‥‥とにかく収拾がつかない。
「くっ‥‥」
敵との間に村人が多すぎて小柄は使えない。いきなり割って入る可能性もあるからだ。大牙は小柄を諦め敵に向かって低い姿勢のまま突進した。
レオパルドは剣を抜こうして諦めた。村人が多すぎる。一斉に立ち上がり右往左往している。こんな時に剣を抜けば、村人に怪我を負わせてしまうだろう。
「うぉらああああぁ」
しかし敵はそうは思ってないらしい。見張りらしい『鳩』の手下は長剣を抜きレオパルドに向かって振りかざす。村人がいることなど歯牙にも掛けていない。
「やめろ!」
老婆と娘が敵の刃にかかる‥‥のをレオパルドが飛び込んだ。
「きゃああ」
「あああ」
老婆と娘が悲鳴をあげる。レオパルドの腕に抱えられゴロゴロと集会場の木の床を3人で転がる。
「死ね!」
追いかけて来た敵が剣で刺そうとする。戦いの場所が移動するたびに新たな悲鳴があちこちから上がる。村人の多くは恐慌状態に陥っていた。
「逃げろ! 速く!」
レオパルドが叫ぶ。娘はもがくようにうごめいているが、老婆はピクリともしない。
激しい風が集会場に荒れ狂った。手足を真空の刃に斬りつけられ、剣を降ろし掛けていた男が風に顔を覆う。
「がぁああ」
レオパルドは溜めた力を一気に右脚に乗せ敵の腹を蹴った。男が吹き飛ぶ。
「皆様、出口はこちらです。避難を!」
扉を大きく開き、その向こうからフェリシアが精一杯の声を出す。戸口には今『ウィンドウスラッシュ』を使ったラルフが立っている。
「レオパルドさん、大丈夫?」
「あぁ‥‥正直助かったぜ」
ニヤリとレオパルドが笑う。どうやら老婆は失神しているだけの様だ。
「‥‥こっちも仕留めた」
少しずつ外に村人が出てゆく。その数え切れない人影の向こうから大牙が姿を現した。足元には敵が倒れている。
「あ‥‥」
冷華は男が1人床の一部を剥がし、その下に身を躍らせるのを見た。
「すみません、あそこが地下室への入り口ですか?」
冷華は逃げまどう村人の腕を取り、もう1方の手で床を示す。
「そ、そうだよ。小麦の貯蔵庫だったけど広げていたみたいだ」
「子供達もそこですか?」
フェリシアが問う。
「そうだ。そうだと思う。もういいだろう」
村人は冷華の手を払い外へと走り出す。
●破滅の魔法陣
小麦の貯蔵庫には誰もいなかった。しかし1方の壁に大きな穴が空いている。どこかへと続く地下道の様だ。走る程なく広い空洞に出た。四方も天井も床もむき出しの土。しかし、その一角には奇妙な祭壇がしつらえてあった。
「この様な場所にまで‥‥」
古びて色の褪せた豪勢な僧衣を着た男が重々しく言った。たぶんその男が『猊下』なのだろう。『猊下』の足元にはなにやら紋様が描かれ、その中心に子供達がいる。皆、銀髪の可愛らしいエルフの子供達だ。
「アンナさん!」
フェリシアは思わず声をあげた。紋様の真ん中にいた子供達のなかに‥‥アンナがいたのだ。しかし、名を呼んでも子供達は誰もピクリとも動かない。
「儀式の邪魔は許さぬ! こやつらを殺してしまえ!」
僧衣の『猊下』は手下達に命令を下す。とはいえ、それはたった2人。上から逃げていた男と、そして左右の腰に武器を携えた‥‥あの二刀流の男だ。
「あいつ‥‥こんなところにいたか!」
レオパルドが武器を持ち直す。奴は自分が倒す‥‥かつての決意が再び胸に浮かぶ。そこへ身軽な人影がレオパルドの更に前に飛び出した。
「大注目! 目の球ひんむいてばっちり見ろ! 下らない理由で悪事を働く悪人共、この超肉体派ウィザードがお前達をけちょんけちょんに退治してやるのだ!」
ビシ!っと指を『猊下』に突きつけ現れたのは‥‥メリルであった。
「め、メリルさん。そんな先まで行ったら危ないです」
途中合流し、村人達の応急処置を済ませたシルフィリアが遅れてこの地下空洞にやってきた。
「仕方ない‥‥時間を稼げ!」
二刀流の男は手下にそういうと腰の武器を抜いた。そしてレオパルドめがけて突進してくる。
「是非もねぇ!」
上から逃げてきた男も闇雲に剣を抜いて向かってくる。
「穢れ無き白き血を贄とし‥‥我は大いなる力の開放を願う」
両手を広げ『猊下』の 儀式が行われる。あるはずのない風が地下空洞に生じ始める。
「喰らえ!」
レオパルドが『バーストアタック』を使う。二刀流の男の右手の武器が砕ける。しかし左手の武器がレオパルドを薙ぐ。
大牙が小柄を投げる。男がバランスを崩したところを大牙が走り剣を閃かす。男は地面の土を大牙の顔めがけて投げた。
ラルフは『ウィンドウスラッシュ』を『猊下』の足元を狙って放った。フェリシアから借りたルーンタブレットのお陰かキッチリ命中する。しかし儀式は中断されない。
「そんな!」
「ラルフ兄様」
走り出しそうなラルフをフェルトナが止める。
「これを!」
「ありがとう! 効果増強の稲妻を喰らっちゃえ!」
メリルはフェリシアからマジックパワーリングを受け取り、『猊下』に向かって『ライトニングサンダーボルト』を放った。一直線に稲妻が走る。けれど地面に描かれた紋様が鈍く光り稲妻の進路が紋様へと吸い込まれる。バチバチと稲光が紋様に光に絡みつくように放たれ続ける。
「まったく効果無し? まさか!」
メリルの表情が哀しげに変わる。
「おおおぉぉ」
どんどん激しさを増す光の紋様に『猊下』は満足げな笑みを漏らす。
「発動せよ、破滅の魔法陣。全てを無に導くのだ!」
大きく手を広げ『猊下』は高く笑い続ける。
「アンナさん!」
フェリシアは駆け寄る。目を開いていられないほどの光の中心には、アンナがいるのだ。
「無理です、フェリシアさん‥‥きゃあ」
シルフィリアがフェリシアを止めようとするが、2人とも紋様の外側に触れはじき飛ばされてしまう。
「危険です! 伏せてください」
光はどんどん膨張してゆく。冷華は唇を噛みフェリシアとシルフィリアを地面に伏せさせる。
「フェル!」
「兄様!」
ラルフとフェルトナも、戦っていた大牙とレオパルド、そしてメリルも光の圧力に抗しきれない。
「だめぇ!」
「うぉあああああああ」
アンナの声と『猊下』の叫び声。
真っ白になった。遠くで優しい声が聞こえた気がする。
その村の集会場地下から救出されたのは、冒険者8名と『鳩』の者2名と子供達。しかし、『猊下』とアンナは奇妙に変形した姿で死亡が確認された。『猊下』はどの動物ともしれぬ物と融合途中という様な形を取り、アンナは‥‥背から白い翼が右肩からだけ生えていた。祭壇も紋様も‥‥今はもう見えなかった。