●リプレイ本文
●小さな情報提供者達
ピーター少年とその姉マギーは村外れにある柵のそばにいた。4人の妙齢な、それぞれに美しく、村では見たこともない立派で珍しい身なりの者達が近寄ってくる様を2人の姉弟はポカンと目を丸くして見つめている。
「はじめまして……私達はシャルル君を捜しにこの村にやって参りました」
豊かな黒髪を長く背に垂らしたアヴリル・ロシュタイン(eb9475)は子供達を驚かさない様、優しげな笑みを浮かべ自己紹介をした後に言った。子供達は敵意と好奇心と、不安がごちゃ混ぜになった様な目で4人を見上げてくる。彼等もまた、シャルルが村を出てから心配な日々を過ごしているのだろう。
「あのね‥‥シャルル君の御両親はとても心配しています。それに今の季節、一人で外に居るのはとても危ないです。何かあってからでは遅いから‥‥もし、何か知っている事が有ったら、教えて貰えませんか?」
ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)はなるべく平易な言葉を選び、子供達に訴えかけた。事実、真冬の寒さは人の命を奪いかねない。
「僕ぅ‥‥」
「ピーター!」
困り果てた様子の弟の名を姉は厳しい口調で呼んだ。それだけで弟はうつむき、押し黙ってしまう。
「あなた方はシャルル君ととても親しくしていらしたとご両親から伺いました。シャルル君の苦しい胸の内をご存じなのではないですか?」
柊冬霞(ec0037)は睨むように見上げてくるマギーに向かって優しく言った。この姉弟もシャルル少年を気遣い、大事に思っているのは間違いない。
「思っている事を伝え合わなければ気持ちも伝えられませんし、理解し合うことも出来ません。シャルルさんとご両親の為に、知っていることを教えて貰えませんか?」
争いや諍いを止められるものなら止めたかった。コルリス・フェネストラ(eb9459)には放っておけなかった。一番心落ち着く筈の家族の中でこの様な問題が起こり、子供も親もきっと傷ついているだろう。早くなんとかしてあげたいと思う。
「‥‥そうね。何も言わずに家出したんじゃシャルルが逃げ出した事になるわよね。言いたいことがあるなら、ちゃんと言うべきなのかも知れないわ」
「ねーちゃん! シャルルちゃんの事を……」
「あんたは黙ってなさい。ねーちゃんだって考えて言ってるだから」
半ベソの弟をまたもや一喝し、マギーは気持ちが決まったのか4人に向き直る。
「シャルルはね、ギャクタイされているのよ!」
「ねーちゃん、ギャクタイって何だか知ってるのかよ」
「知らないわよ! でもシャルルはだから家出したの! 本当のお父さんとお母さんを捜しに行ったのよ」
マギーは腕を組みピーターを睨め付けると、目を見開く冒険者達の様子を得意げに見つめた。
●本当の愛
村を出るとすぐそばに山がある。明るい色の屋根をした薪小屋はすぐに木々の向こうに見えてきた。元々は山で拾った枝や木ぎれを使いやすいよう小分けにし、貯蔵しておくための小屋だが、緊急時の為に灯りや防寒具、保存食や水が確保されている。成人男性ならば3日程度は立て籠もることが出来るらしい。
「あの小屋ですね」
冬霞はすっかり葉を落とした木の根を避け、薪小屋へと歩を進める。マギーとピーターはシャルルが家出をする理由は聞いていたが、行き先はパリとしか聞いていなかった。
「パリに行きたかったとは思うけれど、子供が街道を1人で歩いていたのを見た人は誰もいませんでした」
アヴリルは村から物を売りに行くことの多い者達を訪ねて廻り、シャルルらしい子供を見なかった聞いてみた。けれど、誰もその姿を見ていない。
「村を離れる決心がつかなかったのでしょう。私にも判る気がします」
冬霞はそっと目を伏せた。シャルルもその両親も、きっと他人より少し不器用なだけなのだ。
「多分そうだと思います。村には雑貨を商っている店は1軒しかなかったけれど、シャルル君には何も売っていませんでした」
「家からもそれほど沢山の物は持ちだしていない‥‥と、ご両親が言っていましたし」
ジュヌビエーヴとコルリスも別行動をしていた時に得た情報を仲間達に伝える。
「先ずは調べてみましょう」
コルリスは皆の先に立って小屋へと向かう。
「助けてー!」
その時、小屋の内部から甲高い子供の声が、悲鳴が聞こえてきた。皆、一気に薪小屋へと走る。一番早かった冬霞が扉のノブに手を掛ける。動かない。
「鍵がかかってます」
「押し破ります! 手を貸してください」
コルリスは左の肩から扉へ体当たりする。扉は軋むが開かない。
「一緒にぶつかりましょう。ジュヌビエーヴ様と冬霞様は避けていてください」
アヴリルがコルリスとタイミングを合わせて扉にぶつかる。蝶番が飛び、扉が内側に倒れた。さして広くもない小屋の中に金髪の少年が倒れていた。その少年にのしかかるように小鬼が浮かんでいた。背にはコウモリに似た羽根が絶えずハタハタと動き、物音に驚いたのか醜悪な顔をこちらに向けている。
「インプ! やはりいたのですか」
十字架のネックレスを左手でぎゅっと掴み、ジュヌビエーヴも小屋に飛び込んだ。村の噂ではインプを見た者がいるとあったがそれは本当だったのだ。インプは1匹であったが、果敢にも歯を剥き、敵意をみなぎらせて向かってきた。
「させません!」
コルリスは矢を射るのではなく、『鳴弦の弓』の弦を弾きかき鳴らした。わずかにインプの動きが鈍った様な気がする。その隙に冬霞は壁際を走り、倒れている少年のそばに駆け寄った。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
ガクガクと震える少年は声もなく、ただうなずくだけだ。
「冬霞様、その少年の避難を頼みます」
小太刀を鞘から抜き、アヴリルはインプに向き直った。鋭く素早き動きに刃が輝き、太刀がインプに向かって閃く。しかし、インプも爪でこの太刀を受け止め、受け流す。ギギギと不快な音が小屋に響く。更に、インプはアヴリルへと爪を立てた。ローブの袖がから覗く手がインプに引っ掻かれ、傷口から血が流れる。
「‥‥っつ」
僅かにアヴリルが顔をしかめる。
「アヴリルさん!」
ジュヌビエーヴが駆け寄り、十字架を握りしめたままアヴリルの怪我に『リカバー』の神聖魔法を使う。瞬時にアヴリルの怪我は全快する。
「アヴリルさん、武器をこちらに‥‥」
「はい」
コルリスは己の持つオーラをアヴリルが差し出す小太刀へ与える。
冬霞は自分では動けない少年を半ば引きずるようにして扉から脱出しようとしていた。その2人の背にインプが飛びかかろうとする。
「ああぁ」
「伏せてください」
冬霞は自分の身体を盾にして悲鳴をあげる少年を庇う。
「滅しなさい」
今度こそ、アヴリルの小太刀はインプを切り裂き、絶命させた。
小屋から少し離れた場所にある倒木に少年を座らせた。想像通り、少年の名はシャルルと言った。
「僕を連れ戻しに来たの? 怖いモノから助けてくれたのは感謝してるけど、僕‥‥家にいたくないんだ」
まだ青ざめた顔色でシャルルはうつむいたままで言う。
「シャルルさんは何がしたいのですか? 本当のご両親を捜したいのですか?」
コルリスが尋ねるとシャルルはうつむいたままで更にうなずく。
「でも、貴方は今のご両親の事を大好きなのでしょう? そうでなかったら、もうとっくにパリへと着いている筈です」
冬霞も優しくシャルルの髪を撫でながら言った。
「僕、駄目なんだ。僕、父さんや母さんの本当の子供じゃない。叱られてもちゃんと出来ないし‥‥僕なんて、これ以上居ても悲しませるだけなんだ!」
顔をあげたシャルルは涙でくしゃくしゃの顔をしていた。汚れた頬に涙がこぼれる。
「シャルル君、疑うのならまず話をするべきですよ」
アヴリルが優しい笑顔を浮かべながら言った。先ほどの戦いの余韻はどこを探してもない。
「貴方が居なくなってしまって、ご両親はとても悲しんでいます。本当に悲しんでいるのです。お二人を悲しませたくないのでしたら、今の貴方の気持ちをちゃんと伝えるべきです」
ジュヌビエーヴはシャルルの安否を気遣っていた両親を思い出していた。2人がシャルルを愛しているのは間違いない。それなのに、何を掛け違ってしまったのだろう。
「お二人がもし、シャルルさんを大事に思っていないのでしたら、『息子を助けてください』なんて頭を下げて頼んだりしないと思います」
コルリスはシャルルに涙を拭くよう布を差し出しながら更に言葉を添える。
「ほ、本当に?」
シャルルは念を押すかのように尋ねる。
「言葉にしなければ伝わらない事もあります。貴方にも、そしてご両親にも、必要なのは自分の気持ちをご両親に伝える事だと思いますよ。ですから、帰りましょう」
冬霞の言葉に、シャルルは少し黙っていた後、小さくうなずき小さな傷だらけの手を差し出した。