●リプレイ本文
●正直村の異邦人
その村の者達は皆おっとりとした様子の穏やかで優しい人ばかりであった。勿論、皆が同じ性質というわけではないから若干のばらつきはあったが、それでも総じて他の村よりも裕福であり、だからこそどこかのんびりとした村であった。肥沃な土地に恵まれ、川がすぐ近くにあり、ちょっと足を延ばせば美味しい実をつける果樹の豊富な森がある。生きるために死にもの狂いになる必要がない幸せな村であった。
冒険者達は馬と馬車を使い、徒歩での半分の時間で村に到着した。馬車を借りたアルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)は出迎えてくれた村人達に事情を話し、その馬車を預ける。しなくてはならない事が全て済んでしまうまで、大事に預かってくれるらしい。
「宜しく頼む。こいつは借りてきただけなんで、終わったら返さないと違約金をボッたくられるんでな」
アルフレドゥスが笑って言うと馬の手綱を受け取った男が笑ったうなずいた。
「頼みついでに……ここの村長と、それからヨンって男の居場所を教えてくれないか?」
馬車から降りた仲間達、そして愛馬ソレイアードを引いてきたセルシウス・エルダー(ec0222)もアルフレドゥスの問いに耳を傾ける。
「それならちょうど良いですよ。ヨンさんは身寄りがないということなので、村長さんの家にずっとやっかいになっているんです。ほら、あちらですよ」
馬の鼻を撫でながら村人は指さした。そこには2階建ての村で一番大きな家があった。どこにでもありそうなごく普通の家だが、壁は白く窓には鉢植えが並べられていて見た目にも美しい。
「俺は先にこの馬を一緒に厩に連れて行ってから向かう。ヴィメリア、『これから村長の家に行く。そこにはヨンという男も居るそうだ。いいな』」
セルシウスの言葉の前半は仲間達に、そして後半部分はゲルマン語を解さない同郷のヴィメリア・クールデン(ec1031)に向けられたものであった。ヴィメリアは判ったという合図に大きくうなずく。
「行こう」
アルフレドゥスが先に立って歩き出すと、馬車から降りた後辺りを見回していたエルミーラ・ヴィッターマン(eb5470)と神坂 尚美(eb9574)も後に続く。アルフレッド・ヴァーン(ec1008)は厩へと向かう村人とセルシウス、そして村長宅へと向かった仲間達をそれぞれ無言で見つめていた。真冬だというのに、この村では日差しや風さえも優しく感じる。行き交う村人達は楽しげに談笑し、アルフレッドに気が付くとにこやかに会釈をし通り過ぎる。本当に正直で優しい人ばかりの村なのだろう。それでも、心の底から手放しで信じることの出来ない自分がいる事にアルフレッドは苦笑した。そして、そんな自分を決して嫌ってはいない。こういう人物も必要なのだ。
「‥‥先ずは村長とヨン、彼等の言葉から検分させて貰いましょう」
青い目を煌めかせゆっくり慌てずに、アルフレッドは村長宅へと向かった仲間達の後を追った。
●闇と火影
無理に捻出した時間的余裕だ。冒険者達はこれを『偵察』に当てることにした。そして、今夜陰に紛れ身を潜ませている。葉陰の向こうに見えるのは敵の拠点である洞窟への入り口だ。見張りが2人、その向かって右側の男の足元に焚き火が赤々と燃え、照明兼暖房の役目を担っている。時折木がパチっとはぜる音がするだけで見張りの男達はどちらも無言だ。
「‥‥」
アルフレドゥスが視線だけで合図すると、セルシウスに無言でうなずく。セルシウスの指先が自分の長剣に触れ、次いでアルフレドゥスの武器に触れる。2人は呼吸を合わせ、一気に草むらか飛び出した。
「な、なんだっ」
「てめぇ!」
見張りの男達は闇の中から不意に現れたアルフレドゥスとセルシウスに驚きの声をあげる。
「おっと!」
飛びかかってくるところをかわし、アルフレドゥスは見張りの首筋に刃のない部分で痛打する。
「悪いが眠って貰うぞ」
僅かに母国訛りのあるゲルマン語でセルシウスも剣の柄を相手の腹に突き出す。見張り達の口からは珍妙な悲鳴がこぼれるが一撃で気を失ってはくれない。
「て、てめぇら、一体‥‥」
「どこの、どこの手のモンだぁ」
顔を真っ赤に染め苦しそうに言いながら、腰の剣やナイフを抜き手向かいしようとする。
動転しているのか、それとも自分の恥だと思うのか洞窟内の味方を呼ぼうとはしない。
「これならどうだ!」
アルフレドゥスの左右の武器が見張りの首を左右から連打し、セルシウスは鞘のままの剣で横腹を思いっきり打った。クタリと倒れる見張り達を抱き留め、音を立てないようにそっと地面に横たえる。
2人は草むらの向こうで立ち上がったアルフレッドに無言でうなずく。
「ここからが本番ですね。ここからは派手にいきましょうか」
準備してきた横棒をそっと見下ろした。棒の長さは5メートルほどもあり、間隔をあけて松明がくくりつけられている。
「灯りをつけるぞ」
戻ってきたアルフレドゥスが低い声で言う。
「判りました」
尚美はセルシウスから預かっている松明の火をエルミーラの持つ2つ松明に移す。それもやはりセルシウスの持ってきたものだ。
「こっちは返すわね」
エルミーラは2本のうち、1本をセルシウスに返す。アルフレドゥスとアルフレッドが村から調達してきた松明は少し短いものであったが、それにも火を付けていった。そして5人はなるべく音を立てないように、森の中に準備してある松明に火を灯していく。
「待ち人は‥‥まだ来ませんか。約束を取り付けることは出来ませんでしたから、あてにはしていませんけれど」
暖かいオレンジ色の火を見つめ、アルフレッドはパリの方角を見た。勿論、木々の中なので景色など見えるわけはない。冒険者には冒険者の苦労や事情があるように、もっと大きな組織には組織なりのしがらみや規則、すべき沢山の仕事があるのだろう。
「でも、やるしかありません」
アルフレッドの周りはいつしか光が一杯になっていた。木に仕掛けられた沢山の松明が燃えているのだ。元の場所に戻ると、アルフレッドは秘密兵器の棒を腰にくくりつけた。
●留守居の村
村の外れ、最も盗賊達の拠点に近い場所ではヴィメリアとヨンが所在なさ気に立っていた。灯りは村から借りた松明1つずつなので自分の廻り以外、闇にすっかり埋もれている。その闇の中、あちこちに鳴子や落とし穴が仕掛けられていた。何も知らない者達が近づいてくれば、すぐに後悔することになるだろう。
これでよかったのだろうか‥‥と、ヴィメリアは思う。自分に出来そうなことは時間が許す限りやったつもりだ。けれど、敵である盗賊達の数は多い。仲間達の囲みを破って村に来る者が1人でもいたら、こののどかな村は蹂躙される。それはなんとしても避けたかった。だから1人、村に残ったのだ。皆で協力してこれでもかと仕掛けた罠だが、朝になって無駄に終わったと笑って撤去に苦労する様になれば良いと思う。
「皆さん、どうしてるでしょうかね」
寒さにガタガタ震えながらヨンがつぶやいた。けれどその言葉はヴィメリアには通じない。不思議そうな表情でヨンを見つめ小首を傾げるがそれだけだ。雄弁な緑の目は、警戒と若干の退屈、そして生き生きとした生命力にキラキラ輝いて見える。けれどヴィメリアの口からはゲルマン語も、そして母国語であるスペイン語も紡ぎ出されることはない。
「どうして話さないんでしょうね。声も出さないなんて」
ヨンは昼間の罠作りにも村人達と一緒に参加をした。その時もヴィメリアが言葉を発するところは一度も見なかった。どうしても意志の疎通が必要な時は文字を書き、それをセルシウスに見せていた様だ。何か仔細があるのだろうが、聞く手段はない。それに、ヨン自身も決して人に胸を張れる人生ではなかったから、聞かれたくないと思う者の気持ちも分かる。結局2人はただ襲撃者を警戒しつつ、じっと闇に目を凝らしていた。
洞窟の前では戦いがもう始まっていた。あらかたは冒険者達に倒され、気絶して地面に転がっている。
「次!」
アルフレドゥスの両手のメイスが敵を屠る。返り血を浴びた姿が松明に赤く照らされる。
「わたくしが退治して差し上げますわ」
エルミーラのロングソードが閃き血しぶきをあげて盗賊の1人が倒れた。そのエルミーラの装備も返り血ではない血で随分染まっている。
「安らかに眠っていてください」
尚美は目の前の敵にも手をかざし眠りに誘う。武器を手にした盗賊がまた1人、力を失って地面に崩れる。これでもう3人目だ。しかし風向きが悪かったのか、尚美の瞼も降りてきた。壁にもたれるようにしてずるずると倒れてしまう。
「何倒れてやがる!」
盗賊の剣が尚美に突き刺さる。パチッと尚美の目が開くが、瞬時に苦痛に歪む。
「待て」
再度尚美に剣を振りかざした盗賊にセルシウスが手をかざした。そこから放たれた力に盗賊が吹き飛ばされる。
「後ろが隙だらけですよ」
アルフレッドの短剣が閃き、その盗賊も地に伏した。
その頃になっても援軍は来なかったが、大勢は決していた。盗賊達の中でも臆病なのはもうとっくに散り散りになって逃げ出していたのだ。気が付けば地面には17人の盗賊が転がっている。
「おい! 頭目はどこだ?」
眠り込んでいた盗賊の1人をアルフレドゥスが強引に引き起こす。
「え? かしら‥‥かしらは‥‥あ、いない」
「本当ですか?」
とっくに棒を外して戦っていたアルフレッドもナイフを鞘に収め駆け寄ってくる。
「‥‥逃げられたか」
セルシウスも剣を収める。拠点には出入り口は1つしかなかったし、腕自慢の頭目だというから向かってくるかと思っていたが、そうではなかったようだ。恐らく手下を放り出して逃げ出していたのだろう。
「っしょう!」
混戦のさなかに逃げていったのだろうと思うと悔しくてたまらない。アルフレドゥスは苛立ちを隠せず強く地面を蹴った。
逃げた盗賊のうち、1人は方角を誤り村へと辿り着き落とし穴にはまって捕らえられた。
「‥‥」
頭から穴にはまった盗賊を松明に照らし、ヴィメリアは肩をすくめた。
この夜、盗賊は合計18人、うち14人が生きて司法に引き渡された。