●リプレイ本文
●子供の記憶
たった1人村に戻った子供は両親に連れられて居間にやってきた。居間とは言うものの、特別な調度品があるわけでもない。玄関から入って台所ではない辺りがだいたいこの家の家族が集まる『居間』であり、もっとも広い空間であった。
「おぉ、おまえが無事に生還した奇跡の子じゃったか。見たところ怪我もないように見受けられるのぉ」
粗末な椅子に腰を下ろしていたルーロ・ルロロ(ea7504)は立ち上がり、居間に入ってきた子供をじっと見つめる。よれよれの寝間着と髪には寝癖がしっかりとついている。事件以来ずっと寝込んでいるのかもしれない。愛想良さそうに笑っていたが、ルーロの視線には検分するような冷静なものが混じっている。子供は知らない大人5人を前にして怯えた様に母親の背に隠れた。しがみつく子供に母親は困惑し父親はなんとか子供を客人の前に押し出そうとする。
「やっぱり驚かせちゃったみたいだね。うーん、気持ちはわかるんだけどさ、友達を助ける為なんだからあんたもあたしたちに協力してくれないかな?」
どっかりと椅子にすわり腕を組んだまま、ジェラルディン・ムーア(ea3451)は子供を強く光る澄んだ瞳で見つめる。
「‥‥たすける? 僕を怒るんじゃないの?」
小さな声で子供が聞き返してくる。母親の後ろから顔だけを横にひょいと覗かせる。おそらくは1人で戻ってきたことを誰かに責められたりしたのだろう。子供の表情は暗く怯えているようだ。
「その通りよ。私達はその為に来たのよ」
ごく穏やかそうな様子でシェリル・オレアリス(eb4803)がうなずいた。
「‥‥この人も?」
子供の指がまっすぐに中丹(eb5231)を指す。
「あ、あったりまえやないか、何言うてんねん! ここらじゃ珍しいかもしれへんけど、おいらは由緒正しい東洋の神秘的な河童族‥‥その好青年なんやで!」
子供の反応を予想していたのだろう、中の口調はとても早口であったが怒っている様子ではない。わざと大げさに胸を反らして偉そうな格好をする。
「す、すごーい! 河童のおじさん強い?」
「おじさんって‥‥お兄さんやろが」
子供は不意に母親の後ろから飛び出し、中に駆け寄った。
「僕、僕‥‥怖かったんだ。だって、あんなバケモノ見たことなかったんだ。怖くて、怖くて‥‥でも走って走って振り向いたら僕しかいなかったんだ。」
子供の目からポロポロと涙がこぼれて頬を伝う。中はそっと子供を抱きしめた。
「そうよね。とっても怖かったよね。でもきっとわたしたちがやっつけてくるから、だからその時の事、教えてくれるわね」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)が優しく子供の髪を撫で、静かに尋ねる。
「うん。僕、ちゃんと思い出して話すよ」
涙を両手でごしごし拭き、子供は冒険者達に向き直った。
●森の怪威
子供達がバケモノを見たのは村から森に入ったばかりのところにある小川で、であった。湧き水が流れている本当に小さなせせらぎだ。
「特に変わったところはないみたいだね」
ひとしきりあたりの様子を調べた後、身体を伸ばしジェラルディンが言った。何かを引きずった様な跡はない。老人の遺体が見つかったのはここから近いが、そちらにもそれらしい痕跡はなかった。ただ、バケモノが同じモノだとするのなら、またこの辺りに出没する可能性は高いだろう。
「あの子供の記憶によればソヤツは森の奥から‥‥あの木の向こうあたりから出てきた様じゃ。根で歩いたり襲ってくる植物など遭うのは初めてだったようで、随分と混乱していた様じゃがそれは間違ってはない様じゃ」
座り心地の良さそうな平べったい岩に腰掛け、ルーロは森の奥をそっと指さす。苔の生えた木の幹は太く立派で、その奥は暗くてよく見えない。
「暗くても温かいモノでしたら探すのに手だてもあると思うけど‥‥相手が植物だと森の中から探し出すのは困難ね」
それでも目を凝らし、森の中に潜む怪威を探し出そうとシェリルはあちこちに視線を向ける。
「爺さんを殺したモノと子供が襲われたモノは同じなんやろか‥‥」
中はつぶやいた。そこが最初からひっかかっていたのだ。
「この辺りはほとんど勾配のない平地で、木は皆葉を落としているんだって。見通しは悪くない筈なんだけど」
もうこれ以上はペット達を動員して子供達の匂いを探って貰うしかないだろうか。パトゥーシャは村で借りてきた品を荷物から取り出そうと、背負ってきた荷物を降ろそうとする。
「しっ!」
中が低く警戒の声を発した。何か‥‥何かが近くにいる。のどかに響く小川のせせらぎ、水と土の匂いに混じって別の何かが、不快な危険な何かがある。
「あそこに!」
シェリルの言葉と、木々の向こうから現れたソレが枝を振りかざして攻撃してきたのはほぼ同時であった。打ち据えられた枝に地面から土が飛ぶ。別な枝が小川を叩き、水しぶきがあがった。
「こいつやな」
中は確信した。ソレの背丈は子供と同じほどで、緑色の枝はしなやかでよくしなる。途中から切り離されればツルと見間違う程だ。
「子供の記憶とも一致するようじゃ。どれ、ちゃっちゃと退治してしまおうかのぉ」
ゆらりとルーロも立ち上がった。
「どうやら子供の姿はないようだね。じゃ遠慮無くやらせてもらうよ」
大斧を構え、ジェラルディンは小川を超えてバケモノに踊りかかった。うねうねと動く枝がまとめて3本、薙ぎ払われる。
「丸裸にしたるで」
剣と小振りのナイフを手に中もジェラルディンより少し別の角度からバケモノを斬りつける。抵抗する様にしなる枝が中の腕に擦過傷を付けるが、それでも剣とナイフでバケモノの幹を裂く。どろりと透明な液体が流れ出す。
パトゥーシャは戦場となった小川を迂回して渡り、バケモノが出てきた森の奥へと入り込んだ。もし2人の子供達が生きているのなら、そう遠くない場所に居るかもしれないと思ったのだ。出来れば助け出してあげたかった。
「誰かいるなら答えて! 私達は味方だよ。助けに来たんだよ。だから出てきて! 姿を見せて!」
大きく息を吸い、その息の続く限り声を張る。けれど、誰に気配も感じないし返事もない。
「ちょ、ちょっと待って欲しいのじゃ」
「ルーロさん?」
声にパトゥーシャが振り返ると、ルーロの姿があった。ルーロもまた、子供の救出を最優先させようと探しにきていたのだ。しかし、その表情は暗い。
「この辺りではわしらの他に息をしている者はおらぬ様じゃ‥‥残念じゃこの分では2人の子供は駄目じゃったようじゃな」
ルーロがうつむく。
「はっ!」
気合いのこもった声とともにシェリルの力がバケモノの身体を粉砕する。残った身体にもジェラルディンと中が武器を振るうと、バケモノは動かなくなり‥‥そして倒れた。念のためにとルーロはそのバケモノの残骸を炎で燃やした。
森を探してもバケモノはもういなかった。懸命に探したが2人の子供も見つからなかった。ただ、小さな泥だらけの靴が片方ずつ見つかっただけであった。