●リプレイ本文
●昼間
村の真ん中に広場があり、そこに大きな井戸がある。普段の生活に使われている井戸だ。石造りの囲みは今も水で濡れている。
「ざっと見た限りではネズミはおりませんわね」
一通り辺りを調べた後、皓月花影(ea7262)は立ち上がってそう言った。
「ここには何か『覆い』をかけておくべきだろうな。それでなくては、何時ネズ公どもが悪さをするかわかったものではない」
芦品慈恩(eb1835)は井戸の周りと見たが、『覆い』のような物はない。普段、井戸はこのまま開放されているのだろう。出来れば木製の蓋を用意したいところだが、急場に間に合わないのであれば代替品でも構わない。
「自分は蓋に出来そうな物を探して来る」
「わかりました。私はもうしばらく井戸の周りを見張ってから、納屋の方に行ってみます」
「‥‥心得た」
花影は井戸に残り、慈恩は民家の集まる方へと向かって歩き出した。
村はずれにある朽ちかけた納屋。ここは井戸とは違って村人が使用している様子は全くない。けれど、持ち主はいるはずだ‥‥と、ヴィクター・ノルト(eb2440)は思った。この納屋がどうなってしまうにせよ、一度会っておくべきだと考えたのだ。
「あの納屋があったせいでネズミが寄ってきた‥‥なんて言う者もおってのぉ。わしもほとほと困っておるのだよ」
納屋の持ち主だという初老の男は疲れ切った様子で言った。村人達がこの男を責めるのは、それだけ皆が本当に困っているからだろう。
「僕たちに任せて。きっとネズミは退治するから‥‥だから、教えて欲しい事があるんだ」
「何かね? ネズミどもを何とかしてくれるなら、納屋なんぞ打ち壊しても、焼き払ってしまっても構わんよ?」
男は勢い込んで言った。
「おじさんの決意はよくわかったよ。それと、あの納屋に入っている物も教えてくれる?」
ヴィクターは男に質問した。
問題の納屋では、出入り口以外の小さな穴を塞ぐ作業が始まっていた。これは、ネズミを取り逃がさないためだ。
「ここはこれで良いでしょう」
ウォルター・バイエルライン(ea9344)は穴の開いた壁に木っ端を打ち付けた。穴はもう10カ所は塞いだだろうか。
「外壁に開いた穴だけでも塞いでおけば、なんとかなるだろう」
薄く額に浮かんだ汗をぬぐい、野乃宮美凪(eb1859)は上体を起こした。ずっとかがんだ姿勢をしていたので、静かに身体を伸ばし持って来た荷をさぐる。中には源真霧矢に頼んでおいた毒餌や罠が入っている。あらかた穴を塞いだら、これを仕掛ける場所を吟味しなくてはならないだろう。決戦は夜になってからだろうが、それまでが勝負でもある‥‥と、美凪は思っていた。
「お、戻ってきたか‥‥」
美凪はヴィクターが姿を現すと手招いた。
「納屋の持ち主には会えたのか? で、中は?」
矢継ぎ早の問いに、しかしヴィクターは軽くうなづく。
「会えたよ。中にはめぼしい物はなくて古い農具が入っているだけだって」
「それが良い事を聞きました」
ウォルターは薄く笑った。戦場を知らずに戦うなど、愚者のすることだ。たとえ、それが『ネズミ駆除』という戦いであっても、だった。
「毒餌よりはこういう即物的な罠の方がいいじゃねぇか‥‥って俺は思うわけだ」
キュイス・デズィール(eb0420)は独語というには少しばかり大きな声でつぶやきながら何やら作っていた。納屋からは少しだけ離れているが、特に遮蔽物はないので互いに姿は見える場所にどっかりと座っている。手の中には木ぎれに釘打ち抜いてひっくり返したものがあった。ひっくり返した方から見れば、釘のとがった方が上を向いていて刺されば痛そうだ。
「これをどうするのだ?」
ネズミの足跡を追っていたフォボス・ギドー(ea7383)がキュイスの手の中をのぞき込む。ネズミに対する罠なのだろうとは思うが、今ひとつ用途がわからない。
「ん? これは? これはだな。こっちを上にしてヤツらの好きそうな『高温』『ホコリが溜まってる』『狭い通路』とかの所に設置しまくっておく。踏んづけて痛! ってのが口コミで広がればしめたもんだぜ」
キュイスは少し得意そうにして、手の中にある少しいびつな形をした罠の効果を話した。
「なるほど。自分はもう少し納屋以外にあるだろうネズミの巣を探してみようと思う。そこを放置しては元も子もないからな」
フォボスは軽く会釈をしてその場を立ち去った。
●夜
決戦の時がやってきた。納屋の出入り口にはヴィクターが『強烈な匂いの保存食』を設置していて、姿は見えないが沢山のネズミ達が納屋の奥から移動してきている様だった。
「いくよ!」
ヴィクターは『ファイアーボム』をその保存食めがけて放った。それが戦い‥‥或いは駆除の合図となった。
「仕掛けます」
ウォルターは『オーラボディ』を使い、納屋の中へ飛び込む。フォボスと花影も抜刀してウォルターに続く。
「来る!」
慈恩が低く声を放つ。ほぼ同時にネズミたちは闖入者である3人に襲いかかってきた。納屋の外から刺す仄かな光だけでも、そのネズミが桁外れに大きい事がわかる。
「片端からやる!」
「ご覚悟を!」
フォボスの重い一撃が数匹のネズミを一度につぶし、花影が胡蝶の様に舞い斬ってゆく。
ウォルターの小太刀が素早く動き、小さな敵を確実に屠ってゆく。
美凪は納屋を味方に任せ、一軒ずつ村じゅうの家を廻る予定だった。
「あれでネズミはなかなか賢い。この毒餌と罠を疑わしそうな場所に仕掛けてみてくれ」
「‥‥あ、はい。で、そっちの罠もですか?」
「うん?」
いぶかしげに見る村人の視線は美凪ではなく、その向こうを見ている様だ。振り返ってみると、そこにはキュイスの大きな姿があった。
「その通りだ。お前、なかなか察しがいいな」
早口にそういうと、キュイスは自作の罠を美凪が持つ品の上に重ねて置く。
「これだけあれば、おまえン家は安心だ。今夜からは枕を高くして‥‥」
びっくりした表情の村人を相手にキュイスは自慢の罠の使い方を効能を語り、更にその後、下卑た軽口を続けた(だがここでは割愛させていただく)。
●朝
まだ明け切らぬ朝もやの中、慈恩は大きな穴で燃える火の様子を見ていた。何十というネズミの死骸を焼いた炎がようやく消えようとしている。このネズミたちは森から来たようだったが、結局その道筋は見つからなかった。森の中にあるかもしれない巣も見つかっていない。だから、或いはまたネズミたちは森からこの村へとやってくるかもしれない。
「その時はまた自分達がお相手するしかない‥‥であろうな」
感傷など微塵も感じさせない表情のまま、慈恩はうっそうと茂る森を見つめ、そして火の消えたその穴へ土をかけ始めた。