戻ってきた子供と泣き虫兄ちゃん

■ショートシナリオ


担当:深紅蒼

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月01日〜04月06日

リプレイ公開日:2007年04月10日

●オープニング

 その辺りの村では時折子供が消える事があった。そう滅多にある事柄ではない。けれど遊んでいた子供が1人、いつの間にか居なくなってしまうのだ。そして、どこからともなくその子供の親に要求が来る。小麦の袋だったり、家畜だったりを差し出せと手紙が送られて来るのだ。文字の読めない親であった時などは不意に耳元で声がしたりもした。驚いた親たちは大急ぎで要求された品々を揃え、定められた村から離れた場所に持っていく。するとすぐに子供が村に戻ってくるのだ。戻った子供に問いただしてもはかばかしい答えは返ってこない。子供はずっと友達と追いかけっこやかくれんぼをしていたと言うばかりなのだ。そうして落ち着いてくる頃には小麦の袋も家畜も忽然と消えている。そんな奇妙な事件であった。

 そうしてパリにほど近いこの村でも子供が消えた。けれど、今度は品物を要求するような手紙も声もない。そして3日めの朝に泥だらけになった子供が戻って来た。子供は人相の悪い男達に連れ去られていたのだ。
「最初は友達の声が聞こえたんだ。それで追いかけっこをしていたら、痩せたお兄さんが出てきて僕に逃げろって言うんだよ。ワケがわからなくて困っていたら髭もじゃの怖いオヤジが沢山出てきて。僕、捕まっちゃったんだけど、昨日の夜にそのお兄さんが助けてくれたんだよ。お兄さん、メソメソしてたからちょっと心配だな、僕」
 泥だらけの子供は空腹だったが、元気そうであった。野菜の沢山はいったスープを飲みながらすらすらと言う。

 ようやく大人達はこれが誘拐事件なのだと思い至った。戻ってきた子供の話では人相の悪い男が10人ほどもいて、その他に痩せた男がいるのだそうだ。
「あの山の上に小屋が3つあるんだよ。村の小屋なのにあいつら勝手に使ってるんだ」
 子供は頬をふくらませたまま、村のすぐ側にある小高い山を指さした。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb0339 ヤード・ロック(25歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0821 カルナ・デーラ(20歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3416 アルフレドゥス・シギスムンドゥス(36歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb9571 レイ・マグナス(29歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

レイムス・ドレイク(eb2277)/ 木下 茜(eb5817

●リプレイ本文

●帰ってきた子供の村
 その村は近隣では『山裾の村』と呼ばれていた。パリの役所であればもっと長ったらしい正式名称を使うのかもしれないが、この辺りでは祭を始める時に村長が乾杯の音頭を取るときぐらいにしか使わない。それも最近では『ロディの村』で済まされる。ロディとはさらわれて無事に戻ってきた子供の名前だ。普段から機転の効くはしっこい子供と思われていたが、今はちょっとした村の英雄である。なにせ凶悪な盗賊どもの巣窟から単身無傷で逃げ延びてきたのである。大の大人だってそうそう出来るものではない。だから、冒険者達がこの村を訪れた時、ロディが父母兄姉との住む隣家と変わらない小さな家は沢山の村人達でごった返していた。いや、村の外からもロディに逢いたいと尋ねてくる人がいるのだと、更に人気に拍車がかかったかもしれない。

 村を出て農具などを保管する小屋の脇で待っていると、すぐに子供がやってきた。ロディの両親が人目につかないよう、ロディとだけ話す機会を作ってくれたのだ。
「とーちゃんもかーちゃんも心配なんだよ。僕がまたさらわれちゃうんじゃないかってね。だから、冒険者さん達が来てくれたって大喜びなんだ」
 子供らしい快活さと、わずかに屈託を秘めロディはハッキリとした口調で言う。
「親孝行なのですね、ロディさんは‥‥自分も見習わなくてはならないと思います」
 出来ることならば、という言葉をカルナ・デーラ(eb0821)は飲み込み髪で耳を隠す様な仕草をする。彼のせいではないその出自は、心の奥に消えない影を落としている事は間違いない。
「掴まっていた時の事、なんでも良いから話してくれないか?
「う〜ん、例えば?」
 ヤード・ロック(eb0339)の問いはロディには漠然としすぎていたらしい。答えられずに反問する。
「そうだな。男達の事や、小屋の事だな」
「前にも言ったけど、怖い顔のおじさんは10人いたよ。小屋は村のみんなの小屋なんだけど、3つともおじさん達が勝手に使っちゃってるんだ」
 両手を開いて10を示しながらも、ロディは憤慨しているんだと言わんばかりに頬をふくらませる。
「3つの小屋はどんな配置にあるんだ?」
「配置? 並び方‥‥うーん、こんな感じ」
 転がっていた枝を取り上げると、ロディは地面に四角3つ描く。綺麗に3つ横並びだ。
「俺が知りたいのは奴ら一味の事だ」
 異国風の容貌だが流暢に言葉を操るアルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)が顔をぐいっとロディに近づけた。海の色の様な瞳の中にロディが映る。
「何を? 柄の悪いおじさんたちの事? それとも僕を逃がしてくれたお兄さんのこと?」
「先ずは敵の‥‥おじさん達の事だ。その中で偉そうに命令してた奴はいたか?」
「うん、いたよ。一番でっかくて、一番えばっていた! そいつだと思う。こんな武器を持っていたよ」
 アルフレドゥスの問いに対するロディの返答は明解で早い。これも地面に枝を使ってそのボスらしき男の顔と武器を描いてみせる。髭がもじゃもじゃと濃い男は刃のそりが強い刀を二振り持っているらしい。
「賢いな、坊主!」
 アルフレドゥスがやや乱暴に頭を撫でると、ロディは得意げにヘヘンと胸を反らせる。
「不思議な声の事は覚えていますか? その時、話し掛けてきた人の姿は見えましたか?」
 セシル・ディフィール(ea2113)の声は穏やかでだがよく通る。美麗な服装をした大人の女性にロディはちょっと顔を赤くしたが、すぐに顔をあげて答える。
「いなかった。だから僕かくれんぼなんだって思ったんだ。そういう子供っぽい悪戯をする奴って『山裾』じゃいないと思ったんだけど、『西』か『川沿い』の子供が相手なら、受けて立つしかないから」
 ロディは少し照れくさそうだ。
「ロディさんはどこに小屋にいたんですか?」
「真ん中だよ。一番ちっちゃくて僕と痩せたお兄さんしかいなかったんだ。小屋にあった木の実がすっかり無くなっちゃって、僕が哀しくなってたらお兄さんが逃がしてくれたんだ」
「‥‥そうなのですか」
 だいたいの話がセシルにも掴めてくる。

 その頃、レイ・マグナス(eb9571)だけは村長の家にいた。向かい合う席には代替わりしたばかりの若い村長が座っている。
「先頃祖父がなくなりまして‥‥父母は他界していましたので、僕‥‥いえ私が村長となっていますが、まぁ飾りみたいなものなんです」
 まだ20代前半ぐらいの年齢でしかない村長には、威厳も思慮深さも欠けている様だが誠実で裏表のない様子だ。大事に育てられた総領息子だったのだろう。レイは自分と年のそう変わらない村長に村の被害について尋ねた。
「この村でも小麦を要求されたと聞きましたが、どれほどの量を要求されたのですか?」
「小麦ですか? 実は10袋をと言われましたが取られる前にロディが戻ってきたので被害はありません。ただ、西の村でも半月ほど前に女の子が3日ほど帰らなかったそうですから、もしかしたらそれも同じ輩の仕業かもしれません」
「その村も何か物を要求されたのですか?」
 村長は首を横に振った。
「私は聞いていません。村の寄り合いでもそういう話題は出たことがなかったのです」
「そうですか」
 レイが思ったほど情報は得られなかったが、少なくとも犯行は複数回行われており、恐らく要求の量から推察して単独犯ではないだろう。

 村で更に人々から話を聞き、思い思いの準備を整えた冒険者達は山へと入った。村人が使う山の小屋へは人が通って作った細い道が続いている。そっと音をたてないようにして歩いていくと、すぐに小屋の1つが木々の向こうに見えてきた。
「あの小屋には成人男性が6人います」
 荷物からスクロールを開いたセシルが小声で言う。小屋の壁を通して内部を透し見たのだ。
「そのうちの誰かが精霊魔法を使えるのかもしれませんね」
 弓を手にし、やや緊張した様子でカルナがつぶやく。気をつけなくてはならないと、小さく自分に言い聞かせた。
「後の11人がどこにいるのか‥‥」
 ロディは真ん中には人が少なかったと言っていたが、今もそうとは限らない。レイはなんとかもっと敵の様子を探れないかと静かに前へと出ていく。それをヤードが遮った。
「俺がやってみる」
 同じようにそろりそろりとヤードが真ん中の小さな小屋へと向かっていく。あと少しでその小屋へ到着すると言うときに、勢いよく扉が開いた。
「だ、誰か! 誰かいま‥‥ってあああぁぁ!」
 ヤードを鉢合わせしたのはひょろりとやせこけた顔色の悪い若者だった。こんな近くにヤードがいるとは思っていなかったのだろう。びっくりして尻餅をつく。
「なんだ! なんだ!」
「ジンの野郎、なんて大声だしやがる」
「あ、テメェ誰だ。ここで何してやがる!」
 左右の小屋から顔を出したふてぶてしい面構えの男達はすぐにヤードを見つけた。声に殺気がこもる。
「‥‥っちっ」
 魔法を使う必要はなくなってしまった。ヤードは使う予定だったのは違う魔法を詠唱する。
「な、なんだ? 扉が開かねぇ。誰だ?」
「なんだと? だれも抑えてねぇぞ」
 小屋から飛び出していた数人が振り返ると、施錠もしていないのに扉が開かず中の男達がどんどんと扉を叩いている。
「今だ! 俺は行くぜ」
 草むらに潜んでいたアルフレドゥスが立ち上がり走り出した。手にはもう左右の手に一振りずつ、メイスがぎゅっと握られている。
「うわあああぁ」
 レイのオーラパワーで強化したメイスの攻撃に扉前にいた男ががっくりと倒れる。
「あなた方の悪行もここまです。覚悟して下さい」
 セシルの両手から魔法の炎に赤く燃え上がる。
「ジ、ジン! 魔法には魔法だ!」
「駄目だ、兄貴。ジンの野郎、ひっくり返ってますぜ」
 セシルの炎にひるんだ男達はすでに及び腰だ。
「逃がしません」
 腰の剣を抜きもせず逃げだそうとした男の目の前を矢がかすめる。それは森の中からカルナが放った貴重な矢であった。
「このまま逃がしてはまた別の場所で悪事を働くだろうからな」
 自ら強化した武器を手にレイが躍りかかる。闇雲に振り回す男の短剣を盾で払い、正確無比な一撃が男を無力化する。
「ヤード! 扉を開けてくれ。それからそのひっくり返ってる男を頼む」
「わかった」
 アルフレドゥスが森のどこかにいるだろうヤードへと叫ぶ。その間にも人相の悪い男がまた1人メイスにかかって倒れる。
「行きます」
 力を使わなくてもセシルが扉を開いた。戦場は小屋の外から中へと移っていった。奥にいた二刀流のボスも見かけばかりで少しも強くはない。
「どうやらすぐに終わりそうだな」
 木陰から戻ったヤードは気を失っている痩せた男を後ろ手に縛り上げた。

 頭だった者も含め、小屋にいた男達は全員が生死を問わず無力化された。痩せた男は名をジンと言い、ごく初級の魔法を修めたウィザードであった。この一味に捕まり無理やり仲間にさせられていたらしい。
「あんたは子供を助けたけど、善人なんだか、偽善者なんだか」
 ヤードのジンを見る目は冷たい。意識を取り戻した縛られたままジンはうつむいている。
「まぁ多少‥‥同情の余地はあると思いますけれど‥‥」
 戦いで放った矢を拾い集めたカルナは大事そうにその矢がまだ使えるかどうか検分している。まだまだ蓄えがあるわけではないので1本の矢も無駄に出来ない。
「ロディさんがとても心配していたのですよ?」
 セシルはなんとも情けない青年に思わず溜め息が漏れる。
「こいつらともども、官憲に引き渡してしまえば済むことだろう」
 メイスの手入れを手早く済ませると、アルフレドゥスは絶命している者達をひとまとめにしていく。
「強制されたとはいえ、自分の行いを悔いているのなら詫びる猶予ぐらいはあるでしょう。どうしますか?」
 レイが尋ねるとジンは更に深く頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした」
 詫びる言葉は涙声でくぐもっていた。