底なし沼の怪しい萌芽

■ショートシナリオ


担当:深紅蒼

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月22日〜04月27日

リプレイ公開日:2007年05月01日

●オープニング

 その村は深い深い森のはずれにあった。森の肥沃な土地に比べ、村がある辺りは乾いて赤茶けた大地が広がっている。どんなに村人が手をかけても作物はなかなか実らず村はいつも貧しかった。それでもなんとか、森で木の実や小動物などを捕らえ人々は最低限の生活を維持してきていた。だから、森は村にとっては命綱であり、大切な場所であった。村人達は大層森を大切に思い、余所者などが入り込んで森を荒らすことのないよう目を光らせていた。

 ある日、遊んでいた子供達が森の沼に奇妙な植物が芽を出していると知らせてきた。最初の日は沼の濁った水面から1センチほど芽が出ていた。翌日は2センチに伸びていた。そして3日後には3センチとなり、葉のついた3つの細い枝が風もないのにゆらゆらと揺れている。村人達はこの奇怪な芽が恐ろしくなりパリへと通報した。

 ギルドではこの芽の調査と、必要な場合は処分をする事を決め冒険者を募ることにした。何より、この森に生活を依存する村人達の不安を解消するためには、冒険者達が姿を見せることが効果的だと考えた様であった。


●今回の参加者

 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7504 ルーロ・ルロロ(63歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ アシャンティ・イントレピッド(ec2152

●リプレイ本文

●森に守られた村
 その村は森に飲み込まれてしまいそうな、本当に小さな村であった。木々は村のすぐ傍まで迫ってきていて、けれどそのせいで森に入るのは苦ではない。薪代わりの枯れ枝を拾いに行くのも、木の実を採りにに行くのも『ちょっとそこまでお使いに』程度の事であった。村人は森に生活を依存していため、常日頃から森の様子には敏感であった。余分な枝を切ったり、雑草を刈ったり、水はけの悪いところのゴミを取り除いたりと、森の木々や動物達が暮らしやすい環境を整えてやろうともしていた。森はもはや村の一部となっていた。森からすれば、村こそが森の一部となっていたのかもしれないが、とにかく森と村は切っても切り離せない関係であった。

 ルーロ・ルロロ(ea7504)はフライングブルームを使い先行して村に入っていた。パリで買い求めてきた木材などはひとまとめにして村の入り口近くの家に預かって貰っている。森で沼を調査する時には充分に役立ってくれるはずの物だ。
「人づてに聞いた話だと、『大理石の鉢植え』に『茶色の木の実』を植えて育てると『動く木』になるという。更に育ててやるとそれはトレントになるとも聞いたが‥‥ワシも試してはおるが、いまだ『動く木』にはなっておらん」
 この村を取り巻く森の中で、人知れずその『動く植物』が生まれているのだろうか。想像するだけで心弾み胸が躍るではないか。抑えても湧き上がる知的好奇心にルーロの学究の徒っぽい風貌はついほころんでしまう。
「あ、済まぬが‥‥ちと教えて貰えないじゃろうか」
「はい?」
「なんですか?」
 談笑していた村の女達はルーロに声を掛けられるとすぐに返事をした。協力的だが、女達の目は無遠慮にルーロの頭の先からつま先までを何度も見つめている。
「わしはパリから着た冒険者じゃ。森に古くから伝わる伝承や‥‥特に沼の様子など誰か詳しく教えてくれんじゃろうか?」
 生真面目そうにルーロは尋ねる。女達はひそひそと少しの間話し合っていたが、すぐに1人がルーロに向き直った。
「あたしたちでもお役に立つかもしれないけど、一番詳しいのはやっぱり村長の父親、先代様だと思うよ。あの人は足が弱っているけれど、ここはちょっとも鈍くなっちゃあいないって話だからね」
 女は自分の頭を指さしながら言った。
「おぉ、貴重な情報をありがとう」
 ルーロは律儀に礼を言い、ついでに村長の家も教えて貰った。

 若い娘は村の入り口が遠くに見えてくるとすぐに馬を下りた。
「ありがとう、ムーラン」
 年代物の古い布地であつらえた白い長い服を着た娘は馬の背を叩き、長い鼻筋を撫でて乗せてきてくれた馬をねぎらう。ムーランを呼ばれた馬は大人しく娘に撫でられていた。低くブルルと鳴くが気持ちよさそうだ。彼女の名はジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)。やはり沼から芽を出した奇怪な植物を調査しに来た冒険者であった。
「あんた、この村を訪ねて来たのか?」
 農具を肩に担いだ男が言った。柔らかな春の日差しがのどかな田舎道を照らしている。どこかでチチチと鳥の鳴く声も聞こえた。
「はい。こちらの森に不思議な植物が生えているとお聞きしましたので、それを拝見するために参りました」
 ジュヌビエーヴは淑やかに一礼して村を訪問した事と、その理由を述べる。農具を担いだ男はすぐに得心したように何度か頷いた。
「そうか〜村の子供がそういえば‥‥そんな事を言っていたなぁ。俺は女の子と話をするのは苦手であんまり詳しい話は聞いてないがな」
 照れくさそうに男は笑った。
「あの‥‥よろしければその植物がある場所にはどうやって行けば良いのか、道を教えていただけないでしょうか? それからこの子を預かって貰いたいのですが、誰かお心当たりはありませんか?」
 まだムーランの手綱を持ったまま、愛おしそうにムーランを見上げた後ジュヌビエーヴは言った。正直、この辺りの地理には明るくはないので、教えて貰った方が確実だ。
「じゃ俺が案内する。あんたの馬も俺が村で預かっておいてやる。俺ぁジャンって言うんだ」
「ありがとうございます」
 2人が歩き出す。するとジャンは不審そうに振り向いて立ち止まった。
「あっちもあんたの連れかい?」
「はい」
 大柄な身体にすっぽりと身体を覆うフードを身につけた何かがジュヌビエーヴに従っている。
「私の従者です。ご懸念には及びません」
 ジュヌビエーヴはジャンを安心させるように笑顔を見せた。

 必要な資材はパリで簡単に調達できた。廃材の一歩手前同然の物だったのを安く買い叩いたので、一番大変だったのはそれをティアとミアに積む作業だったかもしれない。幸いティアもミアも大人しい性格であり、主であるウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)には従順だった。駆けても荷が崩れたり落ちたりしないよう何度も結び目を工夫した後、ウィルフレッドはパリを出た。一度村に入りティアとミアから荷を降ろし、村人に預かって貰う。角材や木の板をもう一度括り直し、それを担いでウィルフレッドは森へと入った。沼までの行き方は教えて貰った。
「くれぐれも森を傷つけないようお願いします」
「おねがいちまちゅ」
 ティアとミアを預かってくれた家の女主が言うと、その幼い娘もませた仕草で手を振ったりお辞儀をしたりして母親の口まねをする。
「わかってるよ。枝は切らない、折らない。草は踏まない、引っこ抜かない。石は蹴らない、投げない。川にはまらない、堰き止めない、泳がない‥‥のだね?」
「そうでちゅ。ウィルちゃん偉い偉いでちゅ」
 まだ口の廻らない幼女に褒められ、ウィルフレッドは苦笑する。
「口うるさいと思うかも知れませんが、どうぞ宜しくお願いします。村は土地がやせていて、作物を作ってもろくな収穫はありません。私達母子がこうして暮らしていけるのも、皆森の恵みがあればこそなのです。森が私達を、この村を生かしてくれているのです」
 母親の表情はとても深刻だ。夫は数ヶ月前にデビルに襲われて騒動になった村を助けるために出掛けていき、そこで命を落とした。その村に嫁いでいた義妹一家は助かったが、それからというもの疎遠になっている様だ。
「森を傷つけずに行ってくるのだね。こうみえてもあたし、そういうそっと移動するのって得意なんだね。だから、安心してて。あ、ティアとミアの事、よろしくなのだね」
「わかりました」
 見送る母子に手を大きく振り、ウィルフレッドは重い荷を背負って村を出た。

 まだ12歳ぐらいの少女は小首を傾げ記憶を辿る。
「最初に見つけたのはあんただって聞いたんだけど、その時の事教えてくれない?」
 服の端からは健康的な褐色の肌が少しだけ見える。そんなジェラルディン・ムーア(ea3451)の正面に立つ少女も普段から外で動き回っているからなのか、日焼けした肌だ。
「そうね。あの沼の水は飲み水にも洗濯にも使えないから普段は近寄らないんだけど、ず〜っと見てなかったからなんとなく立ち寄ってみたの」
「それで見つけたんだね。以前その沼に何か普通と違う様なのが棲み付いた事とかはなかった?」
「知らない」
 少女はすぐに首を横に振って答える。
「以前ならあったよ」
「お母さん……ほんと?」
 声は家の中からした。少女は目を見開いて母親を見つめる。
「あぁ、あんたは知らなかったね。でも母さんは死んだお婆ちゃんから聞いたことがあるよ。変な植物が沼から沢山芽を出したんだってよ」
 大きなエプロンで手を拭きながら、少女の母親はジェラルディンの傍へと歩み寄る。
「それでそれで? その変な芽はどうしちゃったんだよ」
 一言も聞き漏らすまいとジェラルディンは顔を寄せる。
「しばらくは小鳥が喰われたとか、犬が沼にはまって帰らないとか言われたらしいけど、そのうち枯れてしまったらしいよ」
「なるほどね‥‥で、その沼以外ではそういう芽が出てきたって話は聞いたことはある?」
「ないねぇ‥‥あんたはあるかい?」
「ううん。誰も見てないって」
 母親に尋ねられて少女は今度も首を横に振った。

 沼には冒険者達が顔を揃えた。
「あれじゃな」
 ルーロは森の木漏れ日が差し込む小さな沼を指さした。
「‥‥その様ですね」
 ルーロが示す沼の中央に何かが芽吹いているのをジュヌビエーヴも確認する。瑞々しい若草色の枝が伸び、数枚の葉が陽光を受けている。
「実はこの沼いっぱいにあれの根が張り巡らされている‥‥とかだったら嫌だよねぇ。沼も調べた方がいいかな?」
 あまり嬉しくなさそうな予想を渋い顔でジェラルディンが言う。
「‥‥もしかして、ガヴィッドウッドの仲間かもしれないのだね。だとすると、危険だから処分する必要があるのだね」
 じっと芽を見つめていたウィルフレッドがつぶやく。
「なるほど。そっくりそのままではないかもしれぬが、似ていると言われれば似てるようじゃ」
 ルーロがポンと手を打つ。
「危険なものならば処分するしかりません。けれど、どうやら不死の物ではなさそうです」
 やや安堵した様子でジュヌビエーヴが言った。最近パリ近郊ではデビルに係わる出来事が多い。或いはこれもデビルがなんらかの関わりを持っているのではないかと思ったのだ。
「沼の様子を調べて‥‥それから退治しちゃおう」
 ジェラルディンはルーロとウィルフレッドが用意してきた木材を借りて沼を探ってみる。深さはその木材でも計りりきれない程深いが、根がはびこっているということはない。また、ルーロの鑑定目でもこの植物はガヴィッドウッドに似た物の様であった。更に生長すれば餌を求めて沼を離れて行くつもりの様だ。
「今のうちに禍根を断つ必要があるようじゃ」
 ルーロは荷からランタンを取り出しそれに火を灯す。ランタンはジュヌビエーヴが持ち、皆の盾となるようムジクに命じる。
「行くよ」
 ジェラルディンは持ち込んだ木材を両手に抱えてタイミングを待つ。
「キミの存在は危険なんだね。だから仕方ないんだよね」
 ウィルフレッドの手の先から稲妻が一直線に走る。その先には沼があり、あの植物がある。続いてジェラルディンが走った。両刃の直刀が閃き稲妻を喰らったばかりの植物へと撃ち掛かる。足場は沢山の木材だ。
「そりゃあ〜」
 稲妻の攻撃を耐えた枝葉がブツリと切れる。弱々しい反撃の枝攻撃は盾と、それからムジクが庇ってくれる。
「次はわしじゃ」
 ランタンの炎がルーロの力で生き物の様に伸び‥‥それは沼の植物を包み込んだ。すぐに植物は黒い塊となり、沼に沈んでいった。

 しばらくの間森に留まったが植物は復活しなかったし、浮かび上がってもこなかった。恵みの森に被害はなかった。