●リプレイ本文
●探索
十野間空(eb2456)と黄桜喜八(eb5347)は村に入ると入り用の物を調達し、簡単な道具を作っていた。
「喜八さんがいてくれて助かりました。私だけだったら、何度も失敗してしまっていたかもしれません」
出来上がった『打竹』を持ち運びやすいようにひとまとめにすると、空は立ち上がり膝や裾を手で払う。
「気にしてくれるな。おいらにも必要な物だったし、一緒に作れば効率がいい。焼き菓子も持ったしこれで準備万端だな。じゃおいらはトシオと出掛けるか」
喜八が呼ぶと利発そうな黒い瞳を輝かせた柴犬が走ってくる。
「頼むぜ、トシオ」
薄汚れた小さな帽子を喜八はトシオの鼻先に近づける。それは森から戻ってこなくなった子供の帽子であった。ワンと元気よく鳴くとトシオは矢の様に森のある方角へと走り出す。
「あんたはどうする?」
喜八は振り返り空に問う。
「私は‥‥子供達が森から持ち帰った腐葉土を見てから森へ向かいます」
「わかった」
全力疾走する喜八の姿はすぐに見えなくなり、空はそれを見送った後、子供達の家へと向かって歩きだした。
まだ朝の気配が残る森の道を冒険者達が進んでいる。誰かが頻繁にここを通っているのか、踏み固められた土と左右に押しのけられた草たちが作る細く小さな小道が森の奥へと続いている。
「ちょっと簡単すぎたかなぁ」
エル・サーディミスト(ea1743)は昨夜宿を借りた村人に借りた地図を食い入る様に見つめている。それは羊皮紙の切れ端にごく簡単な線が描かれたもので、地図だと思って見なければただの古羊皮紙としか思えない。けれどエルはその地図の上に銀色のペンジュラムを掲げてみる。ペンジュラムはすぐに森の奥を示した。そこに子供達がいるのだろう。
森の上空には大鷹よりもなお巨大なモノが優美な翼を広げ飛翔していた。ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)の天翔けるアイリスだ。その背には当然ファイゼルの姿があり、眼下に広がる森へと身を乗り出している。
「もっと低く飛ばないと捜索にならないな。アイリス、悪いが木のてっぺんギリギリまで降りてくれないか? それから速度も落としてくれ」
ペガサスの首あたりを優しくさすりながらファイゼルは言う。風が耳元で大きな音を立てているが、アイリスは急降下してゆく。
少し離れた上空にはレティシア・シャンテヒルト(ea6215)がペガサス・ミューゼルの背から子供達を探していた。森の木々の種類が替わり地面がぬかるんでくる。この先はもう湿地帯へと続くのだろう。
――みんなどこにいるの? 私はみんなのお父さんやお母さんに頼まれて探しに来た冒険者だよ。この『声』が聞こえたら返事して!――
レティシアは『テレパシー』を使うが答えはない。
ポーレット・モラン(ea9589)とペガサス・ベガの背に乗ったアーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は森のすぐ上を進んでいた。ポーレットは小さなブナの薄木片を数枚、胸に抱くようにして赤い羽を広げている。5枚の木片には子供達の似せ絵とその特徴、もう1枚には森の地図が描かれている。
「このまま進めばすぐに湿地帯に入るはずなの〜」
「‥‥その様です」
アーシャはフードを目深にかぶったまま静かに答える。目はまっすぐに変わり行く森の様子を見つめている。先ず始めに変わったのは匂いであった。すえた不快な匂いが地上から漂ってくる。
「アタシちゃんは子供の目線で飛んでみるから、アーシャちゃんはそのまま上から捜索を続けてみてね〜」
「わかりました。何があるかわかりませんので充分気をつけてください、ポーレットさん」
「うん〜」
軽快な動きでポーレットは森の中へと飛び込むように降下する。すぐにその小さな赤い羽も緩やかに波打つ髪も木々に隠され見えなくなる。
「たしか‥‥動物の死骸が見つかったのはこの辺りであった筈です」
出発の時、仲間達の暖かい声援をアーシャに送ってくれた。その友情に応える為にもなんとか急いで子供達を救い出したい。アーシャは思いっきりベガから身を乗り出した。
コルリス・フェネストラ(eb9459)が村を出たのは空と一緒であった。腐葉土を調べた後、ダウジングで見当をつけていたので手間取ってしまったのだ。
「私が友人から教えられた場所と方角は同じです」
2人は揃って村を出た。空は白いウルフを伴い、コルリスは空を飛ぶ木臼に腰掛ける。そう入りくんだ森というわけではないので、道に迷うおそれはなさそうだ。
「私はこちらに行ってみます」
空をゆくコルリスには流れる川も段差も関係ない。木々をぬって湿地帯へと入っていった。なんでもいい、もっと子供達を探す為の手がかりが欲しかった。それを求めてコルリスは飛び続ける。
●遭遇戦
甲高い子供の悲鳴は意外な程近くであがった。
「子供達が!」
ペガサスに乗るレティシアが木々をすり抜けるようにして空を疾走する。枝をかき分けた先に見えたのは、奇怪な根をタコの足の様に四方にうごめかせ、枝を振り上げ子供達に襲いかかろうとしている木のバケモノであった。考えるよりも先にレティシアの身体が動く。レティシアはペガサスの背を飛び出しバケモノに体当たりする。転がった先はぐにゃりとぬかるんだ泥の上であった。
「逃げて!」
泣きじゃくる5人の子供は恐怖からなのか目を見開いたまま動かない。バケモノはレティシアの体当たりで体勢を少しだけ崩したがすぐに根をうごめかせ再度子供達へと枝を伸ばす。
「駄目!」
レティシアが子供達に抱きつき庇ってバケモノに背を向けた。けれど、覚悟した背への攻撃は‥‥ない。振り向くとそこに仲間達がいた。
襲いかからんばかりに伸ばされた枝を払ったのはコルリスのオーラであった。木のバケモノは打ち据えられ枝を引っ込めた。その隙に巨大なガマ――蛙が出現したのだ。バケモノとレティシア達の間に割って入る様に立ちはだかっている。
「なんとか間に合ったな」
木陰から喜八が姿を見せる。間一髪のタイミングだったようだ。
「よかった‥‥ほんとうに‥‥」
アーシャが安堵の溜め息をつく。そして大きく深呼吸をしてオーラをまとう。まだ戦いの気に飲み込まれてしまうわけにはいかない。
「うわっ、すごいよ! ゼル。本当にいたよっ」
嬉しそうな笑顔を浮かべたエルがレティシアのすぐ側に立っていた。手には2つの分厚い書物を開き、キラキラした目で木のバケモノをうっとりと見つめている。
「今は子供の安全が最優先だろ!」
騎乗用の長い槍を構えたファイゼルはペガサスに乗ったまま一気にバケモノへと突進した。木々を迂回し長い槍の刃でバケモノを差し貫く。素早く抜くと空へ駆け上がった。
「希望(いのり)、頼みます」
湿地を器用に走る空が併走してきた雪狼に叫ぶ。途端、雪狼は速度をあげ木のバケモノへと飛びかかった。吹雪の息がバケモノへと吹きつけられる。たまらずにバケモノは枝で身体を守るように振り回すがそれで吹雪を回避出来るわけもない。茶色い木肌が真っ白に凍り付く。
「子供達は、5人揃ってるの〜。アタシちゃんがみんなのお名前呼ぶから元気にお返事するだよ。わかったかな?」
ポーレットはレティシアの腕に守られた子供達の頭上をふわふわと飛び回って言う。どうやら彼等が村の子供らしい。
木のバケモノは根を柔らかい地面から引き抜き迫る。大ガマへと枝を振り上げバチバチと鞭の様にしならせ連打する。ガマが哀しげに声なき悲鳴をあげ地面に倒れる。
「ガマの助ぇええええ〜!」
哀しい喜八の叫びが森にこだまする。
「任せてください」
再びペガサスに騎乗したアーシャが剣を閃かせる。太い枝が1つ、そしてバケモノの幹にも深い傷がザックリとつく。
「今の内に逃げるよ、さ、立って!」
「今まで頑張ったんだからもう少し〜ほら、ほら〜」
レティシアとポーレットがへたり込んでしまった子供達を促し戦場から移動しようとする。
「立てない子はいますか?」
コルリスは幼い2人の子供を抱き上げた。子供でも2人分だとズシリと重い。けれど急がなくてはならない。ここは危険なのだ。
「ガヴィッドウッドだと思ったけどこれは少し違うんだね。根が足の代わりになって動けるんだ‥‥新種だよ!」
エルは未だこの物珍しいバケモノに心奪われている。
「これ以上はさせない」
天空から槍をかざしたファイゼルが降ってくる。ザックリとバケモノの脳天から槍が突き刺さった。けれど致命傷にはならずメチャメチャに暴れまわり槍ごとファイゼルを振り落とす。
「今です!」
空が放った淡く輝く美しい矢が暴れるバケモノの幹を貫いた。そこへ雪狼が再度躍りかかる。鋭い牙が幹を食い破りふわりと泥の地面に降り立つ。
「みんな、下がって!」
とても勿体ないと思いながらもエルは『力』を使った。フラフラしていた木のバケモノはいきなり空へと持ち上がりすぐに落ちてきた。木片が盛大に飛び散り倒れたバケモノはそれっきり動かなくなった。
湿地帯を抜けたところで冒険者達は休憩をした。子供達が空腹で村まで我慢しきれなかったのだ。急ぎ火を熾し、野営の支度を整える。既に持参していた食料を食べ尽くしていた子供達の食欲は凄まじく、大人2人分の食事をたいらげていく。バケモノの側に残ったエルが言うように村に戻れば説教が待っているのだから、先ずは腹ごしらえということなのだろう。
「おいらが一足先に村に戻って子供達の無事を知らせておくよ。ついでに熱い風呂でも用意して貰っておくかな」
喜八はトシオを警護に残していく。トシオは一番小さな子供に抱きつかれ、動けない状態だったのだ。暖かいトシオの身体に触れていると落ち着くのだろう。
「怪我はありませんか? よく頑張りましたね」
食事や水を配りながらコルリスは優しく子供達に微笑みかける。
「おかわり!」
「あたしも、おかわり!」
小さな子供達だが育ち盛りだからなのだろう。放っておけば自分の体重と同じぐらいの食事を食べてしまいそうだ。
「あわてずにゆっくり食べてください。長い間お腹が空いていた後は急に沢山食べると気分が悪くなってしまいますから」
空がやんわりとたしなめる。
「本当?」
「本当です。だからゆっくりよく噛んで食べてください」
「は〜い」
「はい」
子供達は素直に返事をし、今度は少し時間をとって咀嚼する。
「少し休んだらペガサスや木臼に分乗して村に戻ろう。それが一番早いだろう」
「わーい、俺達空を飛べるの?」
一番年かさの子供が嬉しそうに言う。お腹もいっぱいになりすっかり元気になったようだ。
「遊びじゃないんだぞ」
軽くファイゼルが軽く睨むと子供はシュンとなる。
「そうだよ。みんなのお父さんもお母さんも村の人達も、みんなとっても心配していたんだよ」
子供達をシーツで包みながらレティシアも言葉を添える。何か裏の事情があるのではないかと5人の子供の家を訪ねたが、どの家のどの家族も皆本当に帰ってこない子供達の事を心配していたのだ。
「もうご両親は森へ行かせてくれないわ〜。事情があるのかもしれないけど、ちゃんと大人に話をするべき〜」
皆の怪我を癒し終えたポーレットは軽やかに飛び回りながら言う。
「秘密基地だったのになぁ」
子供はしょぼくれたままポツリとつぶやいた。
仲間達は子供達を連れて村へと戻っていったがエルは倒れて動かないバケモノの側にいた。
「他の特徴はガヴィッドウッドにそっくりなんだね。でもこの根が特徴的なんだね。引き抜いて歩くなんて、斬新だよね。あ、それからこの枝もちょっと普通の木とは違うかな?」
エルの研究はまだまだ終わらないようであった。