●リプレイ本文
●禁忌の森
山に入ったまま帰ってこない子供を捜すため、4人の冒険者達がその村を訪れた。それぞれに必要な事を済ませ山へと足を踏み入れる。山の奥へは魔物がいると言われ村人達は入らない。それが村の古くからの掟であった。
「その消えた子って村じゃ一番活発な子供だったみたいだね。村の子供達が集まって今日は何をして遊ぶいうんもその子がいつも決めてたって聞いたよ、うちは」
ゼファン・トゥムル(ea1556)は森の木々が身にまとう葉よりも柔らかく淡い碧の髪を風になびかせ、優雅そうに空を進む。
「子供の名は‥‥たしかポールというのでしたね。親御さんは大層心配している様子でした」
ゼファンのすぐ隣を歩くデニム・シュタインバーグ(eb0346)は、茶色の瞳に憂いの色をにじませる。気の毒な程息子を心配しているあの人達の為にも、行方不明のポールを探して無事に彼らの元に返しやらなくては‥‥と、思う。
「けどさ、ガキの頃って冒険者に憧れて無茶しちまう‥‥なんて事があるもんだよね。あたしもそういう経験あるから良くわかるよ」
ユーニー・ヴェルチ(eb2042)は燃える赤い髪を揺らせて笑った。自らの過去を振り返れば、同様の武勇伝は両手の指では足りない位ある。その時々で結末は違うが冒険者に助けられた事も2度か3度はあった。それなので、ポールの事もどこか楽観している傾向がある。いや、最悪の事態を覚悟はしているが、希望を持って捜索をしたのだ。
「子供っていうのは多少無理をしてでも冒険をしたがるもんだ。今までは日没までには村に戻ったと言うが、1人で野宿をしてみたい‥‥って事もあるかもしれないな」
なんとなく最後尾を歩く李獏邦(eb3012)は思案げな顔のまま言った。ポールという子供は保存食も持ち出して山に入っている。うまく使えていれば良いのだが、なにせ子供だ。野外での活動について適切な知識を持っているわけではない。なにより、何らかの事件事故に巻き込まれていないか、それも気になる。
「とにかく、探しながら山頂を目指そっか。そこなら見晴らしがいいだろうし、何か手がかりが目にはいるかもしれない」
ユーニーが提案する。この山のどこに何があり、どんな生き物がいるのかわからない。ならばまずは山頂を目指しそこから見当を付ければ良いのではないかと言うのだ。
「‥‥そうですね。僕は賛成です。子供の名を呼んだり‥‥そうですね、この笛の音の方が声よりも遠くまで響くならこれも使います」
すぐにデニムが答える。
「そうだね‥‥村人さん達は魔物が出る〜って言うけど、ただの作り話かもしれないし〜うちは音も立てずにって程警戒しなくてもいいと思う」
ふわりと移動の速度を落とし、ゼファンがデニムに向き直る。
「‥‥そうだな。見た感じ大型の獣が徘徊している様子はない」
獏邦は踏み分けた道を歩きながらも、その周囲を確認しつつ進んでいた。けれど、大型の動物が通り道にしている様なところはなかったし、足跡も糞などもない。
「じゃ子供が心配だし、急いで上を目指そうか」
ユーリーは歩を早めた。
●森に潜む
村人達が張り巡らした縄をくぐる。ここからは人の踏み入らない禁忌の森だ。けれど、風景はさして変わらない。元々村人達はあまりこの山には係わらないように暮らしている様だった。薪取りも水くみも、別のもっとこぢんまりとした山を利用している様だ。一行は直ぐに山頂についた。けれど、葉を茂らせた木々が皆の視界を覆っている。
「だめだな、これじゃ。子供の姿どころか、出発してきた村さえ見えない」
ユーリーが肩をすくめる。
「うち、ちょっとお天道さんに聞いてみる」
ゼファンは『サンワード』を使う。探しているポールとの漠然とした距離が判る筈だ。
「‥‥うーん。あっちみたい」
「あっち‥‥ってこっちですか?」
ゼファンが指さす方をデニムが確認する。村とは微妙にずれた方角だった。
「行ってみよう」
獏邦は躊躇なくその方角へと向かって山を降り始めた。
今度は行きよりもゆっくりと進む。
「でもさ、子供って駄目って言われる事をやりたくなるんだよね」
しみじみとユーリーが言う。デニムは笛を吹きながらうなずいた。軽快な思わずうきうきとなるような音楽がいつもは静まりかえった森に響き渡る。
「うちもわかる〜そういう気持ち。誰だってそういうの憶えがあるよね」
デニムの笛の音にじっとしてはいられず、ゼファンは空中を踊りながらクルクルと飛び回る。空間を上下左右自由に使い、時には小枝を廻ったりもする。
「俺も‥‥修行と称して無茶をしたことがあった。ささいな事でも子供には大冒険だからな。それはいい思い出ともなるのだが‥‥やはり今回は心配だな」
獏邦は子供でも野宿出来そうな場所を探しつつ歩いていた。例えば洞窟や小川の近くなどだ。
「そうだな‥‥っわあああああぁぁぁ」
ユーリーの声が急に大きくなる。と、同時にその姿が消える。いや、そうではない。急に崖となっていて足場を失いユーリーの身体が下に沈んだのだ。かろうじて木にしがみつき落下を免れている。
「手を‥‥僕の手を握ってください」
「俺も手を貸そう」
デニムと獏邦がユーリーに向かって手を伸ばす。こういう時には何も出来ないゼファンは心配そうに皆の頭上でじっとしている。ユーリーはすぐに引き上げられた。密生している草と木で足元を完璧に覆い、崖が綺麗に視界から隠されていたのだ。
「‥‥びっくりした。あ、ありがとうな」
ユーリーは笑顔を浮かべて礼を言う。
「けどな。良いこともあったぜ。ほら、あれを見ろよ」
木々をかき分けて崖から下を指さす。小さな小川と崖の岩肌を穿つ穴。そしてその穴の側にある焚き火の跡。明らかに人のいた形跡があった。しかもそう古いものではない。
「これ貸してあげる。先に行ってるね」
ゼファンは持ってきていたロープを獏邦に渡すと、そのまま真っ直ぐに飛んで行った。
「ずるいぞ!」
ユーリーが笑いながらゼファンに言った。
デニム、獏邦そしてユーリーが崖を降りて穴の側まで走ると、中からゼファンが飛び出してきた。
「いたよ。でも‥‥怪我してる」
「わかった」
そのまま獏邦は走って穴に入る。浅い穴であった。その一番奥に子供が倒れている。周りには所持してきたのだろう品々が散乱していた。
「水を‥‥」
「これを使ってください」
「布はいるか? 身体が冷えているんじゃないか?」
デニムが水を差しだし、ユーリーは自分が着ていた羽織を脱ぎ子供をくるんでやる。子供は手足に酷い傷を負っていた。何かの獣に襲われた様な傷だ。赤黒い傷が痛々しい。
「酷い傷だが命に別状はないだろう。ここで応急処置をして村へ帰ろう」
子供の様子をあちこち診て、獏邦が決断を下す。
「‥‥魔物‥‥なのか?」
「わからない」
ユーリーの疑問に正確に答えられる者は誰もいない。
「ゼファン! 外を見ていてください」
「わかった。うちに任せて!」
碧色のシフールはすぐに身を翻して穴の出口へと飛んでいった。
その日の夕刻、4人の冒険者達は負傷した子供を村へと連れて戻った。子供の意識は翌日も戻らなかったが、彼らの任務は終了した。