●リプレイ本文
●盗賊討伐記
それらの村々はパリからさほど遠くはないとはいえ、とても近いとは言えない。しかし、誰が言い出したのか農作物をパリで売ろうという動きが出てきた。家畜の乳、家畜の卵、畑で丹精した野菜、果樹の実。鮮度が落ちないうちにパリに輸送して売りさばくことが出来れば、思いがけないほどに皆が潤う。大きな商いではなかったが、街道を荷駄が行き交う回数が増えるにつれ、それを願う不逞の輩が出没するようになった。
密かに『危険』だと称されるあたりを数名の者達がゆっくりと歩いていた。粗末な荷車を毛艶の良い馬が引いている。彼らは比較的派手な色合いの装飾が多い服を着ていた。
「ど〜おぉ? ウチの新しい踊り〜なかなか激しくて格好いいでしょう? ほらほら〜」
空を舞うシフールが陽気な声を仲間にかけた。裾や袖の一部だけが長く、ヒラヒラと身体の動きに付き従って動く。シフールであることの効果を存分に意識した踊りだ。
「ステキです。一体何時の間にそんな踊りを考えついたのですか?」
やや地味な衣装に身を包んだ娘が胸の前で手を組み、本当に感心したように賛辞を送る。
後頭部で1つにまとめた輝く銀髪が微かに揺れて、キラキラと光を弾く。
「この分ならば‥‥きっと次の村でもわたくし達の芸を気に入ってくださることでしょう。楽しみな事です」
羽根つきの派手な帽子をかぶった上品そうな娘が楽しそうに笑う。どこか『別の意味』がありそうな笑いに、隣を歩く娘が苦笑する。
「‥‥みんなこんな短時間に凄いな。なぁお前もそう思うだろう、ヴェイル」
苦笑した娘は肩口にとまる猛禽に親しげに話しかける。すると、猛禽は不意に空へ舞い上がった。
「‥‥どうした?」
荷台の影から別の、男の声がした。女ばかりの旅芸人の一行と思ったが、どうやらそうではないらしい。声はするが姿はないのは荷物に紛れて身を隠しているからだろう。
空から猛禽の鋭い鳴き声が響いた。警戒せよとの声だ。隠そうともしない気配。足音。武具が鳴る音。奇襲しようという意図もなく、のどかな街道に盗賊達が現れた。
盗賊は皆髭面で下卑た薄笑いを浮かべた男達であった。若い女ばかりの一行を見て、完全にナメきっている。
「な〜んだ。ウチがお天道さんから聞いた通りだね」
小声で言ったのはシフールの踊り子に扮するゼファン・トゥムル(ea1556)。『サンワード』により、得ていた情報通りの盗賊達が目の前にいる。
「えぇ。被害にあった村でお聞きしてきた情報そのままですわ。どうやら他に仲間はいらっしゃらないようですわね。この方々さえ倒してしまえば良いのですわ」
婉然と笑う羽根帽子の乙女は‥‥ロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)だ。
「おいおい。娘っこ達で何を話してるんだ? あぁ?」
「よせよ。怯えて泣いてるんだぜ」
盗賊達がゲラゲラと下卑た様子で笑う。
「こいつら、ただ叩きのめすだけじゃ気が済まないな。きっちり償いって奴をして貰わないと駄目だろ」
キース・レイヴン(ea9633)が冷たい声でつぶやく。弱い者達を狙う盗賊どもを目の前にして、本気で怒りがこみ上げてくる。
「このような方々にも何か事情があるのかもしれなけど‥‥でも、その事情の為にもキッチリ罪を償ってきて欲しいわ。だから手加減しない」
ジェラルディン・ブラウン(eb2321)は服の下に偲ばせた十字架にそっと布越しに触れる。罪は憎む、だから断罪されなくてはならないと思う。
「手早く仕留める。手筈通りに!」
荷駄の中からユーリ・ブランフォード(eb2021)が飛び出す。手の先に生まれた炎の塊が盗賊達に向かって放たれる。しかし、5人の誰をも直撃はしない。明らかに威嚇目的のファイアーボムである。それが、戦闘開始の合図かのように皆は無害そうな旅芸人の振りを捨てた。
「ウチの見せ場、かましちゃうよ〜」
ゼファンが味方に合図しつつ『ダズリングアーマー』を使った。丁度ゼファンを視界に捉えていた盗賊2人がまぶしい光に目が眩む。その隙にシフールの優雅な姿は仲間の後方へと移動する。
「待て!」
目を押さえながら盗賊の1人がゼファンを掴もうと手を伸ばす。
「隙あり」
キースが盗賊のみぞおちに『スタンアタック』を使った。しかし、無傷の敵相手には気絶させるには至らない。ロミルフォウは荷台に隠しておいた抜き身のロングソードの柄を握り、そのままキースの前にいる敵へと切っ先を向ける。しかし、瞬時に剣をひねり平の部分で打撃を加える。盗賊は強い力で後方へと飛ばされ、仲間1人と一緒に地面に投げ出される。
「命までは頂きません」
「そうです。生きて罪を償っていただきます」
ロミルフォウの言葉にジェラルディンが更に続ける。
「くそぉ、テメェ等やりやがったな!」
「このぉ!」
3人の盗賊達が短剣を抜き、襲いかかる。誰の目にも余裕はない。殺気はないが、刺す気で短剣を抜いている様だ。
「やっちまえ!」
盗賊が短剣をかざしながら向かってくる。キースはそれをかわして手に鋭い打撃を素手で加える。すぐに短剣は地面に落ちる。驚愕する盗賊に蹴りを連打して更に拳を腹に叩き込む。うめき声をあげて盗賊が身体を折ってうずくまる。
「や、やばいぞ‥‥」
「あ‥‥あぁ」
残った盗賊2人は早くも逃げ腰になった。力の差をはっきりと見せつけられて戦意を喪失したようだった。そこへ退路を断つようにまたもファイアーボムが炸裂する。
「生憎だがここから逃がすわけにはいかない」
ユーリが余裕たっぷりに口元だけに笑みを浮かべる。進むことも退くことも出来ず、2人が棒立ちになる。
「逃がさないわ!」
ジェラルディンが盗賊の腕を掴み短剣を取り上げる。
「抵抗は諦めてください。悪いようには致しませんわ」
ロミルフォウの言葉に2人はうなだれ、そして手をあげた。降伏であった。
「あっけな〜い。もう終わり?」
ゼファンはロープを持ってふわふわと飛び始めた。
ロープで身柄を拘束された5人の盗賊達は、アジトの場所を素直に白状した。そこにはこれまで奪った品物や人間を売り、蓄えた金があった。
「あれ? あんまりないね」
ゼファンはガランとしたアジトをくるりと飛び回った。めぼしい品はないし、金もそう多くはない。
「どうして? どうしてこんな事を‥‥」
ジェラルディンが尋ねても盗賊達は口を開かない。中年かそれ以降の年齢である盗賊達には、それぞれ口にしたくない過去があるのかもしれない。けれど、だからといってこのような行為が許されるわけではない。
「ギルドにお願いして、これらのお金を被害にあった方々に分けていただくことにしましょう。それで償いになると言うわけではないでしょうけれど‥‥」
ロミルフォウは青い瞳に翳りを浮かべて言う。
「それだけじゃ足りないな。おい、お前達はどうやって品物を捌いたんだ? 誰と取引をした?」
キースが最も年かさの盗賊の胸ぐらをグイッと掴む。彼らが売った商品の中には『人間』もあったのだ。このままにはしておけない。
「‥‥知らんな」
「なに?」
更にキースが手に力を込める。
「悪漢だな、お前達」
ユーリは吐き捨てるように言った。
盗賊達は口を割ることなく、売買の相手は判らなかった。アジトに残っていた金は被害にあった村に分配され、冒険者達にも寸志として報酬が上乗せされた。街道を荒らす盗賊はその姿を消した。