母子の護衛

■ショートシナリオ


担当:深紅蒼

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月19日〜09月24日

リプレイ公開日:2005年09月27日

●オープニング

 それは極簡単な依頼と思われた。ある裕福な家庭のご夫人とその子供が里帰りをするので、護衛をして貰いたいというものであった。夫君は仕事が忙しくて同行出来ないし、同じ理由で使用人を割くことも出来ない。
 なにより、最近のパリとその郊外は何かと物騒であった。恐ろしいデビルが横行したとか、心根の悪い貴族が城に立て籠もるとか‥‥普通の人間では遭遇すれば命がないような事件がいくらでも起こっている。こんな時期に里帰りをしなくても良さそうなものだが、夫人の父親は病床にあり余命いくばくもない。孫の顔を見せてやれる最後の機会かもしれないと、夫人は里帰りを決意した。父親はパリから馬で2日ほどの大きな村で村長をしている。病についてからは夫人の母親と兄が村長の仕事を手伝っていた。
 しかし、夫君には夫人に1つの秘密があった。実は数日前に恐ろしい『予告状』が届いたのだ。そこにはボロボロの小さな羊皮紙にたどたどしい文字で『旅立てば妻子の命はない』とあった。何故、その様に恐ろしい文を貰う羽目になったのか、夫君にはてんで見当がつかない。仕事上の敵がいるわけでもないし、恨みを買う憶えもない。元々旅は危険であるから行かせたくはないのだが、父を思う夫人の気持ちもわかる。というわけで、ギルドに依頼が入った。
 夫人にも子供にも『予告状』の事を気取られることなく、安全に夫人の父親が待つ村に送り届けて欲しいというのだった。

●今回の参加者

 eb0815 イェール・キャスター(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2981 アスト・カミュラス(33歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3500 フィアレーヌ・クライアント(26歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 eb3559 シルビア・アークライト(24歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

エレシア・ハートネス(eb3499

●リプレイ本文

●帰省の道
 昨日からずっと道中はのどかな風景が続いていた。心地よく吹く風が草原を渡り、うねる草が海原の様に見える。病身の父を見舞う母子の帰省旅はなんの障りもなく、穏やかに続いていた。ポクポクと馬の足音までもがのんびりと聞こえてくる。
「あらあら。坊やが寝てしまいました」
 母の前に座り小さな手で手綱を掴んでいた子供は、馬の背に揺られたまま寝息をたてていた。昨日からの旅ではしゃぎすぎて疲れてしまったのかもしれない。うっかり転がってしまわないようにと母は子供の身体を自分へもたれかけさせようとする。
「あぶなっかしそうだね。あたいが子供を抱いてあげるわ」
 イェール・キャスター(eb0815)には馬上であれこれし始めた母親が気になって仕方がない。不意に2人とも落馬してしまいそうで、先ほどからハラハラしていたのだ。月桂冠で留めたウィンプルはイェールを普段より上品に見せている。母親は少し考えてからうなづいた。
「どうもそのようです。わたし、馬に乗れないというわけではないのですが、特に上手というわけでもないんです」
「あたいもよ」
 笑いかける母親にイェールもつられて笑った。
「それなら私がお預かりしましょう。多少は乗馬にも慣れておりますから、大事なご子息を取り落としてしまうような事はありません」
 フィアレーヌ・クライアント(eb3500)は柔らかい笑顔を浮かべて名乗り出た。
「まぁ‥‥でも騎士様にその様な」
 母親は困ったようにイェールとフィアレーヌとを見比べた。腰から下げた剣も胸に輝くネックレスも、フィアレーヌの身分を物語っている。
「じゃ私が預かりますよ、ね。私もちょっとは馬に乗れるし‥‥ちょっと小さいけど頼りにならないなんて思わないよね?」
 シルビア・アークライト(eb3559)は巧に馬を寄せて両手を母親に向かって差し出す。
「‥‥ありがとうございます。ではどうぞよろしくおねがいします」
 母親は眠る子供を愛しげにそっと抱き上げ、シルビアの両手の中に差し出した。
「わ、あったかい〜」
 眠った子供を抱きかかえ、足と片手で馬を操り母親の馬から距離を取る。
「では少し急ごう。陽が暮れ始めてから野営場所を探すのでは遅すぎる。どうやらこの中では俺が一番乗馬は不得手の様だが、もう少し早くは駆けさせる事が出来そうだ。」
 今まで黙っていたアスト・カミュラス(eb2981)が空を軽く見上げて言った。まだまだ太陽はまぶしく、空は高く青い。しかし、暗くなりかけてからでは野営の準備をするのも手間であるのは確かであった。
「そうですね。よろしければ先を急ぎましょう」
 フィアレーヌは母親を振り返る。
「だいじょうぶです。わたしとアストさんの馬は大人しいのですが、決して足の遅い馬ではありません」
「よ〜し、じゃああたいと競争よ、アスト」
 イェールは馬の腹を軽く蹴って走り出す。
「‥‥大人げない。しかし、負けたら見張りの時間を1時間延長だ!」
 アストも借り物の馬を駆けさせる。
「まったく。2人とも子供ですよね」
 シルビアは肩をすくめる。しかし、その場にはフィアレーヌしかいない。
「どうやら夫人もまだまだ心は子供の様です」
 笑って目線で前を示すと、イェールとアストを猛然と追う母親の姿があった。

●最後の夜
 イェールが持参した2つのテントを設営し、小さい方を母子用とし、大きい方を自分たちが使う。
「アルトさんはこっち使いますよね」
 シルビアは自分が持ってきたテントをアルトに差し出す。ランタンを灯すと子供は不思議そうにその光に見入った。
「珍しいのですか?」
 フィアレーヌが尋ねると顔を上げた子供はちょっとまぶしそうに目を細めた。
「とっても明るいね。僕のお家にはこんなに明るいランタンはないって思ったから‥‥お姉さんのランタンは特別製なの?」
 子供はイェールに顔を向ける。
「ごく普通のランタンよ。夜は真っ暗だから‥‥だから明るく感じるだけよ」
「ふ〜ん」
 それでも子供はランタンを見つめる。
「強い光を見続けるものではありませんよ。ほら、こちらで皆さんとお食事をしましょう」
 母がやんわりと子供を呼ぶ。
「は〜い」
 少し未練そうにしていたが、子供はすぐに母の元へと走った。
 今夜も保存食での食事であった。しかし、火をおこして鍋に水をかけ乾燥させた肉や野菜を放り込んだ。汁物で適度に腹もふくれ、母子はテントに収まった。
「じゃあ今夜も3時間ずつ交代ですよね。最初は私とアストさん?」
「あぁ、それでいい」
 シルビアが言うとアストがすぐにうなづく。夜がすっかり明けてしまうまで2回ずつ見張りをする。細切れに3時間ずつ寝るのでは眠りが浅くなり翌日に疲れが残ってしまうが、6時間ずつでは長すぎる。どのみち2日限りの護衛なので、多少の疲労は不問にすることにした。
「わかったわ。じゃあたいは寝かせて貰っちゃうわね」
「何かあったらすぐに起こしてください」
 イェールとフィアレーヌが4人用のテントに入った。
 静かな夜であった。焚き火とランタンの淡いオレンジ色の光が野営地のごく狭い範囲だけを照らしている。その先は真っ暗な闇が広がっていた。
「私達に護衛を頼むなんて、あのお二人はご主人からとっても愛されているんですね。私、なんだか頑張らなきゃって気持ちで一杯です」
 寝ている人達に気を使い、シルビアは小さな声でアストに話し掛ける。
「そうだな。だが、本当は護衛して村に送り届けるだけでは問題が解決したことにはならない。また狙われる可能性がある」
「‥‥そうですね」
 母子は知らないが、2人の旅には『脅迫状』という姿無き黒い影が差していた。
「でも、私達が頼まれたのはお二人の護衛ですから、まずはそちらに専念しなきゃいけないのですよね」
「まぁ‥‥そうだな」
 冒険者は万能ではない。軽くアストは溜め息をついた。

 テントを出るとアストは座って火の番をし、シルビアは立ち上がった暗がりを見つめていた。
「何か変わった事はありませんでしたか?」
 フィアレーヌがたずねるとシルビアは首を横に振った。
「いいえ。何も。怪しい物音も人影も、なんにもないです」
「その通りだ」
 二人して『異常なし』を告げる。
「このまま何もないと良いんだけどね。じゃ交代するから、2人ともお休みして」
 イェールがウィンプルを頭に巻き付けながらテントを出る。
「はい、じゃ後はよろしくおねがいします」
 シルビアはペコっと頭を下げて今フィアレーヌとイェールが出てきたテントへと入る。
 アストはゆっくり立ち上がると一人では広すぎるテントへと向かって歩きだした。
「‥‥こんな静かな夜は愚痴の一つも出そうになる」
 苦い自嘲の笑みを浮かべると、音を立てずにテントの中に姿を消した。
「色々お悩みなのね」
「‥‥その様にお見受けします。一度教会に足を運ばれたらどうかと明日にでもお話をしてみましょう。祭壇にぬかずいて心静かに祈りを捧げれば、見えなかった何かがお判りになるかもしれません」
 フィアレーヌはそっと胸のシンボルに触れる。
「そうね。そうだといいわね‥‥本当に」
 イェールはそう言って火の側に座り、焚き火の様子を見る。ウィザードには悩みを心に抱えた者が多い気がする。教義という心のよりどころがないせいかもしれないが、自分は心も自由なウィザードが好きだ。
 その夜も、敵の襲撃はなかった。

●旅の終わり
 手早く野営の後かたづけをして、一行は母親の故郷である村を目指して歩き出した。フィアレーヌはいつも通り少し前をゆき、最後尾にはシルビアがつく。
「危ない!」
 フィアレーヌは射かけられた矢が母親めがけて飛んでくるのを見た。母親は息子を抱いたまま馬から落ちる。空馬となった母子の馬が興奮して激しくいななき。
「こっちです!」
 踏まれれば無傷ではいられないだろうが、シルビアは構わず馬から飛び降りると倒れたままの母子を背で庇い立ち上がらせる。
「来たか!」
 アスト『アグラベイション』を使い、フィアレーヌの『ホーリー』とイェールの『ライトニングサンダーボルト』が一直線に矢を射た男へと向かう。
「あの‥‥一体」
 わけの判らない母親は我が子を抱いたまま動けない。
「話は後です。早く離れて!」
 シルビアは子供にも手を差し伸べる。
「もういい。片づいた様だ」
 アストが素っ気なく言った。矢を射た男に仲間はいなかった。たった1人の襲撃者は草むらで気絶している。その手には不釣り合いに豪華な鳩の絵が描かれた弓があった。
「まぁ‥‥オルド」
 それはこれから行く村で父の手助けをしている筈の兄であった。

 その後、村まではなんの問題も起こらず一行は予定通りに到着した。兄オルドは病床の父に引き渡された。いずれ何らかの事後処理がされるのであろうが、それはまだわからない。
「皆様には大変お世話になりました」
 実の兄に命を狙われた母親は堅い表情で冒険者達に礼を言う。
「おじちゃん‥‥じゃなくておにいちゃん、おねぇちゃんたち、ありがとう」
 子供だけが屈託のない笑顔で村を出てゆく4人に手を振って見送ってくれた。