赤いリンゴと黒い翼

■ショートシナリオ&プロモート


担当:神羅晩翔

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月30日〜11月03日

リプレイ公開日:2008年11月04日

●オープニング

「お兄ちゃん、待ってよぉ」
 とてとてとてっ。
 先を進むお兄ちゃんにおいていかれまいと、幼い男の子が走る。手に持っているのは、自分の頭ほどもある籠だ。空っぽの籠は、走る男の子に合わせてゆらゆらと揺れる。
「もーっ、早く来いよー」
 足の遅い弟に文句を言いながらも、お兄ちゃんは立ち止まって待ってやる。
 森へと続く村外れの細い道は、石ころがごろごろしていて、弟は今にも転びそうだ。
「ほら」
 追いついた弟に、お兄ちゃんは空いている左手を差し出した。もう片方の手には、弟と同じように、空っぽの籠が下げられている。
「えへへー」
 お兄ちゃんに手をつないでもらって、弟は嬉しそうに歯を見せて笑う。お兄ちゃんを見上げた瞳は、期待にあふれていた。
「ねえねえ。リンゴ、いっぱいあるかなあ?」
「うん、きっといっぱいあるぞー」
「今年も甘くておいしいリンゴだといいなあ」
「森についたら、最初に味見しような!」
「わーいっ、やったやったあ!」
 お兄ちゃんの言葉に、弟はぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
 兄弟が住む村のそばの森では、毎年、たくさんのリンゴが採れる。村中の子どもや大人達にとって、リンゴ採りは大きな楽しみの一つなのだ。
「今年はきっと、おれ達が一番乗りだぞ!」
「母さんに言われたお手伝い、うんと早く終わらせてきたもんね!」
 きゃっきゃっと籠を振り回して騒ぎながら、兄弟は森の小道へと入っていく。
村の大人達からは、危ないから奥の方まで入ってはいけないと言われている。けれど、村の子ども達は全員ちゃんと知っているのだ。
森の小道から少し奥へ入ったところにある大きなリンゴの木の実が、特に大きくて甘いことを。
「おっきいリンゴ、いっぱい持って帰ろうな!」
「うん! 帰ったら、母さんに焼きリンゴ作ってもらおうね! あと、ジュースも!」
 考えるだけで、口の中に唾液があふれてくる。二人は、がさがさと下生えをかきわけて、小道から外れて、奥へと入っていった。
 昼の森はちらちらと木洩れ日が差し込み、十分に明るい。道から外れるといっても、少しだけだ。怖いことは何もない。
 手をつないだ兄弟は、威勢よくずんずん進んでいく。
「あ! お兄ちゃん、あの木だよね!?」
「うん! よし、まだ誰もいないぞ!」
 しばらくして、目指すリンゴの木を見つけた兄弟は走り出した。が。
「ギャアッ! ギャアッ!」
 突然、辺りに響いた異音に、打たれたように立ち止まる。
「な、なんの声だろう‥‥」
 弟が、お兄ちゃんの手をぎゅっと握る。
「ギャアッ! ギャアッ!」
「あ! あそこだ!」
 鳴き声の主を見つけたお兄ちゃんが、リンゴの木を指さす。
 たわわに実った赤いリンゴをぶら下げて、重そうなの木の枝に、黒い鳥が2羽とまっていた。
「あれ、カラス‥‥? でも、すごくおっきいよう‥‥」
 普通のカラスの2倍はあるだろうか。2羽のカラスは、まるで、昼の日差しの中、そこだけ夜が取り残されているようだ。
「な、なんだい。カラスくらい。きっと近づいたら逃げ出しちゃうさ‥‥」
 強がりを言って、お兄ちゃんが一歩足を踏み出す。と、
「ギャァ! ギャァ! ギャァ!」
 威嚇するように鋭く鳴いて、一羽のカラスが翼を広げた。その、大きなこと。もしかしたら、弟の身長くらいあるかもしれない。
「に、にいちゃあん‥‥」
 すっかり怯えてしまった弟が、涙声でお兄ちゃんの手をぎゅっと握る。
 2人とも、逃げ出したいのだが、足がすくんでしまって動かないのだ。
 いつまでも立ち去ろうとしない人間達にいらだったのか、羽を広げていたカラスが、大きく羽ばたいた。
「ギャア!」
 一声、高く鳴くと、兄弟へ向かって飛んでくる。
「う、うわあっ!」
「うわあぁんっ!」
 はじかれたように、兄弟は背を向けた。
後ろを見ることもなく、一目散に逃げ出していく。
 草で手を切ろうと、木の根につまづこうと、おかまいなしだ。
「ギャァ」
 巣に近づこうとした不届きな人間を追い払って、大カラスは満足そうに一声鳴いた。

 2日後。
 ギルドの依頼の中に、新たな依頼が加わっていた。
『求む、冒険者。
 内容:森の中に巣を作ったジャイアントクロウ2羽の退治。
 村中で楽しみにしているリンゴの収穫ができません。どうぞ、助けてください。
 追記:ぼうけんしゃさん、早くリンゴがとれるように、がんばってください。おうえんしています』

●今回の参加者

 eb0697 大鷺 那由多(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4717 神名田 少太郎(22歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 ec4929 リューリィ・リン(23歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ec5038 アルファ・アルファ(28歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

●作戦会議
「おはようございます、那由多さん」
 神名田少太郎(ec4717)が、家の前で日課の美容体操を行う大鷺那由多(eb0697)に挨拶した。
 扇情的な肢体を露出度の高いチャイナドレスに包んだ那由多は、優雅に体を動かしている。それを見る少太郎の目がまぶしげに細められているのは、決して朝の太陽せいだけではないだろう。
「村長さんの奥さんが、朝御飯だと呼んでますよ」
 昨夜、村に着いた2人は依頼人である村長の家へ向かい、好意で泊めてもらえることになったのだ。
 朝食後2人は、さっそく作戦会議を始める。口火を切ったのは少太郎だった。
「退治を依頼されたジャイアントクロウは普通のカラスの2倍の大きさがあります。爪とくちばしには注意しないといけませんね」
「それが2羽かあ。こっちも2人だから、1人1羽だとキツイわね」
「確かに。同時は避けたいですね」
 那由多の言葉に少太郎がうなずく。
「可能なら、各個撃破したいね」
「村で聞き込みましょう。もしくは、僕達が森の中で張り込むかですね。大きい鳥ですから、森から飛んでいく時はわかりやすいと思います」
「そうね。でも、相手が飛んでいるっていうが、厄介だよねー」
 ふう、と那由多が息をつく。
「そうだ、飛び道具で攻撃すれば、怒って襲ってきませんか?そこを狙ったらどうでしょう?」
少太郎がぱちんと指を鳴らす。那由多が大きくうなずいた。
「下りてきたのを網に捕まえられたら、有利になるわ。村で網を借りられないか、聞き込みの時に一緒に聞きましょ」
「網のことなら心配いりません」
 少太郎が胸をどんと叩く。
「こんなこともあろうかと、猟師セットを持ってきました!」
「やるじゃない」
 那由多が少太郎に色っぽいウインクを送る。
 頬を染めながら、少太郎は照れたように頭の後ろに手をやった。

●森の戦闘
 昼過ぎ。網を持った那由多と少太郎は、森へと続く村外れの道を歩いていた。村人に聞いて回ったが、海辺から離れたこの村では網を持っている者はおらず、用意できたのは少太郎が持参した網だけだ。
「村の人の話だと、2羽のうち片方は、森や村の上を飛んでいるのをよく見かけるらしいわ。ずっと巣にいるわけじゃないみたい」
「エサを探しに行っているのかもしれませんね」
 那由多の言葉に、少太郎がふむ、とうなずく。
「何にせよ、1羽になっている時が狙いどきね」
 これから始まる戦闘を思い、2人の表情は険しく引き締まっている。
 まもなく、2人は森の小道へと入っていった。途中で小道から逸れ、リンゴの木へと近づいてゆく。
「あの木ね」
那由多が少太郎へ目配せする。敵を警戒させないように、2人はリンゴの木から少し離れたところで足を止めた。
「今は1羽しか巣にいないようですね」
 リンゴの木の様子をうかがった少太郎が、那由多に囁く。
「チャンスね。もう1羽が帰ってくる前に、さっさと倒しましょ」
 那由多はそう言うと、長槍をそばの木の幹に立てかけ、網を構える。
「作戦通り頼むわよ。うまく誘導してちょうだい」
「任せてください」
 うなずくと、少太郎はアイスチャクラの呪文を詠唱しながら、リンゴの木へと歩き出した。
「ギャア!」
 少太郎の姿に気づいたジャイアントクロウが、威嚇の泣き声を上げる。その時にはもう詠唱は終わっていた。一瞬、少太郎が淡い青の光に包まれる。次の瞬間には、その手に冷気でできた円盤が現れていた。
「ギャアッ!」
 異変を感じ、ジャイアントクロウが大きく翼を広げる。その翼めがけて、少太郎はアイスチャクラを投げつけた。
「ギャア!」
 冷気の刃が翼を切り裂く。黒い羽根が辺りに飛び散った。
だが、深手ではないらしい。ジャイアントクロウははばたくと、少太郎へと襲いかかってくる。
「くっ!」
 間一髪、少太郎が鋭い爪をかわす。戻ってきたのを受け損ねたアイスチャクラは、近くの木の幹に刺さった。
 ジャイアントクロウは空中で旋回すると、再び、少太郎へ襲い掛かろうとする。羽が傷ついているためか、動きが少々ぎこちない。そこへ。
「これでもくらえ!」
 敵の背後に駆け寄った那由多が網を投げる。
「ギャッ!?」
 ジャイアントクロウは避けようとするが、大きく広げられた網からは逃れられない。羽や爪に網が絡まってゆく。
 それでもなお、鋭いくちばしで攻撃しようとする。対象は、網を投げた那由多だ。
「うふふ‥‥あなたのくちばしも素敵だけど、私の爪もいかがかしら?」
 那由多は身をひねって、攻撃を避けると、鳥爪撃を繰り出した。目にも止まらぬ鋭い蹴りが叩き込まれる。
「ギャッ!」
 黒い体が地面へ落ちる。
「やあ!」
 魔力を帯びた短刀を抜いた少太郎が切りかかる。
 那由多もそばの木の幹に立てかけていた長槍を手に取ると突き刺した。
 ジャイアントクロウは爪とくちばしで応戦するが、地面に落ちては、まともな反撃はかなわない。とはいえ、死に物狂いでもがくため、2人の攻撃も、なかなか急所へ当たらない。
 ようやく止めを刺した時には、2人とも、息を荒げていた。
「あと1羽ね‥‥」
 那由多が息を整える。
「早くこいつを網から外さないと。いつ、もう1羽が戻ってくるか‥‥」
 短刀を鞘に納めた少太郎がかがんで、死体から網を外そうとする。
「待って」
 その腕を那由多がつかんだ。
「残念ながら、その時間はないみたいよ」
 那由多が空へ視線を向ける。そこには森へ帰ってくるもう1羽の姿が見えた。
「まずいわね‥‥」
 那由多が低い声で呟いた。
 2人とも、さきほどの戦闘で疲れている。しかも、戦闘の要となる網は使えないままだ。このまま戦闘をして、果たして勝てるかどうか。
「‥‥」
 無言で、少太郎が刀を抜いた。
「戦うつもり?」
 横目で少太郎を見やって、那由多が聞く。
「はい。もし逃げたら、怒りに燃えたジャイアントクロウが、村人を襲わないとも限りませんから」
 うなずいた少太郎に、那由多が長槍を構えて微笑む。
「仕方がないわね。付き合ってあげるわ。でも、あたしは高いわよ?」
 2人は武器を構えて待ち受ける。
 だが、ジャイアントクロウは下りてこない。もう1羽を探すように、リンゴの木の上を旋回する。自分のテリトリーが侵入者によって荒らされた異変を感じ取ったのだろう。
「ギャア!」
 もう1羽の死体を目にしたのだろうか。ジャイアントクロウが悲しげに、一声高く鳴いた。そのまま、ぐるりと回ると、遠くへと飛び去ってしまう。
「行った、んでしょうか‥‥」
 少太郎と那由多が構えを解いたのは、それからしばらく後のことだった。
「そうみたいね。‥‥このまま、どこかへ行ってくれたらいいんだけど‥‥」
 助かった、という安堵感はあるものの、2人の表情は晴れない。
「このまま悩んでいても仕方がないわ。早く網を外して、いったん村へ報告しに戻りましょ」
「そうですね。あ、巣は壊しておきましょう。もし戻ってきても、巣がなかったらあきらめるかもしれません」
「そうね」
 うなずきあい、2人は作業にとりかかった。

●戦い終わって
「そうですか、1羽は逃げましたか‥‥。戻ってこないことを祈るばかりです‥‥」
村に戻り、戦闘の結果を報告した2人に、村長は不安そうな顔でうなずいた。
「2羽とも退治できたらよかったんですが‥‥」
 うつむいた少太郎に、村長は慌ててかぶりを振る。
「いえいえ、追い払ってくれただけでも、ありがたいですから‥‥」
「一応、明日も森に入って、戻ってこないか確認するわ」
 那由多の言葉に、村長は頭を下げる。
「お願いします。戻りそうにないなら、明日からは村人に森に入ってもらおうと思います。今までは、森に入ることもできず、みんな困っていましたから。これで、リンゴの収穫ができます」
 ふう、と村長は大きな溜息をついた。
 翌日。ジャイアントクロウが戻ってきた場合に備えて、那由多と少太郎はリンゴの木を見張っていた。他のリンゴの木では、村人達が収穫していることだろう。2人とも、明日にはキャメロットへ帰らなくてはならない。森の中は静かで、風が木々の葉を揺らす音が聞こえるばかりだ。
「戻ってこないみたいですね」
「そうあってほしいわね」
 少太郎が空を見上げて呟き、那由多がうなずく。
「どうですか? 戻ってきそうでしょうか?」
 草を踏みわけながら、村長がやってきた。
「今のところ、戻ってくる様子はありません」
 少太郎の答えに、村長は安堵したように息をつく。
「それはよかった‥‥。あの、見張りが終わったら、村の方へ来てもらえませんか? 妻がお2人にとアップルパイを作っているんです。子ども達のあなた方の武勇伝を聞きたいらしくて‥‥」
「アップルパイ? それはいいわね。あたしも作るのを手伝いたいわ」
 那由多が顔をほころばせる。
「そういえば、リンゴ酒はあるのかしら?」
「ええ、今年の仕込みはこれからですけど、去年のものなら‥‥」
「ふふ、楽しみね」
「僕はリンゴジュースの方が好みです。飲みながら、スケッチの構図を考えたいですね」
 那由多の微笑みにつられて、少太郎も笑う。
「そんちょーさーん、おねえちゃんとおにいちゃん、まだあー?」
 待ちきれなくなったのだろう、子ども達が森の小道から駆けてくる。
「こら、ここまで入ってきちゃいかんと言っただろう」
「だってー」
 村長の小言もなんのその、子ども達はきらきらした目で2人を見上げて取り囲む。
「ねえねえ、カラスおっきかった? やっつけたんだよね?」
「ぼくもおっきくなったら、ぼうけんしゃになれる?」
「ほら、話は村に戻ってからにしなさい。もう少ししたら、冒険者さんも村へ来てくれるから」
 村長は子ども達の手を引き、村へ戻ろうとする。
「おねーちゃん、おにーちゃん、早くきてねー!」
 子ども達はぶんぶんと手を振りながら、村長についていく。
 手を振り返しながら、那由多と少太郎は、この村の平和がずっと続くことを祈っていた。