●リプレイ本文
●往路
「神名田少太郎(ec4717)です。よろしくお願いします」
「私は妙道院孔宣(ec5511)です。どうぞ、よろしく」
挨拶を交し合った2人は、それぞれのペットである馬、鉄騎丸と踊躍に乗り、さっそく子馬の待つ牧場へと向かった。
行き道は2人だけの身軽な旅なので、気楽である。その日の夕方近くには、2人はゴブリンが出るという噂の場所までたどり着いていた。
「依頼主が言っていたゴブリンですが、出るとしたら、ここでしょうか?」
孔宣と並んで馬を進めながら、少太郎が辺りを見回す。
そこは、街道が森の中を抜けているところだった。
冬で木の葉を落としている木が多いとはいえ、道の両側に立っている木々のせいで見通しは悪い。道の上にまで枝を伸ばしている木も多く、昼でも薄暗い。
今にも、木々の陰からゴブリンが飛び出してきそうな雰囲気だ。
「ええ、ゴブリンが出るとしたら、おそらくここでしょう」
同じく辺りを見回しながら、孔宣がうなずく。
もし可能なら、護衛対象の子馬がいない今の内にゴブリンを掃討できればいいのだが、あいにく、今のところ影も形も見えない。
おそらく、森のどこかに住処があり、手ごろな獲物が通れば襲ってくるのだろう。
「‥‥帰りも、出会わなければいいのですが」
祈るように孔宣が呟く。2人は不安な気持ちを残しながら、馬を進めていった。
●牧場にて
「あなた方が受け取りに来てくださった方ですか。どうぞどうぞ、子馬はこちらです」
孔宣から執事からの紹介状を受け取ると、牧場主はとたんに腰が低くなった。
いそいそと馬屋へと2人を案内する。広い馬屋の中には、何頭もの馬がつながれていた。
「送り届けてほしいのはこの馬です」
牧場主がそのうちの1頭を指し示す。
牧場主が言うよりも早く、少太郎と孔宣はその馬に気づいていた。
雪のように白い毛並み。すらりとした肢体。つぶらな黒い目はいかにも利口そうだ。
白い子馬は見知らぬ2人を見て、ぶるると鼻をならした。
「よろしく。僕は少太郎だよ」
少太郎が優しく手を差し伸べると、人に馴れた子馬は鼻先をこすりつけてくる。
「立派な子馬ですね」
孔宣がその様子を微笑ましく見守る。
「あ、そうだ。子馬の移送に関して、何か注意事項などはありますか?」
パチンと指を鳴らし、少太郎が牧場主へ尋ねた。
「いや、特にはないよ。こいつはお坊ちゃんのために、みっちり仕込んであるからね。人の言うこともよく聞くし、大人しくて頭もいい。無事にキャメロットまで連れて行ってやってくれ」
「ええ、子馬は必ず無事に依頼主の元まで届けますので、どうぞ御安心ください」
孔宣が、安心させるように牧場主へ微笑んだ。
●ゴブリン襲撃!
キャメロットへの帰り道。
2人は、行きにゴブリンが出そうだと話していた森にさしかかっていた。
「嫌な天気ですね。どんよりと曇っていて‥‥」
ペットである鉄騎丸と、護衛対象である子馬の2頭を引いて歩きながら、少太郎が呟く。
「そうですね。雪が降らなければよいのですが‥‥」
少太郎の言葉に、孔宣が空を見上げる。孔宣は、見通しがきくようにペットの踊躍に乗り、少太郎達の少し前をゆっくりと進んでいた。
空は厚い雲に覆われ、今にも雪が降り出しそうだ。
「雪が降ると、視界が悪くなってしまいますからね‥‥」
森の中を通る街道は薄暗く、馬に乗っていても遠くまで見ることはかなわない。
溜息混じりに呟いた孔宣が、不意に言葉を止めた。
「‥‥」
目を細めて、森の方を見やる。
「どうしました? 孔宣さん」
「ゴブリンです!」
見上げた少太郎に、孔宣の鋭い声が飛ぶ。
「こちらへ向かっています! 数は1、2‥‥4匹です!」
木の陰に隠れながら近づいて来ていたゴブリン達は、2人に気づかれたと知ると、木の陰から飛び出し、手に手に斧を振りかざして駆け寄ってくる。
「私が前衛に立って、ゴブリン達の注意を引きます! 少太郎さんは子馬に被害が及ばないように守ってあげてください!」
そう言うと、孔宣はひらりと踊躍から飛び降りる。
勇敢な戦闘馬である踊躍も、油断なく薙刀を構える主の横に並ぶと、前足を上げて、ゴブリン達を威嚇するようにいなないた。
「はい、任せてください!」
孔宣の言葉に大きくうなずいた少太郎は、後ろを振り返ると、不安そうに鼻を鳴らす鉄騎丸と子馬を落ち着かせる。ゴブリンの襲撃に驚いて、万が一、子馬が逃げては大変なことになる。
「どうどう。お前達は僕達がちゃんと守ってやるからな。心配しなくていいんだぞ」
主人の言葉に、まず鉄騎丸が落ち着きを取り戻す。
子馬は不安そうに前足で地面をかいていたが、隣の鉄騎丸の様子を感じ取って、やがて子馬の方も落ち着いた。
「よしよし。いい子だ」
満足そうにうなずき、少太郎は敵に向き直る。
こちらを手ごろな獲物と見ているのだろう、ゴブリン達は斧を手に、口々に鬨の声を上げながら近づいてくる。
「子馬に手出しはさせませんよ!」
鋭い瞳でゴブリンを睨みつけ、孔宣が薙刀を構える。子馬を守らなければならないため、自分から打って出ることはできない。
相手から目を離さないまま、少太郎がアイスチャクラの呪文の詠唱を始める。
その間にも、ゴブリン達は2人との距離を詰めていた。
先頭の一匹が、孔宣へと斬りかかる!
一瞬、孔宣の大きな体が沈んだように見えた。かと思うと。
「鏡月!」
「ギャッ!」
次の瞬間、地に這っていたのは、ゴブリンの方だった。
孔宣のカウンターアタックが見事に決まったのだ。
「成仏なさい!」
孔宣の薙刀が地に伏すゴブリンへ止めを刺す。
一方、アイスチャクラの呪文を完成させた少太郎が、一瞬、淡い青の光に包まれる。
少太郎の右手には、冷気の刃が出現していた。
「これでもくらえ!」
子馬の方へ向かってきたほかの一匹へ、少太郎がアイスチャクラを投げつける。
「ギャア!」
遠距離攻撃をされるとは思っていなかったゴブリンは、不意を食らって刃を受けた。
右腕を押さえてゴブリンがよろめく。落とした斧が、重い音を立てて地面に落ちた。
だが、致命傷にはいたっていない。
返ってきた冷気の刃を受け止め、少太郎は真正面からにらみつける。これ以上、近づいてくるなら、もう一度、冷気の刃を食らわせてやるつもりだ。
その間にも、孔宣は2匹目に斬りかかっていた。ゴブリンの悲鳴が響く。
ゴブリン達は、どうやら自分達が獲物の力量を読み間違えたことに気づいたらしい。
4匹目のゴブリンは、不利と見るや、仲間を見捨てて逃げ出した。
孔宣に斬りつけられたゴブリンと、少太郎のアイスチャクラに斬られたゴブリンも、逃げ出した仲間を追って、背を向ける。
もともと退治が依頼ではない。孔宣も少太郎も逃げるに任せた。
「ふう、なんとか追い払えたみたいですね」
しばらくの後、ゴブリン達の姿がようやく視界から消えると、少太郎は詰めていた息を吐き出した。
「そうですね。子馬は無事ですか?」
構えていた薙刀を下ろしながら、孔宣が尋ねる。
「ええ、傷一つついていません」
少太郎は子馬に近づくと、優しくたてがみをなでてやった。安心したように、子馬がしっぽをゆらす。
「そう。子馬に危害が及ばなくてよかった‥‥。少太郎さんも、怪我などないですか?」
「ええ、ありません。孔宣さんは?」
「ええ、こちらもありません。ただ‥‥」
「なんですか?」
言葉を濁した孔宣に少太郎が首をかしげる。
「ゴブリンとはいえ、命あるもの。できれば、経をあげて弔ってやりたいのですが‥‥」
静かな口調で話す孔宣の視線の先には、自分が倒したゴブリンの死体があった。
「わかりました。ゴブリンがもう一度襲ってくることはないでしょうし、弔ってあげましょうか」
「ありがとうございます」
うなずいた少太郎に、孔宣が頭を下げる。
2人は、道の脇へゴブリンの死体を運んだ。ふところから数珠を取り出し、孔宣がお経をあげ始める。少太郎も手を合わせて、目を閉じる。心なし、馬達も神妙そうだ。
「‥‥ありがとうございます。付き合っていただいて。さあ、キャメロットへ向かいましょうか」
やがて、お経をあげ終えた孔宣が、少太郎を振り返って微笑んだ。
●未来の騎士
「わあ! 馬だ! 僕の馬だー!! わーっ!!」
依頼主の屋敷についた2人を襲ったのは、イディオット少年の熱烈な大歓迎だった。
「坊ちゃま! 馬に乗るのは誕生日が過ぎてからでございます。だんな様とそう約束しましたでしょう?」
子馬に飛び乗ろうとするイディオットを、執事が引き止める。
「えーっ! いいじゃないか、ちょっとくらい乗ったってー!」
「なりません! ここには馬丁もおりませんし、何かあったら危のうございます」
ぷーっと頬をふくらませたイディオットに、しかし執事はがんとしてゆずらない。
「ちぇーっ」
だが、イディオットは子馬から放れようとしない。子馬が来たのが嬉しくてたまらないというように、鼻面やたてがみを撫で回す。子馬は大人しく、少年のなすがままになっていた。
「お前の名前はホワイトウィンドだぞ。素敵な名前だろ? 僕が一生懸命考えたんだぞ!」
少年の声に、子馬が鼻を鳴らす。
「いい名前ね」
少年と子馬の様子を微笑ましく見守っていた孔宣が微笑む。
「もちろんだよ! 格好いい名前をずっと考えてたんだから! 僕は立派な騎士様になるんだから、馬の名前も格好よくないとね!」
イディオットが胸を張る。
「立派な騎士になれるといいですね」
「うん!」
少太郎の言葉に、イディオットが大きくうなずく。
少太郎も孔宣も、少年と子馬の微笑ましい様子に、我知らず知らず優しい笑顔を浮かべていた。