●リプレイ本文
●痛みを伴う(?)実験
其の建物を見たとき、冒険者たちは言葉を失った。他所の家とは一線を画すこの家は、奇妙な存在其のものである。
前衛芸術とでも言えばいいのか、依頼者の家はまるで子供が積み木遊びで造ったような奇妙な家。天才と馬鹿は紙一重というが、是は馬鹿のほうなのかも知れない。
今回の依頼を受けた者の中で、唯一の男性であるエルリック・キスリング(ea2037)が恐る恐る前に出る――と言うより、前に出された――と、玄関に取り付けられた蹄鉄を叩く。
「はーい、開いてるよー」
家の中から返ってきた声は、少女のもの。恐らくは依頼者本人だろうが、奇怪な屋敷の主とは思えないほどの可愛らしい声だ。
彼女の声に従ってやはりと言うべきか、エルリックが扉を開け、更には先頭に立って屋敷の中へと足を踏み入れる。
屋敷の中は、闇に包まれていた。光源は奥の壁に吊るされているランタンのみ。其の光に照らされて、ひとりの人物が鼻歌を歌いながら何やら怪しげな実験を行っている。其の鼻歌が途切れたのは、来客者に気付いた為だ。
「えっと、どちら様ですか?」
「冒険者ギルドのものです。実験に協力しに来たのですが」
「あ、そうなの? 其れじゃ、早速飲んでもらいましょっか!」
唐突に彼女はそう言って、六つの薬瓶を冒険者の前に突き出す。内容された液体は、どれもが微妙な色をしており、とても人間が口にする飲み物には見えない。
「其の前に、場所を移さない?」
はぐらかすように提案したのは、シーア・ベネフィック(ea5327)。
「以前、実験に失敗して被験者が暴れて魔法連発、なんてことをやらかしたみたいですし、念の為ということで‥‥」
「大丈夫大丈夫、今回は暴れるような材料は入れてないから」
彼女は屈託のない笑顔で自信満々に言うが、冒険者たちは「以前のはワザとか?」と、思わず胸中で邪推――ツッコミとも言う――してしまう。
兎も角、冒険者たちは半ば無理矢理に少女を明るい外の世界へと連れ出した。
今日は比較的涼しく、穏やかな昼下がり。
暖かな日光の下、体力増強(予定)薬を飲むことを希望したフェリーナ・フェタ(ea5066)は、郊外に広がる草原で腹筋を行っていた。
昔から体力が劣っている彼女は、レンジャーでありながら弓を扱えない。だが、何時かは使いこなせるようにと想っているエルフのレンジャーだ。
そして一分が経過すると、フェリーナは床に背から倒れ込む。息は荒く、かなり無理をした様子だ。ちなみに回数は、十四回。彼女の年代では、少ないほうに入るだろう。
フェリーナは何とか息を整え、薬瓶を手に取ると大きく深呼吸をする。
「何時かは弓を持ちたいから‥‥!」
彼女はそう決意し、薬瓶に口をつけて上に向ける。瓶に内容された何とも言えない色を持つ薬は、見る見るうちにフェリーナの口に吸い込まれ、十秒もかからずに薬瓶は空となった。
色も何とも言えなければ、味も何とも言えない。美味くもなければ、不味くもない。
薬を飲んだフェリーナの様子をまじまじと見守る冒険者たち。だが、身体的変化は見られない。勿論、精神的にも。
「身体、精神状態共に変化はなし、か‥‥良かった‥‥」
少女が誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。
「其れじゃ、スタート!」
少女は持参した小さな砂時計をひっくり返し、フェリーナは彼女の掛け声に合わせて再び腹筋を開始した。
しかし――
フェリーナの腹筋の回数は全く上がっておらず、逆に疲労からか回数は下回っていた。
「効果もなし、かぁ‥‥ちぇっ、つまんないの。どうせなら、身体が壊れるぐらい腹筋が出来るようになれば良かったのに」
「ふ、不吉なことを言わないで下さい‥‥」
少女の楽しげな言葉に対し、フェリーナは息絶え絶えになりながら言った。
「《サンレーザー》♪」
詠唱を終えたシフール、ミーファ・リリム(ea1860)が掌から眩い光線を放つ。虚空を突き進む光の楔は前方に在る板切れに穿たれ、数秒後火に包まれた。
「中々の威力だね。んじゃ、是を飲んで更なる威力アップを!」
進められる形で、ミーファは薬を適量口に含む。薬の味の所為か、ミーファは
「味が良くないのら、改良するのら!」
「『良薬口に苦し』って言うでしょ? その辺は我慢してよ」
「では、次に期待と言うことにしとくのら」
妙な感じで納得したミーファは、再び詠唱を始めた。紡がれる言葉に魔力が呼応し、彼女の身体から黄金色の光が現れる。
そして、魔力は放たれた。
ドカンッ!
ミーファの掌から放たれる筈の光線は手元で大きな音を立てて爆発し、小さな身体を包んだ。黒煙が彼女の身体から立ち昇り、体力まで抜け出てしまったのか、地に倒れ伏した。
「是も失敗かぁ‥‥リカバーポーションあげるね」
痙攣する彼女の横に、少女がポーションを置いた。そして、次の実験に移る。
「さてと、一気にいきますか♪」
ガブリエル・プリメーラ(ea1671)は楽しげに言って、知力増強(予定)薬を口に含んだ。喉を鳴らして奇妙な液体を飲む其の姿は、何処か清々しい。
「其れでは、この問題を解いてね」
彼女の前に簡素なテーブルと椅子、テーブルの上には彼女が言う問題が記された羊皮紙と筆記用具が置かれた。羊皮紙に在る問題は、計算の問題。其れも子供でも判る簡単なものである。ガブリエルは悠然と椅子に座り、羽根ペンにインクをつけて準備を整える。
「制限時間は五分。其れじゃ、スタート♪」
数分後――
彼女は、うんうん唸りながら頭を抱えていた。残り時間も残り少ないというのに、問題はひとつも解けていない。
そして無情にも、約束の時間は経過した。
「どうやら、知力が低下しちゃったみたいだね‥‥」
少女は頬を掻きながら、申し訳なさそうに呟く。其の声は、彼女の耳には届いておらず、未だに呻いていた。
四十四回。是だけでは、流石に何の数字かは判断できないだろう。
シーアが一分間に行った、反復横跳びの回数だ。
彼女が飲むことになったのは、敏捷増強(予定)薬である。薬草師として何の材料を使用しているか気になったシーアは少女に問うたが、「企業秘密」の一言で済まされた。
「さぁ、ぐぐっと逝っちゃって♪」
何やら不穏な言葉が聞こえたような気がしたが、シーアは構わず薬を飲んだ。
「位置について‥‥スタート!」
少女の言葉が嚆矢となって、シーアは跳ぶ。
大地を蹴る音が、何度も何度も響く。
彼女の身体が、凄まじい速度で左右に揺れる。時間は未だ半分だというのに、既に先の記録である四十四回は悠に超えている。
風のように素早く動く身体を、周囲は勿論、自分自身すら驚いていた。
「おお、成功っぽいよ!」
少女は嬉しそうに言って、メモを取る。シーアも自分が是ほど早く反復横跳びが出来るとは思っていなかったらしく、嬉しそうに笑顔を作った。
そして、一分が経過した。しかし――
「あの、止まらないんですけどー!?」
先ほどとは打って変わり、シーアの表情から笑みは消え、今にも泣きそうだ。
成功と思われていた薬は、どうやら何時までも同じ動きをするという奇妙な効能があるらしい。
其れを見た少女は、シーアから視線を逸らし、
「‥‥さぁ、次に行ってみよー!」
「無視しないで下さい!」
其の後、彼女は自身の体力が尽きるまで、反復横跳びを行っていた。
少女の両手足首に、ロープを巻きつける。其の手の趣味を持っている訳ではないので、勘違いしないように。
ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)が飲むのは、腕力増強(予定)薬。少女を信じていない訳ではないが、万が一の事態に備えて、暴れぬよう腕を拘束しているのだ。そして実験内容は、ロープを引き千切れるか。
「さぁ、頑張れ〜♪」
少女の声援を受けながら、ガレットは薬を飲む。微妙な味がする薬を全て飲み干し、瓶を空にしたとき、其の効果は顕著に現れた。
瓶が、大地に落ちて割れる。
薬を飲んだ途端、ガレットの腕から力が抜けて瓶がすっぽ抜けてしまったのだ。両腕はだらんと垂れ下がり、彼女も驚いている。
「な、なんか、ロープが以上に重く感じるんですけど‥‥」
どうやら必死に腕を持ち上げようとしているらしいのだが、微動だにしない。
「こっちはロープすら持てないほど、腕力が低下しちゃったってオチかぁ‥‥」
銀色の髪の青年が一抹の不安を覚えながら、薬を飲み干した。最後の被験者、エルリックが飲んだ薬は、直感増強(予定)薬だ。
直感とは物事の本質を直観的に感じ取る、勘やインスピレーションとも呼ばれるもの。彼が飲んだ薬は、其れを飛躍的に高めるものである――らしい。
「アトランダムにこの石を頭めがけて投げるから、ちゃんと避けてね。ちなみに、目隠ししてだから」
拳ほどの大きさの石を手で弄びながら少女は言うが、実際あんなものが頭部に当たろうものなら良くて重傷、悪くて死亡だろう。
エルリックは顔から血の気が引き、青褪める。皆が止むを得ず渡された布で両目を覆い、神経を研ぎ澄ませる。
そして、彼女の手から石が離れた。物凄い勢いで。
ボグッ!
鈍い厭な音が響き、エルリックは地に伏した。頭部から、赤い生命の源を垂れ流しながら。本当に血の気が引いているのだ。
「あれ? なんで避けないの?」
「無茶を言わないで下さい‥‥」
少女の無邪気な疑問を、今度は瞳から熱い水を垂らしながらエルリックは言った。
「しょうがないなぁ、リカバーポーションあげるからもう一度ね?」
ありがたいようなありがたくないような――実際、ありがたくないだろう――優しさを受け、彼は再び石の硬さを痛感する事になった。
ちなみに、この実験は失敗ということになった。
全ての実験が終了したとき、冒険者たちはあらゆる意味でボロボロだった。内一名は、何度も重傷になり、貧血状態だ。
突如、冒険者たちの身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「な、何だ‥‥?」
彼等の様子を見た少女は――
「きっと、隠し味に加えた毒草の所為かもね」
と、悪びれることもなく笑みを浮かべて答えた。其れを聞いた冒険者たちは、幾分殺意を湛えた視線で彼女を突き刺す。本来なら文句も言いたくなるだろうが、身体が痺れて其れすらも儘ならない状態だ。
「憎しみで人を殺せれば‥‥」
そんなことも本気で思いたくなるような、冒険者たちにとっては不幸な一日だった。
「機会があれば、また付き合ってね♪」
「却下」
心の内で思い切り否定した彼等は、力が入らない身体に鞭を打ち、這いずりながら街へと戻った。
勿論、街中では珍獣を見るような奇異な視線の的になったのは、言うまでもない。ちなみに、後遺症はない模様。