●リプレイ本文
●狂える獣人
「女ばっかり狙いで、しかも喰ってる‥ねぇ。‥‥いい趣味してやがるわ」
渡された依頼書を見ながら、ガブリエル・プリメーラ(ea1671)が眉を顰めながら呟いた。同じ女性として、犯人が行った犯行の手口に気分を害しているようである。
「ちょっと訊きたいんすが、いいっすか?」
同じく依頼書を見ていた以心 伝助(ea4744)が、ギルド員に訊ねる。
「捕まえたときの犯人の生死はどうするんすか?」
「特に決めていない。お前たちの好きなようにしていい」
「じゃあ、徹底的にやってあげましょう」
「異議なし、ですね‥‥」
質問の答えを聞いたガブリエルと暁 らざふぉーど(ea5484)が、妖しい笑みを浮かべながら言った。口にはしていないが、他の者も同意見のようだ。其れを聞いたギルド員は、心の中で犯人を憐れむ。
「其れと、街の地図を貸して貰いたいんすけど」
其処には血の跡がはっきりと残り、事件の凄惨さを物語っている。被害者は全て女性でこの裏通りで殺害されたらしい。このような血痕は、この通りの近くに六つほど見つかった。
件の街に到着した冒険者たちが向かった先は、被害者の遺体が発見された裏通りだ。ギルド、そして近隣の住民から情報に得て現場検証に赴いた冒険者は、伝助とガブリエル、ランディ・マクファーレン(ea1702)の三人。残りの三名は夜に備えて、宿で休息を取っている。勿論、彼等も調査を早々に切り上げて休むつもりだ。
「血の臭いは、此処で途切れてるっすね」
伝助の鼻と視線は、眼下を流れる小さな川に向けられていた。忍者のみが体得できる業、忍術の一つである《犬嗅の術》によって嗅覚を強化した彼が犯人が纏っている血臭を辿って辿り付いたのが、此処である。
「川に飛び込んで臭いを消したって訳ね。中々考えてるじゃない」
伝助の言葉に誘われて彼の傍らに歩み寄るガブリエルが、面白くなさそうに言った。
「欲しい情報は大体揃った。俺たちも戻ろう」
同じく伝助の隣に立つランディが言うと、彼等は宿へと戻っていった。
●真夜中に熟する戦機
月は、今宵も闇の虚空で美しく輝いている。ランタンの光が霞んでしまうくらい。
彼女から放たれる冷たい月明かりを浴びて、街の裏通りを二人の女性が歩いていた。
「今夜の月は綺麗ですわね。でも、綺麗過ぎて何処か狂気を孕んでいる気もしますけど」
二人の女性の片割れ、キラ・ジェネシコフ(ea4100)が意味深に言った。
「まぁ、一人や二人はおかしくなっても驚かないわね」
対するガブリエルの返答も、今回の犯人に関することを言って横を歩く。
二人の其の様子を、物陰で冒険者たちが伺っている。彼女たちを囮にして犯人を誘き出す、少々危険で唯一とも言える作戦だ。
「‥‥月は心を狂わせる、か。まさかな‥‥」
彼女たち二人の姿を確認できる物陰から監視するランディは、頭上に輝く月を見上げて、自分が言った言葉に対して自嘲した。月光には精神を高揚させる力が在るらしい為、彼の言葉は強ち間違ってはいないだろうが、人を狂わせるほどの強力な力は彼女は持ち合わせていないだろう。
其の傍らに座る女性、ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)が静かに風の精霊魔法である《ブレスセンサー》を発動させると、異質な気配を感じ取った。
「何か感じたで」
ティファルの警告に、ランディは緊張を高めた。
「‥‥誰か来たっす!」
ランディとティファルから少々離れた位置に潜む伝助も、昼間のように《犬嗅の術》の力によって嗅覚を増強させた鼻で二人に接近する存在を察知した。
二人の進路を塞ぐように前に現れたのは、何処にでも居る体格の良い男性だった。しかし、彼の表情と眼光からは、何処か不気味なものを感じさせる。
「こんな夜更けに何用ですの?」
突然の来訪者に臆することなく、キラが訊ねた。
「肉が喰いたくなったんだよ‥‥」
男性は、素直に答える。口内からは言葉だけでなく、唾液が滴り落ち、顔には狂的な笑みが刻まれた。明らかに異常だ。其の様にキラは腰に差した剣の柄を握り、何時でも抜き放てるようにする。
「旨い、上質の肉がなぁ!」
其の言葉の後、彼の身体が著しく変貌していった。身体は一回りほど大きくなり、毛が溢れ、全身を覆う。特に頭部の変化が激しかった。耳は尖り、口と鼻が迫り出して鋭利な牙が生え揃い、月光に照らされて不気味に輝いた。
彼の姿は獣へと変貌した。獣人界に棲むと言われる獣人の末裔――ワーウルフへと。
息苦しい人間の皮を脱ぎ、欲望のままに動けることを喜んでいるかのように、彼は高々と雄叫びを上げる。
「‥‥さぁ、楽しい時間の始まりですね」
戦いの鶏声を聴いた暁が、何時もの笑みをより妖しい笑みに染めて言った。是から行う殺戮に、高揚しているかのようである。彼はそう言い残して、闇に消えた。
「こんな所に出てきたのが運の尽き。大人しく自分の世界で生きていれば良いものを‥‥」
キラは怜悧冷徹に言い放って、腰に差した十字架の剣を引き抜き、ガブリエルは後ろに下がる。其れと同時に、ワーウルフは大地を蹴った。
人間の数倍を誇る彼の脚力は、キラとの距離を僅か数秒で消失させる。そして、指先に生える鋭利な爪を振るった。キラは咄嗟に横手に跳び、自らを襲う五つの刃から逃れる。彼女が立っていた場所に刃は流れ、肉体ではなく空気を切り裂いた。まるで悲鳴を上げるかのように切り裂き音が唸り、其れを聴いたキラは肝を冷やすが、態勢を整えて剣を横に薙いだ。鉄の刃はワーウルフの首を刎ねようと、薄闇を駆ける。
しかし、毛に覆われた首筋は剣の軌道から消え、切っ先と共に下方から現れた。空気を切り裂く凶刃はキラの首を狙って突き進み、彼女は無理矢理首を捻って逃れ、大地を転がってガブリエルの傍で立ち上がる。爪は僅かにキラの頬を抉っており、赤い線が刻まれて雫が流れた。
自らの爪に附着した彼女の血液を舐め上げたワーウルフは、余程旨かったのか嬉しそうに咆哮し、改めて彼女たちへと跳ぼうと身構える。
「ん〜、そんなに激しく求められても、困っちゃうわ。あんたの相手はあっち」
ガブリエルはからかうように言うと、綺麗な指をワーウルフの後方へと伸ばす。彼は隙を見せずに半面だけ後方に目を向けると、其処には三人の冒険者が佇んでいた。
「‥‥其処までだ」
フレイルを右手、ダガーを左手に携えたランディがワーウルフを挟み込む形で現れる。彼の持つフレイルは《オーラパワー》を付加されて、僅かに光を放っていた。
彼の隣には同じく前衛を務める、二つのナイフを逆手に持った伝助、そして後方にはティファルの姿が在る。彼等の姿を確認したワーウルフは狩りを邪魔されて不服なのか、低い唸り声を上げて睥睨する。
そして、獣が跳んだ。
狼の素早い動きを持つワーウルフはランディとの距離を消失させ、爪の一撃を振るう。肩口に下ろされる五つの刃をランディはダガーで受け止めるも、まるで鈍器で殴打されたような衝撃が襲い、彼の身体は大きく態勢を崩した。止めの一撃を打ち込もうとワーウルフはランディの頭部へと爪を振るおうとするが、其れよりも速く、伝助が放った斬撃が狼の頭部へと走る。爪の軌道を無理矢理変え、刃を腕で受けた。
血は、出ない。
ナイフは獣の腕を裂くどころか、皮膚すら切れずに弾き返された。其の事実を目の当たりにした、伝助は目を見開く。其処で彼は飛び退いて、ワーウルフとの距離を取る。
次に獣に迫るは、雷の魔手だ。
ティファルが発動した《ライトニングサンダーボルト》は闇を祓い、獣人を捕らえた。
電流はワーウルフの全身を伝い、身体の中でも暴れ狂い、命を削る。だが、生命が尽きることはなかった。
身体から立ち昇る薄い白煙を纏いながらも、牙が生え揃うワーウルフの口からは生気を纏う唸りを漏らす。電撃によって焦げた肌は、ゆっくりとだが再生していた。
其の時、ワーウルフの頭部が衝撃を受けて揺れた。
忍者特有の黒ずくめの服装に気配を殺す業、そして《湖心の術》によって物音を消した暁が、背後からワーウルフの後頭部に切っ先を打ち込んだのだ。
しかし、切っ先が彼の肉を抉ることはなく、叩くだけで終わった。伝助のナイフによる斬撃と同じように。是は特殊能力である、武器の耐性に防がれたものだ。
獣人が持つ特殊能力には変化、再生、そして武器の耐性が在る。是は一般的に流通している、鉄や鋼を加工した武器による攻撃に対して百パーセントの防御を誇る能力だ。
「攻撃が効かないとは、参りましたねぇ‥‥」
「ティファルの魔法をメインでいくぞ」
闇から現れた暁は笑みの質を幾分苦いものに変えて言い、ランディは指示を出す。魔法による攻撃しか受け付けないのであれば、其れしか無いだろう。
だが、其れでも防ぐことが出来ない物理攻撃は存在する。
向かってきたワーウルフの攻撃を今度は何とか受け止めたランディは、反撃のフレイルによる一撃を見舞う。効果はないと思いながら。渾身の力を込めて振られたフレイルは――ワーウルフの腕を圧し折った。激痛が走る腕を押さえて、ワーウルフが叫ぶ。
ランディが持つフレイルは、何の変哲もない普通のフレイルだ。其れでも彼の腕を折ることに成功した訳は、闘気を纏っていた一撃だった為である。事前に《オーラパワー》を付加しておいた彼のフレイルは、耐性を持つワーウルフにも充分にダメージを与えられた。只のフレイルだと思って回避せずに防御に転じたのが、運の尽きである。如何に再生能力を持っていようとも、骨折はそう簡単に癒すことは出来ないだろう。
其れを知ったランディは、其の隙をついて更にフレイルを振るった。鉄の鋲、そして彼の闘気で攻撃力が増している其れはワーウルフの肩口にめり込み、骨を砕く。苦鳴が、再び闇夜に轟いた。
痛みに狼狽するワーウルフは、彼等から大きく飛び退き、下には川が流れる橋の上に移動する。逃走を図るつもりだ。飛び込もうとするが、其の動きが急に停止した。まるで、彼の時だけが止まったように。
「そっちから仕掛けてきたんだから、最後まで付き合ってもらうわよ」
この声は、ガブリエルのものだ。彼女は《シャドウバインディング》を発動し、ワーウルフの影を拘束したのである。闇に包まれる夜では影が出来ずに縛ることは出来ないが、今宵は影がはっきりと現れるほど月光が照り付けている為、難なく拘束することが出来た。
「今度こそ! 《ライトニングサンダーボルト》!」
ティファルの掌から火花を散らして迸る電流が、再び闇夜を切り裂いて飛翔する。雷の魔手がワーウルフの身体を絡め取ると、凄まじい電流が再び身体を痛めつける。流石に再生も間に合わないのか、回復が遅い。声にならない苦鳴を上げながら、ワーウルフは大地に伏した。其の彼にランディが歩み寄り、フレイルを振り上げる。
「悪く思うな、当然の報いだ」
ランディは最後に言って、ワーウルフの頭部にフレイルを叩き付けた。肉と骨が砕ける音が、闇の街に響いた。
「彼の身元などの調査をした方が宜しいのでは? まだ、あのような者が何処かに潜伏しているかもしれませんしね」
依頼終了の報告、そして報酬の受け取りに訪れた冒険者たちの一人であるキラが、今後の対策として危惧する。
「可能性としては低いと思うが、否定は出来ないな。そっちのことは任せておけ」
ギルド員がそう言うと、キラは満足そうに頷いた。彼女の後ろに居る冒険者たちも、異論は無い。
「其れじゃ、機会があればまた受けてくれ」
皮袋に詰められた報酬を彼等に手渡すと、ギルド員は何時もの雑務処理に戻る為、目の前にある書類に目を移す。其れを尻目に、冒険者たちはギルドを後にした。