Fear which lurks underwater

■ショートシナリオ


担当:しんや

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 32 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月04日〜09月10日

リプレイ公開日:2004年09月15日

●オープニング

 其の巨大な口は獲物を飲み込み、内に生やした鋭い牙は獲物を易々と噛み砕く。
 海に投げ出された漁師である男性の悲痛な悲鳴は、波と自らの肉や骨が砕かれる音で掻き消される。惨劇から逃れるように他の漁師が船を出すが、突如強烈な衝撃を受け、船体が大きく揺れる。其れに耐え切れずに残った漁師の身体も水面へと落下し、獲物が降ってくるのを水中で待ち焦がれていた二つの巨体がすかさず彼に死の牙を打ち込んだ。
 ノルマンの近海を我が物とする彼等は、今日も漁に出ていた者たちを喰らい、青い海を彼の血で赤く染めた。
 最近となって現れるようになった、三体の巨大鮫によって。

 どういった経緯で出現したかは不明だが、彼等によって数多くの犠牲者を出していることは事実。其の為に近隣の漁業にも影響を及ぼし、彼等漁業関係者からギルドに依頼が殺到していた。
「相手は非常に危険で獰猛な連中だ、油断するなよ」
 冒険者たちを前にして、ギルド員が依頼書と共に、危惧の言葉を彼等の前に出した。

●今回の参加者

 ea1553 マリウス・ゲイル(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2148 ミリア・リネス(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4442 レイ・コルレオーネ(46歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4677 ガブリエル・アシュロック(38歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4791 ダージ・フレール(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea5187 漣 渚(32歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea5415 アルビカンス・アーエール(35歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6003 トゥルーレイル・スゥーレイムスト(22歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 釣り糸の先には餌に喰らい付く一匹の魚の姿が在り、逃れようと忙しなく動いている。
「よっしゃ、是で十匹目や!」
「見事なものだな」
 釣った魚を嬉しそうに掲げて、桟橋に座る女性――漣 渚(ea5187)が言った。其の彼女に素直に感心したのは、ガブリエル・アシュロック(ea4677)だ。彼も渚と同じく釣り糸を垂らしているのだが、先ほどから全く引きが来ず、途方に暮れていた。
 そんな彼を尻目に、彼女はダガーを取り出して切っ先を魚のえらに突き刺して血抜きをする。生臭さを取る方法であるが、其の為に行ったのではない。目的は、えらから漏れ出す血液其のものだ。勿論、魚のほうにも使い道はあるが。漏れないよう加工された皮袋に血を入れ、溜めておく。十匹分の魚の血液で、皮袋は既に大きく膨れ上がっていた。
「中々活きの良い魚ですね」
 突然の声は、渚の正面に広がる海から。彼女が其方に目を向けると、三隻の船が海面に浮かんでいた。二隻は漁師が普段の漁で使っている漁船、残り一隻は主に非常用に使用される小型の船だ。そして声の主は、一隻の漁船に乗り込んでいるマリウス・ゲイル(ea1553)のものである。
「船の調達は完了しました」
「鮫退治と言えば、快く貸してくれました〜」
「是で作戦を実行できる。‥‥他の連中は?」
 マリウスと同じ船に乗り込んで渚に報告するのは、敬虔で献身的に神に使えるクレリックのマリー・アマリリス(ea4526)、金色の髪が美しいエルフのウィザード、ミリア・リネス(ea2148)、そして同じくウィザードであるアルビカンス・アーエール(ea5415)の三人だ。
「此方も準備は出来た」
「人喰い鮫の大きさや出現ポイント、其の他諸々の情報も手に入ったわ」
 アルビカンスの問いに答えたのは渚ではなく、彼女の横手から姿を現した屈強そうな志士、岬 芳紀(ea2022)と妖艶な麗人、リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)だった。彼等が運ぶ荷台には、何やら細工された幾つもの樽が在る。
「其れは?」
「奴等を無傷同然で手に入れる場合に必要となるだろうからな。尤も、其の余裕が在ればの話だが」
「成る程。では、早速向かいましょう。乗って下さい」
 マリウスの言葉を受けて、彼等は船に乗り込む。そして帆を張り、暴君が潜む海へと船を進めた。


 後方に在る港は、既に豆粒のように小さくなっていた。
 海原へ繰り出した冒険者たちを包む空気は重く、表情には緊張の色が滲んでいる。流石に幾つかの依頼を受けてきた冒険者でも、今から起こり得るだろう戦いに萎縮しているようだ。既に彼等を誘き寄せる手筈――先ほど釣った魚や血を周囲に撒いたのだ――は整っており、後は彼等がこの水域に訪れるのを待つだけだ。だが、其の間が空気を重くした。
 其処で、其の重い空気を払拭しようと一人の銀髪の少女が叫んだ。
「どうした、臆したか? 汝等は強い筈だ。汝等は戦士だ。何も恐れることは無い!」
 右はガーネット、左はエメラルドの異なる瞳を持つ、未だ年端もいかない神の戦士、トゥルーレイル・スゥーレイムスト(ea6003)が甲板に立ち、三隻の船全てに伝わる激励の言葉を叫んだ。幼いながらも、彼女の毅然とした態度からは一端の騎士の気迫が放たれている。
 其れを受けた空気、そして冒険者たちの顔が一瞬だけ白紙の状態となった。其の直後、空気が澄み、彼等の表情に笑みが浮かぶ。彼女の激が厭な雰囲気を吹き飛ばし、何時もの空気を呼び込んだのだ。其の時――
「‥‥来たぞ、海に放り出されないように気を付けろ」
 周囲を警戒していた芳紀が、来襲の知らせを皆に告げる。其れに反応して冒険者たちは臨戦態勢に入り、得物を手にした。リュシエンヌはロープで自分の身体としっかりと根を下ろすマストに縛る。
 そして、彼等は目にした。海の暴君を。
 特徴的な背びれで海面を斬り、船に近づく巨大な影。海面に移る黒い影は、漁船と同等の大きさを誇っていた。
「こいつが人の味を覚えた鮫か‥‥なんてでかさだ」
 彼等の姿を目にしたガブリエルが、口に出して驚きを表現する。他の者も口には出さないが、同じ感想だろう。
 目標の出現に空気は再び冷たくなり、先ほどよりも強い緊張感に支配された。
 突然の衝撃が、一隻の漁船を襲った。シャークが船体に勢い良くぶつかった為、船が大きく揺らぐ。
 大抵の者ならば是で恐怖に慄くが、臆さぬ者も居る。其れが彼等冒険者だ。其の代表が、彼である。
「割波戸 黒兵衛(ea4778)忍術、《大ガマの術》を見よ!」
 本来、忍者とは闇に生き、其の姿を見られることは決して無いと云われている。だが、彼に至ってそんなことは無かった。ジャパンで云う歌舞伎役者のように堂々と構えを取り、術を発動する。彼の前方に突然白煙が立ち昇り、巨大なガマ蛙が召喚された。
「行け〜、ガマ助! ジャイアントシャークにパンチじゃ〜っ!」
 術者である黒兵衛の命令に従って、巨大ガマは甲板を蹴って跳躍し、船の周囲を漂う一体のシャークに踊りかかった。主人の命令通り牙の死角となる胴に掴みかかる。硬質な鮫肌を物ともせずに、衝撃が鮫の身体を突き抜けた。シャークにとって異形の存在である大ガマを振り解こうと海中を蛇行するが、大ガマは手足の吸着力を活かして決して離れようとしない。
 滅多に見ることの出来ない鮫と蛙の対決は、其の後暫く。
 二体目は、脇目も振らずに小型船へ接近する。小型船の周囲には魚の血液がより多くばら撒かれており、其の所為だろう。其れにはマリウスと渚が乗り込んでおり、彼の手には三十センチほど短いスピアが握られている。渚は操船担当だ。
 其の二人を喰らう為に近づくシャークは一度深く潜り、身を隠した。
「来るで、気張りぃよ!」
 渚の言葉を受けて、槍を構えるマリウス。
 殺気は、彼等の下方から迫った。其れを察知した二人は、小型船から漁船へと其々飛び移る。小型船が勢い良く転覆したのは、すぐだった。
 間一髪で難を逃れたマリウスは、海中へと戻ろうとするシャークに対してスピアを投擲した。穂先は鮫肌を貫き、内に在る肉を抉るようにして突き刺さった。
 痛みに悶える巨躯の隙を突いて、魔力が放たれる。
「氷の精霊よ、彼の邪なる者を氷の棺へと還せ‥‥。《アイスコフィン》!」
 海と同じ色の空を自らの背に生える蝶の如き羽根で舞う、小さき魔術師――ダージ・フレール(ea4791)の魔力が解放され、囮の小型船に喰らい付いたシャークの周囲に冷気が集中する。冷気はすぐに周囲の気温を氷点下まで落とすと、彼の巨体を易々と包み込む棺桶を作り出した。シャークは為す術も無く、氷の棺へと納められる。
「用意する必要は無かったか‥‥?」
 漁船の操作を担当する芳紀が、その氷の棺を綱で繋ぎ止めながら、寂しげに呟いた。誰一人として聴いていないが。
 其れは兎も角、戦況は確実に冒険者に傾いていた。だが、其れでも冒険者たちは油断せずに攻撃を行う。
「我等はAnareta、殺戮の星より生まれし死の獣、我等が牙で汝の罪を断罪せん」
 銀髪の魔術師、アルビカンスが名乗りを上げると同時に、詠唱を開始する。彼に続くように、リュシエンヌとミリアも詠唱を始めた。そして、発動の時が訪れる。
「三枚に下ろしてやるっ! 《ウインドスラッシュ》!」
「ホントは浜辺から攻撃したかったんだけど、射程に入らないんじゃ元も子もないものね。《ムーンアロー》!」
「効果は薄いかも知れませんが、行きます! 《ウォーターボム》!」
 三人の魔術師が、一斉に魔力を解放する。アルビカンスが放った風の刃が肌と其の下に隠れた肉を裂き、リュシエンヌの掌から生まれた光の矢が深々と突き刺さり、ミリアの魔力に呼応して収束する水が勢い良く弾け飛んで巨躯を吹き飛ばした。斬られ、射られ、爆ぜられたシャークの巨躯は凄まじいダメージを受け、周囲を赤く染めて息絶えた。
 一体のシャークを屠った其の頃、鮫と大ガマの戦いも終わりを迎えようとしていた。大ガマの敗北という結末で。
 ガマ助が、巨躯から引き剥がされた。凄まじい速度で海中を駆けるシャークに必死にしがみ付いていたのだが、限界に達したのだろう。ガマ助は態勢を整えようとするが、波が在る為か、其れとも淡水とは勝手が違うのか、巧くいかない。
 波に弄ばれるようにもがくガマ助に、波を超えて鮫が現れる。
 剥き出しにされた牙は大ガマの頭部に突き立てられ、何の停滞も無くそれを喰い千切った。其の惨劇を目撃した黒兵衛は悲痛の叫びを上げるが、シャークは其れを嘲笑うかのように、自ら起こした波に大ガマの姿を沈めてしまう。
 シャークは其れだけで飽き足らないのか、本来居る筈の無い場所まで侵そうと現れる。海面を爆破するように突き破り、五メートルを超える巨体が宙を舞った。
 シャークが口を広げ、甲板に立つトゥルーレイルを砕こうと迫ってきたのである。如何に数多くの防具で身を包んでいようとも、彼女の小さな身体など簡単に噛み砕かれてしまうだろう。トゥルーレイルもそうされる気など毛頭無く、武装を引き摺るように横に跳んで紙一重ながら牙の進路から身を避ける。すぐ傍を駆ける自らを悠に超える巨体に幾分恐怖しながらも、彼女は攻撃に移った。
 巨体が通り過ぎようとする時、彼女は手にしているクルスソードを横に薙ぐ。斬撃はシャークの口の端から喰い込み、其のまま捌こうとするが、漁船の甲板を滑るように駆ける何トンにも及ぶ巨体をトゥルーレイルの細腕では受け止めることなど出来ず、彼女の身体は弾き飛ばされるように甲板に倒れた。背から叩きつけられた身体は身じろぎはするが、彼女は立とうとはしなかった。一方のシャークは、彼女の得物を身につけたまま、海中へと戻っていった。
「大丈夫ですか!?」
 倒れたトゥルーレイルに駆け寄り、抱き起こすマリー。倒れた衝撃は彼女の身体を酷く痛めつけたのか、彼女の口からは苦痛の呻きだけが漏れた。
 其れを目にしたマリウスの顔に、怒りによる朱が帯びる。
「ミリアさん、私たちに《ウォーターダイブ》を!」
「‥‥判りました、気をつけてくださいね。――《ウォーターダイブ》!」
 彼の申し出を受けたミリアは先とは違う詠唱を紡ぎ、魔法を発動する。彼女の身体から発する青白い魔力を発するミリアがマリウスとガブリエル、更にレイ・コルレオーネ(ea4442)の三人に魔法を発動させる。ナイトのマリウスと神聖騎士であるガブリエルが前線に出ることは当然であるが、ウィザードのレイが矢面に出るということは滅多に無い。非常識とも取れる行動だろう。だが、彼には他のウィザードとは明らかに異なるものがあった。
「さて‥‥其れじゃあ一丁やりますか!」
 レイはそう言うと、自らを包むローブを脱ぎ捨てた。陽に晒された肉体は、逞しい。ウィザードにとっては特異なほど発達した筋肉が彼の身体を覆っており、まるで屈強な戦士のようだ。
 そして、彼等は危険が孕んだ海へ身を投げ込んだ。
 海面を破って水の中へと入った三人を迎えたのは、シャークの体当たりだった。巨大な質量が彼等を襲い、吹き飛ばす。
 幾分衝撃が緩和される水中だから良かったものの、もし陸地だったならば間違いなく致命傷と成る一撃だった。如何に水中で活動できるようになろうとも、本来の生息圏であるシャークの機動力に叶う筈も無い。其れが例え、彼が手傷を負っていようとも。
 血の尾を引いて海中を疾駆する巨体は、自らの縄張りに侵入した三の獲物を胃袋に収めようと、彼等に迫る。水中を自在に駆けるシャークの攻撃を避けるだけで精一杯だった。
「鮫の急所は鼻先だと陸で聞いた。其処を殴れば相当に効くらしい!」
 操船を行う芳紀の助言を受けたマリウスは、迫るシャークを迎え撃つべく、闘気の盾を前に出して構えた。シャークも彼を捕食しようと水を切り裂くように接近し、其の口を大きく開いた。本能と生え揃う牙を剥き出しにして、彼に喰らい付く。其れを、マリウスは避けなかった。牙が、容赦なく彼に下ろされる
 光り輝く盾――オーラシールドで防御し、牙を阻んだのである。一瞬、シャークも戸惑ったのか、動きを止める。其の隙を突いて、マリウスは手にしている長剣の柄でシャークの鼻の部分を思い切り殴りつけた。
 急所である部位に攻撃されたシャークは悶えるように苦しみだし、盾から牙を離す。其の隙にマリウスは巨躯から離れ、突き刺さったままの剣を引き抜いた。
 もし、銜えられていた時に引き下がれば、オーラシールドを備えていた腕でも引き千切られていただろう。しかし、彼は強靭な意志を以って立ち向かい、其の意志が戦いを決する好機を生んだ。
(「終わりにする‥‥!」)
(「くらえ、突☆貫!」)
 マリウスが身を挺して作った好機を狙い、ガブリエルとレイの二人が同時に仕掛けた。拳が打ち込まれ、切っ先が頭部に深々と突き刺さる。彼等の連撃を受けたシャークも流石に限界なのか、動きが緩慢となる。
「どっせーいっ!」
 雄叫びは、シャークの頭上から。船から飛び出した渚だ。彼女は手に光の剣――オーラソードが在り、其れはシャークの身体に鍔元まで埋め込まれる。
 其れが、止めと成った。
 痛みから逃れるように苦しげに暴れ狂う巨体だが、数秒後には其の動きすら止めて、波に身を預けるようになった。
「終わり、ましたね‥‥」
 海中から顔を出すマリウスが、確かめるように言った。
「う〜‥もう鮫いないですよね‥‥」
「氷漬けの奴を除いてはな」
 海面を覗き込むミリアに、芳紀が船と船の間を漂う巨大な氷塊を指して言う。
「悪いが、アレを船に括りつけてくれ。処理は陸地で行おう」
「判りました」
 芳紀から渡されたロープをガブリエル、レイと共に氷の塊と化したシャークに括りつけ、彼等は漸く船に戻る。
 そして彼は、マリーの《リカバー》によって全快していたトゥルーレイルの元へと歩み寄った。
「トゥルーレイルさん、ちゃんと取り返しておきましたよ」
 船へと戻ったマリウスの手には、彼女の得物であるクルスソードが握られていた。それを受け取ったトゥルーレイスは、照れているのか、頬を少しばかり赤く染めて「ありがとう」とか細い声ながら、礼を述べた。小さな声であったが、マリウスは満足そうに笑みを浮かべる。

 其の後、港へと戻った彼等は氷の棺を解凍し、陸地でシャークを屠った。
 そして漁師たちは彼等から得られた鮫肌や肝を使い、上質の鮫鞘や鮫鑢(さめやすり)、鮫肝油が作ったという。