●リプレイ本文
●湿原へ向かう者たち
ノルマン王国の首都・パリ。
数多くの文化と人種が入り乱れるこの街には、其れに比例するかの様に多数の冒険者が拠点として活動している。
其の為、街の一角に軒を連ねる冒険者御用達の施設・冒険者ギルドには今日も多くの冒険者が訪れていた。
そして、新たに冒険者として動き出そうとする、六名の男女の姿も在る。
「ひよっこのお前さん等に、丁度良い依頼があるぞ」
「んまっ! 失礼ね」
カウンターの奥から顔を出してからかう様に言ったのは、壮年の男性だ。そして彼の言葉を聞いて頬を膨らませて怒った――本気ではないだろう――のは、秀麗な美貌を持つ神に仕えるエルフ、ヒスイ・レイヤード(ea1872)。女性として素晴らしいまでの美しさを誇るが、れっきとした男性なので勘違いのないように。
受付の男性も彼が男だという事を認識している為、其の態度に若干引いてしまった。彼もヒスイの事を女性だと思っていたのだろうが、声を聞いて男性だと判明したのだろう。
「こいつの事は放っておいて構わん。其れより、其の丁度良い依頼という奴を紹介してくれ」
押し退ける様にしてヒスイの横から現れた、逞しい肉体を持つ褐色肌の男性、ウィレム・サルサエル(ea2771)が男性に訊ねる。ヒスイはブーイングの対象をウィレムへと変えるが、彼は全く気にしていない。
ウィレムの言葉を受けて男は気を取り直して、ある一枚の紙を手渡した。
其の紙は――依頼書だ。
「パリ郊外の湿原にポイズン・トードが棲息しているらしい。其の排除さ」
男は依頼書に書かれている内容を要約して、冒険者たちに知らせる。
「どうやらウィザードも居るみたいだし、心配ないだろう」
ウィザード――精霊の力を自在に操る者。其れ相応の能力者とも成れば、天候すら自在に変化させる程の存在にも成り得るのだ。
この中では、ウォルター・ヘイワード(ea3260)が其れに当たる。仲間の注目を得る彼は、照れ臭そうに頭を掻いた。
「で、やるのか? やらんのか?」
依頼受諾の有無を問う男に対して、六人の冒険者は満場一致で答えは――
「やる」
太陽は地平の彼方に隠れ、世界は闇が支配する時間となった。
しかし、光は決して途切れない。街は人という光で埋め尽くされ、眠らない。特に、冒険者の憩いの場となっている酒場は。
既に大量のアルコールを摂取してでき上がっている者たちも居れば、冒険者ギルドにて依頼を受けた冒険者が話し合いをしている者たちも居た。
先の六人の冒険者も酒場を訪れ、テーブルを囲んでいる。皆、其々注文した
彼等は勿論後者であり、先ほどまで依頼内容の確認、対策を検討していたのだ。
「さて、するべき事も決まったね」
僅か四十センチしか背丈がない少女、リルウィウス・アルクス(ea2035)が自分の顔の大きさほどもある木製のコップを両手で持ち、中身のグレープジュースを口に含む。
彼女は《羽根妖精》と呼ばれるデミヒューマン・シフールのひとりだ。其の証拠に身体が人間の四分の一程度しかなく、背には蝶の様に綺麗な四枚羽根が在る。
「今日は各自必要だと思う物を揃え、明朝件の湿原に向かいましょう」
ウォルターが今後の予定を確かめる様に皆に言うと、
「よし、頑張るぞ‥‥!」
「‥‥足を引っ張んなよ、餓鬼‥‥」
「餓鬼じゃない! バルザ! バルザ・バルバザール(ea2790)!!」
ウィレムの言葉に未だ幼さを残すバルザが顔を紅潮させ、頬を膨らませて抗議する。無理もない。まだ十三歳という若さなのだから。ウィレムの半分以下しか生きていないからすれば、赤ん坊にも近いだろう。
「あぁ、判ったよ。‥‥餓鬼」
まるで楽しんでいるかの様に言い方を全く改めないウィレムに、バルザは更に
「まぁまぁ、押さえて押さえて。其れより、今日は前祝いという事でパーッとやりましょ」
ふたりの仲裁に入るヒスイは、既にワイン一本を空けて上機嫌だ。自分が僧侶だという事を、すっかり失念している様である。
「其れもそうだな」
彼等の無関心を決め込んでいたベイン・ヴァル(ea1987)がワインが並々と注がれたコップを手に取り、掲げる。
其れに釣られる様にして皆も其々のコップを持ち上げ、互いにぶつけ合った。
●毒の暗躍者を討つ者たち
陽の光は、この世界が創造されてから様々なものを与えてきた。
時には植物の成長を促して生命に恵みを与え、時には水を焦がして植物を枯渇させる。自然とは気紛れ――正に其の通りだ。
そして、今、この場に降り注ぐ其れは後者に近いものだった。
膝まで浸かる水嵩を破り、腰にまで及ぶ雑草が生い茂る湿原に冒険者が訪れる。彼等を迎えたのは、身が焼けるほどの熱い日光だった。
熱視線の如く放たれる湿原に立つ先の六人の身体中から、じわりと汗が滲み出てくる。特に鎧などの着用しているベイン、ウィレム、バルザの三人からは滝の如く汗が噴き出ていた。
六月とは思えない熱気に、冒険者たちは溜め息を吐いた。暑さに耐え切れない苦しみのものと、其れをどうしようもできない諦めのものが混同した溜め息を。
「‥‥暑いな」
「‥‥うん、暑いね」
昨夜は口喧嘩して相性劣悪を醸し出していたウィレムとバルザが、同意見を口にした。
「こんな状況じゃ、目標は出てこないだろう。夜まで待とう」
「そうですね。其れに、このままじゃ此方が倒れてしまいそうですし‥‥」
今度はベインとウォルターの意見が一致した。確かに、是ほどの熱気では先に冒険者の方が干物になってしまうだろう。
「近くに湖でもあれば、ひと浴びしてくるんだけど」
「そうだよね〜‥‥」
どうやら、此方の女性陣(?)も同じ意見に達した様だ。ヒスイは日焼けをするのが厭なのか、ローブを頭から被って陽から逃れ様としている。
「‥‥浴びようと思うなら、此処でも出来るぞ。少々危険だが」
「絶対に厭!」
ウィレムの迷案に、ふたりは練習でもしていたかの様に異口同音に言い放った。
‥‥どんな形であれ、意思が通じ合うのは良き事である。
そんな事をしている内に刻は経ち、世界に夜の帳が下りた。月は下界を覗き見する様に三日月となって、僅かにだけ顔を出している。
僅かに零れて落ちてくる光は闇を拭う事敵わず。毒を用いて生命を貪る者を再び暗躍させてしまう。
だが、今宵は違った。
暗躍する者を討つ者たちが居るのだから。
湿原に訪れた獲物・野鼠を感知した三の暗躍者は、其の姿を水の中から闇の中へと僅かに見せる。ポイズン・トードが。彼等はゆっくりと、そして確実に野鼠との距離を狭めていく。
そして其の口を開き、生命を死に追い遣る毒液を吐きかけようとしたとき――光が放たれた。
其れはベインとウォルターが持参してきたランタンが放つ光であり、其の姿を白日の下に晒す光でもあった。毒々しい極彩色の肌を持ち、人に害を与える為に誕生したと言っても過言ではない醜悪さである。
序に言えば、野鼠もベインが道中で生餌として捕まえたものだ。
「蛙発見!」
羽根を羽ばたかせて宙を舞うリルウィウスが皆に知らせると、一気に冒険者たちも姿を現し、草を掻き分けながら勇猛果敢な騎士と戦士が駆ける。
自らに敵意を向ける者を確認したトードは、毒液の目標を野鼠ではなく間合いを詰める者たちへと変え、放とうとした。が、一匹だけは再び妨げられる。突如吹いた一陣の刃により、命の狩られて。
ベインが右腕に持つダガーを振ると、其処から真空の刃が生まれ、トードの首と胴を斬り飛ばしたのである。
残った二匹は、邪魔される事無く毒液を放った。液は闇に綺麗な弧を描いて進み――防がれる。布と不可視の球状結界によって。ウィレムは事前に装備していたマントで肌に附着する事を防ぎ、ヒスイは神聖魔法・《ホーリーフィールド》を使用して防御したのだ。
毒液がかかったマントを嫌う様に、ウィレムはトードへと無造作に投げ捨てる。液を吐いた直後の間隙を狙われた結果、一匹の動きを奪う事に成功した。
其処に、猛然とひとりの幼き騎士が走る。
雄叫びを上げながら長剣を振り被りながらトードへと迫るバルザは、酷く幼稚に見えた。だが、動きを封じられていたトードにとっては非常に脅威の存在に見えたに違いない。マントから抜け出たトードに目掛けて振り下ろした刃は其の吐き気を催す色彩の身体を斬り裂き、闇に染まる水面に朱を馴染ませる。
残りは、一匹。
流石の畜生にも事態を理解できたのか、トードは冒険者たちに背を向けて逃走を図ろうとする。しかし、重力の魔手は彼を死の運命から取りこぼす事は無かった。
ウォルターが、地の精霊魔法・《グラビティーキャノン》を発射したのである。直線に放たれた重力の鉄槌はトードの身体を穿ち、粉々に打ち砕いてから水面に叩き伏せた。
「‥‥依頼、完了だな」
確認するかの様に呟いたウィレムに、他の者たちが喜びの声で答えた。
「まさか、無傷で戻ってくるたぁな」
無事に依頼を果たしてギルドに帰還した冒険者たちを待っていたのは、彼に依頼を斡旋した男の感嘆の声だった。
「実は、毒にやられて二、三人おっ死ぬかと思ってたんだが」
「おい」
男のボケに、絶妙のタイミングでツッコミを入れる冒険者たち。どうやら、芸人としての才覚も持ち合わせているらしい。
「兎に角、お疲れさん。こいつが報酬だ。次も頼むぜ」
皮袋に入れられた報酬と言葉を受けた冒険者は、其々が出せる最高の笑みを作って返答した。
是から進む道に、光を与える様に‥‥。
湿原の魔手・完