●リプレイ本文
●探求者たちの探索
遺跡と聞いて、大きく三つに分けて反応が異なる。
ひとつは、好奇心を刺激され、探究心に火をつける者。ふたつは、遺品に目が眩み、欲望を満たそうとする者。三つは、自分には関係ない、全く興味を持たない者。
恐らく、先にこの遺跡に侵入した者は、ふたつ目に該当するだろう。
陽が東の空から世界の始まりを知らせる様に昇る。其の時間帯、半分以上が地に埋もれた遺跡の入り口に、八人の冒険者が冒険者が訪れていた。遺跡の調査と、ふたつ目の該当者を救出する為に。
「では、まず私たちA班が先に進入するから、B班はこの場で待機していて」
イクス・ヴィエッタ(ea4583)が確認する様に言うと、B班の人間は同意の言葉を返す。
彼女の班には、先頭に立って罠を発見するくの一、月読玲(ea1554)。同じく、魔法によって不審な箇所の調査をするジプシー、エリベル・フルウルド(ea1550)。光源であるランタンを持ち、戦闘時には我が身を剣、又は盾となる神聖騎士、ヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)。そしてウィザードであるイクスを含めた四名が、A班を構成している。
彼女たちが人数を分割して遺跡の調査をしようというには、勿論訳がある。
密閉された閉鎖空間に大人数で進入しては動きが取り辛く、万一戦闘が起きた場合、迅速な対処が出来ない可能性が高い。更には、内部が幾多にも渡る複雑な造りとなっていると、自分たちが別の通路に向かっている間に盗掘者が逃亡してしまう可能性もある。
其れを考慮して、まずA斑が先んじて進入し、数時間後一時帰還、次にB班が進入。其の間、A班は休憩と盗掘者監視をするという作戦を取ったのだ。
尤も、六時間交替というのは、流石に時間をかけ過ぎだと思うが‥‥。《ラビュリントス》と呼ばれる巨大迷宮ではないのだから。
「遺跡――それは人々の探究心など、諸々の感情を奮い立たせるモノ。遺跡――其れはほんの些細な気の緩みが死を招く危険な場所。冒険者――其れは危険と判っていても突き進む者達‥‥なんちって」
先頭に立つ玲がそんな軽口を叩きながら、A班は埃と黴臭さが漂う遺跡へと足を踏み入れた。
●闇に潜む者に断罪を
玲は長い木製の棒で前方の石畳を叩くと、其れは重い音を立てて口を開き、下にはまるで奈落へと続くかと錯覚する様な暗闇が広がっていた。其の暗闇の中をランタンの明かりで払って覗き見ると、幾つもの鋭利な穂先が地から生えている。過去の犠牲者か、全身を貫かれた既に白骨化している者が居た。
そして、最近になってこの罠に囚われた者も。
どうやら、彼女たちの目標である救助者――盗掘者らしい。穂先に附着した血の色も新しく、肉も充分に付いている。腐臭が漂ってくるのは、最近の猛暑で腐食している所為だろう。
是で又、救助者が一名減った事になる。
遺跡に侵入した四人の冒険者たちは、冷たい汗を額に滲ませた。一歩間違えれば自身たちもこの様な運命に遭っていたのだから、無理もない。
「是で三箇所、と‥‥」
イクスは盗掘者の遺体に関しては全く感慨が沸かないらしく、淡々と持参した筆記用具で羊皮紙に罠について記す。
この他にも飛び出してくる槍などがあり、命の危険に晒されたのだ。
命の危険は、其れだけではない。
死しても未だこの世に未練が在ったのか、朽ち果てようとする肉体を持つ死者――ズゥンビが数体徘徊していた。中には新しい死体、盗掘者のものも。
せめてもの慈悲、彼女たちは刃を振るった。
《疾走の術》を使って自らを風にした玲はズゥンビを攪乱し、其の隙に神の剣となって振るうヴィーヴィルの刃は蠢く死者の魂を刈り取る。そしてイクスが放つ魔導の力は凍える風となって顕現し、屍たちを冷たく抱擁した。
生きる屍を本来の在るべき姿へと還した彼女たちは、先に進んだ。そして、この落とし穴の地点まで辿り付いたのである。
一行は、落とし穴の両端に在る僅かな床を伝い、先を目指す。ジプシーのエリベル、忍者である玲の二人は流石にバランス感覚が良く、苦も無く渡り切る。しかし、残り二名は少々苦戦した。
ヴィーヴィルは剣を初め、チェーンレザーアーマー、チェーンヘルムで武装している。神聖騎士にとっては別段の事はないが、彼女は未だ十四歳の少女。体力も然程無い為、鎧の重さに振り回されそうだ。
対するイクスは、大量の携帯品を所持しており、其れが不安定さを生んでしまって危うく落下の危機に晒されてしまう。流石の彼女も、其のときばかりは肝を冷やした。
落とし穴を何とか回避した一行は、其の先に在る部屋へと進入する。埃と黴の胞子、腐敗した血と肉の臭いが漏れ出す部屋へ。
ランタンが放つ光が初めに照らし出したのは、骨だ。
見た限りかなり古いものらしく、其の骨は救助対象である盗掘者の其れではないだろう。
警戒しながら室内に入る彼女たちは、部屋の中央にぽっかりと開いた床に視線を集中させる。落とし穴にも見える其れは、盗掘者が誤って引っかかってしまったのだろうか。恐る恐るランタンを翳して見てみると、途端、耳を劈く奇声が飛んできた。
穴の底には、確かに侵入者撃退として無数の槍が仕込んであったが、其の上には更なる存在が在った。
――巨大な蜘蛛の巣、そして巨大な蜘蛛が。
縦穴に巣を作り、得物を待ち構えるモンスター・グランドスパイダである。黄色と黒の毒々しい縞模様を身体に持つ奴は、落とし穴を利用してこの巣を作ったのだ。
犠牲者は多く、骨と成り果ててしまった者が巣の上で転がっている。件の盗掘者の姿も在り、グランドスパイダの麻痺性の毒を受けて其のまま死亡し、無数の卵を植え付けられている。宿主としてこれから生まれいずる子の食料とするのだろう。
グランドスパイダの意図を予見した彼女たちは、盗掘者たちの供養も兼ねてある行動に出た。
並々と注がれた油瓶の口に羊皮紙を詰め、紙にランタンを火を灯す。そして其れを――蜘蛛が巣食う奈落へと投げ捨てた。
瓶はグランドスパイダにぶつかると四散し、全身を油で塗れる。紙に灯る火は油塗れとなった巨大蜘蛛に引火し、其の大きさを一気に膨らませて炎と化す。
断末魔の奇声を発しながら身悶えるグランドスパイダは、自らを支える巣も焼け、先人の呪いを鋭利な穂先という形で受けて絶命した。
盗掘者の肉体も炎に包まれ、同様の運命を辿る。魂の行き着く先まで、同じかは判らないが。
●未だ眠らぬ戦士に安らかな眠りを
彼等が歩を進める通路は意外と広く、天井も高い。其の所為か、より空間を広く認識させる。
A班に代わり、続いてB班が新たに遺跡内部に進入していた。玲と同じく長い棒を持ったランディ・マクファーレン(ea1702)を先頭に。
彼等の肌や衣服は埃、そして得物は血で塗れていた。
前者は罠から逃れる為、後者はモンスターを屠った為である。
彼等が進むルートはB班以上に罠の数が多い。此方はランディとエレンディラ・エアレンディル(ea2860)の《エックスレイビジョン》によって回避・解除する事が出来た――埃を被る事もあった――が、モンスターはそうはいかない。
罠の数に比例してかモンスターの数も多く、否応にも冒険者たちの行く手を遮った。幸いにも、下級の存在であった為に大事には至らなかった。
ランディの刃とフェリクス・カルリスタ(ea3794)の聖なる剣がランタンの光に照らされて煌き、オイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)の魔の力が闇の中で輝いて敵を悉く滅す。エレンディラも加勢しようとしたが、彼女が会得している魔法には攻撃に適したものは無く、在ったとしても日光を必要とする為に闇に包まれた遺跡内部では使用できない。仕方なく、後方で応援に徹していた。
手傷を負う事も無かったが、数が数のだけに代わりに疲労という存在が冒険者の身体を襲う。自身を蝕む疲労を払おうと、自らの身体に鞭を打って足を進ませる。
通路を抜けた先は、大きく開かれた部屋だった。B班が訪れた部屋に酷似している。腐敗した血肉の臭いも。
但し部屋の中央には穴は開いていない。試しにランディが棒で突いてみるが、罠が発動する気配も感じられない。
だが、死体は転がっていた。全身を膾斬りにされた挙句、腹部から血だけでなく内臓がバラバラになって飛び出るほど滅多刺しにされて死んだ盗掘者の死体が。余程の恐怖と苦痛を味わったらしく、血の気を失った顔は引き攣っている。
凄惨な光景目撃した冒険者たちは小さな呻き声を上げ、口元を押さえた。
其のとき、音が室内に響いた。何かが動き、近づく音。其れを耳にした冒険者たちは素早く得物に手をかけ、構える。徐々に近づいてくる音に対し、エレンディラがランタンの光を向けた。
光が闇を払い、視界が開けた先には――朽ち果てた白骨死体の姿が在った。
右手には長剣、左手には盾を持った骸骨の戦士、スカルウォーリアーである。遺跡の番人として責務か、過去の人間である彼は我が身が朽ちても尚、この世に留まっていた。
「せめてもの供養だ‥‥!」
「永久(とわ)の安らぎを与えましょう!」
ランディとフェリクスは口々に言い放ち、走る。最初に仕掛けたのは、ランディだ。
スカルウォーリアーの肩口に向けて騎士は剣を振り下ろす。其れが鉄と鉄とがぶつかり合って紡ぐ、甲高い音となって終わった。ランディの斬撃を盾で受けた骸骨の戦士は嘲笑うかの様に歯と歯を何度も接触させる。
反撃は、横からだ。
対して力も無さそうな骨の手で持った長剣は、横に流れてランディを襲う。彼は咄嗟に飛び退いてかわすが、少々遅かったのか剥き出しの左腕の皮膚が裂け、僅かに肉を割って血が噴き出した。
其れと同時に、神に仕える巨人の戦士が躍り出る。
神の鉄槌の如く力任せに振り抜かれた刃はスカルウォーリアーの右肩に喰らいつき、粉々に破壊した。右腕は長剣を持ったまま床に転がる。しかし、彼の魂はそんな事では尽きず、無事な左手でフェリクスを殴りつけた。尤も、骨である所為か、全く効果は無さそうだが。
「いい加減に、眠りなさい」
慈悲か無慈悲か、魔法の詠唱を終えたオイフェミアは言って、発動させた。《グラビティーキャノン》を。
彼女の掌から溢れる魔力は黒き重力の波動となり、スカルウォーリアーへ向かって一直線に放たれる。重力の穂先は骨の身体を喰らい、粉々に粉砕した。遥か後方に在る壁まで。
衝撃に乗って宙を舞うされこうべは、硬い石畳の床に落下すると、是もまた粉々に散った。
冒険者たちは、嘗ての誇り高き戦士に安らかな眠りを与える為、僅かに黙祷した。
●計算高き者に金という祝福を
「全く、がめつい連中だな‥‥」
一枚の羊皮紙をじっくりと見たギルド員が、渋い顔をして皮袋を差し出す。皮袋はカウンターに置かれた瞬間、幾つもの金属がぶつかり合う音が鳴った。貨幣である。
しかし、今回の依頼の報酬ではない。では、何か。
冒険者がギルドに売った、羊皮紙のものだ。先日、冒険者たちによって記された件の遺跡の見取り図が描かれており、罠の位置などが詳細に記されている。後日行われる本格的な調査に必要だと予想していたイクス、フェリクス等が密かに作成していたのだ。
そして見事の其の予想は的中、今回に至るという訳である。嘗ての戦士を供養したとは思えない計算高さだ。
「とにかく、調査ご苦労。思いも寄らない出費だったがな」
ギルド員は渋面を微苦笑に変えて、今度は報酬が詰め込まれた皮袋を冒険者に手渡し、依頼は此処で終了した。
後日の調査隊によると、彼の遺跡は特に目新しさも無い、何処にでも存在すると言う遺跡だ、という結論を出した。宝物については、未公表とのこと。