●リプレイ本文
●月下に踊る死者たち
太陽の出番が終わり、星が鏤められた夜の舞台に月が姿を見せる。とは言っても、彼女の出番は太陽の其れよりも短いが。
欠ける事の無い満月が放つ光に含まれる魔力に魅入られて、上等の酒を持ち出して一杯やろうとする者も居るだろう。だが、この農村ではそんな人物は居ない。
先客が居るからだ。腐敗を撒き散らし、死を与える危険な先客が。
彼等ももしかしたら、月の魔力に惹かれて現れたのかもしれない。この世に存在しない、存在してはいけないというのに。輪廻の理から抜け出し、大地から這い出る死者たちは生在る者を求めて現世を彷徨う。
其の彼等の彷徨える魂を解放する存在も、今宵には在った。
「うわぁ、沢山出てきましたよ」
茂みに身を潜ませ、《インフラビジョン》によって墓地の様子を探っている若き志士、群雲 蓮花(ea4485)が顔に呟く。彼女を始めとする九人の冒険者は、彼の地に現れた死者を鎮めるべく現れた使者だ。
「自然の摂理から外れた、邪なる存在‥‥。死して尚、醜態を晒すのは彼等とて苦痛でしょう。是以上の罪を重ねる前に祓わなければなりません」
沈痛な面持ちで言葉を紡ぐのは、神に仕えるクレリック、ステファ・ノティス(ea2940)。
「じゃ、連中が広がる前に片をつけるぜ!」
長剣の感触を確かめる様に柄を何度も握り直すグラン・バク(ea5229)が、血気盛んに言う。彼の意見には他の冒険者も異存はなく、ヒール・アンドン(ea1603)が茂みの中から両手に携えた弓の弦を引き絞り、矢を使者の群れへと放った。正に其れが嚆矢となり、冒険者も地を蹴って飛び出す。
闇の中を駆ける矢は一筋の轍を描き、冒険者たちにとって最も近い位置に立つズゥンビのこめかみに喰らい付いた。鏃は反対側から飛び出し、血と肉片を幾分撒き散らして半ばから停止する。
次に飛んだのは、首だ。
氷雨 絃也(ea4481)が鞘に収めていた刀を勢い良く抜刀し、横に薙ぐ。月光に照らされて輝く刃はズゥンビの腐り切った肉に食い込み、通常ならば予想以上の硬質さで停滞してしまう骨すら容易く切断して首を宙に舞わせる。
「闇に還れ、土塊」
彼は首を失った死者にそう言うと、間合いに入り込んできたズゥンビに対して喉元に蹴りをお見舞いして吹き飛ばした。其れと同時に、もう一方にも湧くズゥンビも弾かれた様に大地を転がっていく。
自らの拳と足を武器として敵を砕く拳術を会得している荒巻 美影(ea1747)が繰り出す、数々の拳打と蹴打がズゥンビを撃退しているのだ。しかも、一箇所に集める様に狙って。
「タフなだけの相手なら問題ありません。術に集中してください!」
彼女の声は、後方にて魔法の詠唱を行っている蓮花に向けて放たれたもの。蓮花は美影の言葉に笑顔を以って答え、発動させた。
「《ファイヤーボム》!」
詠唱を終えると蓮花の魔力が火球を顕現し、ズゥンビが集中している場所に発射される。火球は何の躊躇も無く彼女とズゥンビの距離を駆け抜け、接触し――爆裂した。火球がズゥンビの身体に触れた瞬間、一気に膨れ上がって爆発したのである。爆発の威力は接触したズゥンビは勿論、周囲に居た死者をも燃やす。特に至近距離に在ったズゥンビは其の腐った肉体を吹き飛ばされ、元の死者へと還っていた。
「この死に損ない、打ち殺してやるからかかってこい!」
龍 麗蘭(ea4441)によって《オーラパワー》を付加させて貰ったグランは、闘気を纏う長剣を渾身の力を込めて振り下ろす。《スマッシュ》による威力は絶大で、自らの膂力と長剣の重量を活かした其れは腐乱死体を真っ二つに両断した。彼に続いて
先陣を切る彼にズゥンビが群がって仲間に加えようとするが、彼はミドルシールドで腐敗の魔手を払い除け、逆に彼に完全なる死を与えられて沈黙させる。
「凍えて逝け‥‥!」
時を同じくして、《冷厳なる魔女》、アリス・コルレオーネ(ea4792)が冷たさを持つ感情を持って詠唱の言葉を紡ぐ。魔力の込められた言葉は、冷気を纏った風を具象化した。吹き荒ぶ吹雪はズゥンビの群れを飲み込み、汚らしい肉体を凍り付かせる。動きが鈍った彼等に《オーラパワー》を付加した麗蘭と《オーラソード》を手にしたナイトのシン・バルナック(ea1450)が走り込み、打撃と斬撃を応酬させて葬った。
淡い光を放つ得物は不死者に対して絶大な威力を発揮し、苦も無く地へと還していく。そして、神の裁きによっても。
「邪なる者よ、滅せよ‥‥!」
ステファがホーリーシンボルである十字架のネックレスを掲げながら詠唱を終えると、虚空から神々しい光が降り注ぎ、一匹のズゥンビの身体を包む。聖なる光の裁きは穢れた肉体と魂を悉く浄化し、本来在るべき姿へと還した。
冒険者たちの猛攻はズゥンビたちを悉く蹴散らしいき、其の個体数が僅かになる。圧倒的ともいえる戦力差を
其のとき、叫び声が墓場に木霊した。
憤怒、悲痛、憎悪など様々な負の感情を纏った其れを耳にした冒険者たちは、背に冷たいものが走る様な感覚に襲われる。其れほどの絶叫を響かせた存在が、この地に遂に現れた。
半透明の肉体を持つ、この世界を呪い続ける怨霊――レイス。
生前、一体どれほどの苦痛を受けたのか、二体のレイスが月光に其の姿を晒し、苦悶の表情を浮かべて怨嗟の声を上げている。彼等の声が鶏鳴なのか、土葬された嘗ての死者たちが数体這い出てきた。
「ズゥンビは当初の予定通り、此方に任せて下さい。レイスはお任せします」
矢が尽きた為に前線に出たヒールがそう言って、新たに現れたズゥンビにナイフの一太刀を浴びせる。蓮花、グラン、絃也、美影の四人も同意権の様だ。初めから役割分担していたらしく、アリスたちは即答し、レイスへと向き直る。
「貴方の苦しみ、怒り、憎悪‥‥。今、私たちが終わらせてあげる!」
ステファはそう決意すると、十字架を翳して詠唱に入った。同時にアリスも魔法の力にて葬り去ろうとする。其の間、シンと麗蘭がふたりの剣、又は盾となって前へ出た。
レイスは実態がこの世界に存在しておらず、魔法効果を持たない通常の武器では傷を負わせる事は不可能。しかし、麗蘭が会得している《オーラパワー》が其れを補っている。レイスもズゥンビと同じくアンデッドに分類されるモンスター――とは言っても、レイスのほうが遥かに高次元の存在だが――である為、何時も以上のダメージを与える事が可能だ。
間合いに入った瞬間、シンはすかさず光り輝く剣を振るう。光の軌跡を刻みながら刃は進むが、虚空だけを斬り裂いた。レイスはまるで擦り抜ける様に回避し、シンの顔に触れようと手を広げて接近する。辛うじて上体を傾げて逃れるが、僅かに指先が彼の頬に触れた。瞬間、痛みが生じる。肉体的なものではなく、魂に直接ダメージを与えられる様な、そんな痛み。
「しつこい人は嫌われるわよ!」
麗蘭は力強く構え、自らの裡に宿る気を練る。すると、間もなく彼女の身体から淡い薄紅色の光が溢れ出てきた。気である。隙を見せていると思っているのか、動きを止めている麗蘭にもう一体のレイスが彼女に迫ってきた。
「十二形意拳がひとつ、虎拳は奥義! 《爆虎掌》!」
全身の闘気が彼女の拳に収束し、一気に振り抜かれて放たれる。野生の虎が持ち得る威圧感が込められた目に視えぬ拳は虚空を駆け、レイスの存在しない筈の身体を殴りつけて吹き飛ばした。
其処で、ステファの詠唱が完了する。
闇を切り裂く眩い光が降臨し、彷徨える哀しき魂に神の鉄槌を下した。神聖な光は瞬時にレイスを飲み込み、穢れし魂を跡形も無く消滅させる。
「《アイスブリザード》!」
アリスも同じ時に詠唱が終わり、吹雪をシンと対峙するレイスへと放つ。物理攻撃に耐性を持つレイスも、流石に魔力によって作られた吹雪を無効化する事が出来ず、其の身を僅かではあるが凍えさせ、動きを止めた。
其の数秒の停滞が、命運を分けた。
麗蘭と同様に集中し、気を充分に練って一気に解き放つ。解き放たれた気は一瞬で膨れ上がって爆発し、彼の周囲をレイス諸共悉く吹き飛ばした。自らの闘気を爆発させて周囲の敵を攻撃する闘気魔法・《オーラアルファー》である。
彼の気の力を受けたレイスの身体はこの世に留まる事も出来ないほどダメージを受けた為、霞の如く消え去った。
レイスの消失と同じくして、ズゥンビも駆逐されて冒険者の足元に只の肉塊と成って果てている。
「彼等の魂よ、安らかに‥‥アーメン‥‥」
シンは弔いの言葉と印を切り、仲間と共に彼等の冥福を祈った。
「どうやら、昔あの場所は公開処刑場だったらしいな」
手元に在る資料に記されている文字の羅列を見ながら、ギルド員は言う。彼は更に続けた。
「当時治めていた領主が豪くイカれてたらしく、一日にひとりは吊るしたり首を斬り落としてたりして処刑したらしい」
ギルド員の言葉を耳にするだけで当時の光景が思い浮かんだのか、冒険者たちは顔を顰めた。
「何で今頃になって悪霊どもが現れたかまでは知らないが、教会に協力してもらって供養するつもりだ。で、お前さんたちの仕事は終わり。ご苦労さん」
労いの言葉と共に差し出された報酬を手にし、ギルドを後にした。其の帰り道――
「戦っている最中は気になりませんでしたけど、腐臭と血臭が物凄いですね。まだ臭いますし‥‥」
美影が自分の衣服に付いた様々な悪臭に辟易しながら呟く。他の者たちからも同様の臭いが漂っており、微かでは在るが、通行人が顔を顰めて彼等から遠ざかっていた‥‥。