夢の記憶

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月19日〜03月24日

リプレイ公開日:2005年03月27日

●オープニング

 気温が高いせいか、今日はいつもより通りの人出が多い。
 ギルドの戸を2人の男女がくぐった。
「暖かいですね! こんにちわ! また困ったことができたんで、来ました」
 黒いつややかな髪、東洋風の容貌、真っ黒い瞳、彼女はマヤ・マルタンといい、以前ここで仕事を頼んだ事があった。
「こんにちわ たしかマヤさんでしたね?」
 憶えていてもらった事に、マヤは嬉しそうだ。
 彼女は連れの男性を紹介した。
「ギド・リケティさんです! えーとね、私のいい人です!」
「あら、いつの間に」
「え! あはは いつの間にかー‥‥ なんです、婚約はまだなんですけどね」
 20代後半といったところだろうか? 端正な印象の男性だが、明るいマヤとは反対に暗い影を感じる。
「ギドさんは、私と同じお屋敷で去年の秋くらいから下働きをしているんですよ。働き者で、とっても優しい人なんです」
 マヤはしきりにギドの話をする。よほど情熱的に好いているようだ。
 ひとしきり自慢が終わると、思い出したように深刻な顔になり、話題を変えた。
「実は、ギド・リケティは本名じゃないんです。 彼‥‥1年まえより以前の記憶がないんです」
「そうなんですか?」
 今まで、恥ずかしそうにマヤの、のろけ話を聞いていたギドは、目を伏せると静かに頷いた。
 マヤの恋しい人は記憶喪失らしい。
「まったく何も覚えていないのですか?」
「はい、まったく‥‥」
 ギドは冬のセーヌ川に浮かんでいるのを通行人に発見され、九死に一生を得た。
 助けられたとき、頭には大きな傷があり、相当出血していたそうだ。
 髪で隠しているが、たしかに額に大きな傷跡がある。 
「気がいた時、施療院のベットに寝ていました、以前の事も自分の名前さえも思い出せません」
 名前は施療院の人がつけてくれたそうで、ギドは彼を最初に発見した婦人の連れていた子犬の名前で、リケティは施療院のあった通り名だそうだ。
「でもたまに夢をみます。 過去の夢‥‥だと思います」
 ギドは、その夢の話をし始める。
 夢には色はなく、女性が一人でてくるだけである。
「ジミー! ジミー! どこへいったの? 城は危ないっていったじゃない!」
 女性は怖い表情で誰かの名前を呼んでいる。
「あ! あなた‥‥ 一緒だったんですか」
 部屋には誰かが入ってきた気配がある、女性はそれを目で追っている。
「あなた、ジミーに手を洗うように言って下さい! また何か殺してきたんですよ! さあテーブルについて‥‥」
 急にあたりが暗くなり、波の音と潮の香りがする‥‥ 夢はいつもここで終わる。
 話し終えたギドは、不安そうな表情になる。
「おかしな夢でしょう?」
 マヤは、ギドに身を寄せてる。
「そうですね、 依頼は彼の過去の調査ですか?」
「はい、お願いします、私はこの人にどんな過去があってもかまわないんだけど‥‥本人が知りたがってるし、それに、夢の中の女の人がもし奥さんだったら、私、結婚できないじゃないですか!」
「なるほど、それは困りますよね わかりました」

 そこにがらの悪い男が入ってくる、一人ではないようだが、連れは外で待たせてあるようだ。
「どけ! こっちの依頼は急用だ!」
 受付の前にいた2人を押しのけると、男は無遠慮に受付に話し出す。
「この手紙、イギリス語で書かれてるんだが、読める奴をよこしてくれ! 金はたんまり出すぞ! 中身は忘れるってのが条件だがな!」
「なんですか! 横入りしないでください!」
「だんだと! このガキ!」
 男は抗議するマヤの腕をつかむ!
「ぎゃー!」
 しかし、悲鳴を上げたのは男のほうだった! なんとギドが鮮やかな身のこなしで男の手をねじり上げてしまったのだ!
「イテテテー! 放せ! 何しやがる!!」
「出て行け!」
 ギドは男を突き飛ばすと、戸を指差した。
「くそー! 覚えてやがれ! 今度会ったら‥‥ 」
 男はそこまで言うと、ギドの顔を見つめて、口をポカンと開けたまま絶句してしまった。
「レックス! 死んだはずじゃ‥‥」
 まるで幽霊にでも出会った様な顔になった男は、そのまま転げるように飛び出して逃げて行った。
 入れ替わりに老人が入ってくる。
「おやおや、あれはベンソンじゃないか」
 年配の冒険者、ボーモンだ、ここの常連でよく顔をだす。
「あら、ボーモンさん」
「やあ、皆さん、仕事の途中に立ち寄ったんじゃが、店先で喧嘩とは、ずいぶんとにぎやかじゃな」
「ボーモンさん、マヤさんが来てますよ」
 マヤとこのボーモンは知合いらしく、親しげに言葉を交わしている。
「ボーモンさん、今のゴロツキ知ってるんですか?」
「ああ、ベンソンといってケチな恐喝屋じゃよ たしかレックスという奴の弟分じゃったな」
「レックス?」
「そうじゃ、レックスも恐喝屋でな、顔はわしも知らんが、2〜3人の手下を使ってる黒幕じゃよ そう言えばここ一年、話を聞かんなぁ」
「あら、忘れ物だわ」
 受付は、先ほどのゴロツキがカウンターの上に忘れて行った、手紙を拾い上げる。
「誰かイギリス語読める方います?」
 何気なく手紙を覗き込んだギドは、内容をすらすらと読み出す‥‥。
「まあ、ギドさんイギリス語読めるんですね!」
 マヤが驚いてギドの顔を覗き込んだ。
「ああ‥‥ いや、なぜか読めます」
「ふーむ、ギド殿はイギリスの生まれなのかも知れんなぁ」
 手紙の内容は、アンドリューという旅行中の僧侶と、ジャクリーン・ド・ベルフォールという領主の妻との恋文であった。
「これで恐喝するつもりだったのねぇー」
「相手はベルフォール卿か‥‥ かなりの資産家じゃからな、たっぷりと絞れるとふんだんじゃろうな」
 腕組みしてしたり顔のボーモン。
「ところで、ご依頼の話ですが、いつからはじめましょうか?」
「この事をご主人様に話したら、5日後に休暇をいただけることになったんです! なのでそれからお願いします」
「わかりました、よい過去が見つかるといいですね」
「ええ でも、もし彼が結婚していたら‥‥」
 マヤの明るい表情がすっと消え、真剣な眼差しになる。
 そして各国を渡り歩いて仕事をしているという‥‥ ベテラン冒険者に向き直ると
「ボーモンさん 一夫多妻の国、知りませんか?」

 ギルドの戸口から笑い声がもれる。
 今日は暖かい、春はもうそこまで迫っている。

●今回の参加者

 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9481 マッカー・モーカリー(25歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb0896 ビター・トウェイン(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0932 ラズウェート・ダズエル(41歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb0933 スターリナ・ジューコフ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1205 ルナ・ティルー(29歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 強風が石造りの柱の間で金切り声を上げる‥‥ ここは、半壊し捨てられた倉庫の屋上だ。
 流れる黒雲に見え隠れする月が、一同の姿をおぼろげに映しだす
 眼下には、セーヌ川の黒い流れ、水面からの高さは、河岸段丘の段差を含めて15m以上もある。
 また、強風が吹きつける。
 そこにギドが、放心したような目で立ち尽くしていた。

 前日、ビター・トウェイン(eb0896)はパリ中を歩き回って疲れ果てていた。
 ギドの夢の情報を頼りに、夢の女性つまりギドの妻ではないかと思われる女性を捜し求めたのだ。
 ビターは詳細にわたって夢の検証をしてみた。
 波、女性の話す言葉、服装‥‥ 雲をつかむ様な話だったが、それでも幾つかの結論に達していた。
 海岸沿いの城のある町、話し方や食事の風習などから推理すると、どうやらノルマンではなく、イギリス南部のようなのだ。
 最近、イギリスから来た子供もちで、夫が行方不明になった婦人ということになる。
「さて、次は‥‥」
 しかし、パリは広かった‥‥ これと言った収穫が無いまま時間だけが過ぎ去っていく。

「今頃どこを回ってるんでしょうね?」
 マヤが、食事の用意をしながらマッカー・モーカリー(ea9481)に話しかけた。
「ビター殿の事か? 真面目じゃからなぁ 本気でノルマン中を歩き回る気じゃよ。 それよりさっきの話の続きじゃ」
「あ、はい」
 マッカーはギドとマヤの護衛をかねて、彼らの住む使用人住居に泊り込んでいた。
 さっきの話とは、マヤとギドの最初の出会いの話である。
「あれは‥‥ 夏の終わりくらいでした」
 マヤの瞳はキラキラと輝く。
 ある時、古い酒蔵の修理の際、事故がおきた。
 天井が崩壊し、降り注ぐ数百キロの石材の雨の中、マヤを救い出したのがギドだったのだ。
 ギドはマヤを安全な場所へ運ぶと、崩落の続く事故現場に戻り、作業員たちも救い出した。
「過去が無いから、命の未練もなしというわけかのう」
 危ういな‥‥ マッカーはそう思った。

 酒場。
「隣、いいかね? まあ、楽にしたまえ!」
 ラズウェート・ダズエル(eb0932)はいつになく小さな声で、アンドリューの隣に座った。
「‥‥で、本題に入ろう、アンドリュー君」
 僧侶は、アルコールで濁った瞳をラズウェートに向けた。

 セーヌ川沿いの細い通りに、人だかりができている。
 スターリナ・ジューコフ(eb0933)の舞うステップは、強烈な異国の芳香を放つ!
 踊りは佳境に近づいた‥‥ 四肢からほとばしるイメージはロシアの大地! 母なる大地だ!
 フィナーレ! そして喝采! 一礼したスターリナは、観衆に語りかけた。
「1年ほど前に、この近くでギドさんを見かけられませんでしたか?」
「あら、ギドちゃんを探し?」
 観衆の中から小柄な老婦人が歩み出た、見ると小型犬をつれている。
 スターリナはギドの名前の由来を思い出していた‥‥ たしか、施療院の人が第一発見者の連れていた犬の名前を付けたとか‥‥ では、この人が第一発見者!
「男の人が、川でおぼれていた事件を知りませんか?」
「ええ 一年前、私が見つけたんですよ」
「詳しくお聞かせ願えますかしら?」
 老婦人の記憶はよほど強烈な出来事であったらしく、実に鮮明なものだった。
「あそこに高い建物が見えるでしょう?」
 指差す方向には、半壊した石造りの大きな建物が見えている。
 あのすぐ下で、浮き沈みする男性をこの犬が発見したのだそうだ。
「でもね、私、後で思い出したのですけど、以前にもあの男性をお見かけしたことがあるんですよ」
 老婦人はそういうと上品そうに笑った。

 結局、この酔っ払いの僧侶は、ギドについて何も知らないようだ。
「では、レックスと言う名はどうだ?!」
 アンドリューの表情が一変し、血の気が失せ、見る間に震えだす。
「ほほー‥‥ 知っているようだな!」
「奴は死んだはずだ!」
「そうとも‥‥ 限らんぞ!」
「な、なんだってぇ‥‥」
 アンドリューの恐れようはただ事ではない、手にした強い酒をあおるが、もう酔う気配すらない。
「話してみたまえ、場合によっては力になるぞ!」
 アンドリューは恐怖から逃れるように話し出した。
 彼はレックスの手下の一人だった、と言っても一時的に雇われただけだったが、一度だけレックスに直接会ったことがある。
「あいつは悪魔だ!」
 レックスには死の雰囲気が染み付いていた。 目には温かみがまったく無く、彼の心は一瞬で凍りついてしまった。
 命令は、ベルフォールの妻をたらし込んで、弱みを握る事であった。
 彼は言う通りにした、恐怖が彼の良心も信仰も麻痺させてしまったのだ。
 しかし、密会を続けるうちに彼は本当にジャクリーンが好きになってしまった。
 レックスはどういうわけか、それを見抜いた。
 そして彼は仕事からはずされ、ジャクリーンへの思いとレックスへの恐怖の板ばさみの中、酒におぼれてしまったのだ。
「面白い! 人の心とは奥が深いな! 恐怖か! 面白いぞ!」
 最後は少々脱線したが、ラズウェートはレックスという男の真相に迫ることができたようだ。

「ふむ」
 ボーモンは腕組みをして、二人の若い後輩たちを眺めた。
「ぜひ、お教えください! マヤ君の幸せがかかっているのです!」
「ボーモンさんは、何でも知ってるって聞いたんだよー」
 ボーモンはこの二人、つまりルティエ・ヴァルデス(ea8866)ルナ・ティルー(eb1205)が気に入ったようである。
「若者には珍しく礼儀正しいのう。 気に入ったぞ! ベンソンの居場所はわからんが、探してみよう」
 ボーモンは情報屋と連絡をとってくれる事を約束してくれた。
 そして‥‥
「レックスか?」
 ルナが、質問するとボーモンは話し始めた。
「噂にすぎんのじゃがね、奴はイギリス生まれだったようじゃな。南部の漁村の出身じゃという者もおる。なんでも没落して久しい貴族の出らしいのう。ともかく、かなり貧乏の辛酸を舐めて育ったようじゃ」
 そこで、一息つく。
「大人になったジミー・レックスは‥‥」
「ジ ジ ジミー!?」
 ルナが叫ぶと、ボーモンは何を驚いているのだ? という表情になる。
「そうじゃよ。ノルマンにわたって、冷酷で鋭敏な頭脳と大胆な行動力で短い間に恐喝屋の黒幕にまでなったわけじゃな」
 二人は顔を見合わせる。
「では、母親はイギリス人なんですね?」
「当然そうじゃ」
 二人は、今朝の情報交換で聞いた、ビターの夢の女性の推理を思い出していた。
「母親だったんだ」
「やったー! マヤさん結婚できるんだよ」

「何か思い出しませんか?」
 ここは、スターリナが老婦人から聞いた背の高い大きな建物である。
 スターリナは、ギドとマヤ、護衛のマッカー、そして偶然立ち寄っていたビターを連れて、この場にやってきたのだ。
 老婦人の話では、事件の数日前、この建物に入って行くギドらしい男を見たと言うのである。
「いえ、外から見ただけでは‥‥」
 ギドは辛そうな表情だ。 と、突然後ろから声がする。
「あれれ?」
「どうしてここに?」
 そこにルナとルティエが立っていた。
 ルナとルティエはボーモンからの連絡で、ベンソンがいる可能性の高い場所として、この場所を教えてもらってきたのだ。
「では、この建物が謎を解き明かす鍵というわけだな!」
 さらに、後ろから声がする、なんとラズウェートまで姿を現した。
 彼はアンドリューに、昔のレックスとの連絡場所を聞き出してやってきたのだった。
 全員集合、一同は倉庫へ入る。
 中は暗い。
「あれを! 明かりは消してください」
 ビターは、穴だらけになっている天井を指差した。 明かりが漏れている‥‥ 屋上に誰かいるのだ!
「ここに‥‥はしごだよ」
 ルナはそう言うと先頭になって上り始めた。
 屋上にはテントがあり、男が焚き火をしている。
 全員が上がってくると、男はこちらに気づき、後ろを向いた。
「うわー!」
 大声を上げたのはベンソンだった!
「待ってくれ! 悪かった! 許してくれレックス!」
「まて! 話を‥‥」
 ギドはベンソンをなだめようと一歩踏み出す。
「物の弾みなんだ! あんな所に立つから! くそー 来るな!!」
 ベンソンはメイスを振り回しながら、恐怖に駆られ、どんどん後ずさりしていく。
「落ち着け! それ以上下がるな 後が無いんだ レックスは許してくれるよ」
 ルティエが子供を諭すようにやさしく話すが、ベンソンの耳にはとどかない。
「来るな! レックスが許すはず無い うそだー!」
 ベンソンは、尚、後ろへ下がった! しかし、そこには足場は無かった。
「ああダメだよー!」
 ルナとルティエが飛び出して、ベンソンをつかもうとする、ビターも全力で走ったが‥‥ ベンソンは音も無く姿を消していた。
 一瞬の間を置いて、下から激突の音が聞こえる。

 強風が石造りの柱の間で金切り声を上げる‥‥ ここは、半壊し捨てられた倉庫の屋上だ。
 流れる黒雲に見え隠れする月が、一同の姿をおぼろげに映しだす。
 そこにギドが、放心したような目で立ち尽くしていた。
 一同は、ギドに集めてきた情報を話した。
 勿論マヤの了解を得てのことだ。
 ギドは無表情のまま、自分の素性を、それも最悪の素性を聞いていた。
「飛び降りそうじゃな」
 マッカーは、スターリナに呟いた。
 はっとしたスターリナが、ギドに囁きかける。
「マヤさんを愛しているのなら、マヤさんから離れるのではなく、一緒にいられるよう工夫なさい。‥‥それがあなたの償いよ」
 ギドは顔を上げた‥‥ その目線の先には、マヤがいた。