二つの月

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月23日〜04月28日

リプレイ公開日:2005年05月01日

●オープニング

 日は沈み、今は低く月が出ている、ゆっくりと流れるセーヌ川は、まるで鏡面のようにそれを映す。 

 ギルドの扉が開いて、身なりの良い細身で華奢な感じの女性と、背が高く恰幅の良い中年の男性、そして、少し離れて下女らしい少女が入ってきた。
「では、わたしはこれで帰りますよ」
「わざわざ送ってもらって、すいませんでした」
 恰幅の良い男は、やや作りすぎの笑顔で、女性と話している。
「いや、何、帰りに薬屋による用事があったんですよ、そういえば、あなたも最近眠れないとか言ってたね」
「ええ」
「では、ついでに寝つきを良くする薬も買っておきましょう」
 男は、大きなおなかをゆすりながら、雑踏の中へと消えた。
「お嬢様、あたしグルッサス様は嫌いです。お嬢様の前だけ親切そうで、普段はあたしなんか怒鳴られ通しなんですよ! それに‥‥知ってますか? お嬢様くらいの年頃の女の人を囲ってるらしいですよ、顔は見てませんけど、お嬢様みたいな黒髪の美人!」
 下女らしい少女が、愚痴をこぼす。
 女主人はそれを目でたしなめると、受付の前まで歩み寄った。

「すいません」
「はい、どのような御用でしょうか?」
 女性は近くで見ると、思ったより若い、せいぜい20才くらいではないだろうか? 優雅な物腰が、大人びて見せているのだろう。
「私、貿易商をしております、エレン・アルフィオスと申します」
「はい」
「我が家に伝わる家宝、琥珀の首飾りの行方を捜してほしいのです」
 アルフィオス家は、もともとビザンツ出身の一族で、3代前にノルマンにやってきた商人である。
 もとは貴族だそうで、この女性、エレン・アルフィオスにも強く気品を感じられる。
「えーと、盗難品の捜索ですね」
「公式な場では、当主は必ず付けていなくてはならない物なのです。近々結婚式がありましてね 急いでいます」
「そうなんですか」
 なぜかここでエレンは、受付からの目線をそらした。
「エレンお嬢様の結婚式なんですよー!」
 後ろに控えていた下女が、ここぞとばかりに前に出てくる。
「ムーサ! はしたないですよ」
「良いじゃありませんか、お嬢様、おめでたい事なんだから!」
 エレンは、やはりビザンツから最近やって来たという、香辛料商人ワーズ・クラディオスと婚約しているのだ。
 クラディオス家は、やはり名の知れた名家らしい。
「盗まれた時の状況など、詳しい事をお聞かせ願えますか?」
「はい、それが‥‥」
 実は、一度盗まれた首飾りは、翌日には、どうやったのかわからないが婚約者のワーズ・クラディオスが、取り戻して来てくれたそうだ。
 盗まれていたことを世間体上、隠していたエレンは、その品を店の川向こうの教会の納骨堂で、こっそりと受け取ろうと昨晩出かけたのである。
「ワーズさんが返してくれなかったのですか?」
「いえ それがですね」
 ワーズは、納骨堂に予定より早くついたのだが、待っていたエレン本人に、確かに手渡したと言うのだ。
「どういう事でしょう?」
「私は、受け取っていないのです、ワーズにも昨晩は会っていません」
「ワーズさんが嘘を付いている?」
「私も、最初はそう思いました‥‥でも話を詳しく聞いてみると‥‥」
 ワーズが会ったのは、姿は彼女であったが、今、思い出してみると、いつもと服装がかなり違い、話し方もどこか訛りがあったという。
「偽者!? でも婚約者が間違うような、そんなにそっくりな人っていますかね?」
「はい、わたしもそう思うのですが‥‥ 実は、私には双子の妹がいるらしいのです」
 19年前、彼女が生まれた時、両親は占い師に相談して、妹の方を親戚に養子にだしたのだそうだ。
「両親はすでに死んでいまして、そのころを知る使用人も今はいません」
「じゃあ、その双子の妹さんが、首飾りを横取りした‥‥ と?」
 エレンは、複雑な表情になって、下を向いた。
 彼女がこの双子の話を、知ったのはつい最近のことだそうだ。
 まだ見ぬ妹を、疑ってよいものなのか迷っているのだろう。
「連絡のつく親類には、妹のことを聞いて回ったのですが‥‥」
 結局、ノルマンにいる親類で、真相を知る者はいなかった。

「首飾りが盗まれた事を知っていたのは?」
「あ、えーと、私と、この下女のムーサ、グルッサスさんの3人だけです」
「グルッサスさん? どなたですか?」
「曽祖父の弟の家系の人で、クラディオス家の分家の当主です。さっきもここまで送ってくれた人です」
「あ‥‥ あの人ですか」
 グルッサス氏は、今回の本家の結婚式のために、パリにやってきているのだそうだ。
「グルッサスさんは、双子の事はご存知でしたか?」
「いいえ、そう言えば、まだ聞いていませんね。でも夕べの事を知っていますから、何か知ってたら話してくれると思います」
 依頼は、琥珀の首飾りの行方、そしてそれを持っていると思われる、エレンさんに良く似た女性の捜索だ。

「実は、もう一つ、グルッサスさんの話では、どうもワーズの素性がおかしいらしいのです」
「と、いいますと?」
「私はまったく疑っていなかったので、調べもしませんでしたが、グルッサスさんの調べでは、クラディオス家には、その年齢に見合う男子はいないらしいのです」
「偽者ではないかと?」
「はい、私は、別に貴族でなくても良いのですが、たしかに素行は貴族的ではない所もありますし‥‥ 最近の事だけでよいのです」
「名家の結婚ってのは難しいんですね」
 受付の言葉に、後ろでムーサが何度もうなづいている、そして主人には見えないように、私たちには関係ないけどねと、ジャスチャーして見せた。
「あの、一つ‥‥ 大事なことなので、失礼ですが‥‥」
「なんでしょう?」
「エレンさんが、婚約したのは、ワーズさんですか? それともクラディオスの家柄?」
 エレンは下を向き、しばらく考え込んだ。
「両方でした‥‥ でも、今はワーズさんです」
「わかりました! ご安心ください、きっとうまく解決しますよ」

●今回の参加者

 ea1727 カエン・ヴィールス(32歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3184 ウー・グリソム(42歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea8574 常倉 平馬(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9481 マッカー・モーカリー(25歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb0896 ビター・トウェイン(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1186 ラグナス・ランバート(25歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1375 楼蘭 幻斗(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1743 璃 白鳳(29歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 ここは依頼主エレン・アルフィオスの屋敷だ。
 行動拠点として、冒険者たちは一室借りている。
 ビター・トウェイン(eb0896)が、法衣の襟元をそろえながら、小さな糸くずやホコリを丹念に取っている。
 聖職者たるもの常に清楚が一番だ。
「使用人に聞き込みに行くんじゃな?」
「ええ 何でわかったんです?」
 そのさまをマッカー・モーカリー(ea9481)が目を細めて眺めている。
「おぬしとは、ながいからのう」
 ビターは返事をする代わりにニコリと笑う。
「ながいと言えば、カエンはどこじゃ?」
「ああ、さっきラグナスさんと出かけましたよ」
「すごいとりあわせじゃなぁ‥‥」
「そうですね」
 ビターは手を止めて、まったく性格の違う二人を思い起こし、またニコリとした。

 カエン・ヴィールス(ea1727)とラグナス・ランバート(eb1186)は、セーヌ川ぞいの通りを並んで歩いている。
「今回はガッカリだせ! 女がいないんだもんなぁ やる気も半減だ!」
 さっきからカエンがしきりに話をしている、好きなタイプの女性の話、好きな酒の話、天気について、そして喧嘩の話。
 滝のようなカエンの話をラグナスは、無言で聞いている。
「聞いてんのか?」
「つきましたよ」
 ラグナスは突然立ち止まると、目の前の建物を指差した。看板には香辛料商人ワーズ・クラディオスとある。
「受付、美人だろうな」
「さあ? 入りましょう」

 楼蘭 幻斗(eb1375)は話に出ていた納骨堂にやってきている。
 ここで常倉 平馬(ea8574)と合流する約束なのだ。
「幻斗殿 お待たせしました」
 平馬の声だ。
「首尾は?」
「上々‥‥」
 同郷どうし、言葉が少なくても意は通じる。
 2人は聞き込みを分担していた、平馬がこの教会納骨堂周辺、幻斗はグルッサスの行動範囲だ。
 つまり、この二人の集めた手がかりが交差する場所に、目指す黒髪の女性がいるわけだ。
 1時間ほどの会合の末、二人は一軒の安下宿にターゲットを絞った。

「推測だけでは駄目だ!」
 ウー・グリソム(ea3184)は、メモの散乱した机から立ち上がった。
 メモには、彼の頭脳がさまざまな角度から検証した、予測や推論が書かれている。
 グリソムは、メモの中から、グルッサス関係‥‥ と書かれた一枚を手にすると、上着を羽織って外へ出た。

 幻斗と平馬は、璃 白鳳(eb1743)と合流していた。
「グルッサス氏は、金持ちだと聞いてましたが‥‥ 酷い扱いですね 可哀想に」
 ここは、グルッサスの女の住んでいるはずの下宿である。 傾いた古い木造の平屋、貴族の別宅をイメージしていた白鳳は中の女性に同情してしまった。
 と‥‥ 扉が開き、女性が一人出てくる。
 長い美しい黒髪、貴族的な整った目鼻立ち‥‥どこか南方の海の香りがする。 
 顔をよく観察する‥‥ 間違いない!
「失礼いたす、私は常倉と申す。 どうか怪しまないでくれないか」
 丁寧な口調で礼儀正しく平馬が挨拶する。女性は一瞬緊張したが、逃げ出したりせず、笑顔で挨拶を返した。

「すいません! 散らかっちゃっててー」
 ムーサは、思いがけないビターの訪問に大はしゃぎである。
 部屋の中は年頃の娘らしく、小さな小物が沢山あるのだが、よくもまぁと思うほど散らかっている。
 家の中の雑務が仕事のはずの使用人がこんな事で良いのだろうか? と、ビターは不安に思ってしまった。
「お構いなく、話を聞きに来ただけですから」
 ムーサはビターの座る場所を作り、飲み物の用意をし、風通しを気にして走り回る。
 とうとうお菓子を探しに、屋敷の台所へと行ってしまった。
「はは‥‥ 予想外に時間かかりそうだね」
 部屋にポツンと取り残されたビターは一人呟いた。

「おや? グリソム殿、奇遇じゃな」
「ああ、マッカーか」
 二人は、グルッサスのパリにある商売相手の店の一軒の前でばったりと出会った。
 両者ともに同じところに目をつけていたわけだ。
 グリソムはマッカーに自分の推理を披露して、意見を求める。
 ふむふむと聞いていたマッカー‥‥。
「読みが深いのう、推理は若い者に任せたほうが良さそうじゃな‥‥ ところで」
 マッカーはグリソムに耳打ちする。
「なになに! それは本当か! ビザンツで、昔医者をやっていた? 最近薬屋で‥‥ニンジン? 毒ニンジンだと?」
 グリソムの脳内でパズルが完成したようだ!
「屋敷に戻ろう、エレンが危ない!」

「エレン! おるかな? 前話した寝つきの良くなる薬を持ってきたましたぞ」
 夜、夕食の後グルッサスは、コップにいれた煎じ薬をもってエレンの部屋の前にやってきていた。
 ムーサには用事を言いつけてたので、しばらく帰ってこない。
 冒険者の部屋も屋敷の反対側である。
 手はずは整っている、使用人の何人かは手なずけてあるし、死体を運び出すための馬車も用意してある。
 エレンの偽者ももうすぐここに来る事になっている。
 偽のエレンは、エレンの本当の双子なのだから見ただけではばれない。
 無論、エレンと特に親しかった使用人は首にして、病気を理由に面会謝絶にする計画だ。
 そのために近所の医者も買収してある。
 計画は完璧だ!

「その薬、よく眠れるのかい?」
 突然、扉が開き、エレンではなくてカエンが顔を出す。
 部屋の中にはエレンとワーズ、グリソム、マッカー、カエンとラグナスが待ち構えていた。
「二度と目が覚めないんじゃないのか?」
「何をバカな! こ‥‥これは害のある薬ではない!」
「そう‥‥でしょうね‥‥」
 カエンに変わりラグナスが落ち着いた口調で話し出した。
「丁度良い所に来ましたねグルッサスさん、ワーズさんの素性の調査が終わりましたので、聞いてください」
 ワーズ・クラディオスは、グルッサスのにらんだ通り、偽名で本名はワーズ・ボリスラフ、ビザンツの生まれではない。
 子供のころから船着場の近くの貧民街で生きてきた。
 そんな生活だったので、ゴロツキ達とも交流があり、二十歳を過ぎたころには、ちょっとした顔役になっていた。
 悲惨な生活の中、一念発起した彼は、その頃の仲間と知り合った船乗り達とで、商売を始めたわけだ。
「それが香辛料の店、まっとうな商売でしたよ」
 ラグナスはチラッとエレンを見る。
「どこかの誰かが、首飾りを盗むように頼んだ連中な! もとワーズの子分の舎弟だとよ! 兄貴の親分に悪いことをしたって、そいつの首をとって詫びるんだって言ってたぜ!」
「何の話だ! わしは知らん!」
 グルッサスの慌てぶりにカエンは楽しそうだ。
「金持が、欲をかくと命にかかわるぜ!」

「いや、グルッサスはすでに、金持ちではない!」
 こんど話を引きついだのは、グリソムだ。
「ビザンツの彼の商売はすでに行き詰っている! パリの商売相手だけでも金貨数百枚もの焦げ付きが出ているそうだ! 赤字まみれだ!」
 グリソムは昼間、調べてきた話を披露する。
「キミには動機がある、このままでは破滅だ! ビザンツの店だってもう人手に渡ったのだろう? 首を吊るか‥‥ 本家をのっとるか!」
「何を証拠に‥‥」

「証拠なら」
 白鳳、平馬、そして幻斗が入ってくる、黒髪の美女も連れてだ。
「この女性から聞きましたよ。 グルッサスさんは彼女を引き取って育てたそうですね。 あ、エレンさん 妹のミレリさんです」 
 動かぬ証拠、ミレリの登場で進退窮まってしまったグルッサスは、青くなり額に脂汗をにじませている。

「さあ、選択してください! その薬を飲み干して安全であることを立証し、この場に残るか?」
 白鳳の後を平馬が告ぐ。
「ここから逃げ出すか‥‥だ! パリから去るんだな」
 グルッサスはコップの薬を取り落とすと玄関へと走る、階段で転ぶ音、柱にぶつかる音が、その慌てぶりをあらわす。
 静寂が訪れ、しばらく無言の時が過ぎる。

「さて、エレンさん」
 ビターはワーズを引っ張っていく。
「ワーズさんのことですが、僕は立派な方だとは思いますが?」
「はい」
「うんうん では、貴族じゃなくても問題ないですね?」
 エレンはワーズの胸に飛び込んだ。
 ビターは何より、二人の将来のことが心配でならなかった。 どちらかと言えば自分を表現するのが下手な二人である。
 この事が原因で気まずくならないかと気を揉んだ。
 よしよし‥‥ ビターは内心思いつつ。 次の懸案に移る。
 しばらく待ってから、ビターはこんどはミレリを連れて行く。
「彼女の保護を」
「はい、わかっています、やっと会えたわね‥‥」
 二人の双子は、互いの存在を確かめるように抱擁しあう‥‥ 20年の長きにわたって運命に引き裂かれていた二人であった。
 この様子なら大丈夫そうだ。
 ビターは他の仲間に合図して促すと、3人だけを残して退室した。

 翌日、エレンは冒険者達のために感謝のパーティーを開いてくれた。
 全員参加していたと思っていたのだが、日が沈んでから屋敷の庭から幻斗がどこからか帰ってくる。
「幻斗殿、おぬしぜんぜん目立たぬなぁ。どこへいっておったんじゃ?」
 不審に思ったマッカーが話しかけた。
「グルッサスがちゃんとパリを出たか確かめていました」
 感情のない小さな声で、幻斗はさらりと言った。
 実は幻斗は、他の仲間が交渉や表だった行動をするときには、少し離れて姿を隠し、不慮の事態に備えていたのだ!
「それに‥‥目だったのでは忍者は失格です」
「う、うむ‥‥」
 そう言うと、幻斗は陰伝いに姿を消した。
 もちろん、パーティーに向かったのではない。裏口を見張りに行ったのだ。
 忍者は影‥‥である。