大地の声 土の匂い

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月22日〜05月27日

リプレイ公開日:2005年05月30日

●オープニング

 赤い夕日の中、ここはほこりっぽい貧しい農村の片隅だ。
「よしよし良い子だ! こっちへおいてアードウイック!」
 その馬は、雪のように真っ白で、足の先にだけ灰色の模様がある実に美しい姿だった。
「これが、スタン家から贈られてきた馬かい?」
 馬を引いている背の高い青年に、初老の男が声をかける。
「あ、伯父さん こんなところに来てはいけませんよ!」
「何言ってるんだ。 こうなってしまったら一蓮托生だ。 しかし思い切ったなぁ」
 初老の男は何気なくパリのある方角を見た。
「エリーゼお嬢様は、これでこの村へ来てくれるでしょう」
「そうかもしれんが‥‥」
 初老の男は、そこで一度言葉を切って、日に焼けた精悍な青年を眺めた。
「ただじゃ済まんぞ」
 青年は、その言葉に答えるわけでもなく、美しい馬の鼻を撫でてやった。

 その日、昼を回ったころ、ギルドの扉が勢いよく開いた。
 一陣の突風が吹き込み、女性ものの豪華な飾りのついた帽子が、舞いながら飛び込んでくる。
「あー! 嫌な風! リタ早く閉めて!」
 姿を現したのは、20才前後のやや派手な身なりの女性と、その下女らしい女の二人づれである。
「ドアボーイくらいおいたらどうです? 一応客商売なのでしょう?」
 女性は、受付までまっすぐにやってくると、開口一番そう言った。
「はぁ‥‥なにか御用でしょうか?」
「ええ、泥棒から、わたくしの馬を取り返してほしいの。できます?」
 女性は、そう言うと受付に値踏みするような眼差しを向けた。


 彼女は、エリーゼ・グロートといい、グロート家の正当な継承者なのだそうである。
 両親が早く死に、財産は母方の伯父が管理してきたのだが、それももう終わるのだという。
「もう数日で、わたくし20才になりますの。ええ、そうなればグロート家の家督を継ぐんですのよ。ケチな伯父様に、ご相談しなくても、財産も自由に使えるようになりますの」
 彼女は作り笑いしているが、伯父様とやらをよく思っていないのは一目瞭然だ。
「えーと、馬泥棒のお話は?」
「あら、ごめんなさいね‥‥私の継承する領地に、どうもゴロツキが住んでいるらしくて、親戚から送られてきたお祝いの馬を横取りしてしまったらしいのよ‥‥犯人の目星はついてるんだけど」
 犯人の話が、口から出た瞬間、彼女の表情になにかの感情が走ったように見えた。
 しかし、一瞬の出来事であった。
  
「お嬢様、帽子を‥‥」
 下女が、やっと探し出してきた飛ばされた帽子を、取って帰ってきた。
「リタ‥‥あなた‥‥何度言ったらわかるの? 一度地面に落ちた帽子を、わたくしにかぶれと言うの? 冗談じゃないわ! その辺の貧乏人にでもあげてしまいなさい!」
 エリーゼはリタを押しのけると、出口へと向かいだした。
「リタ! 面倒な手続きは任せたわ! 先に帰るわよ」
 一陣の突風が、舞い込む‥‥扉は閉まり、女性の姿も消えた。

 残ったのは、帽子を大事そうに抱えた、下女のリタである。
「気難しそうな、ご主人ですね?」
 受付が、困った顔をしてもじもじしているリタに話しかける。
 リタは答える代わりに、眉を寄せて、笑って見せた。

 手続きを終える‥‥しかし、リタは帰ろうとしなかった。
「どうしました?」
「あの‥‥あの‥‥困るんです」
「は? 何が困るんですか?」
 リタは、下を向くと、しばらく手に持った帽子の淵を撫でている。
 そして
「冒険者の人達が、来てくれては困るんです! わたしも‥‥ 一味なんです! 盗んだのは私達です!」

 リタは、静かに話し始めた。
 ‥‥話はこうである。

 彼女は、グロート家の領地の小さな村の出身で、村は貧しく生活はかなり厳しいそうである。
 先代の領主は、なんとか財政を立て直そうと苦労していたが、結局その過労が元で母親までもが、エリーゼがまだ10才の時に相次いで死んでしまった。
 エリーゼの母は、その村の出身だったので、小さいころのエリーゼはよく村へと遊びに行っていた。
 年の近い子供も多くいたし、何より2つ年上の従兄弟である、グリフがよく遊んでくれたからだ。
 しかし、両親が死ぬと、その原因でもあった村へは近づかなくなり、いつしか憎しみまで覚えるようになったのだ。
「今、村は領主の加護をなくして、ひどい有様なんです! 隣村との揉め事では向こうは領主がかばってくれるのに、こっちはやられ放題です!」
「グロード家には、ほかにも領地があるんですか? 先ほどのお嬢様はお金に困っているようには見えませんでしたよ」
「ああ、それは‥‥」
 グロード家の所領は、森とその小さな村だけで、ほとんど財力はない。
 お嬢様の生活を支えているのは、親戚であるスタン家が、両親を一度になくしたエリーゼを不憫に思い、20才になるまでの条件で、資金援助をしてくれているのだそうだ。
「じゃ、20才になったら、どうなるんです?」
「ビクターさんの話では‥‥ あ、エリーゼ様の伯父様に当たられる、財産を管理してらっしゃる方です。 村の村長さんでもあるんですけどね」
 ビクター氏の話では、村の税率を倍近くまで上げなければ、今の生活は維持できないそうである。
 もちろん、食べていくのがやっとの村には、そんな余裕はない。
「でも、お嬢様は、村の実情を知らないんです‥‥ 貧乏も飢えも知らないエリーゼお嬢様には、村の貧窮をいくら口で説明してもわかってもらえません!」
「それと、馬を盗んだのと、どう関係があるんですか?」
「それは‥‥」
 この馬泥棒の計画の首謀者は、エリーゼの従兄弟で、村の村長を補佐している青年、グリフなのだそうだ。
 エリーゼをなんとか村へ呼び寄せて、実情を見せ、良い領主になってもらうための苦肉の策である。

「だから‥‥だから‥‥お嬢様の代わりに冒険者の人達が来ても駄目なんです‥‥ 村の人達の声は届かないんです!」
 リタは、そう言うと泣き崩れてしまった。
「ふむ、そういう事だったのですか」
 受付は、意気消沈しているリタの表情をしばらく眺めていたが‥‥。
「ねぇ、どうでしょうね? リタさん。馬は盗まれたんじゃなくて、従兄弟の家で預かっているだけなんじゃないですか? だから、エリーゼさんの依頼は残念ながら実行不能ですね」
「え?」
 リタは、意外な受付の言葉に不思議そうに顔を上げた。
「馬を受け取りに行くための護衛って名目ではどうでしょう? その馬高いんでしょう? やっぱり本人が行かないとね。 冒険者の中には、いろんな経験を持った人がいます。きっと良い助言をしてくれる人もいるでしょう」
 リタは、受付の行っている事がゆっくりと理解できてきたようだ、徐々に表情が明るくなっていく。
「その帽子どうするんですか?」
「はい、捨てようかと」
「じゃあ、それを売って依頼料にしてください。 さあ急いで! 告知は早いほうがいいでしょう?」
 リタは、大きくうなずくと、外へと走り出て行った、また、風が吹き込む。
 受付はそれを目を細めて見送った。

●今回の参加者

 ea1727 カエン・ヴィールス(32歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3184 ウー・グリソム(42歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea8574 常倉 平馬(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9481 マッカー・モーカリー(25歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb0896 ビター・トウェイン(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2476 ジュリアン・パレ(32歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 ここはパリ郊外のグロート館である。
「では、丁度馬を引き取りに来て欲しいと先方が申しております故。共に村に向かい、所領の巡検として村の様子を‥‥」
「なんなの? あなたたち! 村へ行け村へ行けって、リタもほかの使用人たちも、顔をあわせればその話ばっかり!」
 ジュリアン・パレ(eb2476)は、もう何時間も、少々ノイローゼ気味のエリーゼを説得しようとしている。
「領主たるエリーゼ様なら、私ども外来の冒険者では見抜けぬ不義を‥‥」
 エリーゼはギリシャ彫刻を思わせる精悍なジュリアンを睨み付けた。
 鍛錬された肉体と、それにまして鍛え抜かれた精神、その両方を持ち合わせたものでなければ、この域へは達すまい。
「ぐるなんでしょう? みんな!」
 しかし、エリーゼがこの初対面のエルフを、他の使用人同様に無視できないでいるのは、その姿のためではなく、優しい瞳のせいであった。
「どうか、村へ」
「‥‥仕方がないわねぇ、でもすぐに帰りますからね」
 エリーゼはとうとう根負けし、リタを呼ぶと馬車の用意をさせた。

 ウー・グリソム(ea3184)は図書館で幾つかの公文書を紐解いていた。
 普通、地方領主同士の些細なトラブルなどは、記録に残らないものなのだが、実に幸運な事に、グロードの土地に隣接しているベッシャー家の者が細かく記録を残していた。
 この男が後、中央の下級官吏に取り立てられたため、他の記録に混じって、ここにあるようだ。
 資料には、グロートと隣のベッシャー家との間でおきた幾つかの事件の顛末が書かれている。
「32敗1引き分けか、グロード村は負けっぱなしだな」
 ベッシャーは、水の利権、道路に利権、境界線の問題、行商人の通行にいたるまで、事細かに言いがかりをつけている。
 中立の立場の仲介人もいないので、ほぼベッシャーの言い分が通っているわけだ。
「特にこの井戸の問題は、ペテンもいいところだ! この計算60mも間違ってるじゃないか!」

「マッカーさんだ!」
 マッカー・モーカリー(ea9481)が久しぶりにスタン家の冬の別荘にやってきていた。
 門の前までくると、家の前にいたベンジャミン少年が、うれしそうに屋敷の中へと走っていく。
 と、それと入れ替えに、足を引きずった大きな犬‥‥ 忠犬兄弟の弟のアーサーがすごい勢いで出てきた!
 愛情のタックル! マッカーは転んでしまった。
「元気になったようじゃな!」
「ウォン!!」
 門の影からもう一匹、大きな犬がこちらを伺っている、前より筋肉がついて一回り大きく見える‥‥ウイルヘルムだ!
 彼も愛情を表現したそうだが、勤務中だというのだろう、決められた低位置から動こうとしない。真面目なやつだ。
 マッカーは犬たちに挨拶を済ませた後、玄関でフランク坊ちゃんの出迎えを受ける。
「父上にお会いしたのじゃが‥‥」

 エリーゼ達ご一行は、グロードの村へと向かっている。
「ひでーもんだぜ! そこまで酷くなると領主も役人も逃げちまう! あとは荒れ放題だ!」
 カエン・ヴィールス(ea1727)が、馬車の中で窮屈そうに座っているエリーゼに、いままで見てきた辺境の荒れた土地の村々の話をしている。
 馬車は満載状態なので、ゆっくりとしたペースの旅が続く‥‥。
「領主が無能だと、役人は横領し放題だ!」
 エリーゼはたまに冷たい視線でカエンを睨むが、カエンは気にしないで話を続ける。
 いや、ちょっとこのお嬢様の反応‥‥ 結構楽しかったりする。

「これをあそこまで運ぶのかい?」
 常倉 平馬(ea8574)は、村に先にやってきている。
 村の貧窮は、予想以上のようだ。
「私が持とう」
 水場から村まではかなり急な坂道である。ここを村の子供達が、大きな水瓶を背負って登って行く。
「かなり重いね‥‥ 毎日これをはこんでいるのかい?」
「そうだよ、毎日3往復してるんだ」
 水瓶は大人の平馬でも、苦痛に感じられる重さだ。
「3往復?」
 距離にして3〜4km これを3往復すれば朝暗いうちからはじめても、昼過ぎまでかかってしまう。
 瓶の中の水は少し白く濁っている、これを飲料水にしているのだ‥‥。
 きれいな水の出る井戸は、隣のベッシャーの村にある。
 昔は共同で使っていたらしいが、地図を作り直してみたら向こう側の敷地にあったとかで、今は使えない。
「演出などいらぬなぁ‥‥」
 平馬は、急勾配の道を恨めしく思いながら、子供達に笑いかけた。

 エリーゼ一行が村に到着する、ジュリアンが一足先に村長に知らせる。
「エリーゼ様 ようこそ!」
 一行を、村の子供達が行列を作って追いかける、薄汚れてみすぼらしく、貧乏臭さ満点だ!
「平馬様、演出ご苦労様です」
「いえ、実は、何もしておりませぬ」
 村長の家へ到着すると、ジュリアンと平馬が戸の影で言葉を交わす。
「村長は、取っておきのご馳走で今晩は接待すると言っていましたが‥‥」
 平馬は、ジュリアンを食糧倉庫に案内する。
「なんと‥‥」
 倉庫の中には、もうほとんど何も残っていない、秋までまだかなり間があるのに、どうするのだろう?
「聞きましたか? この村では小麦を粉にすると手数料を取られるので、それを惜しんで、そのまま粥にして食べているそうです。 毎日山菜の粥ですよ‥‥ 子供達も特別な日にしかパンを食べられないそうで‥‥」
「ふーむ、エリーゼ様には、無能でない普通の領主になっていただこうと思っていましたが、かなり有能になってもらわねば追いつきませんね」
 と‥‥村長の母屋のほうで騒ぎが起こる。エリーゼの悲鳴も聞こえた。
「あ‥‥ 水を飲んだな」
「え?」
「ここの水、すごく不味いんですよ エリーゼ殿には耐えられんでしょうな」

 翌日から、エリーゼは村長とジュリアン、平馬に連れられて、村の中を視察して回ることになった。
 先代、つまりエリーゼの父親は実は農地ではなく、面積的にも広く、豊かな森の方に目をつけていたらしい。
「ドングリですよ この豊富なドングリをつかって豚を飼うんです! そうすれば小麦より高く売れる」
 逆転の発想、未開発の村の弱点を逆手に取ったわけだ、村長は数個のドングリを拾い上げると無念そうにエリーゼにわたした。
 エリーゼは、昨日からほとんど何も食べていなかった、彼女はつややかなドングリの実を手のひらに乗せると転がしている。
「葡萄は取れないの? 果物とか」
「ええ、豆くらいです、まともに育つのは‥‥」
 エリーゼの中で、村へのイメージが少しずつ変わりつつあるのがジュリアンと平馬にはわかった。
 そこへ水運びの子供達が通りかかった、みな辛そうだが、歌を歌いながら励ましあっている。
「なぜ井戸をほらないの?」
 昨日の不味い水の味を思い出したのか、エリーゼは眉を寄せて村長に聞いた。
「掘りたいですな‥‥お金さえあれば」
「借りればいいじゃない?」
 村長は、領主不在の村に金を貸す商人などいない事を説明する。エリーゼは無言で、水を運ぶ子供達を眺めている。
「私の名前で借りなさい! 私の名前なら」
 村長は首を振る。
「信用とは貴方が行動して勝ち取るものです 今の貴方には残念ながら信用はありませんよ」
 ジュリアンの静かな言葉に、また無言になるエリーゼ。
「お帰りなさい! エリーゼ!」
 その時、突然後ろから声がかかる、エリーゼは振り返った。
「お帰りなさい! アードウイックだ。返すよ」
 美しい白馬を連れたその青年はグリフだ。エリーゼの顔が見る見る赤くなっていく‥‥ その表情は10才かそこらの少女のようだ。
 しばしの沈黙‥‥。
「馬を、預かっててくれたんだってね‥‥ 礼を言うわ」
 下を向いたままのエリーゼが、小声でそう言う。
 どうやら、冒険者達の見え透いたお膳立てに乗ってくれたようだ。
「ごめんね、私、ここまで酷いとは思ってなかったの、子供のころのイメージのまんまで‥‥でも、もう私ではどうにもならないわ」
 涙ぐみ、さらにうつむくエリーゼ。
「そうでもないぞ」
 そこに現れたのはグリソムだ。彼は調べ上げてきた隣村との問題について楽しそうに説明する。
「ベッシャーが元にしている地図がインチキなんだ! 出るところへ出たまえ! 井戸も街道への道も、みんな取り戻せるぞ! 保障しよう」
「でも、私には信用が‥‥」
「その事なら僕に任せてよ!」
 と‥‥ 唐突に現れたのは、大きな番犬を連れた少年2人と、その後ろで笑っているマッカーである。
 少年はフランク・スタン、グロードやベッシャーなどの一族の本家の跡取り息子である。
「お願いがあります! 僕は父から力の強い馬を4頭、誕生日にもらったんだけど、アードウイックに乗りたいんだ! しばらく交換してくれないかな?」
「まだ11歳じゃがな、フランクがお前さんの保証人になってくれるそうじゃ」
 本家の御曹司であれば、信用のほうは問題ない。それにアードウイックの代わりに農耕馬を貸してくれると言うのである。
 グリフは大またに歩いてフランクにアードウイックを渡し、その足でエリーゼの前へ行くとグイと抱き上げてしまった。
「きゃ! わ! グリフ!」
「さあ! エリーゼ! 俺の家へいこう! 村と俺達の未来の計画をたてよう! 俺は10年もまってたんだぞ!」
 反抗しないエリーゼ、10年の時間が戻ってきた、彼女にとって村はまたすばらしい場所になったのだ。

 翌日村の水場で、カエンは水を汲むマッカーを見つけた。
「来る予定だった友に、土産にもっていこうと思ってな」
「ああ、ビターか?」
 水筒のふたを閉めると、マッカーはいたずらっぽく笑った。
「味については、ないしょじゃぞ!」