女主人の孤独

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月22日〜06月27日

リプレイ公開日:2005年06月30日

●オープニング

 小柄な影が周りの目を忍んで裏口から出て行こうとしている。
 木戸は重く、影は喘いでいる。
「おい! バーさん出かけるぞ!」
「バーさんは無いだろう? 一応この店の女主人だぜ」
「いきなり10年ぶりに帰ってきて、主人面されても困る、それにもう長くないんだろ? 重い病だって聞いたぞ」
「らしいな」
 使用人は遠目で眺めるばかりで、手を貸そうとはしない。
 影はやっと外へ出ると杖にすがりながら歩き出した。
「どこへ行くんだ?」
「若奥様にご報告しておくか」
「ああ、そうだな、店長にも話しておこう」

 その日遅く、ギルドの入り口にランタンを釣るし始めたところで、小柄で身なりの良い老婆の来客があった。
「すいませんね 話、聞いていただけるかしら?」
「あ ‥‥ええ、いいですよ」
 受付は、片付けていた椅子を出すと、座るようにすすめた。
「ありがとう」
 老婆は、顔色が悪く、どこか病んでいるようである。
 手に持っていた杖をおくと、二三度ため息をついてから、受付のほうを見た。
「私はオルガといいますけど、ご存知?」
「え! もしかしてニコラス商店のオルガさん? はい、存じていますよ」
 オルガは、少し微笑んだ。
 オルガといえば、イギリスとの毛織物貿易で一代で財を成した、その界隈では有名な女実業家である。
 特に、自宅の近くに店があるため、受付は良く知っていた。
「どんなご用件でしょう?」
「あまり時間がありませんの 調査をお願いしたいのですけど」
「はい」
 オルガは、懐から書類らしきものを出すと、テーブルに広げた。
「私の孫たちの資料です」
「お孫さんたちですか?」
「この中の一人に財産を譲りたいと思っています。 そこでどの子が相応しいのか調べてほしいのです」
「え! えーと、はい‥‥ でもそれは、普通ご自分でお決めになるものでは?」
 怪訝そうな受付に、オルガは事情を話し始めた。
 オルガは、貧乏な商人の子供として生まれ、今までの一生のほとんどを外国ですごしてきた。
 仕事仕事で、家に帰ることもほとんど無く、つれ合いが死んだときも、息子達が死んだときも家にいなかった。
 つい、3月ほど前、病気が悪化して家に帰ってみたものの、自分の居場所は無く、生まれてから一度もあったことの無い孫までいる始末であった。
 店の者も他人行儀で信用できるものは一人もいない。
 死期を悟った今、財産を残す孫達のことを自分は何も知らない。
 すでに親戚達が、自分の死んだ後の事で暗躍しだしている。
「自分は、結局母として、祖母として今まで何もしてやれませんでした。でも、せめて最後だけは、正当な財産を受け継ぐに値した者に、相続させてやりたい」
 物悲しく下を向くオルガの姿に、受付は声をかけることができなかった。
「この資料、役に立つかどうかわかりませんが、お渡しします。店を任せている店長のブロットに紹介された男を使って調べたのですが、親戚の誰かに買収されていそうで‥‥ ブロットだって野心家ですからね。信用できないのです」
「それで、完全な部外者ということで、ここにこられたのですね?」
 手続きを済ませると、オルガは何度も頭を下げて出て行った。

 ギルドの前の通り、すでに夜遅いので人通りはまばらである。
「まずいな! 冒険者ギルドに駆け込むとは計算外だった!」
 ギルドから出てきたオルガの姿を遠くから観察している2人組がいる。
「坊ちゃんが偽者だってばれないか?」
「うーむ、それは大丈夫だと思うがな‥‥ お? 俺達以外にもバーさんを尾行している奴がいるぜ」
「ああ、あの馬鹿娘の母親に雇われたんだろう」
「戻って作戦を練ろう 場合によっては残りの2人には死んでもらう事も考えねばな!」
 二人は、通りの暗がりに消える。

 犬の遠吠え、壊れた看板のキィキィいう音、月に雲がかかり、あたりは闇に包まれた。
 

●今回の参加者

 ea1727 カエン・ヴィールス(32歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2005 アンジェリカ・リリアーガ(21歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea3184 ウー・グリソム(42歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea8574 常倉 平馬(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9481 マッカー・モーカリー(25歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 風の強い早朝。
 常倉 平馬(ea8574)は昨晩からの寝ずの番である。
 目の前にはニコラス商店の倉庫と小屋群がある。
 朝といってもまだ暗く星が見えている。そんな中、小屋から一人の少年が姿を現した。シャルテックだ。
「早起きは三文の得か‥‥」
 平馬が隠れているのも知らず、シャルテックは店の戸締りを確認して周り、店に入ると毛織物の商品見本を出してきての勉強だ。
「うーむ」
 平馬は腕組みをすると唸った。

「ご苦労様じゃのう! いやいやそのまま」
「はぁ どうも‥‥」
 ここはアンジェリーヌの住んでいる屋敷の裏口、下女が洗物をしているところの脇を、いかにも関係者風を装って中へとマッカー・モーカリー(ea9481)は入る。
 先ほど正面から訪問したのだが、見事に門前払いされ、仕方なく非常手段となったのだ。
 途中、数人の使用人とすれ違ったが、マッカーは大声で挨拶し、労をねぎらいながら奥へと進む。
 そして中庭で一人で遊んでいるアンジェリーヌを発見した。
「おや、アンジェリーヌじゃな?」
「おじさんだれ?」
「少しお話をしようかのう」
「いいよー」
 孤独な少女は、にっこり迎えてくれた。

「どれにしましょう?」
「あ、いやいい‥‥ ひやかしなんでな」
「そうですか、ごゆっくりご覧になっていってください」
 カエン・ヴィールス(ea1727)は店の中をぶらぶら歩きながら、バレリーとその周囲を観察していた。
 見たところ、バレリーは真面目だが、他の店員と比べて飛びぬけているというわけでもない。
「もう少し笑えばなぁ」
 と、カエンがつぶやいた時、店先で騒ぎが起きた。
「馬鹿やろう! 俺は酔ってなんかいないぞー!」
 転げ込んできたのは酔っ払いである、酔った男は、ナイフを出すと振り回し始めた。
 悲鳴を上げ、逃げ回る店員や客達。
「チッ‥‥ しょうがねぇなぁ」
「カエン殿‥‥」
 武器を抜こうとするカエンを止める者がいる。平馬だ。
 この機会にシャルテックとバレリーの対応を観察しようということだろう。
 ちょうど店にはブロットはいない。
 そうなるとシャルテックの対処が気になるところである。
「あれ? シャルテックは?」
 カエンは、店の中を見回したが、その姿はすでになかった。
 かわりにバレリーが、酔っ払いの前に立ちはだかった。
「お客さん! 悪いんだけど、騒ぐならよそへ行ってくれません?」
 無口といわれるバレリーの言葉は、はっきりとしていて自信に満ちていた。
 ナイフに怯えている様子もない。
「なんだとー!」
「言っておくけど、あたしは護身術なんてできないからね、ナイフ突き出したら刺さっちゃうよ。 刺さったら死ぬからね」
 バレリーは、酔っ払いの顔を正面から見据えて放さない!
「ちくしょうー!」
 酔っ払いの男が、腕をふり上げたところで、カエンが間に飛び込む。
 同時に、背後にまわった平馬が、男を取り押さえた。
「ひゅ〜! 度胸あんなぁ」
 カエンが感心しながら、バレリーの肩を叩く‥‥ すると、バレリーはストンとその場に座り込んでしまった。
「ありがとうございます、危ないところを‥‥ 度胸なんかありませんよ‥‥ 夢中で‥‥」
 顔を上げたバレリーは半泣きになっていた。 

「ねー! ねー! シャルテックのお部屋ってどこ?」
 ここは店の裏の倉庫である。沢山の従業員たちが働いている。
 圧巻なのは、倉庫の中央にうずたかく積み上げられた毛織物の束の山であろう。
 今も梯子をかけて、さらに上へと積み上げている。
 アンジェリカ・リリアーガ(ea2005)が声をかけたのも、そんな、作業員の一人である。
「邪魔だ! ガキは出て行け!」
 無愛想な作業員は、アンジェリカを一瞥すると、作業を再開した。
「ふーん‥‥ ガキねぇ」
 しばらくすると、休憩の鐘がなり、倉庫から出て行った。
 アンジェリカはあたりに人がいないのを確認すると、作業場の片隅に落ちていたナイフを拾い上げ、にっこりと笑う。
 そして、おもむろに織物の束を固定しているロープの一本を切断した。
 一瞬何も起きないかと思われたが、そのうちに山全体が揺らぎ、中段あたりから崩れだすと、大音響! いっせいに巨大な山は崩壊した!
 雪崩のように、織物の束が散乱する! 周りの荷物を押し流す。 一部は、窓を突き破り、店や通りにまでたっした。
「きゃー!!」
 安全なところでその様を見ていたアンジェリカは、ころあいを見計らって崩れた荷物の中に片足を突っ込むと、悲鳴を上げた!
 真っ先に駆けつけてきたのは、店を任されているブロットだった。
「痛いよー! 足が折れたよー!」
「なんでこんな所に女の子がいるんだ? 大丈夫かい? どこか痛いかい?」
「うんうん足が痛い! 腰も腕も頭も痛いよー!」
 ブロットは、駆けつけた作業員に命じて自分の部屋に運ばせた。

「良かった‥‥ 怪我でもされては店の名前に傷がつくからな‥‥」
 薬箱をしまいながら、ブロットは小声で独り言を言う。
「さあ、大丈夫だ! 君のパパはお買い物に来てるのかな?」
「わたしのパパは、冒険者なのー オルガって名前の人に雇われているの」
「なんだって? もっとはなしてごらん? ほらこの菓子パンもあげよう」
「うん、ありがとう! でね、パパが言うには もうそのオルガって人は後継者決めたんだってぇー」
 戸棚からパンの皿をとろうとしていたブロットの動きが凍りついた。
「だ‥‥だれだって?」
 ブロットは、かすれた声で聞いた。
「ねー そっちのレーズン入っているのももらっていい?」
「ああ、食べなさい! で、だれだって?」
「うん? うん‥‥ うーんとねー」
 わざともったいぶるアンジェリカ。
「たーしーかー バレリー」
 そこまで聞くとブロットは血相を変えて部屋を飛び出していった。
 アンジェリカは慌てるブロットを楽しげに見送ると、部屋にある菓子を全部両手にいっぱいに抱きしめる、ほうばりながら部屋をでた。
 店の外へ出ると、ウー・グリソム(ea3184)が呆れ顔で待っていた。
「あれ? どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろ! なんでバレリーが後継者に決まったって偽情報を伝えるだけなのに、こんなに大騒ぎになるんだ?」
「騒ぎ?」
 アンジェリカは、あたりを見回してみる、倉庫で荷崩れがあり、店員や客がパニック状態になり、まるで嵐のあとのように店の中も荒れている。
 だいぶ落ち着いてきてはいるが、それでも片付けには2〜3日はかかりそうである。
「うーーん テヘ」
 アンジェリカは怖い顔をしているグリソムに向かって、小さな舌をペロリと出して、可愛い天使のように笑った。

 夜‥‥
 冒険者たちは、ニコラス商店の使用人用雑居小屋の前に集まっている。
 アンジェリカの計画通りシャルテック達とアンジェリーヌの母親には偽の情報バレリーが後継者に決定を伝えてある。
 これに対する反応が今夜辺りありそうだと踏んだわけだ。
 証人という名の獲物を待って、各人は配置についた。

 翌日、冒険者一同とオルガの孫、そしてニコラス商店の要人が、ニコラス商店の所有する小さな毛織物店に集まった。
 ここは本店と違い、帽子や小物を売る小規模な店舗である。
 昨晩ブロットと、アンジェリーヌの母親は、手下をバレリーの部屋へと向かわせた、しかし、誰一人として戻ってきたものはいない。
 そのためか、2人はおとなしい。
 3人の後継者候補の調査結果を一同はオルガに報告する。
 シャルテックの評価は真面目で、几帳面、仕事熱心、頭脳明晰、そして‥‥臆病。
「また、オルガ殿の本当の孫ではない 本当はブロットの子だ」
 平馬がいつ調べてきたのか、無表情に報告する。オルガの眉が一瞬だけ動いた。
 アンジェリーヌは‥‥
「店の相続など本人が望んでおらんよ 彼女には店も財産も重荷でしかないようじゃ」
 マッカーはにやりと笑う。
「アンジェリーヌは、いまどき珍しい素直でやさしい子じゃな、まあ、つまり、商売人には向かんよ」

 バレリーの評価は真面目で、冷静、度胸がある しかし‥‥。
「度胸はいいが、無茶すぎだ」
 カエン言う。
「ああ、それとひとつ言っていいかな?」
 グリソムはメモを取り出して予備調査の結果を報告する。
「調べさせてもらったが、イギリスにニコラス商店の強力な競争相手が現れているようだな、競争の激化、職人の奪い合い、今は平穏だが5年もすれば凄いことになるんじゃないのか?」
 オルガは小さく笑う。
「ではやはり、バレリーだろう、そんなサバイバルは度胸がないと生き残れん」
「良くわかりました。 皆さんには感謝します」
 オルガはそういって、礼を言うと、3人に向き直った。

「この店は‥‥シャルテック、お前が継ぎなさい」
 予想外の言葉に、全員がどよめく。
「それ以外の海外支店はすべてバレリーに」
 最後に今いる小さな店をアンジェリーヌに相続させることになった。このくらいなら何とか切り盛り出来るかもしれないとオルガは判断したのだろう。
「さて、バレリー半刻で準備をしなさい! これからイギリスだよ! 商売を一から教えてやろう。そしてビザンツのお得意にも紹介したいねぇ‥‥。店を継ぐのはシャルテック! お前はバレリーわたしの後を継ぎなさい」

 あわただしく、オルガとバレリーは旅立っていった。
 自分の持ちうるものを自分が生きている間に、伝承しようとしているのだろう。
「時にアンジェリーヌ! わしはこう見えても商売の専門家でなぁ どうじゃね? 経営コンサルタントはいらんかな?」
 マッカーは本気とも冗談とも聞こえる声で言った。