予告状

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月01日〜07月06日

リプレイ公開日:2005年07月10日

●オープニング

 空には、ぽっかりとオレンジ色の雲が浮いている。
 今日は依頼人や相談に訪れる者が多い日であった。
 受付は多忙の中、一人の女性が気になっていた。 声をかけようと思うのだが、次々にお客が訪れて切れ間がない。
 やっと今、夕日が差し込む時間になって、彼女へ声をかけることができた。
「もしもし? どうしました?」
「申し訳ございません。パリの冒険者ギルドとは、ここでよろしかったでしょうか?」
「え、あ‥‥はい、ほかにはないと思いますよ」
 女性は、ほっとした表情になると、受付に笑いかけた。
「ああ、良かった。初めてなものですから、慌ててしまって‥‥」
 16〜17といった所だろうか? 実に上品そうな女性である。
「言ってくださればご案内しましたのに」
「はい、でも、あまりにお忙しいご様子でしたので、声をかけてもよいものかと、迷っておりました」
 昼からまる4時間も迷っていたのだろうか? かなり気の長い人らしい。

「それで、ご用件はなんですか?」
「はい、盗難事件についてなのです。以前、弟がこちらにお世話になったそうで、その弟が申しますに、ギルドへ相談するのが一番だとのことでしたので‥‥」
 弟? はて、誰のことだろうか?
「詳しく話してくれますか?」
「はい」
 彼女の名前はパレーヌという。
 パレーヌの話によれば事件はまだおきていないのだそうだ。
 発端はマルジェ夫人という老貴族の屋敷に始まる。

「私の伯母になるのですが、伯母の屋敷に泥棒から盗難予告状が届いたんです!」
「予告状ですか‥‥ 大胆と言うか律儀というか‥‥」
「伯母の屋敷は大騒ぎになりまして、まるで戦争のようでした。予告状にはバクナムの宝剣を盗み出すとありまして‥‥」
「なるほどなるほど、ではご依頼は、その宝剣の護衛ですね? あ、あと怪盗の逮捕ですか」
「ああ、いえ、その 怪盗はすでに逮捕されてます」
「え?」
「実は昨日、予告状をお出しになった大怪盗プッシェという方は、別の事件でつかまってしまいまして」

「はぁ‥‥では、何をご依頼に?」
「はい、伯母様は、昔から怪盗や海賊の物語が大好きで、古い伝承や物語を集めたりしておりました。有名な海賊の肖像画などもコレクションしておりますし、その傾倒ぶりは趣味の域を超えておりまして‥‥」
「はい」
「そこへ、予告状が届きましたでしょう‥‥本物が現れるともう大喜びで、持病の神経痛も治ってしまうし、ぜん息の発作まで出なくなってしまうくらいの張り切りようで‥‥数日で10歳は若くおなりに‥‥」
「すごいですね‥‥私もあやかりたいです」
「そんな伯母様ですから、泥棒様が現れなかったら、どれだけ落胆なされるか‥‥ お命にかかわる事にもなりかねないと」
「‥‥もしかして、冒険者にその捕まった、間抜けな大怪盗の変わりに盗みに入ってほしいと?」
「はい、そうなんです! 流石にご専門家ですわね、察しがお早い」
「いえ‥‥ けっして専門ではないのですが、なんとなくわかりました」
 パレーヌの話では、屋敷の警備はかなり厳重であるらしい。なにせ、その筋の数十年来のマニアである。
 鍵はすべて特注、平時でも警備は24時間だし、一階に面したすべての窓には鉄格子が入っている。
 警備隊長のペイルはパレーヌの旧知で、事の次第を伝えてあるので、仮に捕まってしまっても危険なことにはならない。
「もし、引き受けてくだされば、ペイル隊長にお願いして夜中に10分だけ、中庭へ入れる裏門を開けておいてもらう事はできます」
 しかし、他の警備者や屋敷使用人たちには話は伝えていないそうだ。
 マルジェ夫人というのは、周囲のそういった動きには敏感らしいのだ。気づかれてはおしまいである。
 夫人の待ち望んでいるのは、間抜けな素人泥棒ではなく、厳重な警備の中、鮮やかに仕事を済ませてしまう、プロ中のプロだ。
 できることなら、宝剣を盗み出し、マルジェ婦人をあっと驚かせてやってほしい。

 ちなみに宝剣の乗せてある台は、剣が持ち上げられると音が出る仕掛けになっている。
 仕掛けは、天秤の原理でかなり厳密に重量を測っているようだ。 重すぎても軽すぎても警報が鳴る‥‥。

「お嬢様ー! どこです? お嬢様!」
 ギルドの裏口のほうから、使用人らしい少女がやってくる。
「あ! ここでしたか 勝手に動かれては困りますよー」
「あら、ドリー」
「あら、ドリー、じゃありませんよー もう、帰りますよ」
 手続きを済ませると、下女に連れられてパレーヌは帰っていった。 
 変わった依頼もあるものである、しかし病気がちな老貴族の人生に一花添えられるのなら、チャレンジしてみてもよいだろう。

●今回の参加者

 ea3277 ウィル・エイブル(28歳・♂・レンジャー・パラ・ビザンチン帝国)
 ea9481 マッカー・モーカリー(25歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb1107 ユノーナ・ジョケル(29歳・♂・ナイト・シフール・ノルマン王国)
 eb2818 レア・ベルナール(25歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

「ふうー ただいまー」
 太陽は真上から町を照らしている。
 戸をあけて入ってきたのはウィル・エイブル(ea3277)だ。 図書館へ行って最近の犯罪事件についてちょっと勉強してきたところである。
 相手は犯罪マニア、どんな質問が飛んでくるかわからない。
「お帰りなさい!」
 バレーヌと二人、鏡の前で櫛を片手に女の子の会話を楽しんでいたレア・ベルナール(eb2818)が、ウィルを笑顔で迎える。
「それにしても、レアさんの髪は美しいですね」
「えー そう? うふふ‥‥そうかなぁ うふふふ」
 レアは実に楽しそうである。
 昼下がり、ここはバレーヌが今回の依頼のために、支度部屋として借りてくれた二階家である。
 中庭では、ユノーナ・ジョケル(eb1107)が、シーツを黒く染めたり、ロープを用意したりと準備に余念がない。
「この黒い布、あまったらくれんかの?」
「いいですよ。 何に使うんです?」
 声をかけたのはマッカー・モーカリー(ea9481)である。
 マッカーは、黒い布をバサ! っとマントのように背中に羽織ると‥‥
「怪盗ブッシェ参上! ‥‥どうじゃな?」
「うーん‥‥」
 ユノーナはポーズをつけているマッカーを目を細めてみる。
「暗闇ですからね、大丈夫でしょう。それにしても流石はマッカーさん ‥‥低予算だなぁ」

 その夕刻、午後から崩れた天候は、小雨交じりとなる。
「パリのギルドではこの方が一番なんだそうですよ。 伯母様」
「そう‥‥パレーヌが言うのならそうなんでしょう。名前は?」
「ルイ・ルブイエです。 よろしく!」
 訳知り顔で登場した犯罪捜査の専門家とはウィルである。 昼間練習したしゃべり方で自信ありげなそぶりをする。
 ここはマルジェ夫人邸、鉄格子と飾り気のない石造りの廊下、監視用小窓、そして鉄格子‥‥とても貴族の屋敷とは思えない殺風景な所だ。
「頼りにしていますよ ルブイエさん」
 マルジェ夫人は小柄だが声が大きく、目がギラギラ輝き、生気満々でとても高齢とは思えない。
 3人の歩く後を、大きな荷物をもって使用人役マッカーが続く‥‥。

 雨は日が沈んでからかなり激しくなってきた。
 屋敷の中庭の端っこに、マントを被ってひたすら雨に耐えているのはレアだ。
「合図まだかなぁ‥‥ ずぶ濡れになっちゃいますよ」
 先ほどペイル隊長がこっそり中に入れてくれたのだ。
「わ!」
 時折、二人チームの見回りが中庭を明かりで照らし出す‥‥そのたびにレアは頭をすぼめて草陰に身を沈めた。
「私も黒い布もらってくればよかったかなぁ」

「して、鍵を増やす計画はどうなったのじゃな?」
 夕食後、マルジェ夫人と一緒に宝剣のある部屋へ見学に行ってきたウィルにマッカーは質問した。
 計画では、ここで夫人に鍵の数に不安があると進言して、増やしてもらう予定だったのだ。
「うん、それがね 僕もそのつもりだったんだけど‥‥」
 ウィルはマルジェ夫人の案内で部屋の前へと行ったのだが、結局鍵を増やす話は言い出せずに帰ってきた。
「今の段階でね、鍵が8つもついているんだよ それも、キーはペイル隊長と夫人が4つずつ分担してもってるんだ」
 隊長と婦人が一緒にいるのは食事のときくらいなので、おそらくいまさら鍵を増やすまでもなく、鍵を全部開けるまでにはかなり時間がかかるようである。
 つまり、鍵は増やすまでもない‥‥ ウィルはそう判断したのだ。
「なるほどな、では後はユノーナ次第じゃな」
「うまく入れたかな?」
 
 そのユノーナは意外な苦戦を強いられていた。
 部屋へ煙突から侵入したまでは良かったのだが、部屋には外からの覗き窓が別角度から3箇所も在るのだ! そして、時々そのどれかから見張りや、見回りや、通りかかったものが中を覗いていく。
「大怪盗、いきなりのピンチだ! うーん‥‥布はL字型に垂らせば何とかなるかな?」
 不意にまた、覗き窓が開き、外からランタンの明かりが差し込む‥‥ 
「焦らない焦らない‥‥ 慎重に慎重に‥‥」
 ユノーナは独り言をいって気を落ち着かせながら、慎重に布を展開させる。
 また覗き窓が開く! さっと、物陰に隠れる大怪盗‥‥ これでは切がない! 思ったより時間がかかる! 予告の0時までに間に合うのだろうか?!

「そろそろ12時ですが、宝剣の部屋に異常はありません」
「ご苦労様‥‥今日ではないのかしらね」
 警備の報告を聞き、少々気落ちしたようなマルジェ夫人。
「いえ、今日ですよ 奴は今日必ず来ます! 僕が保障しますよ」
 ルブイエ卿‥‥いや、ウィルが飲み物を口に運びながら、いかにも自信ありげに夫人に告げる。
 ここは宝剣の部屋の真下、一階の談話室である。
 天井からは一本の紐が垂れ下がっており、その下には金属の棒がぶら下がっている。さらにその下には大きな金属の盆が置かれており、もし宝剣が台から持ち上げられた場合、天秤の仕掛けで、この紐が切断されて、お盆の上に金属棒が落下する仕掛けになっている。
 遠くで鐘の音が聞こえる、どこかの教会だろうか? ‥‥0時である。
 と、そのとき、目の前の紐がユラリ揺れる‥‥ 
「うん?」
 全員が天井を見上げたその瞬間! 紐がブツリという音を上げて切断され、棒が盆に落下してけたたましい金属音を上げた! マルジェ夫人の目が輝く!
「警報よ! 宝剣が盗まれたんだわ!」
 手を貸そうとしたパレーヌを跳ね除けるようにして立ち上がった夫人は、誰よりも早く廊下に出ると二階へと急いだ!
「隊長をよびなさい! 非番の者を起こしなさい! それと出入り口を全部封鎖して! 早く!」
 てきぱきと指示をだしながら夫人は、宝剣の部屋の前にまでやってきた。
 見張りは動揺した面持ちで、覗き窓から中を覗いている。
「中には人はいません!」
「宝剣は無事?」
「いえそれは、暗くてよくわかりません!」
「早く鍵を開けなさい! 隊長はまだ?」
 隊長がやっと姿を現し、扉の鍵がすべて開く。中に突入する一同!
「宝剣が! 宝剣がない! 消えています! なんてすごい!」
「夫人! 窓の外に誰かいます!」
 ルブイエ卿が指差すと同時に、外からは開けられない構造になっているはずの扉が開き、風雨が吹き込んできた!
「ふはははは! 怪盗ブッシェただいま参上! ご夫人よ。宝剣を頂きに来たぞ」
 黒いマントを翻す、細身で長身な仮面の男が、中庭をはさんで反対側の屋根の上に立っている。
「どうやって? どうやって剣を盗んだのです?」
「ふふふ‥‥ タネ明かしは無しです! 解明するのは貴女とそこのルブイエ卿の仕事でしょう? もちろん無理でしょうけどね! では諸君! ごきげんよう‥‥」
 かっこよく挨拶をすると、怪盗ブッシェは颯爽と姿を消す。
「まて! ブッシェ! 屋敷の裏道です! 追いましょう!」
 ルブイエ卿は警備たちを束ねると隊長とともに外へと追跡に出て行った。
 
 翌朝、夜中、八方手を尽くしたが‥‥ 怪盗ブッシェの姿は忽然と消えうせてしまった。
「はい! 私もパレーヌお嬢様と部屋におりましたが、怪しい奴は見ておりませんです! はい!」
 使用人姿に戻ったマッカーが、しらじらしくすまし顔で、夫人の質問に答えている。

「完敗ね‥‥ やられたわ」
 マルジェ婦人はソファーにもたれかかって、微笑みながら小さな声で言う。
 お祭りの後の静けさ‥‥そんな物が屋敷の中には流れているようだ。
「ふふ」
 夫人がまた思い出し笑いをする。あの昨夜までのギラギラした表情は消え、穏やかな眼差しになっていた。

「ありがとう皆さん! うまくいきました!」
 帰り道、パレーヌが横を歩くマッカーとウィルに礼を言う。
「いやいや、わしも童心に返ったようじゃったよ」
「僕も楽しかったですよ! 夫人満足そうだったね」

「まだ終わってないですよ!」
「そうですよ! これで終わりにしてはいけません!」
 突然会話に割り込んできたのは、今回完全な裏方に徹してくれた2人、ユノーナとレアである。
 3人の帰り道を待ち伏せしていたようだ。

 その夜、マルジェ夫人邸の戸を叩く者がいる。
「どなたです?」
「はい、手紙を届けにまいりました」
 警備の男が受け取ろうとすると、その女戦士は首を横にふる。
「ここの主人に直接渡すように言われてます」

 レアは、応接室に通される。しばらく待っているとマルジェ夫人が現れた。
 すっかり気が抜けてしまい、20歳は老けて見える。 なんだか体まで縮んだようだ。
「手紙? これはだれから?」
「背の高い男性の方でしたわ 名前は聞きませんでしたけど、こちらのお屋敷のご主人は良く知っているとか‥‥」
「‥‥あ!」
 婦人は、手紙を開いてあっと声を出してしまう。 手紙には、ブッシェの名前で年内また参上! と書かれているのだ。
 一度消えた闘志が、彼女の中でメラメラと再燃する。 見る間に目の色が変わり、背筋が伸びると、急速に頭も回転しだす!
「ペイル隊長を呼びなさい! 警備計画を徹底的に見直します! それから昨日の事件の現場検証をしましょう! さあ、忙しくなりますよ! 今度は負けませんからね!」
 火の消えたようなマルジェ夫人邸に再び火が灯った! 
 夫人は更なる怪盗の参上の日を夢見て、屋敷の警備に没頭することであろう。
「元気になってよかったね。またいつか遊びましょう」
 窓の外からこっそりこの様を見ていたユノーナは思うのであった。