世紀の大泥棒

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月04日〜10月09日

リプレイ公開日:2005年10月13日

●オープニング

 風のない静かな夜‥‥ 下町の廃屋の一角、窓はすべて板で塞がれ、明かりが漏れないように工夫されている。
 髭面の大男が、部屋の中央でしかめっ面をし、地図らしい物を睨み付けている。
「そんなに厳重なのか?」
「あれはもう‥‥異常ですぜ!」
 痩せた神経質そうな手下の一人が、上目使いに大男に首を振りながら答える。
 地図には大きな屋敷とその周辺が大雑把に書き込まれている。この屋敷の持ち主はマルジェ夫人という、かなり変わった貴族で、増築を繰り返し、異常なまでに警備を厳重にしているらしい。
「絶対にすごいお宝があるんですぜ!」
「うーむ‥‥」
 大男は腕組みをして唸る。
「よし! やろう! 俺も八方睨みのオドンと呼ばれた男だ! いつもの手でやるぞ」
「へい! いつもの手ですね?」
「そうだ! いつもの手で‥‥だめな時は強襲だ!」


「ご依頼でしょうか?」
 ここは冒険者ギルド、受付はすでに30分以上もギルドの入り口付近でもじもじしていた女性に声をかけた。
「あ‥‥ はい こんにちわ」
 受付の記憶では、この上品な女性はパレーヌ・スタンといい、年は17才‥‥名門貴族の子女である。
「今日は、お付の方はいないのですか?」
「はい、ドリーは‥‥」
 二人の視界に、ちょうどギルドへ入ってきた下女の姿が入った。彼女は一人の厳格そうな騎士風の男を連れている。
「パレーヌお嬢様お待たせしました! べイル様をお連れしました」
 パレーヌの表情がぐっとやわらかくなる。どうやらなれぬ街中に、ひとりで待ち合わせをしていたようだ。
 受付は、3人に席を勧め、パレーヌ達はそれに従った。
「ご紹介しますわ。 こちら伯母の屋敷の警備を担当なさってるべイル隊長です」
 紹介された隊長は挨拶をする。仕事にきびしそうな人物である。3人はお互いに目配せしあうと、べイル隊長がゆっくりと話し出した。

「一応‥‥経緯からお話します。パレーヌ様はこちらに以前にもお世話になったそうですが、自分は初めてですし、情報に取りこぼしがあってはいけません」
 ベイルの話は、まず自分の主人の話から始まった。
 マルジェ夫人といって、スタン家の一族である。変わり者の多いと言われるスタン一族の例にもれず、彼女も風変わりな趣味を持っていた。
 夫人の趣味とは、古今東西の犯罪にまつわる研究で、書物や資料はもちろん、有名な犯罪者達の持ち物のコレクション収集など、とかく犯罪と名がつけば何でも集めてしまうのである。
「今回は、有名な大怪盗が盗もうとしていると噂のある、品物を手に入れてきまして、それを屋敷に保管して警備しています」
 つまり、マルジェ夫人は怪盗が盗もうとしている物をわざわざ買ってきて、それを自分の屋敷に保管し、怪盗を自分の屋敷へおびき出そうとしているらしい。
「予告状でも出ているんですか? その品物には」
「いえ‥‥ まだ出ていません」
「?? ではなんで、盗もうとしているとわかったんです?」
 受付は当たり前の疑問をベイル隊長に持ちかける。しかし、意外なことにそこにいる3人は、複雑な表情を浮かべると黙ってしまった。
「それはそのー‥‥」
 しばらくの沈黙の後、パレーヌが口を開いた。
「伯母様の犯罪好きは、もう病気みたいなものなんです‥‥ どこで噂を聞きつけたのかはわかりませんけど、大怪盗と聞けばなんでも買ってきてしまうのです。 それは良いんです! 伯母様の趣味ですから、最近はお元気になって、とっても良い事なんですけど‥‥」
「けど?」
「元気になりすぎてしまって‥‥」
 現在、屋敷では24時間体制の厳重な警備が行われている。屋敷も大改装し、いたるところに罠、落とし穴、警報装置が縦横無尽に仕掛けられた。
 そればかりではない、夫人は老齢とは思えないほどの行動力で、一日に8回も広い屋敷の中を抜き打ちでパトロールする。
「非常勤務ですので、給料は上がりました。 しかし‥‥部下の中には疲労とストレスで倒れた者まで出ています!」
 べイル隊長の目の周りにも隈がある‥‥ 抜き打ちパトロールにつき合わされているに違いない‥‥。
「早く怪盗が現れてほしいですね‥‥」
 受付は少々同情してしまう。
「恐らく‥‥こないと思います」
 黙っていた下女のドリーが、苦笑いをしながら受付に言う。
「なぜですか?」
「その品物を盗もうとしているという大怪盗プッシェは、もうだいぶ前に捕まってしまっているらしいんです!」
「では、盗みにこれないじゃないですか」
 このまま怪盗が現れなければ、24時間フル勤務体制が未来永劫続くことになる‥‥。
「助けてほしいのです!」
 べイル隊長の声が大きくなる。
「助けるっていいましても‥‥まさか、プッシェを脱獄させろと?」
「いいえ! 大怪盗の代役を立ててほしいのです!」

 3人の依頼はこうである。大怪盗プッシェの代わりにマルジェ夫人の屋敷に忍び込み、その品物を盗み出すのである。
 なんとも奇妙な話である‥‥ しかし、断る理由もないので、募集をすることになった。
 手続きを済ませ、しばし雑談となる。
「ところで、その品物って何なんですか?」
「はぁ それが‥‥」
 ドリーはまた困った顔になり、説明する。
「子供用の家具一式です。 とっても可愛い‥‥ 箪笥とかベットとかです」
「なんでそんな物を?」
「さぁ‥‥私にはわかりません」
 ドリーは、肩をすくめると、また困ったと笑う。

 帰り際に、べイル隊長が、何か思い出したらしく立ち止まった。
「そうそう、これは私の部下が聞きつけてきた情報なのですが、どうやら3流どころの盗賊団で、オドン団というのが、屋敷の襲撃を計画しているそうです」
「子供用の家具を盗みに?」
「いや‥‥きっと警備が厳重なので財宝でもあるのだろうと、勝手に思っているのでしょう」
「えーと、追加の依頼で、その連中からの屋敷の警備ですか?」
「いえ違います、連中がもし屋敷に忍び込んだら、間違いなく全員死にます! それくらい屋敷の警備は凄まじい状態になっているのです! もし、連中とどこかで連絡がつけば‥‥ いさめてやって下さい」
 隊長はもう一度礼をすると、ギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea3277 ウィル・エイブル(28歳・♂・レンジャー・パラ・ビザンチン帝国)
 eb1107 ユノーナ・ジョケル(29歳・♂・ナイト・シフール・ノルマン王国)
 eb2678 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(40歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb2762 クロード・レイ(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb3243 香椎 梓(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3305 レオン・ウォレス(37歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3385 大江 晴信(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3559 シルビア・アークライト(24歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 ここは酒屋の倉庫、暗がりの中、世紀の大盗難作戦の準備が進められている。
「それではお願いします。私は伯母様のそばにいていざという時に時間稼ぎしますね」
 パレーヌは全員の樽を回って声をかけている。
「任せてください」
 ウィル・エイブル(ea3277)が心配そうにしているパレーヌをはげます。
「お酒の樽の中ってお酒の香りでくらくらするなぁ」
 ユノーナ・ジョケル(eb1107)は、樽から出たり入ったりして楽しそうである。
「あんた達はいいねぇ 私にはこの樽は小さいよ。ああ、そうだお願いしたこと何とかなった?」
 ロヴィアーネ・シャルトルーズ(eb2678)は、持ち物チェックをしながらパレーヌに問いかける。
「はい、壁に穴を開けた後に隠すタペストリーでしたよね? 適当なものを用意しておきました」
「うん! よしじゃあ準備はいいね」
 樽は外側から封される。この中で半日も耐えねばならない。
「しかし夫人は、盗まれることが好きなのかねぇ。それとも、盗っ人を捕まえることに燃えるのか? 家具を盗んだら、より一層燃え滾るんじゃないか? そしたらまた俺達駆出されるな。ハハハ‥‥ 愉快愉快!」
 樽の中から大江 晴信(eb3385)の声が響く。樽は荷馬車に積み込まれた。
 パレーヌが深々と頭を下げ、見送る。

 部屋は薄暗い、ピリピリとした殺気に凍り付いている。中央には大きな金属のストーブがありオレンジ色の炎が燃えている。
「こいつか? 情報を持っているというのは?」
 中には一団の一味らしい男女がいる。ボスらしい髭面の男が、ここまで案内してきた痩せた男に聞く。
 ここは盗賊オドン団の隠れ家である。
 クロード・レイ(eb2762)は最初、ベイル隊長からの情報をもとに、下町を中心に聞き込みを行っていたのだが、思いがけない事に、一味の一人にばったりと鉢合わせしてしまったのだ。
 その場の機転で、マルジェ・スタンに恨みを持つ者として自己紹介し、情報提供を申し出た。
 翌日、意外にあっさりとボスとご対面となる。
 一緒に香椎 梓(eb3243)がついて来ている。
「俺たちがほしいのは、屋敷に侵入する安全な経路だ! 有力な情報ならそれなりの報酬を出すぜ! 儲けの1割でどうだ?」
「よし、それでは‥‥」
 クロードが口を開きかけた時、梓がすっと指を3本だして遮った。
「情報料は3割いただきます!」
「何だとこのアマ!」
「やめろ!」
 かっとなる手下をボスが押しとどめる。
「いいだろう‥‥ 情報に自信ありってわけだな」
 ボスは二ヤリと笑いクロードを真正面から見据えた。クロードは目を細め、梓は楽しげな表情になった。

「中身は全部チェックしたんでしょうね?」
 納品表と馬車の積荷を何度も見比べながらマルジェ夫人は鋭い視線を向けている。
「伯母様、アラビアンナイトの読み過ぎですよ」
「ご安心を、夫人」
 パレーヌとベイルの言葉に、何とか納得してくれる夫人。樽の中のメンバーも冷や汗ものである。

「諦めてくれたでしょうか?」
 シルビア・アークライト(eb3559)は月明かりで陽動作戦の準備をしながらポツリと呟いた。
「クロードと梓がしっかり脅してくれるはずだから、大丈夫だとは思うけどな、まあ、無駄な犠牲を出すのも後味が悪そうだしな」
 準備を終えて月を眺めていた レオン・ウォレス(eb3305)が答える。
 二人は、オドン団と接触を取りに行ったクロードと梓とは別行動し、先に屋敷の近くに来て下準備していた。
 そろそろ2人との合流時間である。
「レオンさん 合図です!」
 屋敷の西側の小高い丘に小さな明かりが明滅する。クロードと梓が動き出したのだ! 複数で襲撃しているように見せかけるために、陽動も複数方向から一斉に行う。
「しかし、困った趣味を持ったご婦人だよな、まったく‥‥ 以前仕事を受けた奴らを恨むぜ。それでこんなに苦労させられているんだからよ! さあ派手に行こうぜ!」
 複数の火矢が夜空を飛ぶ‥‥残像のアーチがいくつも夜空の黒いキャンバスに描かれた。幻想的な光景である‥‥。
 と‥‥屋敷に灯りがともり、警報が鳴り響いた!

「‥‥クッシュン!」
 真っ暗闇の中、ユノーナとウィルのクシャミの音がする。
「あれ? 風邪かな?」
「誰か僕達の噂をしてるのかな?」
 ポッと灯りがつき、ワイン倉庫を照らし出す。潜入班のメンバーが樽から頭を出している状態が映し出された。
「私も長いこと傭兵をやっているけど、樽に入るのは初めてね‥‥でも作戦的には良くある手段かしら。上は始まったようね!」
 ロヴィアーネが樽の外に出ると壁に手を当てて調べ始める。
「おい! 見ろよ」
 晴信はワイン倉庫の天井を見上げて、驚きの声を上げた。天井には無数の鎖が下がっていて重い分銅が先にぶら下がっている。
「これは‥‥ うむ、屋敷の罠の動力ですね」
 ウィルはいつの間にか犯罪専門家ルイ・ルブイエ卿の口調になっている。
「そうか、これで罠のノコギリを回したり、つり天井を動かしたりしてるんだ‥‥これが動く時、誰かが死ぬのか」
 ユノーナは、重さ50kgはありそうな大きな分銅に触りながら、以前この屋敷に侵入したときの警報装置の事を思い出していた。
「始めるよ!」
 ロヴィアーネの準備が終わったようだ。毛布を壁に当てるとおもむろにハンマーを振り上げた。

「隊長‥‥どう思うね?」
 屋敷とその周辺の地図を見ながら報告を聴いていたマルジェ夫人が、横に控えているベイル隊長に問う。
「何かご不審な点でも?」
 報告では屋敷の周辺の空き地や廃屋から、複数の火矢が打ち込まれており、かなりの数の賊が周辺に潜んでいる可能性があると言っている。
 隊長は捜索隊を編成し、すでに2隊を出発させた。1時間ほどで真相がわかるだろう。
「わざと目立とうとする賊はいないでしょう。この火矢は陽動では?」
「し‥‥しかし」
 夫人の鋭い指摘に言葉に詰まってしまう隊長‥‥その時、伝令が飛び込んできた。
「侵入者です!」
 見つかったか?! パレーヌと隊長は、その場で凍りついた。

「ボス! 駄目です! 閉じ込められた!」
「助けてくれー!」
 真っ暗な部屋の中で、阿鼻叫喚の地獄絵図を呈しているのはオドン盗賊団の面々である。馬鹿正直に裏口から鍵を壊して進入し、最初の部屋で罠を作動させてしまったのだ。
 最初に目潰しの液体をかぶり、警報が鳴った後、‥‥釣り天井である。
「天井が! ぎゃー!」
 錬度の低い盗賊達は完全にパニックになっている。
 この悲鳴を聞きつけたのは、地下室の晴信であった。
「うん? オドンの連中だな‥‥ 可愛そうに、助けてやるべきか?」
「助けよう!」
 ユノーナが即答し、鎖を見て回る。
「家具運びは私に任せて、みんな行っていいわよ」
「ありがとうロヴィアーネ‥‥でも、罠を止めたら、地下室を見に夫人がくるな‥‥」
 ウィルは動いている鎖を探しながら独り言をいう。

 天井と床までの距離はもう1mもない‥‥オドンの盗賊達は涙声でがらにも無く神に祈っていた。
 と‥‥、天井がとまる。
「こっちだ! 早く!」
「だからやめた方が良いって言ったんですよ。あのお宝は私がいただきますので、あなた方はお引き取りください‥‥」
 暗闇に声がするクロードと梓の声だ。
「おぬしらには無理だ! 尻尾を巻いて帰るんだな」
「これに懲りてちゃんと働いてはどうですか? 人の物を盗んで生きていくなんて、駄目です、屑です、最低です!」
 レオンとシルビアの声もする。死の恐怖に打ちひしがれた盗賊達からは反論は無い‥‥14才の少女に説教されてぐうの音も出ないとは、よほど怖かったと見える。
「もう十分陽動できただろう。引き上げよう!」
「わざわざ罠にかかってくれた人達もいたしね」
 クロードと梓の声がもう一度して、一同は暗闇にと姿を消した。

「陽動ですね‥‥つまり怪盗はすでに‥‥」
 裏口の警報に駆けつけた夫人達が見たものは空っぽの部屋であった。
 夫人は、地下室へ直行しようとする。
 オドン団の闖入で、地下室の作業はまだ終わっていない‥‥ピンチである!
 と‥‥
「こんな物がありましたよ 夫人!」
「あなたは! ルブイエ卿! どうやってここに?」
 そこに現れたのは、犯罪専門家ルイ・ルブイエの格好をしたウィルである。手紙らしいものを右手に持ってひらひらさせる。
「置き手紙ですね、怪盗の‥‥」
 夫人は、ウィルからそれを受け取ると食い入るように読む。この手紙は事前にユノーナが用意しておいたものだ。
 ‥‥マダムへ 私は扉から入るという習慣に疎いのでね、失礼して壁から入らせて頂いたよ。だが、このまま帰ってはマダムに無作法者と笑われてしまうな‥‥帰りは玄関から礼儀正しく出るとしよう。あぁ、見送りは結構だよ。では、さようなら。 大怪盗プッシェ。
 読み終わった夫人は、へなへなとその場に座り込んでしまう。
「伯母様!」
 パレーヌとウィルが走りよって支える。
「はぁ‥‥ また負けてしまったのね」
 うつむいたまま婦人は小さな声で言う。
「でも、悔しいですけど、楽しかったですわね」
 顔を上げたとき夫人の目には涙が光っていたが、晴れやかな表情になっている。

 翌日、ワイン業者が無事、樽を運び出した。
 夫人はその後、姪の勧めでしばらく田舎に隠遁し、今回の顛末を文章にまとめる事にしたという。
 警備隊の面々と使用人達が安堵したのは言うまでも無い。
 このアイディアはユノーナの発案であったが、あの夫人がいつまでもおとなしく田舎に引っ込んでいられるとは思えない。
 いつか、怪盗へのリベンジに燃えて復活することだろう。