幽霊の懺悔

■ショートシナリオ


担当:白樺の翁

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月26日〜03月03日

リプレイ公開日:2005年03月04日

●オープニング

 真っ黒い雲が空一面を覆い、星一つ見えない 静かな夜。
 
 ローブで顔を隠した女がギルドを尋ねてくる、陰のある感じで雪のように色が白い。
「冒険者ってのは儲かるもんなのかい?」
 閉店間際のギルドの中にはほとんど人影はない、女は誰に話しかけるでなくポツリと言った。
「はぁ、まあいろいろだと思いますが‥‥」
 受付は、意味を図りかねて曖昧に返事をする。
「あの、ご用件はなんでしょうか?」
「ああ‥‥ 用件ね‥‥」
 なにやら言いにくそうにしている、受付は気を利かせて小声で耳打ちする。
「秘密は厳守しますよ、信用してください」
 女は、目をつぶり、少し考えてから‥‥
「あたしね、盗賊の一味なんだ」
 女は受付の耳元で囁いた‥‥ ギルドには様々な人間がやってくる。
「お願いがあってねぇ ああ、迷惑はかけないよ、すべて終わったら自首するつもりさ‥‥」
 女は、一つ大きなため息をすると、話しはじめた。
「あたしを育てたのは、ギヌールって盗賊の頭でね 本当の親は知らないんだ‥‥」
 女はジータといい、いままで盗賊に育てられてきた、盗賊と言っても詐欺が専門の小さな一味で、そのダシとして彼女は使われてきたのだ。
 確かに、どこか淋しげな面立ちは、男なら世話を焼きたくなる魅力をもっている。
「最近、仲間が新しいカモを見つけてきてねぇ」
 そのカモとは、10年前に結婚式の当日、妻になるはずの女性に先立たれた孤独な男でレトック・アーマンドと言う、彼の家は元騎士であったのだが、先代が命のやり取りを嫌い、武具を置き、土地の領主から水車の権利を譲り受けて、粉引きの仕事で生計を立てている。
 真面目で努力家のレトックは、若いころから苦労して家業を大きくし、水車の数も増え、知り合いの豪商から嫁を迎えられるまでになった。
「レトックはそのファロアという20も年下の娘、たしか年は16とかいったかな‥‥ まあ、それをえらく溺愛してたそうだよ、かなり前から好き合っていたんだな」
「そのお嫁さんが、なぜ式の当日に亡くなったんですか?」
「それがね‥‥」
 ファロアは事故死であった。式の朝、前日からの豪雨を突いて、花嫁の馬車は会場である水車小屋へと向かっていた。
 川の対岸でその姿を見つけたレトックは、出迎えるために橋の手前まで来ていた、そして悲劇が起こった。
 橋は馬車が上にのった拍子にか、突然崩壊してしまったのだ、花嫁は花婿の目の前で激流に飲まれた。
 レトックは命がけで救おうとしたが、ファロアはそれっきり帰らぬ人となった。
 レトックは自分を責めた、あと少し泳ぐのが速ければ、あと少し発見が早ければ、そして、別の道を教えていれば‥‥と。
 彼は、希望を失って、生ける屍のようになった。
 そして10年。

 ある日、水車小屋で働いていた男が、粉の量をごまかして首になった、悪い男で次に勤めた店でも金を盗み、とうとう行き場が無くなってジータのいる盗賊の所へ転がり込んできた。
「ふふふ‥‥ その男がね、あたしを見て腰を抜かしたのさ」
 ジータに顔はファロアとそっくり生き写しだったのだ、その話しを聞いて、ずる賢い盗賊の頭目ギヌールが見逃すはずはなかった。
「まあ、ファロアさんとあたしは年が10以上離れているんだけど、死んだ人は年取らないからね」
 水車小屋を首になった男の話では、レトックの家には普段からまとまった金は無いが、なんでも伝家の家宝で、高価な鎧が隠されているらしい。
「頭が思いついた計略が傑作でねぇ、あたしをファロアの幽霊にしたてて、鎧の場所を聞き出そうとしたわけさ」
 ジータは盗賊の暮らしにうんざりしていたが、育てられた恩もあり、この芝居をやるしかなかった。
 幽霊らしい格好で、真夜中にレトックの前に現れたジータを見て、レトックは泣きながら喜んだ、そしてジータを、いやファロアをいたわり、今までの10年間の苦しみを打ち明けた。
 生ける屍は生き返った!
「本当に馬鹿な男さ‥‥ 馬鹿で純粋で‥‥ 優しくて‥‥」
 ジータは5〜6日置きに、水車小屋で徹夜の仕事の無い、使用人のいない日を狙ってレトックに会い、話しをした。無味乾燥としていた彼女の人生に、始めて潤いのある時間が訪れた。
 鎧の事を言い出す事はできなかった。レトックの純粋さ、愛情の深さに口にすることすら出来なかったのだ。
 ジータの雪のように白いほほが震えている、赤みが差し、目に涙がたまる。
「頭が焦れてね‥‥ 」
 女は袖をまくって腕を見せる、そこには紫色の縄の跡があり、鞭の傷が無数についている、おそらく‥‥ 怪我はここだけではあるまい。
「最初は断ったさ! もう嫌だった、あの人を騙すのは、もう嫌だった! でもね、やっぱりクズだよね、あたし‥‥」
 一瞬表情から感情が消え、放心したように話すジータ。
「あたしはね‥‥ 言っちまったのさ‥‥ 昨日の晩、レトックに鎧姿が見たいってね、そしたらあの人、嬉しそうに笑って‥‥さ‥‥」
 ジータは顔を伏せてしまった、嗚咽だけが聞こえてくる。
 レトックとファロアの結婚式では、家の伝統にならって家宝の鎧姿で正装する事になっていた。
 ファロアが生前かなわなかった夢、二人の結婚式を、やり直したいとせがんでいるのだと、レトックは思ったのだろう。
 次に会う日は、7日後、その日は偶然10年前のあの日、そう‥‥2人の結婚式と同じ日であった。

 ジータの依頼はこうだ、7日後の深夜、レトックの家へ押し入る賊たちを捕まえるか追い払ってほしいと言うものだ。
 ギヌール一味は自分を入れて5人で、もともと詐欺が専門なので腕っ節が強い者はいない。
「でも、少し待ってほしいんだ、レトックと話をする間、少し待っててほしいのさ」
 またうつむき、少し間を置いて。
「ああそうさ あの馬鹿な朴念仁に‥‥ 惚れちまったんだ 別れの言葉を言いたいんだ 別れの言葉を‥‥」
 そう言うと、ジータは小さな袋を出した。
「心配ないよ 盗んだお金じゃない 少ないけど、これでなんとか‥‥」
 話し終わったジータは、レトックの話をしていた時の生き生きとした表情が消え、その後姿は本当に幽霊のようにかすんでいた。
 レトックの心は、ファロアの幽霊と出会い生き返ったが、生きる目的のもてない盗賊の世界に住んでいたジータの心も、レトックの優しさで死の淵から蘇っていたのかもしれない。

●今回の参加者

 ea2848 紅 茜(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9729 ダン・トレーダー(26歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb0896 ビター・トウェイン(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0933 スターリナ・ジューコフ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1205 ルナ・ティルー(29歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 晴れた日の昼下がり、自他共に認める方向音痴、ビター・トウェイン(eb0896)がレトックの水車小屋を見つけるのに半日近くかかった事は、驚くのに値しない。
 水車は沢山あったし、途中で道を教えてくれた老人の説明もやや不明瞭だった。
 ビターは、本当はジータと会って話したいと思っていたが、相手も隠れるのは本業、やすやすとは居場所がわからない。
 そこで、先にレトックに会い、彼の気持ちを確かめておこうと思ったのだ。
 レトックの水車は、飛沫を上げながら回っている。
「おや?」
 ビターが小屋の前にやってくると従業員らしい男達が、手前の広場に集まっている。
「スターリナさんか‥‥」
 輪の中心にはスターリナ・ジューコフ(eb0933)の姿がある、エキゾチックな踊りを舞ながら、喝采を浴びている。
 小屋からレトックらしい男が現れた、魅惑的な踊り子の登場で、すっかり作業が止まってしまい、迷惑なはずなのに、スターリナに笑って挨拶する。
「すばらしい! こんな野暮ったい場所に良くこられましたね、今、持ち合わせがないが‥‥ ああ、このワインでもどうです?」
 レトックは、自分の昼食用のワインをビンごと差し出すと、スターリナに勧めた。
 スターリナは目礼する。
「私、占いもいたしますのよ、あなたの事占ってさし上げましょうね」
 スターリナは、服の飾りをまさぐりながら、またひとしきり舞踏する。
 そして、レトックの傍らに寄ると、そっと耳元で囁いた。
「死者を悼むのは生者の都合。奥様のためにも、1歩踏み出されては?」
 驚いた顔のレトックをその場に残して、スターリナは喚声の中に姿を消す。
 傍観していたビターは、レトックの当惑と葛藤の表情に、事が良い方向に進むだろう、微かな予感を感じていた。

 その夜、紅 茜(ea2848)とルナ・ティルー(eb1205)は水車小屋のすぐ脇に潜んでいた。
 他の仲間も周辺にいるはずだ。
「中へ入ろう、盗賊に見つからないで、二人と話をするには入るしかないよ」
「う、うん」
 紅のとルナは、そっと中へと入り込んだ。
 中央の低い作業台の上には、青白い光沢を放つ、見事な甲冑を着込んだレトックが座っている。
 今まで見たこともない様な見事な鎧だ。
 室内には、二人の約束事なのだろう、蝋燭が一本だけ灯っている。
 と‥‥ 音もなく扉が開き、すーっと女性が入ってきた、ジータだ。
 もともと青白い肌に化粧をして、それらしいそぶりで入ってきたジータの姿は、幽霊そのものだ‥‥ が、レトックが視界に入った瞬間、そんな陰々とした雰囲気は消し飛んでしまった!
 内なる炎が、全身からこの瞬間の出会いに歓喜の叫びを上げている!
 レトックが立ち上がった、兜の隙間から覗く両目には、ジータと同じ情熱の炎が燃え盛っている。
 二人は歩み寄った。
 無言の時間が過ぎる‥‥。
「あの、あの、ジータさん?」
 ここで声をかけるのは、極めて気まずかったが、ルナは勇気を振り絞った。
 二人は、突然の事に驚いたようだが、ルナの方を向いた。
「説得に来たんだよー ジータさん! 裏切ってはいけないよ! 正直に言おうよー!」
「いや、あの、そうじゃなくてー わたしが話すね ルナさん」
 感極まってしまい、要領を得ないルナにかわって、紅が説得を引き継いだ。
「ジータさん、本当のことを話してよ! 真心で話せばきっと伝わるよ! 勇気を出して!」
 苦しい表情になるジータ‥‥。
「君はジータという名前なのか!」
 突然レトックがやや大きな、しかし優しい声で叫んだ。
「そちらのお二人は、このジータさんのお仲間ですね?」
「え?」
「この鎧を騙し取りにきたのでしょう? あ、いや、いいのですよ」
「いやいや、そうじゃないですよー 僕たちは僕たちは‥‥」
「いいのです、いいのです」
 予想外の展開に、当惑する2人。
「この鎧は、戦場を馳せていた祖父には名誉の証、それを見て育った父には思い出の品、しかし私には物置の奥におかれた、ただの古道具です」
 レトックは兜を脱ぐと、それを紅に渡そうとする。
「差し上げます! ただし、もうこのような事にジータさんを巻き込まないでください」
「レトックさん! 私達は、盗賊ではなくて‥‥」
 その時! バリ!! という、すさまじい音がして、窓の外がオレンジ色に光った!
 と、同時に、正面の扉が吹き飛ぶと、大きな塊が飛び込んできた! 人だ!
「ルナ! 紅! 来たわよ!」
 外でスターリナの声が響く!
「合図だ!」
 扉を突き破って飛び込んできたのは、盗賊の一人のようだ、白目をむき、頭から煙をだしている‥‥。
 どやどやと、駆け込んでくる3人の盗賊。
「逃げ道はないぞ‥‥観念しろ」
「悔い改めてください」
 それを追って、ダン・トレーダー(ea9729)とビターが水車小屋に入ってくる。
「あら‥‥ やっぱり強力すぎたみたい、ごめんなさいね」
 最後にスターリナが入ってくると、倒れて煙を吹いている盗賊を抱き起こした。
「野郎!」
 追い詰められた盗賊の一人が、腰からナイフをぬいた!
「無駄だ! 怪我したいのか?」
 ダンがソードをスラリとぬく‥‥ ナイフの3〜4倍は長い、それを見た盗賊は泣きそうな顔になる。
「頭〜 どうする?」
「おのれ〜」
 頭を含めて、ナイフ以上の武器は持ち合わせていない。
 なんとか血路を開かねばならない!
 大人しそうなビターに目を向けたが、ビターは腰に下がったメイスをそれとなく指差してみせた‥‥駄目だ!
 レトックを人質にするか? 盗賊の頭ギヌールの頭脳は高速に回転する。
 そっちには、女二人だけ‥‥ それも一人は丸腰だ! ジータもいる! これしかない!
「ちくしょー!!」
 ナイフをめちゃくちゃに振り回しながら、弱そうな? 紅に飛び掛るギヌール! 手下2人もそれに続く!
「ふ、ふふん!」
 あまりの素人ナイフさばきに、つい鼻歌がでてしまう紅。
「残念、それじゃ当たらないよ?」
 一撃を軽くかわした後
「テコンドウをなめるな!」
 バキ!! と、鈍い音がして、ギヌールが宙を舞う‥‥ そして、荷船用の扉を突き破ると、ドボーーン!!
「ふーー ‥‥うん? ドボンって 今冬よ!」
 その声を聞くか聞かないかのうちに、意外な人物がすばやく行動した! なんとジータだ!
「頭‥‥ いや、おやじ!!」
 夜の真っ黒い水面にジータの姿は吸い込まれる。
「ジータ!」
 レトックもマントを脱ぎ捨てると、ジータの後を追って川へと飛び込んだ!
「ええ?! えーと、えーと、この場合‥‥ 今、助けるよー!!」
 最後にルナが外套と靴を脱ぎ捨て、後に続いた。
「なんて無茶な! 明かりを! 水面を照らしてください!」
 ビターが茫然自失している盗賊の手下達にテキパキと命令する。
「一秒を争います! あなたはもっと多く明かりを! そっちの人は助けを呼びに行ってください!」
 ダンは、レトックを縛るために用意されていた長いロープをつかむと、浮きになりそうな空の皮袋をつかんで外に走る!
「流れが速い! もうだいぶ流されたはずだ! どこだ‥‥」
 水車小屋にいくつかの明かりが灯される‥‥ 水面を凝視しながら走るダン‥‥。
「どこだ‥‥」
 氷を浮かべた流れは、短期間で人を死に至らしめる‥‥ 時間がない!
「あ!」
 水面に一瞬なにか丸いものが見えた! 人の頭だ!
「まってろ! 今助けるぞー!」

 10分後、3人は無事に岸に助け上げられた。
 救い上げられた時、ジータは意識がなかったが、ビターの手当てで、なんとか息を吹き返した。
「レトックさん! 気がつきましたよ。 もう大丈夫です!」
 ジータとレトックは無言で抱擁し、お互いの無事を確かめ合う。
「あんた、泳ぎが上手いんだな、お陰で助かった」
 ダンが並んで焚き火で服を乾かしているルナにいう。
「ダンさんが、ロープもって飛び込んでくれなかったら、僕も溺れてたんだよ」
 その隣には、助けられて以来ずっと無言のギヌールがいた。
「ジータさんが飛び込んでくれなかったら、誰も助けには行かなかったでしょうね」
 スターリナが、無言で炎を見つめているギヌールのそばに行くと小声で囁いた。
「血がつながっていなくても親子なのね、ジータさんは‥‥」
 と、突然立ち上がるギヌール!
「ジータ? 知らんな! そんな女! 俺様には娘などいない!」
「え?」
 この言葉にジータも驚いく。
「おやじ? 何言ってる!」
「お前など知らん! 見たこともない! 俺とは関係ないんだ! 盗賊ギヌール様とは関係ないんだ!」
「‥‥おやじ?」
 ギヌールはスターリナを見た。
「な‥‥ 関係ないんだ 他人なんだよ」
 スターリナは仲間達を見る‥‥ 全員が静かにうなずき返してきた。
「ギヌール‥‥ 縄はいらないわね」
 盗賊の手下達も、大人しく付き従った。
 朝、一同は、盗賊達を役人に引き渡した。

「世紀の大詐欺師ギヌール様は、天涯孤独! 一人、絞首台に消えるのだ! ウヮハハハハー!」
 どうやら、人間の心を殺してしまっていた男がもう一人‥‥ 生きた父親の心になって死んでいけるようだ。
 ジータは、最後まで自首しようとしたが、当の盗賊が仲間ではないと断言している以上、役人も取り合ってくれなかった。
 近いうちに、水車小屋で20年ぶりに結婚式が行われるだろう‥‥ きっとその日は晴天に違いない!

「あーあ、もったいないと思わない?」
「何がです?」
 報酬を受け取った後、紅がビターにぼやく。
「だって、あの鎧、レトックさんが泳いでる間に、みーんな、脱ぎ捨てちゃったんだって、ああもったいないなぁ」

●ピンナップ

ビター・トウェイン(eb0896


PCシングルピンナップ
Illusted by 霜月 零