【ジャパン歳時記】薮入り〜初めての里帰り

■ショートシナリオ&プロモート


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月26日〜01月01日

リプレイ公開日:2009年01月02日

●オープニング

●伊兵衛の頼み
「先日はお世話になり、ありがとうございました」
 見知らぬ壮年の男から礼を述べられ、見覚えのない係は一瞬戸惑った。
「ああ、これは失礼を。先日は番頭を寄越したのでしたな。私は古着屋を営んでおります伊兵衛と申します」
 伊兵衛‥‥報告書を繰り、係は事情を知る。先月、この一家の七五三護衛を冒険者が請けた履歴が残っていた。

「この度は‥‥また護衛のお願いに参りました。‥‥これ、おみねや、出てきなさい」
 男の背中に隠れるように控えていた少女が顔を出した。年の頃十歳にも満たないか。
「おみねは、この春から私共の店に奉公へ上がった下働きでしてな。薮入りには少々早いのですが、初めての事ですし、今年だけは早めに里帰りさせてやろうと思っているのです」

 通常、奉公に出るのは十歳前後とされている。個人差かもしれないが、一見したおみねの印象は、奉公するには早いと感じさせる頼りなさだった。
「おみねは九つになります。実家が貧しく早めに奉公に参りました。そんな事情ですから、おみねには正月を無事過ごせるだけの土産を持たせてやろうと思っております。皆様には、土産の運搬と、おみねの護衛をお願いしたいのです」

●山越え
 おみねの故郷は、江戸から彼女の足で3日の場所にある。
 通常であれば一人でも行き来できるのだが、最近、峠に山犬の群れが棲み付いたとの情報が伊兵衛の耳に入ったらしい。
 山犬は夫婦と思われる番いを頭に、数頭で群れをなしているのだと言う事だ。
「護衛は片道で結構です。山犬さえいなくなれば、おみねも一人で戻って来れましょうから」
 幼いようで、利発な娘なのだろう。伊兵衛の口上が終わったと見るや、おみねは機敏な動作で深々と辞儀をした。

●今回の参加者

 ea0046 志羽 武流(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5071 コンル(24歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2048 彩月 しずく(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec4014 高千穂 梓(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4935 緋村 櫻(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●出発の前に
 その日、護衛者を迎えに行ったのは冒険者6名だった。

「私はしずくって言うの。よろしくね」
 小柄な彩月しずく(ec2048)が、おみねと目を合わせるように少し屈んで挨拶すると、護衛者とほぼ同じ背丈のコンル(eb5071)も「安心してね♪」と無邪気な笑みを浮かべた。高千穂梓(ec4014)が依頼人の伊兵衛に道中行動の説明を行い「寒くなった時の為に持っておいで」と、おみねにキャンディーを手渡す。
 各自の馬に振り分けようと、土産の荷物を厳重に梱包しているのはジルベール・ダリエ(ec5609)。荷は全員の弁当のほか、冬物の衣類と正月用の餅や乾物が中心で、かなりの重さがある。ヨーコ・オールビー(ec4989)が小分けを手伝いながら「あれ?」という顔をした。

 荷がひとつ多い、7つある。

「志羽さんが、まだのようですが‥‥」
 志羽武流(ea0046)と面識のあった緋村櫻(ec4935)が気付いた。
 その頃、当の武流は‥‥家財道具一切を一纏めにしてしまい、ギルドで身動きが取れなくなっていた。
「面目ない‥‥う、動けん」
「わー盆栽がある!」
「まるで夜逃げみたいやな」
 仲間達は言いたい放題だ。
 その場で武流の馬・疾風に荷を積んでやりながらギルド員が注意を促す。
「今回だけですよ!手荷物は棲家に預けて置く方が、盗難や紛失防止の為にも安全ですからね?」
 ともあれ、一行はおみねの故郷へ向けて出発したのだった。

●道中
「おみねちゃん、しんどないか?」
「はい、大丈夫です!」
 己の馬・ネイトから降り並んで歩くジルベールが問うと、元気な応えが返って来た。
 その遣り取りを見て、誰もがおみねを年齢不相応に感じた。
 背伸びしているのだろう、気を張っているのだろう。だからこそ、安心して江戸へ戻れるよう憂いを絶たねばとコンルは誓う。背丈は同じくらいだけど‥‥私はお姉さんだもの。

 一行は、おみねと運搬用の馬を守る形で隊列を組み、昼間の移動に徹した。夕方になるとしずくが先行し、安全な場所を探す。梓が用意した毛皮の敷物と寝袋に毛布で、おみねを休ませ、夜間襲撃に備えて交代で見張りをする事も忘れない。
 夜と朝は梓が手持ちや弁当を使って、暖かい汁物を作った。
「それなぁに?」
「芋がら縄、って言うんだよ。こうして煮ると具入りの味噌汁になるんだ」
「へぇ、面白ーい♪」
 梓から芋がら縄について教えてもらったコンルは、何かを思いついたらしく「探し物して来るー♪」と言い残して森へ入って行った。見張り当番の合間にコンルが作ったのは、丈夫な繊維を編みこんだロープだった。

 2日目までは何事もなく過ぎた。
 梓とヨーコが道中里人から集めた情報では、山犬の毛色の違うのが2頭いる以外は区別がつかず、詳しい数は判らないとの事だった。大体の場所も尋ね、日の高い内に通過できるよう移動速度を調整する。
 間もなく、山犬達が出るらしい場所へ差し掛かろうとしていた。

●峠
 一行が峠に差し掛かった辺りで、一頭の犬が顔を覗かせた。
「おみねちゃん。内股に力を入れて、ネイトの鞍にしっかり乗るんやで」
 先に乗ったジルベールがおみねを引き上げ、梓から借りた毛布でおみねを包む。コンルが手渡したロープで二人の胴を繋ぎ固定しつつ、強い意志で語った。
「これから起こる事は‥‥俺は、おみねちゃんには見せたない。目ぇ瞑って両手で耳を塞いでてな。大丈夫、絶対落とさへんし危険な目にも遭わさへん。俺が誓う」
 荷を積んだ馬達に散会しないよう、自分達より後ろで待機しているようにインタプリティングリングで命じ、射程距離ギリギリの位置へネイトを移動させる。コンルはネイトの側に位置を取り、おみねの護衛と万一の落馬に備えた。
 言われた通りに目を固く閉じ耳を塞いだおみねにとって、ジルベールの背中は、とても広く温かかった。

『あんた達も生きていく為にやっとんのやろう?冬場は餌が特に少ないしな』

 荷運びの馬達が移動したのを確認し、ヨーコがワイナモイネンの竪琴をかき鳴らし歌い始めた。彼女の歌は魔力を持つ歌‥‥呼び寄せるかのように優しく心地よく響き、山犬を集める。
 2曲目で集まった山犬は10頭、演奏を続けながら素早く状況を捉える。毛色の違う2頭が道中聞いた『頭の番い』だろう。

 犬達は頭達を囲むように固まり、ヨーコの前でおとなしく耳を傾けている。冒険者達は山犬を刺激しないよう、そっと囲い込むように陣形を張った。
 しずくと梓が、首領格2頭の後ろに回り込み、武流と櫻が首領を守る犬達にすぐ手が出せる位置へと着く。武流と櫻の位置は、ヨーコの護衛も兼ねていた。

(「‥‥アホやなぁ、ほんまアホや。山犬が音楽聞きに顔出して、どないすんねん‥‥」)
 ヨーコの奏でる曲調が変わったように感じたのは誰だったか。
 己も犬を飼い、誰よりも犬を想った彼女が無意識に奏でたのは、哀愁を帯びた曲。演奏を暫く続け、それ以上集まらない事を確認したヨーコは堪らず声を上げた。
「ええか、間違えるなや。恨むならうちらを恨むんやで!」
 それが戦闘開始の合図になった。

●後顧の憂いを絶つ為に
 コンルが戦神の加護を祈って角笛を吹き鳴らす。皆の心に、何としてでも遣り遂げねばならぬという想いが湧いた。
 真っ先に動いたのは、しずく主従。頭の側に付き従っていた1頭を倒した。続いて櫻が1頭をブラインドアタックで迎撃する。梓が別の1頭にシュライクで止めを刺し、返す刀で逃走を図ろうとした山犬を仕留めた。
「おみね殿の為、この道を通る者達の為‥‥お前達を一匹残らず倒す!覚悟致せ!」
「テオ、行って!」
 愛犬に指示を出し、ヨーコは詠唱準備に取り掛かった。武流の二刀流にテオが加勢する。1頭に引導を渡した。

 残りは6頭。2頭の頭を守るように山犬が防衛陣を詰めたのは、忠実さ故か。

 そう、首領格の2頭は他の山犬に囲まれているのだ。手下を倒さねば近接攻撃手は頭に手が届かない。しずく主従が動いた。包囲網に穴を開ける。頭の一頭が反撃に出たが、しずくは華麗に回避した。
 反撃した頭の方がもう1頭より気が強そうだ。回避できねば危険と即座に判断したジルベールが、同乗させているおみねを怖がらせぬよう細心の注意を払い、狙い定めた矢を放つ。護衛陣から出た頭の一頭は手痛い傷を負い、すかさず梓が渾身の力で止めを刺した。
 背のおみねが振動で一瞬震えたのは致仕方ない事。騎乗のおみねに手が届かぬまでも彼女が心配で、コンルはそっとネイトに触れた。

 残りの頭は動こうとしない。
 ヨーコのスリープが効いたのだ。魔法発動後、冷静に状況を把握しテオには櫻への加勢を指示する。
「仕損じた!」
 傷を与えたものの逃げへと転じた山犬に、武流が仲間へ警告を発する。即座に反応したしずくが止めを刺した。

 生き残った頭は眠っている。守る山犬は既に一頭になってしまった。
 櫻と梓が忠実な僕を倒す。続けて梓が頭を攻撃するも致命傷には至らず、逃走を計った首領を武流が追う。遂に最後の一頭も力尽きた。

●鎮魂
 恨みがある訳ではない。ましてヨーコは犬が好きだ。それでも‥‥倒さねばならなかった。
(「この国のお祈りの方法は、よく知らへんねんけど‥‥どうか天国へ」)
 他の獣の餌食にならぬよう、奪った命の冥福を祈り埋葬する。暫しの黙祷の後、振り切るように「待ってえな!」いつもの明るい彼女に戻って、仲間の後を追いかけた。

●最後の夜
「よう頑張ったな、おみねちゃん」
 甘くて美味いでと差し出された桜餅を、おみねは初め遠慮した。
 奉公先の主に護衛を付けて貰い、一足先の暇を貰った。それだけでも有難い事なのに、この人達は何と優しい事か。
「甘くて美味いで。遠慮せんと食べ。な?」
 ジルベールの思い遣りが嬉しい。甘味に昼間の緊張が解れたおみねは知らず泣いていた。
「おみね殿が頑張って奉公しているから、伊兵衛殿もこれだけの事をしてくれるんだろうね」
「もう‥‥本当に大丈夫、だよ」
「よく辛抱したな」
 冒険者達に囲まれて過ごす最後の夜、おみねは漸く9つの子供らしくなっていた。

●再会
 村が近づくにつれて、おみねの足は少しずつ速くなっていった。今にも駆け出しそうな少女を、ジルベールがネイトに乗せる。
「気持ちが逸るのはわかるけど‥‥到着前に疲れちゃうわよ」
 しずくが嗜めつつ「馬からだと景色もまた違って見えるでしょ」などと言って気を逸らせる。馬を駆る事もできたが、それでは全員が村に辿り着けない。皆で守ってきた少女だ、最後まで全員で送りたかった。

「父ちゃーん!母ちゃーん!あたし、帰ったようー!!」
 村の入口に着くなり、おみねは思わず叫んでいた。飛び降りて駆け出したいが、さすがにネイトは大きく一人で降りるのが躊躇われる。そのまま村の中に入り家まで向かった。
 幼くして奉公に出されただけあって、おみねの家は質素な作りだったが、疎んじての口減らしではない事は、両親の反応で痛い程に伝わった。
 ジルベールがおみねを降ろしてやると、転がるように母親の胸に飛び込み、母娘は人目も憚らず泣いた。父親がそっと二人を抱き締める。両親の後ろには幼い弟妹達が数人‥‥おみねは嫌が応にも気を張らざるを得ない境遇にあったのだ。

 別れの前に、コンルが神楽を舞う。おみね一家に幸あらん事を願って。
(「甘えられる相手がいる、というのは、とってもとっても嬉しい事‥‥」)
 幸せそうな一家を目に、櫻はそう感じていた。

「おうちの人と、お正月を楽しく過ごしてねー」
「しっかりと、甘えていらっしゃいね」
「帰りも気ぃ付けるんやで」
 名残惜しいが、依頼は片道。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」
 子供らしさを取り戻したおみねが、力いっぱい手を振って見送っている。
 彼女の復路の安全を願いつつ、一行は帰路に着いたのだった。