【ジャパン歳時記・冬至】柚子湯

■ショートシナリオ&プロモート


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月23日

リプレイ公開日:2008年12月25日

●オープニング

●番台にて
(「もう冬至の時期だなァ」)
 番台にどっかり胡坐をかいたまま、佐野助は考え込んだ。
 人が生活する上で身体を清潔に保つ事は欠かせない。また、銭湯は多くの客が利用する事から社交場としての一面もあり、江戸では公衆浴場である銭湯は必要な存在だった。
 黙っていても客は入る‥‥しかし実際の湯質は悪く、お世辞にも衛生面を誇れる場所ではなかった、特に佐野助の銭湯は。
(「スッキリ湯の張替えでもするかね、冬至を理由に柚子でも放り込みゃ、暫くは張替えせんでもいいだろ」)
 とことん、不精な男であった。

●掃除と一番風呂
「銭湯の掃除をしてくれるお人を、頼みたいんだけどよ」
 ギルドに向かった佐野助は、人集めを募る事にした。自分では掃除する気がないらしい。やはり不精な男である。
「お代は一番風呂。張替えした湯に柚子を浮かべて、ゆったり混浴してくれ。ああ、混浴だから褌や湯文字は忘れずにな」
 このご時勢、風紀にゃ煩せぇからなと笑う。
「湯に浸かった後は、2階で寛いでくれ。ま、冬至だけに湯治気分で宜しく頼まぁ」
 佐野助、楽観的な男であった。

●懸念
「書類は作成しましたけれど‥‥大丈夫なのですか?」
 係が上司に尋ねている。何が『大丈夫』なのかというと、佐野助の営む銭湯の話だ。
「あの人、相当不精ですよ‥‥?私、一度行った事がありますが、もう二度と行くまいと心に誓いました」
「まあ、いいんじゃねえの?仕事請けるのは冒険者だし」
 ギルドの親仁は一笑に付した。

●今回の参加者

 ea0046 志羽 武流(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4935 緋村 櫻(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec5845 ニノン・サジュマン(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ec5877 霜月 流霞(25歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●本日休業?
 年の瀬も近い年末のある日、佐野助の営む銭湯には5人の冒険者が集まっていた。
「佐野助さま、応援に参りました」
「‥‥お、応援!?」
 齋部玲瓏(ec4507)の呼びかけに、入口から顔を出した佐野助が怪訝な顔をする。その手には『本日休業』の札が握られ、明らかに外出しようとしていた。
「コラ待て、ズボラ野郎」
 巴渓(ea0167)が逸早く気付き、佐野助の首根を攫む。おまえも手伝うんだよと一発殴って引き止める。
「そう、俺達は佐野助殿の掃除の手伝いに参った」
「はい。綺麗にしちゃいますよー大掃除の気分で頑張りましょう!」
 志羽武流(ea0046)と緋村櫻(ec4935)に畳み込まれ、佐野助は遂に観念した。渓に引きずられてゆく姿は、さながら処刑場へ向かう罪人のようだった。

「佐野助殿‥‥病人でも出たらどうするつもりじゃ!!」
 ニノン・サジュマン(ec5845)の怒声が浴場内にこだました。
 江戸の銭湯は蒸し風呂も兼ねる為、入口が低めに設計されている。この入口を石榴口と呼ぶのだが‥‥石榴口を潜った先は、筆舌尽くし難い有様だった。
 休業して掃除を行うにあたり佐野助は湯を沸かしておらず、いつもは湯気で隠れていた浴場の全貌が明らかになっている。其処は湯垢と黴の温床、ぬるま湯が張られたままの浴槽は、掃除に湯を使う点を好意的解釈で差し引いたとしても、濁っているとしか言い様がない有様。
「公衆浴場だろう、これでも銭湯なのか!?」
 武流の叱責に佐野助は「だから掃除を‥‥」小声で言いかけて渓に殴られる。
「聞こえねェな、ちょいと考えを改めな!」
 佐野助を引き連れて銭湯内の点検にまわる。掃除道具はと尋ねて指されたモノを見て、一同は備品の期待を諦めた。一通り見終わった後、玲瓏が櫻とニノンを連れて、作業着を求めに行くと言うので、武流と渓は一足先に掃除に取り掛かる事にした。勿論、事態の張本人も一緒に、だ。

●買物
 古着屋の暖簾を潜ると、番頭が玲瓏を認め会釈した。彼女の連れの衣装に興味を持つ辺りが、布物を扱う店の番頭らしい。主さまはお元気でしょうかと問うと、只今出かけておりましてと言う。少々間が悪かったようだ。

 本日はどのようなご用件でと聞かれた櫻が事情を説明する。
 女3人に囲まれ値切られ、番頭は冷や汗をかいた。己の裁量で値切りはできぬ。
「しかし幾つになっても買い物とは楽しいものじゃ」
 あれやこれやの問答の末に買う物が決まった後も、3人は暫く居座り試着を楽しんだ。

●浴場
 銭湯に残った武流と渓と約1名が、掃除に取り掛かる。
「佐野助殿‥‥これは処分して構わないか?」
 武流が指したのは雑巾の成れの果て。黒黴青黴さらには白黴まで生えて、もっふもふの状態だ。既に雑巾とは呼べぬ代物になっている。濡らす前にと外掃き箒で洗い場を掃いていた渓が「こりゃ何だ」と摘み上げたのは黒い丸薬状の物体。正体が昨年の柚子だと知って、佐野助をぽかりと殴る。件のズボラ男は渓の拳にヒーヒー泣きながら掃除をし、サボっては殴られを繰り返す。

「しっかしこりゃ難敵だな‥‥」
 午前中、力任せに擦ってみた渓、全く落ちる様子もない汚れにどうしてくれようかと腕を彷徨わせる。条件反射で佐野助が震え上がったその時、買い物組が戻って来た。揃いの作業着の他に掃除小物、道中で分けてもらった蜜柑皮や米糠を持っている。
「人の垢と水垢は、ミカンの皮で擦るとよく落ちるのじゃ」
 ニノンに手渡された渓、先程と同じ力で擦って出た結果に「おー」と声を挙げる。

「糠袋は汚れが取れると聞いた事がありましたので」
「カビは強めの酒を含ませた布で拭くとよいぞ。では、わしは袋を縫おうかの」
 櫻はニノンに米糠を渡し、ニノンは櫻に持参したベルモットとボロ布を渡す。様子を見ていた佐野助が「糠袋なら此処でも売ってるぜ」と言った。
「お売りくださるのでしたら、結構です」
 良い笑顔で断りながら、貰って来て良かったと思った櫻なのだった。

 全員が揃い、掃除を再開する。
「客はまず、床と壁を見るものだ」
 武流がニノンに作って貰った糠袋で浴槽を磨いた後、藁を束ねたもので壁を擦っている玲瓏を手伝う。櫻とニノンがベルモットを染み込ませた布で黴の除去を行えば、粗方の黴は取れた。
 浴場掃除は、腕力に秀でた渓の独壇場だった。コツが判れば此方のもの、凄い勢いで磨き上げる。
「よっしゃぁ!洗い場完了!」
 小物類も磨かれ、壊れている物は分類された。ニノンが天井掃除までカバーしてくれたので、完璧だ。
「いつから此処に留まっている?」
 掃除の合間に武流はステインエアーワードを試みた。場所によっては相当前から淀んでいる空気があり、また空気達は大勢の客の呼吸にさらされた記憶が無いようだ。佐野助の不精ぶりを再認識した。一つ一つ換気し、掃除していく。

「では、休憩室へと参りましょうか」
 玲瓏は先刻確認した2階の状況を思い出し、埃避けの小布を巻き直す。その間に湯張りを済ませると佐野助が言ったので、渓は薪割りの手伝いに付いて行った。殴られ慣れ過ぎた佐野助は硬直したが、渓に悪気は決してない‥‥はずだ。

●休憩室
 2階は畳敷きの部屋、階下が浴場という事もあってか、畳には良くない環境だった。湿気が籠もっているのだ。しかも部屋には砂が上がり、足元の感触がザラザラしている。隅には利用者の行き来で自然に固まった様子の綿埃が山積しており、すぐに窓を開ける事は躊躇われた。

 まずは座布団や碁盤などの移動できる備品を外へ移動させる。
 女性に重いものは持たせられぬと、階下への移動は武流が率先して行った。座布団の埃を叩き出し、天日に干す。裏庭では薪割りをする渓の側で、佐野助が風呂の湯を沸かしていた。
(「不精な男と聞いていたが、衛生面を除けば案外働くのだな」)
 庭で備品の手入れをしながら、武流は内心安堵した。

 櫻が中心になって大きな埃を集めた後、調度品を拭き清める。
「お願いね」
 玲瓏がエレメンタラーフェアリー・うらやすに頼み、高い場所の塵払いを頼む。うらやすは「おねがい、おねがい♪」と繰り返しながら箪笥の上を清めた。
(「出涸らしの茶葉はないじゃろうか‥‥?」)
 ニノンが探し物を始めたのは丁度昼時の事。階下から「おーい、飯にするぞー」の声が聞こえた。

●知恵袋
「まァ、タダで頼んでんからなぁ。これくれぇはするさ」
 一汁一菜だが、それでも食事には違いない。男手も考えていたらしく大量に作られていた食事を、皆、遠慮なく平らげてゆく。
「おお、丁度良い。出涸らしの茶葉を貰えんかの」
「ニノンさん、何に使うのです?」
 櫻が問うと、ニノンは「掃除にじゃよ」と答えた。
「床を掃くときは、多少湿った茶葉を撒いてから掃くと、埃やゴミを巻き込んでキレイに取れるのじゃ」
 浴場での情報といい、ニノンの家事知識に一同多いに感心する。
「さすがエルフ‥‥伊達に歳食ってねぇな」
「何を言う巴殿、わしはピチピチのパリジェンヌじゃ」
(「ピチピチ‥‥?」)
 内心誰が突っ込んだのかは、言わぬが花、という事で。

 固く絞った出涸らし茶葉を撒き、畳の掃き掃除をした。
 買い物班が用意した新品の箒で室内をくまなく掃き清め、砂埃を巻き込み掃き取れた茶葉を捨てる。きれいな雑巾で仕上げ拭きをし窓を開ければ、爽やかな風が休憩室を満たした。窓から下を覗くと、玄関先を掃き終えた玲瓏の姿が見える。
「終わりましたねー後はお楽しみが待っていますね」
 櫻が微笑んだ。

●柚子湯
「『れでぃーふぁーすと』と申したかな‥‥湯に入ったなら呼んでくれ」
 遠慮した武流が一番風呂を譲った。
「そうじゃの、女性を大切にするは良き事じゃ」
 フェミニストのニノンが遠慮なく石榴口を潜ったのを皮切りに、女性達が先に入る。
「もう、いいぜぇ!」
 晒に褌姿の渓が顔を出した。まともに渓の腹筋を見た武流が、ぎくしゃくと中に入る。そのまま隅で体を洗い、背を向けて湯船に潜った。

「これで風邪知らず、ですね」
「面妖な風習と思っておったが、この爽やかな香りは何とも言えんのう」
「ついでに冷酒‥‥といきたい所、ですけどねぇ」
 何気ない会話のようだが、最後はしっかり番台へ聞こえるように言う櫻。仕方ねぇなァと佐野助が秘蔵の酒を差し入れる。かなり機嫌が良い証拠でもあった。
「姐さん、おめぇさんもイケる口だろ?」
 渓にも勧める。兄さんもこっち来いやと言い残し、佐野助は番台へ戻った。
 脱衣籠の上には、それぞれ真新しい下着を乗せておく。無精者ではあったが、人の好い男でもあった。

「あの‥‥志羽さまは?」
 2階で湯上りのお茶を用意していた玲瓏が尋ねた。女性陣は皆、柚子の香りを漂わせ寛いでいる。
「そういや、志羽さん大人しかったな」
 ちと様子を見て来ると、渓が階下に下りてみると、すっかり茹って佐野助に介抱されている、のぼせた武流の姿が。
「‥‥な、情けない‥‥しかし良い湯であったぞ‥‥」
「ったく、しゃーねぇなぁ。ほら、肩貸してやるから2階上がれ。齋部さんがケーキ用意して待ってるぜ」
 武流に肩を貸しながら、渓は佐野助にも「一緒に来い」と言った。
「『本日休業』だろ?全員休憩室に揃ってんだ。おまえもお役御免だろ」