牛神の祠〜花嫁を奪還せよ
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 44 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月31日〜01月05日
リプレイ公開日:2009年01月09日
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●オープニング
●12年に一度の因習
「来年は丑年だべな」
長老の言葉に、寄り合いの世話役衆が一気に緊張した。
「来年16になるのは‥‥」
「‥‥仙吉さんとこの‥‥お千代ひとりだべ」
該当区域の世話役が、不承不承答える。世話役に拒否権はない。後は仙吉宅へ向かい、説得するほかなかった。
「‥‥謹んで‥‥この名誉を‥‥お受けいたします」
世話役に請われ、仙吉も又、そう答えるほかなかった。
襖の向こうで妻と娘が声を押し殺して咽び泣いている事を、仙吉も世話役も知っている。母は16年前に千代を産んだ事を悔いた。千代は母を責める事なく、自らの運命を呪った。しかし、それでも拒む事は村の終焉を意味しており、仙吉家族も村人達も運命を受け入れる以外の術を持ち合わせてはいないのだ。
婚儀は三が日明け、慌しい婚礼の準備が待っていた。
●幼馴染
「俺の村まで、来ていただきたいんです」
青年は永智と名乗った。幼馴染が怪物の生贄にされそうなので助けて欲しいのだと言う。
永智の村には洞窟を利用した祠が祀られている。普段は村の者が交代で手入れをする程度なのだが、12年に一度、祠の神に花嫁を差し出すのがしきたりとして受け継がれている。
花嫁は、その年16になる未婚の娘。表向き名誉な事とされているが、実際は人身御供で、故に丑年に16を迎える子供の出生率は低い。誰もが自分の娘を生贄になど差し出したくはないからだ。
ところが完全に対象者の出ない事はなく、今回は永智の幼馴染が花嫁に選ばれてしまった。
村人に拒否権はない。花嫁は正月三が日、牛神の像を新郎役に村で婚儀を済ませた後、祠へと白無垢行列で向かう。祠に入った花嫁は二度と姿を見せる事はなく、牛神様が現れて連れ去るのだと伝えられていた。
「皆さんには婚儀中に村へ潜入して欲しいのです。三が日の後、祠への行列を追跡し、千代が一人になった所を保護してください」
「でも、花嫁がいなければ牛神様はどうなります?」
係の問いに、永智はきっぱりと「倒してください」と言い切った。
●祠
「村では説明できません。祠の詳しい説明をします」
祠となっている洞窟の入口は狭い。人一人が入れる程の大きさだ。
しかし千代が置き去りになる祠が祀られている内部は、一畝(約100平方メートル)の巨大な空洞となっている。祠は最奥にあり、空洞内に祠以外の障害物はない。
入口から祠までは一丈半(約4.5メートル)あり、空洞に近づくにつれて広くなっているが、最も幅が広い部分で大人2・3人が並べる位なので、決して広い訳ではない。空洞に辿り着くと、急に開けたように感じる事だろう。
千代を連れた世話人達は、祠まで千代を送り届けた後、村へ戻る。世話人達に気付かれぬよう、洞窟内へ侵入し、千代を保護して欲しいのだと永智は言った。
「それで‥‥助けた後は如何なさるおつもりなのです?」
長年の因習に囚われていた村だ。そんな事をすれば永智も無事ではいられまい。
「千代と添います。牛神信仰が如何に悪習だったか、村の人達に説得して、それでも理解して貰えないなら村を出ます」
その為にも‥‥因習の根を断ち切ってくださいと、永智は頭を下げた。
●リプレイ本文
●潜入
ギルドで依頼を請けた冒険者は、手早く相談を整え各自の行動に移っていた。村へ潜入予定の木賊崔軌(ea0592)を除き、全員馬での移動だ。
カノン・リュフトヒェン(ea9689)の提案で、村を迂回する形で移動する。自身の馬を持っていない楠木麻(ea8087)もシュバルツ・バルトの軍馬で送って貰い、一行は崔軌の報告を待つべく潜伏場所を探す。ファング・ダイモス(ea7482)が村人達に気付かれぬよう、野営のカモフラージュを行った。
「物の怪の類でござろうな‥‥これを機に目を覚ましてもらわねばならぬでござる」
香山宗光(eb1599)は人身御供への怒りと久々の依頼への気合を見せる。メグレズ・ファウンテン(eb5451)と山本建一(ea3891)が強い意志を以て頷く。想いは皆同じだった。
●仮祝言
(「牛神とやらがホンモノだろうが化けモンだろうが‥‥何か違わね?」)
崔軌は韋駄天の草履で駆けながら、千代という今まさに綻ぶ花を想った。夜陰に乗じて村へ入り、これと目星を付けた家の様子を探る。彼の予想通り、明かりの漏れ出ている家が千代の‥‥仙吉家であった。
祝言の体裁を整える為に仙吉宅の襖は取り払われ、奥の間まで一続きになっていた。崔軌にとっては都合よく見通せる訳だが‥‥
(「何つー茶番だよ」)
奥の上座には花嫁と花婿‥‥否、紋付を着せ付けられた木像が据え付けられていた。衣装から覗く牛神像は濃茶に変色しており、儀式が長く伝えられて来た事が伺える。
花嫁‥‥千代の表情は綿帽子に隠れて見る事ができない。千代側で正装しているのが千代の両親、仙吉夫婦だろう。牛神像側の正装が長老と世話役衆だろうか。参列者は背を向けており表情が見えなかったが、見える顔はそれも決して喜ばしい様子には見えず、寧ろ酒宴は通夜のようだった。
●筒井筒
村の外で落ち合った一同は報告を聞き、3が日の茶番の間、密かに周辺地域の把握に努めた。洞窟位置を確認し、祠へ続く入口も確かめる。
「私にも通れそうですね」
メグレズが安堵した。あなたが無理なら私も無理でしょうとファングが笑う。仮祝言の間は村人が仙吉宅に集中する為か、洞窟周辺の人目を気にする必要もなく、一同にも心の余裕があった。しかし神と呼ばれる存在の正体が判らぬ以上、気を引き締めて掛からねばなるまい。
狭い通路では順番に洞窟内へ入るほかない。ファングの提案で小柄な者から順に入って行く事に決めた。作戦の再確認後、村に戻り追跡する班と洞窟入口で待機する班に分かれ、再びファングが潜伏地のカモフラージュを施す。
3日間の仮祝言が終わり、長老を先導役に千代一行が祠へ向かう日がやって来た。
白無垢に綿帽子ではあるものの、棺桶に置き換えても違和感なさそうな行列が仙吉宅を出発する。最後尾近くに参列している背の高い青年が永智だろうか。
監視していた麻と崔軌が尾行する。道中、牛神が現れる事もなく仲間が潜伏している洞窟へと到着し、長老世話役と千代、仙吉夫婦が祠へと消えて行った。暫くして千代以外の人物が出て来たのは予想の上の事、参列者一同と共に逃げるように去る行列の中、永智と思われる青年だけは、何度も洞窟を振り返っていた。
(「気に掛けてくれるのは有難いが、少々迷惑だな‥‥」)
一刻も早く救出に向かいたい一同、苛々と行列が去るのを待つ。漸く人が見えなくなった辺りで、一番小柄な麻から順に、宗光、崔軌、建一、メグレズ、ファングと続いた。
(「あの妖怪かもしれぬが確証はない‥‥皆、頼む」)
内部との連絡用に縄を預かったカノンは、入口で一人静かに待機した。
依頼での説明通り通路は少しずつ広がっており、最終的に麻と宗光と崔軌が並んで動けるようになった。ほどなく洞窟内部に差し掛かる。
内部には白無垢の千代と赤い祠、そして祠の背後から覗く大型の‥‥雄牛。
オーガ系のモンスター知識を有する者はいなかったが、精霊の知識に長けた者はいた。牛神はやはり妖怪、精霊ではない事を麻はすぐさま見て取った。
「千代さん、祠から離れて!!」
●花嫁奪還戦
祠の前で伏せていた千代は、麻の声にふと顔を上げて小さく声を挙げた。
牛神様が‥‥いる。牛神様がお迎えにいらしたんだわ。
「千代、気をしっかり持って逃げろ!」
祠へ向かって駆け出しながら崔軌が叫んだ。彼の声は広い洞窟に響き渡ったが、その身は祠にまだ届きそうにない。牛神に千代を取られれば、そこで終わりだ。一心に駆ける。
真っ先に祠へ辿り着いた崔軌が、牛神と千代の間に割って入り、離脱間際に牽制攻撃を仕掛け、そのまま茫然自失の千代を抱えて連れ出した。
牛神‥‥否、ジャパンでは牛頭鬼とも呼ばれる妖怪は、白無垢姿の娘を己の嫁と認識したようだった。敵意を冒険者に向けメグレズに突進したが、簡単にかわされる。
最後尾のファングが中に入れたのは、侵入班全員が突入した後の事。しかし最も素早いファングは遅れを早々に取り戻した。牛頭鬼が突進で近づいたのを幸い、メグレズと挟み込む形で妖怪の後ろに回りこみ、スマッシュEXを叩き込む。瀕死の牛頭鬼に建一がスマッシュで止めを刺し、討伐は呆気なく終わった。
●妹見ざるまに
「戦わずに済んだのは、私だけではなかったようだな‥‥」
先行して戻って来る手はずの崔軌と共に仲間が戻って来たのを見て、カノンが苦笑した。あまりの瞬殺状態に、戦闘を目の当たりにしてしまった千代が未だ落ち着いていないのを見て取り、彼女は野営地で暫く預かり後から追うと言った。
「あまり痛んではおらぬが、武具の手入れをして進ぜよう。何、遠慮はいらぬでござるよ」
愛馬・若葉から道具を取り出しつつ、宗光が申し出る。『戦場の鍛冶屋さん』の称号に相応しい申し出は、彼にとって至福の事でもあるらしい。
残るは永智の加勢のみ。村人に何かされようと冒険者たるこの身、決して反撃はせぬと心に誓い、メグレズは武具を預ける。
「これが拙者の一番の報酬でござるよ」
宗光は心底嬉しそうだ。他の皆もそれぞれ彼に得物を預け、牛頭鬼の死骸を村まで運ぶ事にした。
「ですから!神様に生贄を捧げるなんて、おかしいですよ!」
「生贄じゃねえ、花嫁だべ」
永智と村人達の主張は平行線を辿っていた。
「きっと、冒険者の皆さんが証明してくださいます!」
「永智、今何と言った?牛神様に何をした?罰が当たったらどうすんじゃ!」
聞きとがめた長老が杖を振り上げる。他の村人、千代の両親でさえも、永智の言葉に恐れと安堵の入り混じった表情で成り行きを見つめるのみで、誰一人永智の味方になってくれる者はいなかった。丁度到着した者達を除いては。
「チェンジ、変革の時はやって来た!」
ジャパンのネタ師‥‥もとい、陰陽師が高らかに宣言する。村人にその意味はすぐには伝わらなかったが、永智は麻の姿を認めて依頼の成功を確信した。
「そう、こいつは神などではない!」
ファングと共に牛頭鬼の死骸を運んできたメグレズが『牛神だったもの』を皆の前に引き出して続ける。
「貴殿達は今までずっと、こいつに花嫁を差し出して来たのだ」
「「妖怪‥‥」」
村人達が牛頭鬼に動揺する。長老が力無く杖を下ろし冒険者達に注目が集まった所で、麻が永智の袖をそっと引いて連れ出す。
「なあ‥‥今年は千代一人だったんだろ?いずれ花嫁が居ねえ年だって出るかもしれん。そん時はどうするつもりだったんだ?どこぞから攫う気かよ」
崔軌が畳み掛ける。正論を前に、村人達は何も言う事ができなかった。
●君ならずして
「生贄だったと‥‥納得していただけましたか?」
落ち着いた声で間に入った永智の様子は、何かが違って見えた。麻がアイテムを用いて永智の身嗜みを整えたのだ。その効果あって、ただの若造と侮っていた大人達は、永智の威厳ある物腰に説得力を見出した。更に崔軌の口添えが、村人達に冷静さを取り戻させる。
「永智のように考える奴が現れた事こそが、茶番の終わりを告げる歳神様の思し召しなんだろうぜ」
「わしらは何という事を‥‥!!」
「大丈夫、千代は無事だ!」
膝を着いた長老の前に、馬を引いた人物が現れた。別行動を取っていたカノン達だ。
愛馬クラフトには白無垢姿の千代が横座りに騎乗している。荷を積んだ若葉を引いた威風堂々たる宗光を従えての登場は、あたかも今こそ始まる祝言の花嫁の行列を思わせた。
花婿が誰かは言うまでもない。永智はクラフトに駆け寄ると、壊れ物を扱うように千代を降ろした。
「良き未来の‥‥始まりだな」
「下手な言い伝えより今ある人の為にすべき事をする大切さ、でござるな」
カノンと宗光の呟きが、この村の悪習の終焉を物語っていた。