油虫
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月17日〜01月22日
リプレイ公開日:2009年01月27日
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●オープニング
●ズボラ男の受難
男は、年の瀬に冒険者から言われた言葉を思い出していた。
『病人でも出たらどうするのか』
幸い、これまで不衛生が元で病気になった客が出た事はなかったが、男の営む銭湯は、そう言われても仕方のない有様だったのだから仕方ない。彼の銭湯は、冒険者達によって心地よい空間へと生まれ変わったはず‥‥だった。
それが何故、あんなモノが出てくるのか!
取るものもとりあえず、男は奴らが出ないよう店を締め切り、ギルドへと駆け込んだ。
●油虫
「‥‥た、助けてくれッ!!」
駆け込んだ男を一瞥して、係は「おや」という顔をした。
昨年の冬至に風呂掃除を頼みに来た、銭湯の主・佐野助ではないか。あの依頼は、請けた者達の尽力で、これ以上ない程の成功を収めたはずだった。
「何が起こったのです?」
「で、出たんだよ!子供の背丈ほどもある油虫!!!」
油虫‥‥通常一寸ほどのそれが、子供の背丈ほどもある?
係は慎重に話を聞いた。佐野助の話だと、目覚めたら大きな油虫に囲まれていたのだという。不衛生の象徴とも言うべき油虫、ましてあまりの大きさに、店から出すと江戸市中が大変な事になると、とりあえず店に閉じ込めて出て来たのだとか。
「ええと、佐野助さんちの銭湯は‥‥2階建てでしたっけ」
書類を作成しながら係が問うた。
「ああ、1階が脱衣所。それと蒸し風呂を兼ねた銭湯で、まだ湯は張ってある。2階は和室で碁盤だの備品が散らかってるな。冬至に掃除して貰ったお陰で、埃は然程溜まってない」
「然程って‥‥で、何か思い当たる節は?」
冷静に係が聞いた。何せ佐野助は無精者だ。大きさはともかく、油虫を寄せるような何かがあったのだろう。
「‥‥別に、ねェ」
暫く考え込んだ佐野助、「そういや‥‥」と続けた。
「冬至に使った柚子を捨てる時に、やけに少ないなァとは思ったな。浮かべた数の半分くらいだった。その時は、誰かが持ち帰ったんだろうと気にはしなかったんだが‥‥」
‥‥銭湯内に、昨年の柚子が残っているかもしれない、という事か。
またかと係は呆れつつ、油虫駆除をしてくれる冒険者を募ったのだった。
●リプレイ本文
●事情聴取
「ちょっと待った、嬢ちゃんそれは誤解だ!」
柚子を片付けただけの柚子湯で年越ししたのではと風生桜依(ec4347)に問われ、佐野助は即否定した。掃除もしているし湯も定期的に張り替えていると言う。以前の彼の所業を知る係が聞けば、驚くような進歩だった。
しかし刈萱菫(eb5761)は御冠だ。菫は元々湯屋に勤めていた髪結、油虫が出るような銭湯というだけでも許し難い事らしい。人々の憩いの場はいつも清潔であって欲しいと、沖田光(ea0029)も深く頷く。
(「依頼自体が2度目って‥‥」)
(「致命的に向いてないんじゃ‥‥」)
木賊崔軌(ea0592)とセピア・オーレリィ(eb3797)に至っては、呆れて言葉も出ない。佐野助にリシーブメモリーを試みていたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)も絶句気味だ。
油虫の群れを想像して沈黙しているのはマロース・フィリオネル(ec3138)とカイ・ローン(ea3054)‥‥前途多難の幕開けだった。
●潜入
食料調達等の準備を整え佐野助の銭湯へ向かった一同、入口で暫し沈黙した。
「え‥‥と‥‥これは、相当慌てていたようですね」
内側から簀の子で蓋をし、外側を焚き付け用の木材を交叉に打ち付け封鎖してある。戸口を閉めようという考えには至らなかったらしい。
「出入口は此処と裏口の2箇所か。2階の窓は気になるが、まだ油虫が脱出した形跡はないな」
銭湯の周囲を一回りしてきた崔軌が言った。念の為にと、ミューゼルに乗ったレティシアに手伝って貰い、2階や屋根の奴らに脱出されそうな箇所を封鎖する。
「‥‥いよいよ、ですわね」
裏口に回り、網を握り締めた菫が言った。此処から先は、奴らを倒すほか銭湯から出る事は叶うまい。何体いるか判らぬ奴らを思って、心が折れそうになる。しかし遂行せねば銭湯に明日はないのだ。請けた以上は完遂せねばならなかった。
レティシアの歌を背に、カイがマロースへ聖女の祈りを貸し、メンタルリカバーの準備をする。皆の心の準備が整った。
覚悟を決めた菫は片端を崔軌を手渡した。扉を少し開け、崔軌が戸口へ静かに持参の濁酒を流し入れ、待つ事暫し‥‥戸口の隙間から、常のものと同じとは思えぬ程しっかりした触覚が姿を覗かせた。
「‥‥何体いる?」
(「頼む、ある程度で閉めてくれ‥‥」)
寄せ餌に群がる3尺油虫の大群を想像して、崔軌は思わず問うた。サウンドワードで蠢く音と会話していたレティシアが「3体」と答える。3対の触覚を確認した一同、一気に扉を開け放つと網にかかった巨大油虫を滅多打ちに袋叩きにした。
油虫の死骸と体液に濡れた入口は見なかった事にして、土間へ入る。
独身男の簡素な厨房と寝起きに使っている板間が其処にあった。水を張った桶に浸かった店屋物の食器が切ない。此処で佐野助は、目覚め頭に3体の油虫と対面した訳だ。
「いっそ人を雇え、てえ思ってたけどよ。嫁サンが先だなこりゃ」
「これって‥‥掃除、してたのよ、ね?」
確かめるように言うのはセピア。言いたい事はよく解った。
ギルドで佐野助は正直に申告したに違いない。しかし判明したのは、佐野助が『四角い場所を丸く掃除する』性質の人間だったという事だ。この先の惨状も覚悟した方が良い。思わずマロースは、再度メンタルリカバーをかけずにはいられなかった。
●突入!
油虫に土間へ逃げ込まれる事のないよう、8名は一気に店舗区域に突入した。マロースがカイの助力を得たホーリーフィールドを展開、ランタンを持つレティシアが視力を駆使し敵の数を目算する。大きさが大きさだけに数えやすいのだけが救いか。
「ここには5体、浴槽と2階へ逃げ道があります」
最寄にある浴場入口である石榴口を慌てて封鎖する。江戸の銭湯は蒸し風呂も兼ねている為、その入口は低めに設計されている。簀の子1枚と多少の補強で簡単に封鎖ができた。
問題は2階への階段。封鎖しようと上がりかけたカイと明かりを持ったレティシア、光と桜依が階段途中で2階からの援軍に遭遇した!
難なくカイとレティシアは回避、まさか避けられた油虫が来るとは思わず、光はまともにぶつかった。
「沖田さん、耐えて‥‥っ!」
光の後ろで桜依が背を押して鼓舞する。避けたカイと階下で気付いたセピアが退治したものの、光の精神的ダメージは大きかった。
「‥‥僕、やっぱりこいつらが同じこの世界に住む生き物とは、到底思えません‥‥」
袖でごしごしと顔を拭いながら、油虫を最近のデビルに重ねる光だった。
さて、その間も脱衣所では激戦が続いていた。1体ずつ、連携して確実に仕留めてゆく。大きさが大きさだけに、追い込めば当てる事は難しくはなかった。マロースのピュアリファイの後、崔軌のオーラソードがなぎ払い、セピアの聖槍の石突が油虫を貫く。
「見えません、私には黒くてテラテラ光るアレなんて見えません‥‥見えませんったら見えません‥‥」
詠唱呪文のように繰り返しながらマロースが浄化を続ける。時折小刀で油虫を迎撃すると、散る体液と小枝のような触覚や脚の節が飛んでくる。心が折れそうになるのを必至で堪えながらの戦闘は誰しも同じで、妙な連帯感がある。
2階への道を封鎖したカイ達も合流し、脱衣所の油虫は全滅。精神的消耗の回復に、初日はこれでお開きとした。
比較的安全と思われる佐野助の住居区域を厳重に目張りし、入口のアレは見ないようにして、一同固まって休む。
念の為レティシアがムーンフィールドで結界を張ったものの、壁越しに聞こえる油虫の蠢く音、梁から奴らが何時降って来るか気が気でなくて、皆一様に寝不足に陥ったのは言うまでもない。
●殲滅!
2日目。
残る1階浴場と2階、どちらを先に攻略するかを相談した結果、2階から片付ける事にした。浴場が危険なのは、本能的に誰もが悟っていた。
2階の休憩室は封鎖されて薄暗く、隙間から日の光が僅かに差し込む程度だ。座布団や客が打った碁盤が片付けられずに散乱している。足元に注意する必要があった。
「‥‥4体いる、かな」
「‥‥そうね」
夜目に秀でた者達が目視で数を確認し合う。彼らの先導で、菫は湿らせた芋がら縄を戦闘し易い広さの場所に置いた。そのままそっと様子を伺う。安心した油虫らが集まって来た‥‥撲殺。
「さて、本丸か‥‥」
昨日封鎖した石榴口を前に、一同改めて気合を入れなおした。簀の子越しに聞こえる、油虫の這い回る音‥‥全員の準備と覚悟を見定める。網班の準備も万全だ。カイは簀の子を一気に蹴破った!
うわあぁぁぁぁぁぁああん‥‥‥!!!!!!!
浴場に一日閉じ込められた油虫の一部が石榴口から飛び出して来た!
「行ってください!此処は木賊さんと共に、あたしが抑えます!」
菫が網を油虫に持って行かれないよう必死に握り締めて叫ぶ。浴場の惨状を真っ先に見ずに済んだのは、元湯屋勤めの菫にとっては幸せだったかもしれない。
蒸し風呂を兼ねた薄暗い浴場の壁には、3尺弱の油虫が、びっしりと張り付いていた。なまじ大きいだけに、数よりも壁を多い尽くす面積の方が精神的にきつい。
「‥‥‥‥」
マロースは、この依頼何度目かのメンタルリカバーを無意識にかけていた。気を取り直し、ホーリーフィールドを展開する。クリエイトハンドで作った寄せ餌を受け取った桜依が、持参の蜜酒と一緒に結界前に撒いた。
昨日から何度か続けてきた行為‥‥それもこれで最後‥‥だといいな。
待つ事暫し‥‥壁のテラテラが、徐々に集まって来た‥‥
網に掛かっていた油虫の触覚の動きで、崔軌は寄せ餌が撒かれた事を知った。油虫の網を引く力が弱まっている。網に掛かったのを浴場へ押し込むようにして、崔軌と菫も侵入する。壁の衝撃を知らずに済んだのは重畳‥‥
「もう!一々手足とか飛び散らなくていいから‥‥!」
‥‥やはり衝撃的だった。桜依の一撃必殺に霧散する油虫を目の当たりにしてしまう。
「熱消毒です!」
光も、これが最後の戦いと、持てる魔力の限りを尽くして力を振るう。壁際ではカイが別途ホーリーフィールドを展開し、セピアと共に壁を壊さぬよう注意しながら檜棒を振るっていた。
(「でかいからアレとは違う、アレとは違う‥‥」)
神聖魔法の、新たな呪文になりそうな気がしてきた。
自分達以外の動くモノがなくなった後、レティシアがムーンアローを試してみたが、我が身を傷つけただけに終わった。大した傷にもならなかったが、医師を生業とするカイがリカバーをかける。幸い大きな怪我や油虫の毒に侵される者もなく、唯一治療らしい治療となった。
「明日は大掃除ですわね」
拒むなら容赦はしませんわよと物騒な事を言いながら、菫はギルドへ佐野助を迎えに行った。
●憩いの場再び
佐野助は素直に付いて来た。単純に不精なだけで、指示されればせっせと働く。時折恐れるような仕草をするのは『冒険者に逆らうと怖い』と以前の依頼で刷り込まれているようだ。
油虫の死骸・総数28体、裏へ持って行き積み上げる。灰にすれば害もなかろうと、風呂の焚き付けに使うと言い出した。やはりこの男、何処か無神経かもしれない。
正月以降の埃と、戦闘での汚染の清掃にかかる。各所を浄化した後、手分けして掃除する事になった。
「敵がアレって判っていたから、廃棄前提の装備が出来たのが救いかな」
最も汚れの酷い浴場を男手が清掃している。黙々と手を動かしながらカイが前向きな事を言う。案の定、浴場の隅から柚子の破片が見つかった。
「お疲れさん、ありがとうな。湯を張りなおしたから身も清めて行ってくれや」
掃除の終わった一同に佐野助が声をかける。勿論否やはない。皆思う存分、心身の疲れを癒した。
火の番をしていた佐野助の側を、一寸の油虫が逃げるように横切っていった。焚き付け用の薪で打ち据えた彼は、漸く日常を取り戻していた。