針供養異聞〜悪剣は折れず
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■ショートシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月11日〜02月16日
リプレイ公開日:2009年02月22日
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●オープニング
●刀鍛冶
『折れる針は良い針だ』という言葉がある。手間を掛けて丁寧に鍛造された鋼は、幾重にも層が重なっており、負荷が掛かるとぽきりと折れるという。鍛錬の甘い鋼は、折れる前にまず曲がるのだとか。
故に腕の良い鍛冶屋の縫い針ほど質が良い。特に腕の良い刀鍛冶が製作する針は、針子の信頼が厚かった。
京都の職人街に工房を構える刀鍛冶の東原金次(ひがしはら・かねつぐ)は、鍛造から研ぎまでをこなす職人であった。人付き合いが苦手な彼は最小限の弟子しか取らぬ。ただ黙々と己に向き合い、仕事を丁寧にこなす事だけに命を掛けて来たのが、この男の矜持であった。
その日、金次は己の失敗作を叩き折る為に槌を手にした。振り上げた槌を持つ腕が、ふと止まる。
(「‥‥研ぎを頼まれていた刀だろうか‥‥?」)
金次の意識は其処で途絶えた。
最期に彼が見たもの、それは宙に浮き炎を帯びた、見知らぬ刀剣であった。
「こんにちはぁ。親方はん、おられますぅ‥‥?」
何も知らずに暖簾を潜りかけた商家のお嬢さんは、飛んで来た複数の刀剣に、ひぃと言って崩折れた。
●浮遊する刀
「お嬢様は、隣の工房に匿っていただいております」
年頃の娘が死体の第一発見者だった、というのも酷な話だが、娘にとって幸運だったのは、供をしていた小男が元浪人で咄嗟の機転が利いた事だった。
小男――井崎と名乗った依頼人は、反射的に戸板を締めた。商家の娘が気を失っただけで済んだのは、彼が戸板で刀剣を避けたからである。
井崎は職人街の隣近所に声を掛け、失神したお嬢さんを匿ってもらうと、金次の工房を封鎖した。戸板に刺さった刀剣はそのまま動かなかったが、浮いてひとりでに飛来したのを目の当たりにした井崎は、あやかしの仕業と判断、ギルドに駆け込んだという訳だ。
尚、騒ぎの最中に金次の弟子の圭馬が使いから戻って来たので、被害者は金次のみと見て良いだろう。
「東原殿には、お気の毒な事でしたが‥‥」
工房の封鎖は一時的な措置でしかない。早めに手を打って欲しいと井崎は頭を下げた。
●リプレイ本文
●不可思議な力
「けしからん!この俺が教育してやる!」
井崎と係の問答を聞いていた風雲寺雷音丸(eb0921)が、吼えた。使い手あっての剣と言うもの、剣自らが勝手に暴れるとは心得違いも甚だしいという訳だ。
「無念を晴らして差し上げたいですわね‥‥」
同じく刀剣に関わる者として‥‥刀鍛冶の井伊文霞(ec1565)が、鎮魂の面持ちで呟く。
「魔力を帯びた刀‥‥ツクモガミの一種だろうか‥‥」
「こちらでは、物がモンスター化したものを『付喪神』と言うのだったな‥‥」
顎に手を当て暫しの思案、壬生天矢(ea0841)が呟いた言葉を、カノン・リュフトヒェン(ea9689)が引き取り思案する。工房にあった物が一斉に付喪神化したというのも不自然な話だった。
(「あやかし、なのだろうか‥‥?」)
アンドリー・フィルス(ec0129)は遠国の怪物に思いを馳せ、考える。が、すぐに気持ちを切り替えた。今はこれ以上の被害を出さずに倒す手段を考えよう。
より詳しい情報を得るべく職人街へ向かおうとした仲間に、アンドリーは「後から追う」と言い残し、係に空き部屋の借用を願い出た。
独り残ったアンドリーは、借りた部屋の戸を全て閉め切り即席の闇を作り出すと、ランタンの光をひとつ点した。精神統一でもするかの如く静かに集中を始めた彼は、次の瞬間には部屋内の別の場所に立っている。阿修羅魔法パラスプリントの転移範囲を調べているのだ。
(「部屋から出られない‥‥?」)
何度か繰り返すうち、ランタンの光が届いている範囲内にのみ転移している事が朧気ながら解ってきたので、扉をひとつ開け、部屋の外へ光と影の両方ができるようにランタンを調節する。やはり、闇の中では光の通っている場所にしか移動できなかった。やがて納得した彼は、仲間の後を追った。
●職人街
刀鍛冶・東原近次の工房は、近所の職人達と野次馬でごった返していた。
「ガァルゥゥ!ここは危険だ、野次馬共は散れい!」
「延焼の危険もある。近隣に住んでいる者達は、事が済むまで避難してくれ」
雷音丸と天矢が通りを封鎖しながら部外者の避難を促しつつ、樽や桶に水を集めている。カノンが呼んだ助っ人のステラ・デュナミスがクリエイトウォーターでそれらを満たす。万一の火災発生に備えての事だ。
「代金は如何程‥‥」
「いや、構わへんから金次はんのカタキ取ったって!」
戸板に持ち手を取り付けた簡易大型盾の製作をカノンが依頼すると、義侠心に燃えた職人達は手早く用立ててくれた。工房内の飛来する刀剣全てを盾で受ける事はできないと踏んだ彼女は、戸板の壁で防ぐ策を考えていた。
「この度は‥‥誠にお気の毒でした」
物腰柔らかに、文霞が圭馬へ声を掛けた。間取りを確認する為だ。
決して広くはない工房は、柱を残して壁の殆どが取り払われている。土間を改造した一角が鍛冶場になっており、出入口は店舗のひとつと裏口の計二つ。表口から見て、左手にあたる全体の四分の三が鍛冶場兼店舗、右手奥四分の一が座敷。鍛冶場と座敷の間に裏口があり、通り抜け以外に使わないので普段は閉めてあるとの事。
「ふむ‥‥相解った。では俺は裏口から侵入しよう」
天矢が別行動を申し出る。カノンが裏口の高さに合った戸板壁を示すと、彼は突入の間合いを打ち合わせた後、戸板壁と水の入った桶を軽々と持ち上げ待機に就いた。
「この体が盾だ。立ち塞がる物は全て粉砕してくれよう」
大柄な雷音丸は戸板を固辞すると工房を見遣り、得物を持ち替える。
「刀剣に興味を持つ者としては些かの憐憫を感じずにはいられませんが‥‥依頼は完遂いたしましょう」
粉砕という言葉に思わず、僅かに眉目を歪めた文霞だったが、迷いを振り切るかのように確りした口調で覚悟を露わにした。
ギルドに残ったアンドリーが合流した。準備が整い、ステラがフレイムエリベイションを施してゆく。
浮遊する刀剣の類が待つ工房内、何本が襲い掛かるかは判らない。念には念を入れて‥‥いざ。
●害意ある刀
入口を開けた途端、無数の刃物が飛び出して来た。
無論想定内の事、カノンが落ち着いて前へ突き出した戸板壁へ、刀剣のみならず針や包丁も吸い込まれるように刺さってゆく。剣の刃先が戸板から僅かに突き出していたが、カノンの身を傷つける程ではなかった。
戸板で蓋をするように侵入した四名、通りに被害が出ぬように背後を封鎖する。
井崎が申告したように、一度刺さった刀剣は刺さった後は動かなかった。問題は、刺さらなかった刀。
すぐに手放せるよう、戸板壁は腕に固定しないよう誂えて貰っていた。カノンに集中した入口の第一陣は、二本の刀を残し全て戸板に刺さったが、その二本は明らかに人間を狙っていた。回避に優れたカノンなればこそ避けられたと言える。カノンが避けた刀剣を、文霞が相手取った。
「ガァアア!剣の何たるかを、その身に叩き込んでくれる!」
飛来した刀剣類を一気に粉砕した雷音丸は、うち一本が他とは違う事を感じていた。我が身に受けた攻撃、この位は傷の内にも入らぬが‥‥しかし、間違いなく害意ある存在が混ざっている。
裏口で正面侵入の様子を伺っていた天矢は、四名の突入を気配で感じ取ると、挟撃すべく裏口の扉を開けた。扉と戸板壁で囲んで身を滑らせると、敵を逃がさぬよう一気に扉を閉める。扉にも、手放した戸板にも、無数の刀剣が刺さっていたが‥‥一本の刀が天矢を待ち受けていた。
●魔力ある刀
工房内は薄暗く、文霞の耳飾りが白く淡い光を放っていた。
入口左手奥に鍛冶場‥‥火の消えたそこに、赤い光が灯っている。宙に浮いた光は最奥に鎮座し、光の前に幾本かの刀剣が控えているようだ。
ランタンを所持していたアンドリーが室内を照らすが、狭いとは言え光を通せる程狭くはなかった。赤い光とランタンの間に僅かな闇がある。
‥‥と、赤い光が飛来した。アンドリーは迷う事なく、跳んだ。
第二陣。一本だけが炎を纏っている。炎の魔剣はカノンを一直線に目指し、戸板を切り払った。
「大丈夫だ、燃え移ってはいない。奥へ行け!」
炎を帯びた魔剣の攻撃を回避し、盾を構え直したカノンが冷静に言い放った。壁はできるだけ多くの刀剣を引き受ける為の物、モンスターの相手は仲間に任せ自分は飛来する刀剣類を相手取るのが役目。
入口にカノンと文霞を残し、雷音丸が鍛冶場方向へと突進する。立ちはだかる刀剣類は容赦なく粉砕し進む様は、さながら仁王の如く。鍛冶場の本陣へ突き進む。鍛冶場では一足先に辿り着いたアンドリーが一太刀浴びせていた。
(「これは‥‥他の浮遊剣とは違う‥‥?」)
一撃では倒れない剣を前に、常の武具系モンスターとは違う何かを本能的に感じ取っていた。
一方、裏口から侵入した天矢の周囲には浮遊刀が付き纏っていた。的確に撃破しながらも、違和感を感じる。
統制が取れているのだ。最も鍛冶場に近い場所に出現した自分に浮遊刀が多く集い、鍛冶場の警備が手薄になればそちらへ退く。一糸乱れぬ連携に舌を巻く。
「ガァア!まだ動けるのか!」
悔しげな雷音丸の雄叫びが聞こえる。他の剣は雷音丸の一撃で折れたのに、親玉だけは別のようだった。しかも、この魔剣は魔法まで使う。
親玉の呪文詠唱を守るかのように、また浮遊剣が鍛冶場へ戻ってゆく‥‥今度はアンドリーが翻弄される番だ。天矢もまた、後退する浮遊剣を追う。
(「意思を持っているのか‥‥?」)
カノンもまた、違和感を感じていた。
入口侵入時は自分に、その後も飛来する刀剣類は定期的に戸板を襲った。だが浮遊剣は本陣発覚後は確実に自分の前から姿を消し、護衛に戻っている。それはまるで、人の兵のようにさえ思えた。
「‥‥来るぞ!」
魔剣が一瞬、赤く光った。
「天壬示現流‥‥覇凰!」
取り巻きの浮遊剣は残っていない。魔剣の詠唱は炉に向かった。主なくして火の気の消えた炉に不自然な火が入る。辺り一面に発生した火災は、雷音丸とアンドリーによって最小限の被害に抑えられ、天矢の一撃で魔剣は霧散した。
●忌み刀
魔剣消滅後、金次の工房内にあった刀剣は全て大人しくなった。二度と動かぬ事を何度も確認し、工房の扉を開け放つ。光が工房内を満たした。お疲れ様と微笑むステラに迎えられて漸く、人の世に戻って来た心地がする。
後片付けは分担して行った。戸板に刺さった刀剣類を抜き、損壊の有無を確認して分けてゆく。文霞の刀鍛冶としての目利きが大いに役立った。
操っていたと思われる魔剣は消滅したが、浮遊刀は形を止めていたので、作業の傍ら文霞は改めて対峙した元浮遊刀を眺めてみた。
「これは‥‥まさかそんな‥‥」
炎を纏っていた刀は銘が磨り潰してあった。微かに残る銘の跡は‥‥かつて権力者を殺める武器に使用された咎で処分された名工のもの。全て廃棄されて今はもう残っていないはずの忌み刀だった。
(「東原殿は、妖化する程の剣を鍛える鍛冶師だったのだろうか‥‥」)
カノンは刀剣の出所に思いを巡らせる。付喪神は年月を経て成ると言われるものだ。しかし鍛冶師の執念が特異な刀を生む事もある‥‥圭馬に尋ねるか、暫し迷ってそちらを見遣ると、圭馬は十数本の刀剣を前に首を振っていた。
「このような刀は‥‥お預かりした覚えがありません。師が預かったのでしょうか‥‥?」
十数本の刀剣、それは全て浮遊刀の成れの果てだった。
なれば供養の為に預かろうと、天矢が浮遊刀だったものを纏めた。アンドリーが手伝うと申し出、半分抱えて工房を出る。
協力者でもある職人街の住人達に混じって人垣から去る後姿のひとつに、違和感を感じた。
(「最近、悪魔絡みの事件が増えているが‥‥」)
何物かが市中に混乱を招いているやもしれぬ。警戒をした方が良いとアンドリーは改めて考えた。