●リプレイ本文
●出立前
何だか楽しい気分ですという娘に、青年は遊びじゃないんだぞと苦笑した。そんな青年も少し浮ついて見えるのは、安心感からだろうか。
依頼した二名は、冒険者達の手によって変装を施されていた。
「追われてるのは男女二人連れだ。冒険者一行に混じれば、ぱっと見ではバレなかろ」
何処か暢気な口調で、しかし確りと準備を整えてやっているのは木賊崔軌(ea0592)だ。
「そうそう!美女はどうしても目立つ!特にクーはな!」
依頼人より愛妻、妻にベタ惚れのケント・ローレル(eb3501)は既に惚気に入っている。
「何、俺様の格好が‥‥おいクー、まだ終わってねェ‥‥」
自信満々の彼を制して挨拶するのは、ケントの妻・クーリア・デルファ(eb2244)。
「あたいはクーリア、こっちは夫のケント。二人共、神に仕える身だ」
異国の神で良ければ門出を祝福させて欲しいというクーリアの申し出に、二人は喜んで彼女から花を受け取った。
「駆け落ち、か‥‥」
家庭の事情がない分俺は身軽だなどとぶつぶつ言っているのは、夜十字信人(ea3094)。傍らで荷を預けた御陰桜(eb4757)が「あたしも」などと身を預けようとするのを、信人は「任務中だ」と突き放す。
「ん、も〜信人ちゃん、つれな〜い‥‥」
桜にめげる様子がないのは、この遣り取りに慣れているからか。寧ろ信人に葛藤が‥‥内では悶々と。
そんな桜達、否、此処にいる全員が皆恋人同士での参加だという事に、所所楽林檎(eb1555)は気付いていた。
(「公私のけじめは付けて‥‥駆け落ちの二人に、ささやかながらの手助けを」)
ふと想い人の方を見ると、青年の変装を終えた崔軌が「どうだ」と笑ってみせた。
「一刀殿、しぶきを‥‥」
「ありがとう、みなも殿」
男の懐から顔を出した仔猫がみゃうと鳴いた。
馬小屋で一頭の軍馬の手綱を預けているのは和泉みなも(eb3834)、手綱を受け取ったのは橘一刀(eb1065)、二人共小柄で童顔だが立派な成人だ。二人は許嫁――武家の恋人同士らしい、清廉な間柄が伺えた。
●いざ山へ
娘の変装も終えた一行は出発した。依頼人達を囲むように徒歩の者達を先頭にし、それなりに賑やかで華やかだ。移動速度の違いは徒歩に合わせ、騎乗の者達はのんびりと馬を歩ませている。
一刀の懐で仔猫の弥生がうとうとしている。彼の側を飛び回る水無月は月のエレメンタラーフェアリーだ。
「‥‥どうかなさいましたか?」
みなもに尋ねられ、慌てて目を逸らす。水無月を旅先で譲り受けたのは、貴女に似ている気がしたからだとは‥‥一刀には言えない。
一見目立つこの一行は、冒険者ならではの団体に見え、却って依頼人達を目立たせなくする事に成功していた。特に水無月や信人の夕・茜を始めとしたフェアリー達や騎乗の軍馬は、一般人が連れている事など殆どない。目立つ事すら隠れ蓑になっているという訳だった。
「で、どういう所に惹かれたの?」
娘に尋ねるのは、ハグで依頼人確認済の桜だ。柴犬の桃と猫又の猫太郎に周囲の警戒を命じ、依頼人達の緊張を解くように話しかける傍ら、信人にちょっかいを出して邪険にされるのを楽しんでいるようだ。
寛いで桜に応えている娘を愛しげに見遣る青年を、崔軌は「旦那」と声を掛け、親達の仲違いの原因を尋ねる。数世代前から親族含めてのいがみ合いだと答えた青年に、崔軌は暫し沈黙した。
「‥‥残ったモンの事も、いずれは考えてやらなきゃな」
そう言って、崔軌は旅人と言葉を交わしている林檎の側へ寄った。さりげなく会話に加わる。
「どうした?そういやさっきも人探ししてる連中に声掛けられたが、この辺りで何かあったのか?」
多少脚色して誘導してみた。旅人は冒険者ならと、駆け落ち男女の親族達が二人を探している事を告げた。
「そんな事があったのですか」
二人を一行に加えている事など全く気取らせずに林檎が言った。口調の素っ気無さも凛とした佇まいに調和しており、旅人は黒の僧侶である彼女に安心して情報提供する。親族達は別道を探しに行ったとの事だった。
「あたい、ちょっと見てくるよ」
「お、クーが行くんなら俺様も行くぜぃ!」
魔法の靴を穿いたクーリアと騎乗のケントが先行を申し出た。程なく戻って来た二人は、別道で親族らしき集団を見た事を報告した。
「今夜は野営‥‥交代で見張りだな」
誰ともなく口にした言葉に何処となく浮き立つような響きがあるのは、気のせいではないだろう。
●野営
「これからの時代、男も家事が出来なきゃな!」
妙な説得力でケントが魚を捌いている。家では主夫らしい。寡黙ながら、信人は率先してテントの設営を行っている。
「ちぃっ、カップル別じゃねェのかよー!」
「天幕は男女別ではないのか‥‥」
食事の支度をしつつ口を挟んだケントと野営を手伝っている一刀、共に素直な希望が見え隠れしているような気がする。
「見張りは相方同士でよさそうだな」
突っ込むだけ野暮ってもんかと、崔軌が笑った。
毛布に包まった信人が火の番をしている。桜には「譲った」の一点張りで天幕で休もうとはしない。まだ夜は寒い。お堅い性格の信人らしい譲り方だった。
夕食は保存食に加えてケントの手料理に舌鼓を打った。桜が「信人ちゃん、あ〜ん♪」などと給仕をしてくれたりもしたが、内心では嫌ではなかった。桜のように積極的になれればとは思う。だが‥‥なかなか一歩を踏み出せない。
(「信人ちゃん‥‥」)
受身な恋人の反応は毎度の事、自分から構うのもいつもの事。
でも、一方通行じゃない事は知っているから大丈夫‥‥桜はそっと起き出して、信人の側に寄り添った。
愛犬ルーンと毛布を抱えたクーリアと、ケントが見張りを交代した。即行でケントはクーリアの肩を抱く。
「まだ夫婦ってのが良く分からないし、人前でベタベタするのってどうも‥‥」
戸惑うクーリアに、ケントは屈託なく夫婦だからこそベタベタするんだと言って抱き寄せる。
「甘えたいときゃア甘えて来いよ‥‥」
「今ならいいけど‥‥」
‥‥むにゅ。
クーリアに素直に寄り掛かられて逆にケントが焦った事は、夫妻だけの秘密。
「好いた相手と一緒になりたいという気持ちは、抑えられないのですね‥‥」
みなもは駆け落ちの二人に思いを馳せた。自分と一刀殿は許嫁の間柄、親の祝福を得ている。依頼者達は辛くはなかろうか‥‥
「みなも殿、覚えているか‥‥」
‥‥子供の頃の事を。
目立つ風貌で苛められる事の多かった幼馴染同士、健気に涙を堪えるみなもを、幼いながらに護りたいと思ったあの日。
(『僕、みなもをも護れる位強くなるから、もう泣くな』)
一刀少年のかつての言葉を二人、思い出す。
「待たせてばかりで‥‥すまない」
「最近はお会いする時間も増えましたから‥‥」
みなもの健気さは今も変わらない。また、一刀の想いも。
(「今も変わらず修行を続けているのは心底惚れているのだろうな‥‥」)
遠慮がちにそっと抱き返してくれるみなもをしっかり抱き締めて、一刀は武闘大会番付一位を誓った。
「眠らねば、回復もできませんから」
可愛気ない言葉であれど、寝袋を広げている林檎の頬はうっすら赤い。崔軌は、からかうように額を寄せた。
「ね、熱など‥‥!」
照れ隠ししながらも相手を拒まないのは恋人ゆえ。
「ああ、休めるうちに休んどけ。林檎の寝顔を眺めててやるから」
「もう、崔軌は‥‥」
軽口を叩く彼が自分を尊重してくれている事を知っている。崔軌の懐の深さに包まれて、林檎は心を安らかにした。
●石合わせ
2日目。親族達と遭遇しないようペット達にも気を配らせて、慎重に進む。
「これはあたしからのお祝い♪二人で幸せになってね♪」
「二人の門出を血の華咲かせる事無く済んで良かったな‥‥さあ、恋の華、咲かせてくるがいい」
漸く辿り着いた頂上、桜に身なりを整えて貰った依頼人達を拝殿へ送り出した信人は、ふと我に返って自分らしからぬ台詞に目を泳がせた。
暫くして戻って来た依頼人達に促され、一同も祝福を受ける前準備を受ける事になった。
「事情は問わないのではなかったのですか‥‥?」
みなもが心配して問うと、事情は問われませんと娘は微笑んだ。
確かに事情を尋ねられる事はなかった。
神主は静かに恋人同士を見つめ、己が納得した組だけを本殿へ誘う。其処には碁笥が二つ用意されていた。中には黒白の石でなく砕かれた小さな岩のような物が入っている。所々煌めいているのは、貴石の原石が混ざっているらしかった。
一組ずつ碁笥の前へ導いた神主は男女にひとつずつ碁笥を手渡すと、心の赴くままに石をひとつ取り出すよう促した。
本殿へ導かれたクーリアは、そっと石を摘み出した。
異国で生まれ育った異国の神を信仰する自分達‥‥ここには全ての柵がないようだった。
己の神を心に浮かべ引き当てた石はペリドット。石言葉は『夫婦愛・豊穣』
隣で対の碁笥を持っている夫を見遣ると、ケントもペリドットを手にしていた。
いつまでも共にと願ったみなもが手にしたのは金剛石。『永遠の絆・清浄無垢』を意味する石。
林檎が手にしたのは青玉、『慈愛・徳望・誠実』
桜は『愛の予感』を意味する月長石。
一刀が金剛石、崔軌が青玉、信人が月長石を手にしていたのは言うまでもない。
全員つつがなく神主に認められ、残すは祝福の儀式のみ。
祝詞を挙げて貰っている依頼人達を見守っていた林檎が、そっと傍らの崔軌を見上げた。鼻を摘まれて怒った素振りを見せる林檎に、崔軌は小声で言った。
「‥‥ま、あの二人なら大丈夫だ」
それは確信。此処にいるどの恋人達にも言える確信。
依頼人達が終わり、冒険者達が賑やかに祝福を受けている。
激しい恋も静かな想いも、皆きっと上手くゆく。互いを想い合う強い心が、これからの困難を乗り越える力となるだろう。