はさみいらず

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月13日

リプレイ公開日:2009年03月18日

●オープニング

●鶴羽の反物
 『つるのおんがえし』という昔話がございます。
 わたくしは‥‥鶴が織ったような見事な反物を織り上げたいのです。
 これは‥‥織女としての、意地。

 誰もが称賛するような反物を‥‥この身に代えてでも‥‥

●鋏入らずの布
「これはまた‥‥見事な生地ですね」
 ギルドにて。係の女性は、ほうっと息をついた。
 依頼人が持ち込んだ反物は見事な黒絹の織物で、所々に入った地模様がしっとりとした光沢を放っていた。これで着物を誂えるのは、どのような富豪だろう。裏地は、帯は‥‥遜色ない組み合わせを選ぶのは至難、一揃えに値千金かかりそうな代物だった。
「ええ。ですがこの反物‥‥いわく付きなのですよ」
 依頼人――多くの針子を抱える仕立て屋の女将・芳江は溜息混じりに言った。心なし声を潜めて『鋏入らずの布』だと続ける。
「はさみいらず‥‥?」
「ええ。裁てないのです。鋏が入らない‥‥ゆえに『鋏入らず』」

 芳江の説明によると、この生地を織ったのは津留という名の娘で、既にこの世の人ではない。
 津留は廃絶した武家の出の娘、清廉を旨とする厳しい家に育った妥協を許さない職人肌の織女だったそうだ。向上心は津留の技術を瞬く間に磨いた。年若い織女の中でも優秀な織り手で、晩年の反物には鬼気迫るものがあったとか。
「特に、最後の品となりました此方は、多くの方に所望されました‥‥ですが」
 誰ひとりとして、仕立てる事ができなかったのだと言う。

●怪異
 最初の購入者は、津留に目を掛けていた大店の妻女だった。早世の才能を惜しみ、香典代わりだと大金で購入した彼女は心の臓の発作と見られる状態で急死。津留を偲んでいたのだろうか、側には桐箱と反物が乱れていたそうだ。
 反物は同じく津留の技術向上を楽しみにしていた舞踏家の手に渡る。こちらの家では衣裳部屋、裁縫道具を広げた中で弟子の死体が発見された。外傷なし、弟子はそれまで身体の不調を訴えた事もなかった事から、冬の寒さによる突然死と判断された。

 三番目の犠牲者は、今年に入ってからの事。ほかならぬ芳江である。
 津留の遺作を手にした家に不幸が起こる‥‥妙な噂が立つ事は、死亡した客は勿論、店側にとっても決して良い事ではなかった。
 舞踏家の家を離れた反物は、新たな主の間を転々を回った。そののち内々に芳江ゆかりの呉服屋へ引き取られ、悪評が人々から忘れ去られるまで蔵で保管される。漸く年明けに芳江の仕立て屋へと回されたものの、縫い子達は『いわく付き』という触れ込みに怖気づいて誰も仕立てようとはしない。仕方なく芳江みずから裁断しようと、弟子達に混じって鋏を手に取った時だった。
 反物はふわりと浮き上がり、鋏を手にした芳江に巻き付こうとしたのだ。
 慌てて弟子全員で取り押さえたが為に芳江は無事に済んだものの、これまで起こった買い手の変死は怪異の仕業なのではという疑惑が浮上し、芳江は件の反物をギルドに持ち込んだという訳だった。

「あれから、反物は動いておりません。ですが又動くやもしれません‥‥」
 津留の遺作となった反物だ。できれば何かの形に遺してやりたい。しかし本当に鋏を受け付けないのであれば、今後も被害者は増える事だろう。
「布は、使ってこそ意味があるものです。私が仕立てをいたしますゆえ、どなたか護衛に就いて下さいませんか」
 仕上げてこそ織女への供養となる‥‥芳江はそう言って協力者を募ったのだった。

●今回の参加者

 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec4061 ガラフ・グゥー(63歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ec4516 天岳 虎叫(38歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●人の命は儚きもの――されど、命なきものは

 普段弟子達の広げた生地で足の踏み場もない大部屋は、ひどく寂しく閑散として見えた。
 部屋を締め切り灯りを点す。傍らに道具箱を置き幅広のへら台を広げた芳江を中央に据え、三名の冒険者達は注意深く桐箱の中身を広げた。
「まあ‥‥」
 夭逝した織女の遺作を目にし、国乃木めい(ec0669)は小さく声を上げた。
(「これが‥‥彼女が誇りを掛けた織物‥‥」)
(「反物が何もなく動き人を絞め殺す事など、あるとは思えぬしのぅ」)
 一見何の変哲も無いように見える反物を前に、ガラフ・グゥー(ec4061)は思いを巡らせる。
(「娘御の無念が取り憑いているのやら、何らかの魔力を帯びてしまったのやら‥‥それとも‥‥」)
 様々な可能性を思い浮かべる老人の後ろには、知己の天岳虎叫(ec4516)が神妙な様子で礼儀正しく控えている。
「‥‥ガラフ老」
「‥‥うむ」
 人目を憚る仕事内容ゆえか、自然小声で短い会話の遣り取りになる。だが、それで充分に全員の意思の疎通ははかれた。

 羽を広げたガラフの小さな体が、微かに白く光を帯びた。続いて青い光に包まれた老人に、水鏡の発現を察しためいもデディクトアンデットの詠唱を始める。対象は、津留の反物。
「これは‥‥」
「そのものか、のぅ」
「何が見えたのだ?」
 一人蚊帳の外になってしまった虎叫が尋ねると、ガラフは言葉少なに言った。
「この反物そのものが、津留なのじゃよ」

 術者二名に視えた様子を説明すると、黒絹の反物は全体が白く光って見えた。仮初の命を得て動いている、魔法の物品である事は間違いなかった。
 さらに細かく視てゆくと、淡い輝きは織物の地模様から発せられている事が判った。地模様は経糸の黒絹とは違うものを織り込まれており、それが反物の動力源となっている事が伺えた。
 何が織り込まれているのか――二人には察しが付いていた。
「この反物には、津留さんの命‥‥髪が織り込まれていますね。そうでしょう女将さん」

●人は消えても物は残る

「津留の晩年を知る人は、彼女が人と会うのを嫌ったと言います」
 芳江が聞いていた話を語った。
 織女・津留は、織物に没頭する余り身体を壊し、短い生涯を終えたのだと言う。日々痩せ衰え、しかしそれでも織物に対する情熱だけは募る一方で。最後は気力だけで機に立っていたのだと聞く。人は津留の様子を昔話に擬えて、鶴の織女と噂した。
「でも‥‥髪を織り込んでいたとは‥‥」
 遠い大陸の奥地の辺境では、女性達の抜けた髪を集めて壁掛けを織る村があると言う。髪は神聖かつ祈りや呪術に用いられるものでもあるのだ。
 津留が大陸の呪術を知っていたとは思えない。ふとした切欠で己の髪を経糸に織り込んでしまい、絹糸との馴染みの良さから地模様に用いる事を思いついたのだろうか。死して尚残る妄執となるとは考えもせずに。

「しかし、反物そのものとなると斬る訳にはゆかぬな」
 一反丸々に織り込まれているのでは、切り刻みかねない。傷物にするのは忍びないと、虎叫は帯刀していた小太刀を月桂樹の木剣に持ち替えた。
「女将さん、これを」
 めいが持参していた裁縫道具を芳江に手渡した。道具には魔力を込めてある。今となっては津留に真意を尋ねる事もできないが、生きている者の望みは裁つ事で布を活かす事だ。
「芳江殿、準備はよろしいかのぅ」
 仲間達の様子を確認し、好々爺の笑みでガラフが促した。

 へら台に反物を広げ、慣れた手付きで尺を測る。
 待ち針も必要とせずに裁断位置を見極めた芳江は、静かに裁ち鋏を手にした。
 瞬間、畳まれていた反物が、ふわりと浮き上がった。

「虎叫さん!」
 めいは素早く詠唱を終え、コアギュレイトで反物を呪縛する。広範囲に展開した呪縛は、一反もの黒絹を確実に拘束した。
「芳江殿はこちらへ」
 依頼人に被害が及ばぬよう、飛行のガラフが芳江の手を引き避難させる。部屋の隅に退避させ背で庇いつつ援護の構えを取った。
 虎叫が地模様目掛けて木剣で打ち据える。動きを封じられた反物は、叩き伏せられ地に落ちた。
「これは‥‥」
 術者達が視た反応が判らなかった虎叫や芳江にも、その変化ははっきりと判った。月桂樹の木剣が当たった箇所の地模様が輝きを失っているのだ。
(「この輝きが全て消えた時が、反物の動かなくなる時という事か‥‥」)

 断ち切る事ができれば、もっと早くに決着するだろう。だが三名は長期戦を選んだ。
 木剣をも手放した虎叫は、己の右拳に闘気を込めて、生地を傷つけぬよう注意しながら地模様を狙った。時間が経つにつれ地模様の輝きは失われたが、それでも尚、確かな技術に裏打ちされた反物は、虎叫の気遣いで織目の美しさを保っている。
 やがて全ての地模様から輝きを失い束縛から解放された布は、二度と動く事はなかった。

●鶴女の着物
 鋏を入れる前に、一同は改めて織女の冥福を祈った。芳江が静かに握り鋏を手にする。反物の耳に、少しの切れ目を入れた。
「‥‥切れた、のぅ」
 『鋏入らずの布』という不名誉な別称の終わりを確認し、ガラフが安堵の息を吐く。一同、裁ち鋏に持ち替えた芳江が裁断を終了するまで見届けた。

「女将さん、端布は出ますでしょうか」
「ええ、皆様のおかげで傷の難は出ませんでしたけれど」
 見積もりの過程で出た大きめの端切れを数枚、めいに手渡すと、場所をお借りしますねと、めいは芳江に並んで針を持つ。
 小さな着物を縫い上げて、共に作った少女の人形に着せ付ける。膝に抱くとそっと目を伏せた。
(「津留さん‥‥貴女の愛し、誇りを掛けた織物で作った着物ですよ」)
 物言わぬ人形の少女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。