●リプレイ本文
●色
そこはかとなく漂う香の匂い。色彩鮮やかな小間物が並んだ店内は、さながら人工の花園のようだった。集う娘達は花か蜜蜂か。
「んー、偶にはこういうのも良いわよねーえ」
乙女心も騒ぐじゃなーい♪――と、渡部不知火(ea6130)は楽しげに続けた。口調は女性的だが、乙女の擬態で本心を隠す歴とした男性である。
群雲龍之介(ea0988)は、少々居心地が悪そうな依頼人に続いて小間物屋の暖簾を潜る。助言がてら、自分用の掘り出し物も探してみるつもりだ。
お久し振りでございます、と齋部玲瓏(ec4507)が伊兵衛に挨拶をすると、旧知の古着屋は「齋部様の愛しい御方ですか?」と問うた。
玲瓏の傍らにはルームの三笠さまがいた。勿論一般客のいる店内だけに、その本来の姿を隠し、人の形を取っている。楚々とした玲瓏と美男のルームは似合いの恋人のように見えたのだ。
肯定も否定もせず柔らかな笑みを返して、玲瓏は伊兵衛に紅の純度を説明した。
「時の許す限り、お悩みくださいませ」
言祝ぎ、ふんわりと微笑んで、彼女は三笠さまと細工物を眺め始めた。
●紅
「はうぅ〜かわいい小物に目移りしちゃうですぅ‥‥」
見目も中身も乙女なお年頃、友人のジュディスを伴って訪れた白翼寺花綾(eb4021)は目を輝かせている。
「京都のご両親に何か買ってく?」
問われた友人が家業で扱っている物品の名を挙げかけたのを制して、花綾は紅を手に取った。種々様々な紅を前に迷うものの、ジュディスは紅の事はわからない様子。思い切って試用の伺いを立ててみると、番頭は快く試用の紅を出してくれた。
出された小皿の水を取り、小指の先で紅を溶いて唇に乗せてみる。いかがでしょうかと番頭に差し出された鏡に映った自分の唇は、ふんわりと色づいていて。これをひとつ、と言っていた。
「あっ‥‥あのっ‥‥これって全部女の子用ですっ‥‥?」
花綾の脳裏には父の姿があったのだが。
「恋人殿は化粧されるのか?」
近くで紙入れを見ていた龍之介が驚いて言った。驚いたのは花綾も同様で。
「かかか、かれしなんていないですぅ!」
目一杯ぶんぶん頭を振って否定して、ぼそっと「家族‥‥ですぅ」と付け加えた。
「えとえとっ‥‥かっこいい‥‥系‥‥だからっ‥‥」
大人の男性が持っていても不自然ではない容器を――父の姿を思い浮かべて、一生懸命説明する。大好きな父様‥‥元気になって欲しいから。
「ジャパンの女性には、やはりジャパンで作られた物が似合うと思いますよ?」
イスパニア出身のウィザード、ディアナ・シーレン(ec6327)は、渡来品を手に取った伊兵衛に話しかけた。他国から来たばかりだからこそ、生産国に着目してしまう。出身国から輸入された品を見つけて、つい解説などしてしまいながらも、伊兵衛に勧めるのはジャパン品だ。
「渡来品は、その国の人に合わせて作られているものですから、必ずしも他国の人に似合うとは限りません」
成程と伊兵衛は頷く。彼の家業に重ねて考えるならば、ジャパンの縫い子が仕立てた着物と他国から輸入した着物では着心地が違うのも確かなのだ。
「お蔦さんは、派手目の紅しか持っていないのではないですか?」
ディアナの指摘は的を射ていた。持っていない色をと淡い落ち着いた色を勧めると、伊兵衛は紅をひとつ買い求めて彼女に贈った。
「この色は‥‥貴女にも似合いそうですな」
ちょっと付き合ってくれないかしらと、伊兵衛に相談を持ちかけたのは不知火。
「銀の髪に赤い瞳で‥‥」
不知火が説明しているのは、己の最愛の女性の容姿。ちっちゃい雪兎みたいな子には、どんな紅が似合いそう?と問われて、伊兵衛は考え込んだ。
愛らしく清らかな娘を想像した伊兵衛は「これなど如何でしょう」と、紅壷をひとつ取り上げた。
ありがと、と礼を言った不知火は、にこやかに続けた。
「今の感じで、奥方の顔が浮かぶ紅を手に取れば、それが正解」
自分の為に選んでくれた‥‥女性にとっては、それが何より嬉しい事。
伊兵衛は妻の姿を思い浮かべた。
出逢ったばかりの頃は、ただ美人だとばかり思っていた。
妻に迎えた後も、手中の珠と大切にし過ぎて、周囲が見えていなかった。
娘を得て尚その傾向は変わらず、番頭はじめ店の者達に迷惑をかけてきた。
だが今は‥‥母の自覚を持った妻の顔は安らかで、慈愛に満ちている。そして自分は‥‥
伊兵衛は、自信を持ってひとつの紅を手に取った。
(「想いを伝える品、ですか‥‥」)
そんな伊兵衛の様子を遠めに眺めていた所所楽林檎(eb1555)は、伊兵衛が品を見定めたのを確認すると、探し物を始めた。
小さくて持ち運びし易い軽いもの‥‥あの人の瞳の色‥‥あたしの好きな色。
揃いの物をと思う。でも自分ひとりの嗜好で選んで良いものか‥‥
ふと目を遣ったのは、恋人の身内。目ざとく気付いた不知火は林檎の側へ寄って来て言った。
「‥‥アレは根付とか集めるのがお好みよん?」
「ふ、複数の小物を探しているのです」
恋人の実兄と依頼で同行する事になろうとは‥‥普段は厳しき黒の僧侶も、さすがに素っ気無い態度を保つ事はできなくて、わざと『複数』を強調する。
「姉様、渡部さんとお知り合いだったのですか?」
連れていた妹の柚は依頼で不知火と同行した事がある。姉と知人に面識があり、しかも知人が姉の恋人の兄だと知って――柚は何と呼べば良いものやら困って、黙り込んでしまった。
伊兵衛が紅を決めたのを見て、龍之介は揃いで紅筆や白粉を送ってはどうかと勧めた。
そんな彼は己の名に因んだ意匠の根付を探していたのだが、これぞと言う物はなく。
(「既に所持している物を二つ持つのもな‥‥」)
帯から下げた根付と同じ物を見つけて溜息をついてみたりしたものの、気を取り直して懐から江戸の裏地図を取り出した。
「この近くに、団子の美味しい茶店があるようだ。一休みしないか」
●花
龍之介が調べた茶店は、春先に丁度良い場所にあった。
「あら、ここ、お花見にも良いわねーえ♪」
不知火が言った。店の側に桜の大樹があり、今の時期は茶店の縁台が樹の下に据えられている。ここで茶を喫すれば、花見もできようと言うものだった。
人数分の団子と茶を注文し、ほっと一息つく。
「わぁ、これは何ていうお菓子ですか?」
桜の香りを纏った団子を前に、ディアナは興味津々だ。名を聞き、一口齧ってみる。春の香りと餡がふわりと口に広がった。
おかげさまで良いものを求める事ができましたと皆に礼を述べる伊兵衛に、林檎は贈る際の助言を与えた。
「その紅に決めた理由なり、渡したいと思った理由なり‥‥お渡しする時に一声添えると良いのでは」
はい、と応えた伊兵衛の表情は幸せに満ちている。
大勢での来店でもあり、ちょっとした貸切状態になってしまった。これなら大丈夫かも‥‥?
「ウサギさんを呼ぶっ‥‥おまじないっ‥‥歌と舞をしてもいいですっ?」
花綾はラビットバンドを装着し、パンの葦笛をジュディスに預けた。友人の演奏で、謡い手たる陰陽師の少女は舞う。
「ウサギ‥‥本当に来ました」
「その仔は、あたしの妖霊です」
ディアナが目を丸くしたのを冷静に突っ込む林檎。仔兎は林檎が懐に入れてつれていた幼い兎である。
「ほう‥‥可愛いな‥‥」
知らず、口に出る龍之介。気付いて思わず赤くなる。
「‥‥こ、ここの団子は美味いと評判らしい。伊兵衛殿、御内儀や娘さんのお土産に買われては?」
こほん、と咳払い。伊兵衛はにこやかに頷くと、土産用の注文を済ませた。
「伊兵衛さま、うらやすが小春さまに会いたがっておりましたよ」
微笑んで、玲瓏が話題を変える。玲瓏に自分の名を呼ばれたと思ったエレメンタラーフェアリーのうらやすが、三笠さまの懐から顔を出して「こはる、こはる♪」と口ずさんだ。三笠さまと共に、花綾の舞を楽しんでいるようだ。
縁台の周りには林檎の火夏、龍之介の跳丸と碧王号が寛いでいる。うららかな春の日差しの中、花見の刻は和やかに過ぎていった。