おさとりさま
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■ショートシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:やや易
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:3人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月08日〜04月13日
リプレイ公開日:2009年04月18日
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●オープニング
●序
江戸から数里離れた場所の、森と山に囲まれた小さな村に、住職が一人で守る寺がある。名を慈招寺、寺主の法名を海苑と言う。
海苑和尚は村の子供達に読み書きを教えている。いろは程度の文字を教えるのが精々だが、江戸に近い位置にある村なれば、せめて自分の名くらいは識別できるようになって欲しいという願いからである。
更に学びたい者には手ほどきもするし街の寺子屋への口利きも行う。知への探求心から僧侶を目指した海苑にとって、将来を担う子達が目を輝かせて新しい知識を吸収してゆく様は、己にとっても何よりの楽しみであり甲斐ある事でもあった。
子供達にとって慈招寺の境内は遊び場だ。
慈招寺は学問所であり、公然と家の手伝いを離れられる場であり、子供達の社交場でもある。
今日も、手習いを終えた海苑が檀家回りに出かけようと境内へ出ると、子供達が真剣な様子で集まっていた。地面に何やら書いているようで、今日の復習かと一瞬思った海苑は、真実を知って思わず眉間に皺を寄せた。
●こどものあそび
「おさとりさま、おさとりさま‥‥おいでください‥‥」
境内の地面に小石で『お(応)』『ひ(否)』『み(未)』と文字を書き、一本の枯れ木の端を摘むようにして持っている。暫く待つと枯れ木がくるくると動き出し、質問者の問いに答えを指し示す――子供達の間では交霊術と信じられている遊びだった。
「また、そのような下らない戯言を‥‥」
「おしょうさま、ざれごとなんかじゃありません」
つい割って入った海苑に、子供達は明らかに迷惑そうな素振りを見せた。だがここで引き下がる訳にはいかない。
「お前達は、その『おさとりさま』の正体を知っているのですか?」
「なんでもごぞんじの、かみさまでしょう」
「『さとり』という妖怪を、お前達は神だと言うのですか」
「ようかいではありません。おさとりさまです」
「そうです、和尚さま。おさとりさまがお怒りになられます」
枯れ木を持っていたタエの一言に、それまで小雀のように口々に話していた子供達は、しんと静まり返った。
「タエねえちゃん、おさとりさまおこっ‥‥」
年少のキミが口に出しかけたのを慌てて皆で押さえつけ、不安げにタエの顔を伺う。
タエは落ち着いた様子で、おごそかに交霊の終了を宣言した。
「おさとりさま、本日はありがとうございました。おかえりください」
「「「おさとりさま、ありがとうございました」」」
タエの後に続いて斉唱した子供達は、海苑に一礼してそそくさと散って行く。不満げに頭を下げて去るタエの後姿を見送って、海苑は溜息を吐いた。
●おさとりさまの巫女
それから数日の間は、海苑と子供達の間が少々ぎくしゃくしていた以外、何事もなく過ぎた。
タエを含め皆、慈招寺の手習いには誰も休まずに通って来ていたし、あの日以来、子供達が境内で交霊遊びをする事もなかった。
だから海苑は、済んだ事と安心していたのだが――
「タエが行方知れず、ですと?」
「はい、村の子達はみな家に戻っておりますが、タエ一人戻っていないのです」
タエの両親とキミの父、そして長老が慈招寺を訪問したのは夜遅くなってからの事だった。
「キミがおかしな事を言っとったんが、気になってな‥‥長老んとこ行ったらタエがおらん、言うて」
キミの父の話では、タエが『おさとりさまの巫女』を自称していたと娘が語っていたのだと言う。何かご存知ありませんかと長老に問われた海苑は、数日前に境内で起こった交霊遊びの件を話した。
「不謹慎な遊びだと思い叱ったのです。そこまで根の深い状態だったとは‥‥」
慈招寺は森と山に囲まれている。村との間は光の差さぬ人気の無い場所も珍しくなく、妖怪が出たという話もちらほら耳にするような土地柄だ。
子供達が『おさとりさま』と呼んだ存在が実在するかはわからない。だが一人が憑き物状態になっている事、なにより行方不明なのは紛れもない事実。
「子達が不安になってはいけません‥‥タエの不在は内密にして動きましょう」
妖怪の実在という最悪の事態を危惧して、海苑はギルドへ人手の要請を決意した。
●幕間
『タエ、お前は特別な子‥‥ワラワのミコ‥‥』
声に導かれてタエが歩む。
神の巫女――タエがずっと望んでいた、特別な存在だと『おさとりさま』は言った。
だからタエは信じていた。自分の願望が妖怪に利用されているだけだとは、露ほど考える事もなく。
●リプレイ本文
●出立
海苑の依頼を請けた冒険者達は、手早く申し合わせを纏めた。
「親御さんが村の子供たちにどのように説明しているか、確認をお願いします」
所所楽林檎(eb1555)が、別移動になるシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)と、タエの不在に関する打ち合わせをしている。
今回の件は隠密裏に動く必要があり、探索対象の不在を知られるようにする必要があった。タエの両親が使っている口実があればそれに合わせ、なければ親戚の家へ使いに行っている事にして貰うように口裏を合わせる。
「私たちは住職さんのお客だね、わかったよ」
じゃ、私は情報収集から始めるねと、シャフルナーズが馬でギルドを発った。
「俺らも行くか。急がなけりゃどうにもヤバげだ」
韋駄天の草履を履きながら木賊崔軌(ea0592)が林檎に声を掛ける。胸騒ぎがした。
(「十一か‥‥好奇心に逆らえる年頃にゃまだ足りね。純粋なだけに厄介だな」)
●捜索開始
草履装備の林檎と崔軌は慈招寺へ赴き、海苑に寺の客として貰うよう頼んだ後、タエが普段使っている巾着を借りてすぐさま森へと引き返した。
「ちょ、あー着物は預かるぜ」
何の躊躇いもなしにミミクリーで犬に変化した林檎は、不思議そうに崔軌の顔を見上げた。
犬の姿とは言え、恋人の変化。
衣服の用意はしておかねば、変化を解いた時が。焦る崔軌とは対照的に、纏めた毛布を背に積んでもらった林檎は淡々として他の荷物を恋人に預ける。巾着から持ち主の匂いを得て、探索を開始した。
一方、シャフルナーズはタエの家を訪問していた。
急ぎの事で不在理由は決めていないと言われたので、あらかじめ仲間と合わせていた親戚宅逗留中として貰う事にする。両親の心配を慮り、早く見つけるという強い意志でシャフルナーズは切り出した。
「タエちゃんは、その『おさとりさま』について、何か話していませんでしたか?」
「いえ‥‥特には‥‥」
『おさとりさま』についての情報は得られなかったが、親から見た娘の姿を知る事はできた。
タエは五人きょうだいの一番上。手習いに出られぬ年齢の幼い弟妹に囲まれて、家庭では小さな母親的位置にいたとか。年齢の割にしっかりしているというのが周囲の大人の評価だが、『一国のお姫様』に憧れるような幼い部分もあるらしい。大人と子供が共存しているような少女、と言えそうだった。
そんな娘が、最近は年相応に見えたと母親は語った。
「お寺での手習いや友達との遊びが楽しいのだと思っていました。家では手伝いばかりさせてしまっていましたから‥‥」
母親は、言葉に詰まって目を伏せた。
匂いを辿る林檎を追う傍ら、崔軌は鷹の夜行を大空に放つ。
林檎の足が速まるにつれ、注意深く空を見上げると、木々の間から夜行が旋回しているのが見えた。
「近いな」
崔軌は林檎に変化を解くよう促した。
此処から先は何時戦闘になるやも知れぬ。村で情報収集しているシャフルナーズが、空の夜行に気付いてくれれば良いがと、崔軌は分かれて行動している仲間を思った。
タエ宅を出たシャフルナーズは、慈招寺を経由して森へ足を向けていた。
(「もし、妖怪がタエちゃんを食べるつもりなら‥‥」)
人気のない場所、慈招寺と村の間を結ぶ暗き森。
昼間ですら薄暗い森の中、足跡を見つけようと注意深く探索していたその時。
木々の間に影が差した。見上げると、崔軌の連れていた鷹が一方向を示すように旋回している。
(「あの辺りに二人はいるのかな」)
合流しなくては。シャフルナーズは空の夜行を標に地上を進んでいった。
●おさとりさま
声が、した。
『お前のチカラを奪おうとしているヤカラが近づいておるぞ‥‥』
タエは身震いした。そんな事になったなら、わたしはただの子供になってしまう‥‥!
わたしは特別な子、神の巫女。ただひとりの、特別な存在。
『お前は‥‥ワラワのミコ‥‥逃げよ、追っ手から逃げよ‥‥!』
タエは駆け出した。
「タエちゃん!?」
夜行の舞う辺り目指して進んでいたシャフルナーズは、向こうから駆けて来る少女に思わず声を掛けた。
呼ばれた少女は驚いて立ち止まると、声がした方向を探す。シャフルナーズを見つけて慌てて逆方向へ逃げ出そうとした。
「待ちなさい。タエ、あたし達はあなたの力を奪おうなどとはしていない!」
逃走方向から現れた林檎が言い放つと、タエはびくりと体を震わせた。
「わたしの力を知っている‥‥!?」
実際には潜伏して様子を伺っていた林檎が、タエ本人である事を確認しリードシンキングで彼女の思考を読んだだけなのだが、タエは泣き出さんばかりに拒否の叫びを上げた。
「来ないで!!」
(「全く、思い込みってヤツは‥‥賭けに出るか」)
状況を見つつ出る機会を伺っていた崔軌は、タエの周囲にちらつく獣の影に気付いていた。獣との距離を目算し、林檎とシャフルナーズに挟まれたタエが身動きできないでいる刻を見計らって一気に距離を詰める。
「きゃっ!!」
獣へ向けて放った爆虎掌は、タエの目の前で寸止めにされた。
「おさとりさま‥‥何故‥‥?」
タエの信じる『おさとりさま』は、その巫女を盾にして身を守ろうとしたのだ。
『ミコたるもの、ワラワを守らないでなんとする』
言い訳だけは立派なおさとりさまの姿を初めて目にして、タエは恐ろしさに身を竦めた。
全身を剛毛に覆われた大猿‥‥これが『おさとりさま』?
素早く崔軌はタエを背に庇った。シャフルナーズが大猿に対峙する。
「本当に偉い神様なら、私達なんか簡単にどうにかできるはず。姿を見せずに声だけ伝える事なんて、冒険者でもできる事だよ!」
「あたしもタエの思考を読みました。神様でなくても、その程度の事はできる。タエ、前を見据えなさい。耳を塞がずに、納得がいくまで真実を手繰りなさい」
林檎が放ったブラックホーリーを喰らって大猿は悲鳴を上げた。善き者には何の痛みも与えぬ魔法、それは『おさとりさま』の正体が善なる者ではない事を如実に表していた。
「お前なんか、神様のはずがない!」
高らかに宣言したシャフルナーズの陰陽の名を冠した両手の小太刀に切り裂かれ、大猿は為す術なく力尽きたのだった。
●終
「ねえタエちゃん、『おさとりさま』は何て言ったの?」
シャフルナーズが問うた。「神の巫女、特別な存在」とタエが答えると、崔軌はぽつりと呟いた。
「選ばれた特別な存在、って‥‥なぁんでそんなモンになりたがるんだか」
「魔法を使える皆さんに、わたしの気持ちなんてわからないわ!」
「甘えないで」
ぴしりと林檎が封じた。タエは余りにも上辺だけの言葉に惑わされ過ぎている。
「実際に自分で見て、聞いて、触れて‥‥体感して真実を経験なさい」
諭すように林檎が続けた。まやかしに惑わされぬ事のないよう、真実を見極める心の強さを身に付けよ、と。
「タエ坊よ、傍目にゃ俺達も『特別』に映るのかも知れねえが、正直代償の方がでけえよ」
崔軌が言った。凄いと羨望の眼差しが、怖いと畏怖される切欠は容易き事。『特別』は決して良い事だけを差すのではないのだ。
「人とは違う特別なタエ、じゃなくてさ。皆の『大好きなお姉ちゃん』なタエ坊は、もうずっと前から此処にいるんじゃね?」
瞬間、タエの脳裏に弟妹やキミの笑顔が浮かんだ。自分も大好きな人たち‥‥もちろん和尚さまも。
憑き物が取れたようなすっきりした顔になったタエに、崔軌は静かに言った。
「なあ、誰かに慕われるってな案外にすげえ事だぜ?」