月契娘
|
■ショートシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月22日〜04月27日
リプレイ公開日:2009年05月02日
|
●オープニング
●逢瀬
小町娘と呼ばれた少女が居た。
大きな街で誇るような大輪の華ではなかったが、近辺の村々で噂になるような野の花のような娘――手塩に掛けて育て上げた両親の細やかな愛情に報いるように、彼女は美しく気立て良く成長した。
秋の頃、娘が急に痩せ衰え始めた。心配した両親は八方手を尽くしたが、娘は日に日に衰弱してゆくばかり。為す術なく遂に娘は命尽き、精根尽き果てた両親も後を追うように世を去ったのだという。
娘が死んだ日の事は、村人の記憶に強く残っている。
秋の冴え冴えとした夜空に輝く満月の――それはそれは美しい月夜だったから。
そして――娘の死後、月の美しい夜には少女の姿を見かけるようになったから。
煌びやかな衣装を身に纏った少女と貴人が月夜の村をそぞろ歩く‥‥誰ともなしに目撃譚が伝わってゆき、それは死んだ娘――みつが恋煩いの果てに命尽き、成仏できずに恋人と逢瀬を重ねているのだと噂された。
●這跡
「実際のところ、おみっちゃんがお公家さんと恋仲やったっちゅう証拠は、何もあらしまへんねん。家族みんな死んでしもとるし」
ギルドへ話を持ち込んだ男は「せやけど皆そない思いたかってんやろな」と続けた。
「そう思いたかった、とは?」
「おみっちゃんの痩せ方が只事やなかったし、徘徊しとったみたいで‥‥発見されたんも、わいの田んぼやってんわ」
係が尋ねると、五平と名乗った依頼人は声を潜めて言った。
みつが死亡した頃から見かけるようになったという少女と貴人の姿は、月の明るい夜に現れる。共に公家を思わせる浮世離れした衣装を身に纏い、うっとりする程の美々しさで何をするでもなく其処に佇んでいるのだとか。五平の田を中心に目撃談が多く、顔かたちをはっきり見た者はいないものの、少なくとも近隣を含めた村の者ではないという事だ。
「はあ‥‥何もしない、ですか。しかもこれは、幽霊かどうかも判りかねますよね。やんごとない身分の方々が、人目を忍んで逢瀬を重ねている可能性はないのですか?」
「それも考えた事があって、春まで放ってたんや。けどな‥‥」
‥‥出よったんや、お公家さんらのおった所に妙なもんが。
村で野焼きが行われたのは先月下旬の事。枯れ草と害虫を炎で封じるのは、新たな命を生み出す為には必要な農作業である。
野焼きの後も男女は月夜に目撃されている。それだけならば人の逢瀬という可能性もあったのだが、枯れ草の潰えた畦には人の足跡ならぬ物が残されていた。無数の蛇が這った跡が残っていたのだ。
「おみっちゃんが迷ってるだけやったら、ぼんさんに頼めばええだけの話や。せやけど尋常やない数の蛇の這った跡やで。もし妖怪が絡んでんのやったら、この先の畑仕事にも差し障りかねん。いや‥‥」
五平は口を噤んで自嘲気味に口元を歪めた。
「‥‥皆、罪滅ぼしがしたいんや。おみっちゃんだけやない、一家全員見殺しにしてしもたと‥‥村のもんは悔やんどるさかい、な‥‥」
一人で依頼するには大金と言える金子を提示した五平は「香典代わりや」と神妙な顔つきで呟いた。
●リプレイ本文
●伝承
「この手の、人の娘さんを誘惑する者は、精霊にもクリーチャーやアンデッドにもおったりしますし‥‥」
ニキ・ラージャンヌ(ea1956)が首を傾げた。
「敵は蛇系の魔物か?」
五平の田に残されていたという這跡の情報に、エメラルド・シルフィユ(eb7983)は魔物の可能性を考える。
「無数の蛇‥‥みつさんは衰弱して亡くなったのよね」
ルンルン・フレール(eb5885)が呼んだ沖田光はモンスター知識に詳しい。思案するルンルンに視線を向けられて、彼は思い付く怪物を挙げた。
「蛇で衰弱というと蛇女郎が浮かびますが‥‥美しい公家の求婚を受けたら大蛇だった、という伝承も各地にありますし‥‥うーん、スキュラとか?」
それに無数の這った跡というのが引っかかりますよね、と彼は結んだ。
「伝承があると言えば、夜刀神とか三笠大蛇がおるんやけど‥‥月夜というのが少々気になりますな。それに、三笠大蛇やと邪悪かというのも‥‥何ぞ悪い状況が重なったのかもしれまへんけど」
ニキが思い付く妖怪を補足する。いずれにせよ正体を見極めてから対応する事になりますやろなと続ける彼に、琉瑞香(ec3981)は別の可能性も示唆した。
「話を伺う限り、妖怪の類のようですが‥‥亡霊の可能性も考慮しましょう」
「一人の娘が犠牲になっているのだったな。摘み取られた彼女の未来、その供養をしなくては」
同じ女として見過ごす事はできぬと、エメラルドが意思を固める傍で、フィディアス・カンダクジノス(ec0135)は静かに考え込んでいた。
(「娘さんとその家族の死は、悲劇的な事ではありましょう。ですが‥‥」)
みつ一家の死と、その後に発生している幻との因果関係がわからない。
「行くか。現場に手がかりが残されているかもしれない」
一同の推測が一段落したのを機に、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)は出発を促した。
●調査
日暮れに差し掛かる頃に村へ到着すると、五平が村人達を集めてくれた。
「何時頃に、どのあたりで見かけたか、覚えていらっしゃいますか?」
瑞香は丁寧に時間と場所の情報を集めていった。みつが五平の田で発見されたのは秋の終わり頃、そこまで遡る事はできないが、フィディアスは瑞香が集めた情報を元にパーストを試みる。
視えたのは、絵物語のような一瞬。美しくはあったが浮世離れし過ぎる情景。
そのまま大所帯で五平の田へ行ってみる。
「確かに尋常じゃない跡が‥‥」
「一箇所でのたくったような跡だな」
「無数の蛇が組体操して、人の語りを作ってたとかも‥‥あるのか‥‥な‥‥」
やだ想像しちゃったと青い顔をするルンルンの足元で、クロウは跡を調べている。
「小源太」
跡が一箇所のみで移動している形跡がない事から、名残がないか忍犬の小源太に匂いを辿らせ、自身は魔法スクロールで感覚を研ぎ澄ませてみる。しかし生命らしき反応は何も感じない。
小源太の後を追うと、忍犬は村を一周して元の田へ戻った。村人達がざわめく理由を、瑞香とフィディアスは知っていた。男女が目撃された場所をなぞっていたのだ。
翌日、みつ一家の住んでいた家へ向かい異変の痕跡がないかを調べる。ここでも小源太は匂いを辿って家の中と外を行ったり来たりした。
(「蛇の這った跡や人が押し入ったような痕跡は残っていないが‥‥匂いはあるっぽいな」)
情報をひとつ得て、クロウは村人の中に衰弱者がいないかを確かめるべく聞き込みに向かった。
(「ここにみつが住んでいたのだな‥‥」)
衰弱の原因を探っていたルンルンに同行したエメラルドは、若くして命尽きた少女を想い悼むように目を伏せた。
「家の中も周りも、病人さんが出ちゃうような環境じゃないですね」
特にこれと言った変調は見つからなかったようだ。
●遭遇
五平の田での張り込みは、連日行っていた。
到着後慌しく配置に就いた初日は、薄曇の掛かった天候故か男女は現れず空振りに終わったが、依頼はまだ始まったばかりだ。
「やはり五平さんの田が最も目撃しやすい場所のようですし、現れるのを待ちましょう」
初日二日目の調査を元に、フィディアスは自分達の行動を信じて待った。仲間達も皆、田を包囲するように身を潜めている。有事の際に瑞香からの援護が受けられるよう、互いの場所を把握して待機した。
(「月夜に現れる男女の正体、か。雅な感じだけど‥‥物の怪が人を誑かしているのなら」)
ただじゃ済まさない。少し離れた所に穴を掘ったクロウは蛇の痕跡があった場所を睨んだ。
それは、突然現れた。
じっと田を見ていたニキには月の光が人型を取ったように見えた。
光の粒が貴人の姿を取り、背を向けている彼の腕から少女が姿を現した――そんな風に見えたのだ。
ニキはデティクトライフフォースで生命反応を探査した。視認できるのは二体、せいぜい数体と思いきや‥‥
(「‥‥六十体!?」)
同時期、スクロールで探査したクロウとルンルンも、その数に驚いた。
蛇の組体操。昼間のルンルンの予想は、あながち間違いでもなさそうだった。
(「来ましたね」)
一方、瑞香はデティクトアンデットを発動した。不死者であれば反応する。
(「一体‥‥という事は、少女か貴人のどちらかが不死者という事ですね」)
冷静に次の行動へ移る。仲間へ合図を送ると、近い場所に潜伏している仲間から順にホーリーライトを手渡して行った。受け取った者はまだの者の待機場所へ移動し交代する。じりじりとホーリーライトの包囲網を狭めて不死者が逃れられないようにする作戦だ。
生命反応の探査情報が瑞香経由で伝わってゆくにつれ、六十という数に皆の緊張が走った。しかしその間も、件の男女はただひっそりと其処に佇んでいるだけというのが何とも不気味ではあった。
充分に距離を詰め逃走の術を封じた上で、冒険者達は平和的解決を試みた。
『あなたがたは、何が目的で此処に夜な夜な現れるのですか?』
『我らは逢瀬を重ねているのみ』
フィディアスがテレパシーで発した問いに、貴人が答えた。
二人のうちどちらかが不死者。少女は袖で顔を隠し、貴人は少女を守るように佇んでいる。害意はない、しかし少女は明らかに怯えている様子が伺えた。
『そちらの女性は、どのような素性のお方ですか』
少女の体が強張った。尚一層頑なに顔を隠し、男の陰に隠れる。少女を庇い、貴人ははっきりと言った。
『この娘は――みつは、我が妻だ』
●神に愛された娘
みつ、と言った。
両親の愛情深く、気立て良く成長し、急激に衰弱して命絶えた娘。
では、袖で顔を隠している少女がみつ、死んだはずの娘だと言うのか。
「貴殿が魔物か‥‥みつを取り殺した魔物なのか‥‥!」
フィディアスの訳を通じて貴人との遣り取りを聞いていたエメラルドが、抑えきれずに呻いた。
村人が噂したように、みつは確かに恋の果てに死んだ。だが相手が魔物では殺されたも同じではないか。同性として遣り切れない想いが先に立ち、エメラルドは愛剣の柄を握り締めた。
そのまま鞘を抜きかねない勢いのエメラルドを制して、フィディアスは静かに交渉を続けた。
『では‥‥あなたがたが此処で逢瀬を重ねる理由は何ですか?』
『我が妻の里なれば』
『そちらの女性が、この村のみつさんだと仰るのですね。しかしみつさんは既に亡くなっている。そして‥‥あなたがたが此処へ現れる事に、村人達は怯えているのです』
少女の正体は知れた。村娘みつは死んだ娘以外にはいない。瑞香の探査の不死者は少女の方だろう。では貴人は――
男は自分を、落ちぶれた神だと言った。月の加護を得た神なのだと。
「‥‥夜刀神、ですな」
ニキの言葉に男は頷いた。そして語った、みつに惚れたのは自分だと。
娘に焦がれて、神の末裔は人の形を取った。夜刀神は群れる事もある精霊だ。恋をした精霊を助けるように数匹が力を貸し、それに群れる形で貴人は誕生した。
だが、人ならざる者の恋は悲恋に終わる。一部の夜刀神が持つ幻影と魅了の力で娘を振り向かせる事はできたものの、力の代償は娘の衰弱を以て現れた。
日に日にみつは痩せ衰えてゆく。だが逢瀬を諦める事はできなかった。遂に娘は死に――男の妻となった。
「哀しい事ではありますが、みつさんには戻る場所があります。戻らなあきまへんのです」
話を聞き終えたニキは、男を、夜刀神を見据えた。不死者を野放しにしておく訳にはいかなかった。
「お引取り願いましょか」
夜刀神は否と言った。自分はみつと添い遂げるのだと。そのままみつを護るように本性を現した夜刀神に迷いはなかった。
エメラルドが先陣を切って夜刀神を斬り付ける。傍で援護しながら、娘の死を悼むような剣捌きだと瑞香は思った。
熟練の冒険者達の敵ではなかったが夜刀神は数が多かった。先に不死者を倒してしまっては蛇に骨を砕かれかねない。遠距離攻撃を持っている者も、途中から蛇の殲滅に集中した。
漸く夜刀神が潰え、不死者の少女は観念したようにその場に膝を折った。
●月下の恋
ジャパン式に祈りを捧げながら、エメラルドが隣で手を合わせる瑞香に問うた。
「みつの事を気にしていたが‥‥村人達にも真相を伝えるべきなのだろうか」
「彼らのせいではないと、それだけは報告しても良いのではないでしょうか」
これは妖怪の利己で死んだ一家の話。村人達が自責の念に駆られるのは筋違いだ。
不死者の少女は倒された瞬間骨となった。
身を覆っていた煌びやかな衣装は消え、残された白骨は清めた。一家の墓へ骨を戻し供養するのは、全員が望んだ事だ。
妖怪の利己が起こした悲劇。想いが空周りした悲恋。
鎮魂歌を奏でていたフィディアスが小枝の笛を唇から離し、吟遊詩人の使命を語った。
語り、伝えてゆく人がいる限り――みつの事も夜刀神の恋もいずれ美しき物語となるだろう。