あぶらぢごく

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月28日〜05月03日

リプレイ公開日:2009年05月07日

●オープニング

●冬が残したもの
 京都ギルドに現れたそれを見て、陰陽寮から出仕している係は、一瞬妖怪が来たのかと思った。
(「塗坊‥‥?いいえ、そんなはず‥‥まさか、お地蔵様が‥‥?」)
 勿論、地蔵であるはずもない。
 僅かな段差に蹴躓きかけた鈍色の物体は、係を認めると、もっそりと辞儀をした。
「お師匠さん‥‥?一体どうなさったのですか?」
「どうしたもこうしたもあらへんえ‥‥見たまんまですわ」
 京市中某所の坂上に家を構え、地歌の師匠で生計を立てている、独り身の中年女性の変わり果てた姿だった。
 太った、という言葉は口にしたくないらしく、師匠は身振りで我が身を示した。
「相談に乗って貰えやしまへんやろか?」

 よっこらせと座敷に上がり、茶を出された師匠は横座りして湯呑みを手に取った。正座すら苦しいらしい。
 その生業からは想像できない野暮ったい服装に身を包んでいる。何かが不自然だと思ってよく見てみると、男物の粗末な着物に有り合わせの帯が、妙にちぐはぐな印象を与えているのだった。
「可笑しおすやろ、着られるもんがおへんのや」
 芸事を生業とする者が、なりを構えない程の体型変化‥‥情けない気持ちがあるのだろうか、師匠は皮肉気に笑った。
「せやけど、このままではあきまへんのや。頼みます、助けてください」

 裕福な家庭の子女を家に招き地歌の稽古をつける事が、塗坊体型の女の生業である。
 師匠の家は急斜面の頂上にある。冬場、路面凍結による坂道での転倒を恐れた師匠は外出を極力控えた。
 弟子は家に通って来る。年の瀬に正月――弟子の家庭から届けられた餅や食料があれば、買出しの必要もない。独り身なれば家事放棄を咎める亭主もおらぬ。
 元々ふくよかな女であった。体を動かす事は決して得意ではない、寧ろ苦手だ。
 かくして独り身の中年女は、最低限の行動のみで生かされ続け‥‥春には立派な塗坊体型になってしまったのだった。

●愛弟子のために
 抱えていた風呂敷包みを解くと、中には粋な色無地と袋帯。一目で余所行きと判る代物で。
「立夏の頃に、弟子の一人が祝言挙げますのや」
 着たいのだと師匠は言った。立夏と言えば、あと一月もないではないか。
 元々着用していた自分の寸法に合った衣装との事で、袖丈等の直しは必要ない。しかし胴回りが増えた事により、胸元の合わせの収まりが悪いのだ。反物は幅が決まっているものでもあり、元より幅一杯に仕立てていた師匠の着物は、これ以上広げようがないのだと言う。

 声を潜めて、師匠は痩せたいのだと打ち明けた。
「ほら、少ぅし前に流行りましたやろ、ええと‥‥」
「もしかして『足軽式痩身法』ですか?」
 足軽式痩身法。退役した足軽大将が、部隊の指揮そのままの訓練を施すという触れ込みで、かつ足軽大将の特異な人柄が話題を攫った流行の痩身法である。
「そうそう、ソレそれ。うち、アレあきまへんでしてん。何やこう‥‥体をよう動かすもんは、どうも」
 試したらしい。しかし敢え無く断念。平生体を動かしていない身には耐えられるものではなかったようだ。
「此処に来てはる人らは、痩せたはる方が多うおすやろ?何ぞコツでもご存知かと思いましてん」
 ギルドに屯する冒険者達を羨ましげに眺めながら、ご教示願えませんかと塗坊は頭を下げた。

●今回の参加者

 ec6381 シャールーン・アッジィーク(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec6386 白 宵藍(19歳・♀・僧兵・人間・華仙教大国)
 ec6398 坂東 沙織(34歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ec6402 カレン・バーソロミュー(30歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec6467 薮下 輝(20歳・♂・侍・パラ・ジャパン)

●リプレイ本文

●ひとり
 白宵藍(ec6386)は待っていた。
(「お仲間の皆さん、来てくれるでしょうか‥‥」)
 ギルドで顔合わせできなかった同行者達。
 暫く待ってみて、宵藍は係に師匠の家の場所を確かめると、ギルドを後にした。

 師匠の家は高台にある。話には聞いていたが坂下から家のある方向を見上げると、かなりきつい斜面だ。確かに、路面が凍結した際は危険と思われる。しかし、だからと言って出不精の理由にはならないだろう。寧ろ、毎日上り下りを繰り返していたならば、適度な運動になっていたに違いない。
 宵藍は急斜面にも臆する事なく坂道を登って行く。背をぴんと伸ばして登ってゆくさまは、依頼を請け始めて間もない初々しさと希望を感じさせた。
 坂上に建つ邸は一人で住むには大き過ぎる印象を宵藍に与えた。
 師匠は独り身だと聞く。通いで多くの弟子が訪れるとは言え、寂しくはないのだろうか――正門へまわり訪問を告げて、宵藍はふとそう思った。
「初めまして、白宵藍です」
「ばい、しゃおらん、はん‥‥?ようこそ、お越しやす」
 きびきびと挨拶をする十三歳の少女に笑顔を向けて、師匠は中へといざなった。
 邸の中は案外に小ざっぱりとしている。通いの弟子達が片付けているのだろうか。宵藍は前を歩く依頼人の背を見つめた。首から肩にかけて、丸く盛り上がっている。
(「体型が変わってしまったんですよね‥‥」)
 同じ女性として、さぞや辛かろうと気持ちを添わせながらも、それだけに必ずや師匠を元の体型に戻そうと、宵藍は固く心に誓った。

●生活改善
「餅はいけません、餅は」
 まずは、と宵藍は師匠に食事改善の提案から始めた。厨へ案内して貰い、食材を検分する。全て貰い物だと言う食材はどれもこれも高価なものばかりだったが、値などは関係ない。宵藍は容赦なく選り分けてゆく。
「主食はお米で構いません。ですが、お粥で頑張ってくださいね」
 顔が映るほど薄いお粥ですけど。続いた言葉に師匠の顔が引き攣った。さすがに重湯に近いものを主食にするとは思わなかったようだ。
「僕も同じ物を食べますから。一緒に頑張りましょう」
 そう言われて不承不承頷いた。
 勿論、薄い粥だけでは改善にならない。栄養は考えてある。副菜を豆腐や野菜を主にし、味噌汁の具材を見直す。夕食の準備どきでもあって邸の外をボテ振りが行き交っていたので、豆腐屋と魚屋を呼び止めて求めた。今日はともかく、明日からは街まで買出しに向かおうと考える。あの坂道を上り下りするだけでも、そこそこの運動になるだろう。
「今夜は冷奴にしましょう。まだ新しいですし、魚は塩を振って焼くだけでも充分美味しそうですよ」
 師匠は素直に頷いた。

 翌日。
 宵藍と師匠は街へ買出しに行った。買うのは今日食べる分のみだ。宵藍の指示で、野菜を中心に買い求める。根菜は存外に重く、急斜面を登るとかなりの負荷がかかった。
 初夏の陽気に晒されて、邸に着く頃には二人とも汗だくだ。
「いい汗かきましたね。さあ、もうひと仕事しましょう」
 まだ息の整わぬ師匠を励まして、次なるは蒸し風呂の準備だ。宵藍が率先して薪を割るのに背を押され、師匠は井戸と風呂場を往復して水を運んだ。
 やがて風呂が沸くと、入浴前にと宵藍は師匠に湯呑みの白湯を勧め、入浴中にもこまめに摂取するように伝えた。
「汗をたくさんかいて、体の代謝を高めましょう。お風呂から出たら水分補給、休んだ後でもう一度お風呂です。繰り返してくださいね」
 ひとつひとつは日常的な事かもしれない。だが繰り返す事が意味を成すのだ――が。

 三日目。ものの見事に師匠は筋肉痛になった。
「うち、もう動けまへん‥‥」
 同性なのを幸い、師匠は寝間で布団を被ったまま顔も出そうとしない。部屋まで起こしに来た宵藍は、すっと息を吸い込んだ。
「起ーきーなーさーいーっ!」
 耳元で怒鳴られたから堪らない。師匠はひぃと言って飛び起きた。途端にいたたと顔を顰める。宵藍は師匠の筋肉を揉み解し、今度は優しく慰めた。
「痛むのは昨日頑張った証拠ですよ。続ければ慣れます。さあ今日も頑張りましょう、お弟子さんの晴れ姿の為ですよ」
「‥‥そうやね‥‥ありがとう」
 子がいれば、この子よりも少し年嵩だろうか――娘ほど歳の離れた宵藍に諭されて身支度を整えながら、師匠はぼんやりとそんな事を考えた。

 その後も、一日に行う事は変わりなかった。
 こまめに動き三食摂取する。家事を行い、食材はその日食べるものだけを買い求めて来る。
 至って簡便。日々を丁寧に生きる事。
 宵藍に発破掛けられ宥められ、最初は筋肉痛を訴えた師匠もそのうち苦にしなくなってきた。元々独り身の女だ。弟子達という名の手足に頼る事を止めれば、動く事はそう苦痛でもなかった。
 宵藍が共に過ごした五日間では、そうそう簡単に痩せる事はできなかったが、師匠の生活は劇的に変化した。このまま今の生活を続ければ、いずれ元の体型に戻るだろう。
 最後の日、師匠は宵藍を衣裳部屋へ案内した。戸惑う宵藍にあれこれ衣装を当ててみる。
「弟子達が娘みたいなもんやと、思ってました。何や、新たに娘が出来たようで‥‥この五日、辛くもありましたけど楽しおしたえ」
 宵藍に最もよく似合った一枚を土産に持たせると、師匠は「おおきに」深々と頭を下げて見送ったのだった。