【富籤屋】割れ鍋に綴じ蓋
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■イベントシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:14人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月12日〜05月12日
リプレイ公開日:2009年05月22日
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●オープニング
●男の言い分
「なァ、お千佳‥‥金貸してくんねェかな」
閑散とした江戸ギルドに、お調子者の自称冒険者が居座っている。どうやら借金をしたいようなのだが、
「私はお千佳さんとやらではありませんし、銀次さんにお金を貸すつもりもありません」
今日応対に出た女性係員はにべもない。やたら真面目でお堅そうな係を前に、銀次と呼ばれた男は鼻白んで毒づいた。
「けッ、そんなんじゃ男にモテやしねェぜ」
「銀次さんにもてなくても、私は一向に構いません」
傷付く様子もなく切り返す係に、銀次は仕方ねェなと顎をしゃくった。
「‥‥じゃァ、仕事の話だ。面倒臭いが、富籤屋の興行を始めるぜ」
「冒険者の奴らは上得意さんなんだがよ、当たり籤を探すのが面倒なんだ」
‥‥いきなりそう来たか。
罰当たり経営者は、購入上限三組までなと続けた。
「これでも充分モトは取れらァな」
一体、何人の客を呼ぶつもりなんだか。収入と必要経費を脳内算出しつつも、顔には出さず冷静に筆を走らせる係を他所に、銀次は自信満々だ。
「差し出た事を伺いますが‥‥何故、急な金子が必要に?」
勿論依頼書には書きませんよと断って、係が尋ねると銀次は顔を顰めた。
「遊びで付き合った女に、所帯を持とうって迫られてンだよ‥‥」
手切れ金を捻出したいという訳だ。
●女の言い分
数刻後、見慣れない娘がギルドの入口を潜った。
「こちらに銀さん、来ませんでしたか?」
どうやら銀次の知り合いのようだ。今日の応対をした女性係員は、これも仕事と娘の応対に出た。
「‥‥あ、あなた!銀さんに言い寄られたりしてないでしょうね‥‥!」
「いつも丁重にお断りしておりますが、何か?」
開口一番失礼な事を口走る娘に、係は冷静に応えを返す。銀次が他の女と間違えたり口説いたりするのは何時もの事で、社交辞令のようなものだ。一々気にしていたらキリがない。
「そ‥‥良かった、わたしの恋敵ではないのね」
「恋敵!?」
「あなたになら、お願いできそうだわ‥‥」
お登勢と名乗った娘は銀次と二世を誓った仲だと打ち明けた。
「あの人‥‥モテるでしょう」
‥‥いや、女癖の悪いお調子者だと思うが。
許嫁を名乗る娘は、祝言までに男を真人間にしたいのだと言った。
「富籤屋なんて不安定な仕事をしているから遊郭へ通うのよ」
絶対違う。銀次は飲む打つ買うが心底好きな、浮き沈みの激しい根無し草だ。間違っても堅い人生は歩めまいと内心否定しながらも、係は落ち着いた表情でお登勢に尋ねた。
「それで‥‥ギルドへ何を依頼に?」
「富籤屋の興行を妨害していただきたいんです」
娘は物騒な事を真顔で言い切った。
勿論手荒な真似をしてくれとは頼まない。銀次は富籤屋が儲かると踏んで店を続けているのだから、赤字を出せば店を畳むに違いない。客が富札を買わないように根回しするとか、当たり札をこっそり購入者の札に混ぜるとか、小細工をして欲しいのだと語った。
「‥‥あの、あくまでも、わたしの依頼だという事は内密に‥‥」
(「銀次さんも銀次さんなら、お登勢さんもお登勢さんですね‥‥」)
口外致しませんよと返しつつ、依頼書を張りながら係は溜息を吐いた。
●壁に貼られた依頼書二枚
『第2回富籤:参加者募集』
・一等:四桁全て合いし札『金10G』
・二等:下三桁合いし札『金5G』
・三等:下二桁合いし札『金1G』
・四等:下一桁合いし札『金10C』
『富籤屋・御手伝人募集』
・初期報酬1G、成果報酬有。委細、依頼人に確認の事。
●リプレイ本文
●富籤屋
久々の興行に、銀次の富籤屋はそこそこの賑わいを見せていた。
「‥‥お、来てくれたかい」
冒険者達の姿を認め、銀次はご機嫌だ。何せ冒険者は大口購入してくれる。ひのふの‥‥人数に組数を掛けて、取らぬ狸の皮算用を決め込む有様だ。
「鍛冶屋も結構物入りでねえ‥‥」
苦笑しながら、ダイアン・シュンカ(ea9107)が上限一杯、三組を購入する。妨害する輩が出ないか警戒も怠りない。興行は大金が動く事でもあり、不逞の輩が現れないとも限らないのだ。
「私も最近、家計が苦しくて」
ルースアン・テイルストン(ec4179)は、ジャパンの神にお参りして来たとか。当たるかしらねと、柔らかな物腰で一組を選び出す。
「上手く稼げりゃいいんだけれどもねえ‥‥おや、あれは何だい?」
ダイアンが、近くで開いた貸し店舗を見て言った。何だ何だと一同覗き見る。
「富籤屋‥‥?おい、お登勢じゃねェか、何でンな店出してんだよ!」
銀次が吼えた。
●商売敵
さて、時間は少し遡り‥‥お登勢の側に付いた冒険者達の話。
「銀次の妨害をするのは至って簡単だ」
イリアス・ラミュウズ(eb4890)は事も無げに言い、自らの所持金をぽんと差し出した。戸惑うお登勢に富籤屋をやるので手伝って欲しいと続ける。
「儲かる商売なら他人が真似をし始めるのは至極当然の流れだろう」
イリアスの目論見は、類似店を出す事で銀次の店を廃らせ懲りさせる事。そういう事でしたらと、お登勢の人柄を見極めに訪れていた齋部玲瓏(ec4507)も協力を申し出る。
「銀次さまの富籤屋さんを観察して参りましょう」
敵情視察、ついでに策をひとつ。玲瓏はにっこりと品の良い笑みを浮かべた。
玲瓏はまず銀次の富籤屋の外装や内装、客層などを観察し、次に籤の販売や当選方式を観察した。
籤札は一万枚、当選方式は番号の記された回転式の的に矢を刺さらせる趣向のようだ。これではイカサマは難しいだろう。ギルドの係から聞いた妨害相手の人柄を思い出す、飲む打つ買うが心底好きな根無し草――商売すら賭け事にしてしまう危うい男と言えそうだった。
不信感を募らせつつも意を決して銀次を訪れる。購入者かと喜ぶ男に、礼儀正しい神主は挨拶を済ませて持参の数珠を差し出し言った。
「興行成功を願って本日終了までを限りに、この数珠をお貸しいたします。必ず持っていてくださいね。ですが‥‥失くされたりお返しいただけない場合には‥‥災厄が降りかかりましょう」
非常に貴重な数珠である。失くされてはかなわないので釘を刺すのも忘れない。美人の助力に鼻の下を伸ばした銀次は、疑う事なく拝借した。
貸した数珠はレミエラの加護を受けている。良い具合に事が運べばと願いつつ、玲瓏が店を出た先で目にしたのは――兎。
「‥‥な、何だ?私に何か付いているか?」
付いているでなく憑いている、かもしれません。桜の浴衣、桃色の兎面に兎耳。
「陸堂さま、では‥‥?」
「‥‥!ち、違うッ、そ、その名で呼ぶんじゃない!」
面識ある玲瓏にその名を呼ばれ、陸堂明士郎(eb0712)は大いに焦った。鉄扇を握り締め、気持ちを落ち着かせる。
「私は‥‥兎耳大明神」
大明神らしく威厳を以て名乗るが、姿も妙なら名も何か変。
実は明士郎、源義経家臣である。富籤なる遊興の賭博、大っぴらに購入するのも気が引けて変装したという訳だった。
「かーちゃーん、あれなーにー」
「しっ、見ちゃいけません!」
却って目立ってしまっているような気もするが、それはそれ。いっその事、その姿で客引きをするのも良いかもしれない。
●両者盛況
兎耳大明神のご利益か、銀次の富籤屋を訪れる冒険者は途絶える事がなかった。
‥‥が、今は狭い店内を人垣ができている。
怖い位の気魄、真剣な面持ちで悩み立ち尽くす大柄な侍がひとり。結城友矩(ea2046)である。
ふっと空気が緩む。友矩は思い浮かんだ数字をおもむろに銀次へ告げた。
「29、128、389だ」
何事にも真剣に。この男の生き方は、遊興すら真剣勝負なのかもしれない。
「あたしはコレにシようっと♪」
御陰桜(eb4757)は一組を選び、傍らの少女に「鐶ちゃんは何番?」と尋ねた。
当の瀬崎鐶(ec0097)は表情少なく勘で三組選び取る。賭け事師・銀次が呆気に取られた程の淡白さであった。
お登勢の富籤屋も負けてはいない。
「一攫千金の夢を見てみませんかー」
素人臭い呼び込みだが、お登勢の初々しさとイリアスの挙げた当選金額に釣られて、続々と人が入る。此方の賞金は銀次の店の倍、一等20Gなのだ。
遊びなれた銀次と違い、お登勢は如何にも素人の娘だった。しかし親の伝手などそれなりの人脈は持っていて、店の仕度から富札の製作まで、順調に事が進んだ。
(「興行は成功しそうだな‥‥」)
一枚ずつの買い手が多いものの、購入人数は銀次の店を遥かに上回っている。
野次馬を決め込んだレイナス・フォルスティン(ea9885)は、客の中に肌の綺麗な娘を見つけて声を掛けてみたり、銀次の手伝いに来ている姐さん方にちょっかいを出してみたり。
(「熱くなってる奴ら、いるものだな‥‥」)
銀次の富籤屋で一組を購入したゴールド・ストーム(ea3785)は、冷静に客の様子を眺めていた。
ゴールドにとって今回の富籤は運試しだ。当たる当たらないは大して気にはしていない。
(「胴元が儲かるのは決まってるのに‥‥な」)
富籤は夢を買う、当たった夢を買うのだと、誰が言ったか運試し。
●抽選
両者多少の札を売り残した状態で抽選会が始まろうという中、一騒動起きた。
「悪いね、不埒な輩に手加減する気もないんでね」
「貴様等が何処で悪事を働こうと、この私が決して見逃さん!」
ダイアンの容赦なしのホールドが決まり、明士郎の鉄扇が唸る。ちんぴら共には今日は運が悪い日だったようだ。
「何故なら‥‥兎の耳は長いからだ!」
兎耳大明神の口上に、やんややんやの大喝采。これは既に別の興行と思われているかもしれない。
そんな中、銀次は素手で、お登勢は吹き矢で矢羽を的へと飛ばした。
「「「いーち、ぜーろ、ろーく、いーち」」」
お登勢が嫉妬しそうな綺麗処の姐さん達が、銀次の投げた先にある番号を読み上げる。
「ま、良いか。稀に損をするのも厄落としでござる」
選んだ時の真剣さとは対照的に、外れた友矩の反応は淡白でサバサバしていた。真剣なればこそ、後悔なく次へ臨めるのだろう。去ってゆく後姿は何処か晴れやかにさえ見えた。
●穏やかな陽の下で
「当たっちゃったわねぇ♪鐶ちゃん、お茶シに行かない?」
一等当選金を手にした桜は鐶と一緒に店を出た。鐶がお茶に拘りがある事でもあるし、たまには奮発してと少し高そうな茶屋へ出向くと、共に玉露と店の名物団子を頼む。
着物や小物、恋人の話‥‥言葉数少なく表情の動きも少ない鐶が照れてほんのり顔赤らめる様子を桜は可愛らしいと思う。恋する娘が二人、話が尽きる事はない。
ルースアンは木霊のアイリーンを伴って江戸観光だ。籤は外れてしまったけれど、富籤屋の並びにある玩具屋を覗き、緑豊かな場所に縁台を出している茶屋で柏餅を食す。木々の緑は青々として、初夏の日差しが輝いて見えた。
日差しを避けて川辺を歩む二人がいる。
橘一刀(eb1065)と和泉みなも(eb3834)だ。二人は許嫁の間柄、特別何を話すという訳ではないが、傍に寄り添い合う二人は一対の雛人形のようで、涼やかな川辺の風景に馴染む清らかさであった。
そぞろ歩き、昼になれば木陰で一休み。
みなもが早起きして作った弁当は丁寧に作られていた。料理人のような緻密な技術はないけれど、一刀の好みに合った味付けに作られているのは、付き合いの長い幼馴染の間柄ならではだ。
幼馴染は愛しい人の心づくしを食して、のんびりと時を過ごす。昼寝をしている膝上の一刀の寝顔を眺めて、みなもは共にいられる事の幸せを感じていた。
●男と女
「ゆくゆく所帯を持たれるのであれば、お登勢様の礼儀作法は肝心かと存じます」
客が引けたお登勢の富籤屋に現れたのは高川恵(ea0691)、有職故実家である。
丁寧に辞儀をした恵はにこりと笑った。
「何か御商売を営まれるのであれば、尚更の事でございましょう」
「は、はあ‥‥」
お登勢は恵の調子に飲まれている。銀次の妻になると心に決めていたものの、商家の嫁になる覚悟まではできていなかったのだ。
玲瓏が貸した数珠を受け取りに行くと言うので、お登勢は銀次の店へ出向いた。
「何でェ何でェ、お登勢まで富籤屋開きやがってよゥ」
銀次は然程機嫌が悪いようでもなく女を出迎えた。
「銀さん、わたし‥‥」
『‥‥ったく、クロだったけどよ、おめェの手切れ金まで稼げなかったぜ』
「‥‥え‥‥?」
銀次にレミエラの紋様が浮かんだのを玲瓏は見逃さなかった。貸した数珠には本音を漏らす効果がある。銀次の本音はお登勢と別れる事だったのだ。
数珠を返して貰って、玲瓏は静かに言った。
「帰りましょう、お登勢さん」
「お登勢ちゃん、売り上げ上がったよ!」
茫然自失のまま店に戻ると、興奮した手伝いに出迎えられた。
今まで見た事もないような金子が目の前にあった。けれど、もうどうでも良い。店舗の借り賃や富札製作に掛かった経費の全てを負担してくれたイリアスに、そっくりそのまま差し出すと彼はそれを制して言った。
「その金をどう使うか、お登勢次第だ」
戸惑うお登勢にイリアスは重ねて言う。
「銀次のような男は、女が自分で養うくらいの度胸でなければどうしようもない」
「自分で養う‥‥?」
暫く考えて――お登勢は、こくりと頷いた。