【真名・水】水の目覚め
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■ショートシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月23日〜05月28日
リプレイ公開日:2009年06月03日
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●オープニング
●川姫
「和尚様、今日は川姫さまのお話、してー」
「そうさの、あの姫は‥‥」
老いた住職の昔話。
齢八十を過ぎた老僧が日向の境内で語る昔話は、いつも浮世離れし過ぎていて大人達は本気にはしなかったけれど。
子供達と寺男の孫七、そしてギルドに関わる者達は知っていた。本当の事だ、と。
京から少し離れた澄んだ湖のほとりに、その精霊は棲んでいる。
おっとりとした口調ながら水霊の気性は激しく、よく怒りよく笑った。朗らかなようでいて時折見せる寂しげな表情が老僧は気掛かりで、身体の自由が利いた頃は季節ごとに訪れたものだが――今は代理を立てるのが精一杯だ。
「‥‥と、土地の者達には、川姫の涙で出来た湖だと伝えられておるのじゃよ」
「かわひめさま、かわいそう‥‥」
多くの子にとっては聞き馴染んだ昔話であったが、初めて川姫の話を聞いた年少の子がぽつりと言葉を漏らした、その時。
「りょーかんはん、りょーかんはん」
小さな人型の生物が姿を現した。子供達はびっくり、次いで興味津々、生物に触れようと手を伸ばして逃げられたりしている。
「済まぬな、その子をこちらへ通してやってくれぬか」
子達に道を開けさせて、良寛は言った。
「川姫様の使いじゃよ」
●死霊
「りょーかんはん、たすけて」
水のエレメンタラーフェアリーを使いに出せる良寛の知り合いは、川姫以外にはいない。その使いが『助けて』と言っている。そもそも川姫が使いを出すなど余程の事態と言えた。
「‥‥見せて貰うて、構わぬかな?」
良寛は水精霊の子に許しを請うと、記憶を覗き見た。一瞬、老僧は銀の光に包まれる。大人達の知らぬ良寛の姿である。
『ミズウミ、シビトタクサン。シンカデキナイ。ヒメサマ、ミンナヲマモッテル』
良寛の脳裏に流れ込む情報、己の記憶を照らし合わせて、良寛は孫七を呼んだ。
「孫七、済まぬ。急ぎギルドへ向かっておくれ!」
「良寛様のお話では、川姫様の湖に死霊侍の集団が現れたようなのです」
取るもの取りあえずギルドへ出向いた孫七は、己の主が得た情報を伝えた。
曰く、川姫が棲まう湖は一部の水精霊が進化の儀式を行う場所で、ちょうど今の時期がそれにあたり、湖には多くの水精霊が集っているのだとか。
通常、妖怪変化の類が現れたとて、川姫にも退ける力はある。しかしそれがままならぬ数となると――良寛の考えでは、此度湖に現れた死霊侍は数にして十体以上はいると推測される。同時に、川姫は水精霊を護るだけで精一杯のはずだから、戦力としては期待できない。
死霊侍の出現で儀式が遅れているのであれば、討伐後に参列を請うてみてはどうだろうか。
先の京都戦の傷跡は深い。死霊侍達も見方を変えれば犠牲者なのかもしれないが、放っておく訳には参りませんと伝え切り、役目を終えた寺男はその場に崩折れた。
●リプレイ本文
●天の導き
偽りの命を吹き込まれたシビトに囲まれた川姫は、ざわめく水精霊達を宥めるので手一杯だった。
格下の死霊侍に後れを取る自分が歯痒い。だが今はこの子達を守る事が先決だ。
我が身を盾にした川姫の身体にまたひとつ、かすり傷が増えてゆく。姫の腕を抜けて遠くへ逃れようとした精霊が、移動よりも早く死霊侍に切り伏せられた。それを見た精霊達がさらに混乱へ陥る中、姫は旧知の友の許へ向かわせた精霊に思いを馳せた。
「助けが来てくれるから‥‥みんな‥‥それまで辛抱して‥‥ッ!」
きっと‥‥必ず良寛は気付いてくれる。試練の名を借り、冒険者達を寄越してくれた人だもの。
気丈に髪を一振りした川姫が、これ以上の犠牲を出すまいと死霊侍達を見据えた、その時。
死霊侍の群れが退いた。
遠くに見ゆるは、銀糸輝く白絹の旗。空高くペガサスに跨る麗人は冒険者――
旗振るは琥龍蒼羅(ea1442)、天馬白耀に跨り引魂旛を振りかざす。旗を認識した死霊侍達は、空上の将軍が如き蒼羅の誘導に従った。
(「気付いてくれたんやね‥‥良寛はん、おおきに‥‥」)
信じた事の成就に眩暈すら感じながら、まだ戦いは終わっていないと気を引き締める川姫に思念が飛び込む。
『やあ、また会えて嬉しい‥‥けれど、のんびり再会を喜んでいる暇は無さそうだね』
エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)だ。手短に挨拶と情報交換を済ませ、護衛を兼ねて水妖のリュドミーラを川姫へ就けた。
蒼羅を乗せた白耀は湖から離れた場所へと死霊侍達を導いてゆく。仲間達が潜伏している場所、真の戦場へ。
●迎撃準備
「雫ちゃん、リリーさんの言う事をちゃんと聞いてね。雲母ちゃん、雫ちゃんの面倒見てあげて」
「クレメンタインも大人しくしてなくちゃダメですよ」
他所へお泊りする娘姉妹を言い含める母親の如き様子なのは鳳双樹(eb8121)、とエルマ・リジア(ea9311)。
非戦闘要員達は戦いに巻き込まぬよう、ステラ・デュナミス(eb2099)の川姫・リリーや、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)のケットシー、アリス・リデルと行動を共にさせる。
「接敵まであとわずか‥‥かな」
準備を済ませ、全体を見渡せる場所に位置取ったエレェナが戦闘開始を告げた。
「ステラお姉さん、お願いします」
フレイムエリベイションを頼むジャンがちょっぴり緊張しているのは戦いの前だから、顔を赤らめているのは‥‥ステラが綺麗なお姉さんで胸が大きいから。
気付くか気付かぬか、微笑んだステラが赤い光を帯びる。近接して戦う事になる者達にも術を施してゆく。
「オーラ要るもん、居らへんか?」
愛刀・姫切にオーラパワーを付与しつつ九烏飛鳥(ec3984)が声を掛けると、妙道院孔宣(ec5511)がお願いしますと応えを返す。よっしゃと飛鳥が付与すると、礼を述べた孔宣は対死霊戦に備えてレジストデビルを己が身に掛けた。
●防衛
「射程に入りそうです‥‥行きます!」
最前列で詠唱準備に入っていたジャンのライトニングサンダーボルトが炸裂した。怯む様子もなく、蒼羅に導かれ此方へ近寄って来る死霊侍達に、エルマがアイスブリザードを重ねる。接近戦に持ち込む頃には骸骨達はかなりの損傷を受けていた。
白耀から降り立った蒼羅が寄ってきた不死者を杖で叩き伏せ、竜巻で巻き上げる。
「単体の強さではなく数が厄介だな」
「せやけど、たまに強いんが混ざっとったりするけん気ぃつけや!」
舞いあがった敵に鋭い斬撃を与えながら飛鳥が警告を発した。雷を束ねた剣を手に敵へ止めを刺す蒼羅と言葉を交わす。
「毎度ながら‥‥死人ってやちゃぁ無粋なこっちゃ」
「ほかに原因があるかも知れんな」
二人が考えるのは昨今のジャパンの治安、殊に丹波でのイザナミ軍侵攻は記憶に新しく、此度の件も無縁とは考え難いものだった。
「同じ侍とは言え、死霊に遅れを取るわけには参りません!」
「鏡月!」
精霊の加護を受けた扇で双樹が攻撃をいなすと、孔宣の直刀が朽ちた骨を叩き壊した。湖の儀式の為にも、突破される訳にはいかなかった。
目の前にある動く屍を悉く破壊し切った二人は、残存する敵がいないかを確認する。
「う‥‥臭いがきついですね‥‥」
「ですが、不死者の反応はしませんね」
デティクトアンデットで周囲を探っていた孔宣は方法を変えて情報収集を試みたが、周辺に不死者の気配は消えていた。
「川姫の所にも、不死者は残っていないようだね」
戦況と湖の状況をテレパシーで通信していたエレェナが、打ち漏らしはないようだと告げる。静かに目を伏せ、白き竪琴で追悼の曲を奏でた。
「死して尚、彷徨い続けた魂達に‥‥せめて、安らかな眠りが訪れん事を」
●水童女
湖に行くと、川姫が岸に上がって待っていた。
(「この川姫さんの名の象徴‥‥」)
一同が息を呑む中、面識のあったステラが思案を巡らせる。
その真名を示す象徴は浪打ち際の貝殻。以前出逢った時に故郷を想い涙した川姫、彼女の涙でできた塩湖という伝承‥‥それは、きっと。
(「元は海にいた、のよね‥‥」)
初めて全貌を現した川姫は、人魚を思わせる下半身を持っていた。
儀式への参列を請うと、川姫は快く応じた。湖に集った同胞に冒険者が連れていた精霊達も何だか嬉しそうに見える。
クレメンタインを通じてエルマの厚意を感じ取った川姫は「おおきに」と微笑んだ。
「おーきに」
そのまま伝えるクレメンタインにエルマが困った顔をしていると、そこにジャンの助け舟。
「『おおきに』とは『ありがとう』という京言葉ですよ」
謝意を感じ取ったエルマは安堵して、柔らかな微笑みを浮かべた。
通訳したジャンは、水妖のカミュに目を向ける。仲間にジャンの好きな控えめな微笑みを向けているカミュへ、日頃の謝意と共にこれからもよろしくと心で語った。
(「折角の機会だ、帰るまで自由にしているがいい」)
藍瑠が何やら川姫と話している様子を眺めながら、飛鳥と共に周囲への警備へ向かおうとした蒼羅は、川姫に呼び止められた。
「この子は、蒼羅はんの演奏が大好きやねんてね。聞かせて、うちらにも」
主ある精霊が最も望むもの、それは主との絆だから。
精霊達を引き連れ再び水中へ入って行った川姫は、湖の中央に半身を見せた。囲むように宙に浮く精霊達は神妙な面持ちで川姫を見つめている。
双樹が今でも思い出す、二人を引き取った際の嬉しい言葉。
『大事にしてくれると信じる』友人の言葉通りに、大切に見守り育ててきた雲母と雫は、今では大事な家族だ。
一人っ子のエルマにとって、クレメンタインは妹のような存在で。
上手くお祈りできなかった子が立派に役目を果たせるようになった日の事を喜びと共に思い出す。
(「‥‥懐かしいね、リュドミーラ」)
湖面に参列する水妖が小さな妖精だった頃、そして今の姿へ成長した時の嬉しさを。
今のままでも、いつか進化する日が来ても――君は、私の大切な存在。
――と。
精霊達が水球に包まれた。それは水の卵のようで、それぞれの透けて見える中では精霊が我が身を抱いて眠っているように見える。
どのくらい時が経っただろうか、精霊を残し水球が湖面へ落ちた。
水しぶきが静まった其処には――姿を変えた一部の精霊が、いた。
「ウンディーネ、ではない‥‥わよね?」
己の精霊知識と照らし合わせた上で、ステラが疑問を口にした。其処に居たのは見た事のない精霊。
「違いますよね‥‥」
エルマの確認に、その場にいた知識持つ者達が同意する。
そしてもう一人、最も驚いているのは――川姫。
「なんで‥‥なん?」
全ての精霊が変化したのではなかった。ごく一部の、この湖で川姫が使役していた水精霊が童女になっていた。和装の袖が鰭のようになっていて足がある。勿論、ごく普通の進化を遂げた者もいたが、それだけに尚の事異様に映った。
「ひめさま」
童女の一人が言った。良寛の許へ命がけの伝令を果たした精霊だ。
「ひめさま、おーきに」
水童女の言葉に、川姫の頬を嬉し涙が伝い落ちた。
●塩湖の姫
儀式を終えて、それぞれが主の許へ戻ってゆき。
「この地は元々死霊侍が現れるような土地柄なのか?」
「偶然集まったんやぁないな?」
蒼羅と飛鳥は戦闘中に抱いた疑問を投げた。
湖の主としてこの地を見守って来た川姫は、哀しげに瞼を伏せた。
「先の戦で兵として駆り出された村人なんよ‥‥」
曰く、数のものとして無理矢理徴兵された村の男衆は生きて帰る事なく、それどころか悪しきものに触れた事で不死者化してしまったのだと言う。
倒さねば村に残された者にも被害が出る、しかし時は進化の儀式の折で周辺から精霊達が集まって来ていた。死霊侍達は手近に居た精霊達に刃を向けた。川姫は精霊達を守り良寛へ伝令を出すので手一杯になってしまったのだと語った。
「そういう事でしたら、探査範囲を村周辺にも広げた方が良さそうですね」
孔宣は皆に一礼すると、教えられた村への方向へと去って行った。
「あなたは、海に居たの?」
ステラの問いに静かに頷く川姫。もう戻れはしないけれど、と寂しげに笑った。
「また機会を見つけて会いに来るよ。この前よりも、更に多くの物語を仕入れて、ね」
川姫の涙の湖、美しくも寂しい伝承を持つこの地の主へ、エレェナは敢えて明るく言葉を紡ぐ。
「ええ、過去の涙は拭えないけど、これから辛い涙は流す事がないように‥‥友の一人になれれば、と思うわ」
ステラの申し出に、川姫はそっと顔を寄せて真名を告げた。『みしを』と。
川姫の良寛への伝言は、感謝の言葉と冒険者達への助力の約束。
寂しい伝承が変わる事はないけれど、もう彼女が哀しい涙を流す事はない。そして子供達は、良寛から新しい伝承を聞くだろう。