三者三様〜過去の女
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■ショートシナリオ
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月21日〜06月26日
リプレイ公開日:2009年06月30日
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●オープニング
●過去の女
女主人は病の床に臥せっていた。
心に浮かぶは、恋うる男の顔。時同じくして、男も余命いくばくもないと聞く。
かの御方のお供であるならば、黄泉の旅路も怖くはない。寧ろ嬉しやと女は乱れた髪の中で嫣然と微笑んだ。
小娘に寵を取られた――過去の女は。
かつてかの御方の寵を競い合った高貴なる処の姫も、邸に閉じこもったままだとか――。
思い出す華々しき日々。
お互い落ちぶれたものよと、口の端で自嘲気味に笑った女の意識が――途絶えた。
●怪異の牛車
京の街には物ノ怪が棲む。人の想いの数だけ、光もあれば闇もある――
「なあ聞いた?牛車の噂」
「聞いた聞いた。牛もおらんのに、えらい勢いで走り回っとるんやろ?」
嘘か真か、昨今京童の間で囁かれている噂のひとつである。
大通りで何処ぞの従者が無責任な噂話に興じている。興味を惹かれた通りがかりの商人が口を挟んだ。
「んな阿呆な。牛おらんかったら走りようがあらへんやん」
「せやから物の怪の仕業やねん。牛車とは思えんような速さで走っとるんやって」
ふうん、と何事か思案する商人。
「そんなに速いんやったら江戸まで乗せてってくれへんかな」
「おっちゃん、冗談やめとき!轢かれるで!」
「何でもお姫さんの生霊や言うて聞いたで。牛車から綺麗な袖がひらりひらりと‥‥あ」
従者達は気まずそうに口を噤んで、そそくさとその場を後にした。興が乗ってきた所を打ち切られた形になった商人が彼らを見送った先に、明らかに身分高き貴族の従者と思しき者がギルドの敷居を潜るのが見えた。
(「何処の御方に仕えてはるんやろ‥‥?」)
●彷徨う生霊
「‥‥あ、あんたは!」
「お前さまは六条さまの所の‥‥!」
ギルドに入ってきた従者を認めた依頼人の一人が声を荒らげた。この二人、何やら因縁がありそうだ。
「え、と‥‥そちらの方はこちらでお伺いしましょうか」
気を利かせた係が、後から来た男を別室へと案内した。
別室で先程は失礼いたしましたと丁寧に頭を下げた男は、大臣家に連なる某家の名を告げた。女主人に全権を任されて依頼に訪れたのだと言う。
「牛の居らぬ牛車の噂をご存知でしょうか」
「伝承の朧車が現れたかのような噂が流れていますね。公家の邸辺りに出没するとか、よく噂に挙がる場所は確か‥‥」
朧車の出没地点からの来訪者に係の顔に緊張が走る。男は神妙な顔つきで頷いた。
「御方さまが臥せっておいでの時に限って、邸の周りを車が走ったという話が出るのです」
『御方さま』の名は葵。ある貴人の正妻だった女である。
歳若い娘に亭主を取られる形で離縁された葵は、現在実家の援助に支えられて暮らしている。元々気難しく繊細な性格もあってか、離縁後は床に臥しがちになっていた。
「お医者さまのお診立てでは‥‥もう長くはないだろう、と」
衰弱した葵は、度々意識不明に陥った。そんな時――朧車はやって来る、まるで葵の魂を迎えに来たかのように。
「不思議と、御方さまの意識がお有りの時には現れないのです。相手は物の怪、お坊さまにもご相談いたしました」
坊主曰く『生霊が彷徨い出ているのは確かだが葵とは限らない』との事である。
葵かもしれないし違う誰かかもしれない。だが、邸の周囲を怪異に走られるのは葵の身にも悪いに風聞も宜しくない。見張って退治してくれる冒険者を募りたいのだと従者は語った。
依頼内容を一通り尋ねて従者に茶を勧めていると、係を呼ぶ者がいる。葵の従者が『六条さまの所の』と呼んだ依頼人の受付をしていた係である。
「こっちの依頼人さんが、何か胡乱な事言うてはるんよ。そっちの依頼人さんが落ち着いてはるようやったら、一緒に話聞いてもろて構へんやろか‥‥?」
何やら面倒な事になりそうだった。
「さっきは済まなかったな」
葵付きの従者を迎えた男が、ちっとも悪びれた様子もなく言った。いいえと堅い表情で応える従者にも心許した様子は伺えない。
まあまあと取り成しつつ係が説明を始めた。
「こちらの‥‥六条の姫さまが、生霊に取り憑かれて臥せってはるんよ。邸の周りを朧車が駆け回って」
「朧車‥‥?それはまるで――」
「葵さまだと言いたいのか!」
こちらで聞いた話と同じですねと言おうとした係の声に被るように、葵の従者が男に喰い付いた。慌てて双方取り押さえ情報を纏める。
聞けば聞くほど互いの状況は似通っていた。
『六条の姫さま』は宮家出の未亡人である。葵とは元々一人の男性を取り合った恋敵であったのだとか。尤も――件の男は別の女と再婚した訳なのだが。
昔の恋人が余命僅かと風の頼りに聞いた六条は、生きる気力を失ったか床に臥せるようになった。時折意識を失う事、意識不明中に朧車が現れる事は葵と同じだ。
ただ、六条の所では坊主に相談する事はなかった。物の怪の――生霊の仕業と断じ、すぐにギルドへ依頼を持ちかけた。
「京には闇が巣食う――昔から、な」
葵の邸に現れる朧車、六条の邸に出没する朧車。
生霊の正体は邸の女主人かもしれないし、その恋敵かもしれない。
朧車が出現するようになった時期は、二人が愛した男の死病と重なる。葵と六条の意識不明に何らかの関係があるかもしれない――そしてそれは朧車出現条件の可能性をも表しているのだが、ふたつの邸は離れており、双方同時に叩くには人員を割る必要がある。
「‥‥いっそ、二つの依頼に分けますか?」
「いえ、お家の不名誉をこれ以上広める訳には参りません。熟練の冒険者殿であれば佳きようになさってくださいましょう」
葵付きの従者は主の恋敵と手を組む覚悟を決めたようだった。
●今回の参加者
eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
ec4924 エレェナ・ヴルーベリ(26歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
ec5511 妙道院 孔宣(38歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
ec5570 ソペリエ・メハイエ(38歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
●サポート参加者
ヴァジェト・バヌー(
ec6589)
●リプレイ本文
●先妻の邸
門前に着いたクァイ・エーフォメンス(eb7692)は、煌びやかでありながら何処か寒々しい空気を孕んだ邸だとふと思った。
「僧兵の妙道院孔宣と申します。依頼にてまかり越しました」
共に出向いた妙道院孔宣(ec5511)が公家の邸の物々しさにも臆さず開門を請う。ややあって二人は慇懃に迎え入れられた。
通された部屋で対面した男は、ギルドの斡旋でやって来た冒険者が二名のみと知って戸惑っているように見えた。口には出さないが不安に感じている様子を感じる。
孔宣は気を悪くした風もなく礼儀正しく依頼人に相対した。
「御方様が臥せっておいでと伺っております。そんな折にこのような事件‥‥さぞ心痛の事と存じます」
「警護だけでなく、私たちにできる事があれば何でも手伝わせてもらうわ」
クァイが依頼人の緊張を解すように人当たり良く引き取って、刺激しないよう慎重に言葉を選び、続けた。
「伝承に詳しい知人に、朧車というものについて調べてもらったわ。生き物を見つけると即座に襲い掛かると聞きました」
「接近は私が探知いたします。現れた際は落ち着いて、速やかに邸へ避難してください」
無策で出向いたのではない。二人の説明に漸く不安の色が消えた依頼人の男は、よろしくお願いしますと緊張した面持ちで頭を下げた。
男が退出した後、クァイは孔宣にこっそり耳打ちしたものだ。
「人から生まれた魔物か‥‥想いの力もここまでくると、ある意味すごいわね」
返事に困った孔宣は、場が離れ過ぎて連絡を取る事ができなかった六条邸へ向かった面々に、思いを巡らせた。
●愛人の邸
宮家の邸にオカリナの音色が流れている。
六条の邸へ出向いたのは三名。エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)の奏でる調べに、邸の主である貴婦人も心穏やかでいるようだ。
(「魂を焦がす恋‥‥か」)
彼女が六条の傍付侍女に手渡した緊急連絡用の呼子笛は、今の所使われずに済んでいる。六条の異変を知らせる合図、できればこのまま使わずに済ませたいものだった。
『現れた朧車は、いつもどの辺りを周っているのですか』
今流れているのは自分も知っている曲だ。門前で、デニム・シュタインバーグ(eb0346)オカリナに合わせて竪琴を静かにかき鳴らす。指先は繊細に弦を弾きながら、番をしている家人に向かってソペリエ・メハイエ(ec5570)の通訳を介して話しかけた。
「大抵は邸の前を通り過ぎて行くだけだね。東から現れて西へ、暫くしてまた東から来る事もあるな。京の道は入り組んでいるから、朧車も迷っているのかねぇ」
冗談交じりの返答に思い詰めた様子は見られない。愛想笑いで返したデニムは、家人との通訳をしてくれている仲間に目配せした。
「東から西へ、道を通るだけなのですね」
「ああ、これまで邸に侵入して来た事はないね」
「邸周辺を少し周って来ます」
演奏を続けながら頷くデニムに後を託し、ソペリエはふらり門の外へ出た。
公家邸の立ち並ぶ区画に街中のような活気はない。
無人ではないものの騒ぐ者もいない静まり返った公道をそぞろ歩きながら、ソペリエは慎重に手がかりを探していた。
周辺の地理確認だけが目的ではなかった。朧車は命なきもの――不死者への探知を時折試みる。
何度目かの探査が空振りに終わって、刻を計ろうと空を見上げた、その時。
邸の中から呼子の鳴り響く音、次いで光の矢が走る。エレェナのムーンアローだ。
「ソペリエさん!」
光を追って、デニムとエレェナが駆けて来る。向かいから朧車の近づいて来るのが見えた。
初撃に備えてレジストデビルを施し、ソペリエは怪異を迎え撃った。完全に攻撃を殺す事はできなかったが、力を受け流したソペリエは武器の重みを乗せて朧車を破壊。だが、大きく傾ぎながらも朧車は進行を止めない。
追いついたデニムが身を挺して進行を阻止、朧車との交錯の瞬間に黒き刃を叩き込む。あと少し――
(「その魂、持って逝かれる訳にはいかない」)
エレェナの覚悟を秘めたムーンアローが朧車の車軸を砕き、怪異の車はその場に霧散した。
「‥‥六条の君が、目覚められたようだ」
傍付侍女に許可を得て送ったテレパシーで知った状況に、一同安堵の息を吐いた。
●昇華する想い
同じ頃――孔宣とクァイは葵邸前にも現れた朧車に対峙していた。
「レプリカーレ!」
衝撃波が朧車を薙いだ。クァイのすれ違いざまの一撃だ。
進行を止めぬ怪異の前に、二人は代わる代わる立ち塞がる形でカウンターを仕掛けてゆく。
肉を切らせて骨を絶つ。危険な作戦のようだが、腕力自慢体力自慢、熟練の冒険者である二人には、肉を切られる程の隙はなかった。
「鏡月!」
孔宣の二度目の交錯で、朧車はその姿を消したのだった。
「妙道院さん大丈夫?」
「かすり傷です。さあ戻りましょう‥‥葵さんの様子が心配です」
朧車に撫でられた、頬に残る僅かな傷をさらりと払って、孔宣は邸へ向かって歩き出した。
気のせいか、邸の空気が柔らかいとクァイは感じた。
「葵さんの容態は‥‥?」
正門を潜って出会った従者の一人に尋ねてみると「お気が付かれたようでございます」の返事を貰った。主の無事に安心したか、心なし従者の顔色も良くなっているように思える。
「まずは一安心‥‥かしらね?」
クァイの言葉に頷きながら、孔宣は葵の精神面に思いを馳せた。
初めて顔を合わせた邸の女主人は、一目で気位の高さが見て取れる、厳しい顔立ちをした整った容姿の女だった。
孔宣の丁寧な挨拶に、病み上がりの葵は気丈に頷いて、問われるとぽつぽつと言葉を漏らした。
離縁された女の意地が許さぬのか決して元夫や恋人達の事は口にしない。
だが――聞き上手な孔宣とクァイの奏でる竪琴の音に、葵には確かに心癒された様子が伺えたのだ。
●桜の散り刻
少し羨ましいかなと――言っていただきましたの。
それほどまでに、想える御方に巡り逢えた、この恋を。
辛い事もございましたが、もうよろしいですわよね。
逝く貴方のお供はできませんけれど偲ぶ事はできると、涙を流しても良いのだと、皆様に教えていただきました。
この笛の音に乗せて――愛しき人よ、安らかに。