三者三様〜幼な妻

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月21日〜06月26日

リプレイ公開日:2009年06月30日

●オープニング

●今業平の最期
 君を残して逝く事の、心残りはそればかり――

 多くの女性と恋に落ちた。だが本当に妻と望んだのはこの女のみ。
 一回りも歳の離れた夫婦なれば自分が先に逝くのは運命と思えども、妻を残して逝く今の何と未練に思う事か。
 妻に身内は居ない。幼き頃に自分が引き取り育て妻とした女だ。自分が死ねば後ろ盾となる者もなく、途方に暮れる事だろう。己を頼り縋る妻が愛おしい。

 病床の男は、己の傍らでよよと泣き崩れる愛妻の手を握り、自らも涙した。
 女々しいようだが、これがこの男の魅力だと恋に落ちた女達は口々に語る。『もののあはれ』を知っているのだと。人は彼を、いにしえの王朝物語の主人公に擬えた。
「ああ‥‥我が君。あなた亡き後、あなたを慕う女人方がこの邸にあまた訪れるでしょう」
 夫に縋り妻は身震いした。さめざめと泣きながら訴える。
「わたくしは恐ろしゅうございます‥‥あなたを奪った女よと、奥様に恨まれておりましょう。それに‥‥若かりし頃、尊き身分の御方と誼がお有りだったと‥‥是清から聞き及んでおりますわ」
 あのお喋り侍従が。悪友でもある乳兄弟の侍従を思い浮かべて、男は歯軋りした。体温が一気に上昇したような気がする――
「‥‥あ、あなた?あなたしっかりして!?」

●野辺送り
 所変わって京都ギルド。
「旦那は、長うない思いますねん」
 訪れた男はあっけらかんと主の死を予想した。
 主の乳兄弟でもある依頼人は是清と名乗り、葬儀の手伝いを頼めるかと続けた。
「人は居りますねんけどな、護衛を頼みたいっちゅうか‥‥まァ色々恨みを買っとるお人やさかいにな」

 是清の依頼は、主の葬儀に於ける、残された女主人の身辺警護である。
 若かりし頃に恋の浮名を散々流した主には、京の方々に元恋人が居る。葬儀となれば、縁あった女性達が多く弔問に訪れる事だろう。
 現在の妻である女主人は後妻で、多くの恋敵を押しのける形で妻にと求められた女である。押しのけた中には先妻も含まれている。
「元恋人さんの中に、気ィの強いのがおりましてな」
 一人は先妻である葵。そしてもう一人。
 主の恋愛遍歴を逐一知っている乳兄弟は「宮家の六条様ですねん」さらりと暴露した。
「奥さん、それはもう怖がっとりまして。葵様も六条様もやんごとなきお方ですし、さすがに掴み合いの喧嘩はしはらへん思いますけど‥‥奥さん後ろ盾あらへんし、心細いみたいで」
 死ぬの待っとるみたいで気ィ悪い思いますけど、万一に備えて邸に詰めて貰えまへんやろか。
 主の悪友でもある男の口調に寂しさが混じった。

●今回の参加者

 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb9459 コルリス・フェネストラ(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb9928 ステラ・シンクレア(24歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レイア・アローネ(eb8106

●リプレイ本文

●京を奔る闇
 邸に誂えられた控え室で、冒険者達は車座に待機していた。
(「身勝手な旦那さんだなって思うのは…お国柄の違いかな?」)
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)の想いを代弁するかのように、ステラ・シンクレア(eb9928)がぽつりとつ呟いた。
「奥さん沢山‥‥女の人はどういう思いなのでしょう‥‥私にはよくわかんないです‥‥」
 はっとしたように「今言っても何もならないですね」と口へ手を遣ったシフールの女性は、哀しげに目を伏せた。
「今は、護る事だけを考えましょう」
 前向きに話題を切り替えたのはコルリス・フェネストラ(eb9459)。
「朧車は生きている相手に見境なく襲い掛かって来ると言う話ですが、動きは噂ほど早くはないようです」
 雀尾嵐淡(ec0843)が出現すると予想できる敵についての考察を述べた。
 現在、京の街では牽引するもののない牛車が徘徊しているという噂が立っている。目撃される事の多い場所は先妻である葵と愛人である六条の邸周辺に多いとも聞いた。ギルドでは朧車討伐の募集も掛かっていたはずだ。
(「あちらの首尾は如何でしょうか」)
 嵐淡は、朧車襲撃の懸念も抱いていたのだ。

●恋多き男
 是清には賓客扱いだと言われた一行だが、待機中にのんびりしている事はない。
 邸へグリフォンの同伴を願い出たコルリスは丁寧に礼を述べると、グリフォンのティシュトリヤに騎乗し空高く駆け上がった。
 この位昇れば大丈夫だろうか。
 邸周辺でグリフォンを駆っては目立ちすぎるから、上空からの監視・警護を受け持つ。視界に嵐淡が地上の探査を行っているのが映った。
(「あの人はもう‥‥」)
 天が定めた命を呼び戻す事はできぬ。
 仲間より一足早く床に臥した男を見舞った嵐淡は休む間もなく外へ出て、悪意が忍び寄る足音に耳を澄ませる。

「もし良ければ‥‥邸の間取りを教えてくれないかしら?」
 ユリゼが是清に請うたのは、葵の侵入経路を案じての事。ステラと一緒に邸内を周る。
 案内を頼んだ是清には快諾されたものの、こっそり仕掛けたクレバスセンサーには案外沢山の勝手口が検知された。
(「是清さんに隠している雰囲気はないけれど、あんまり使われてないし、これって隠し扉よね」)
 男が恋人の許へ通う際に使った秘密の通路かもしれないと思うとあまり良い気はしないが、気持ちを切り替える。場所を記憶しながら、是清に話しかけた。
「業平さん、で良いわよね?貴方のご主人様、どんな方なの?」
 邸の主人、そして後妻の紫が、周囲からどのように見られているのかが気になった。
「旦那?優柔不断なお人ですな」
 容赦なかった。
「なよなよしィて、お公家やなかったら、とうの昔に野垂れ死んでるんちゃうかと。せやけど見目だけはよろしでっせ」
「ふふ、お元気な頃にお会いしたかったわね」
「あんさんらみたいな美人さんに会うたら、早速口説いてたやろな」
 是清はからからと笑う。
「業平さんと‥‥仲が良いのですね」
 歯に衣着せぬ物言いにステラが驚くと、身分は違えど兄弟のように親友のようにして育ったからなと乳兄弟は頷いた。
「せやから‥‥こんなでも結構堪えてんねんで?」

●受け入れし者
 几帳越しに業平と面会したユリゼとステラは、別室で暫く待った。程なくして、是清に導かれて衣擦れの音と共に現れたのは若い女。
(「私たちと同年代なのよね?」)
 とてもそうは見えない幼さを感じるのは、その表情が頼りない為だろうか。

 挨拶を交わした声も微かな、童女をそのまま大人にしたような女を前に、ユリゼは少し話をしたいと切り出した。
「愛されて、想いを受け入れて、生きて来たのね」
 同年代の女性に面と向かって言われた紫は、少女のように頬を染めて頷いた。
「何て言って良いのか‥‥その、でもね。貴女も、選んだのだと思うの」
 男に愛され、その想いを受け入れるという人生を。
 ユリゼに指摘された紫は微かに目を見開いた。
「わたくしが‥‥選んだ‥‥?」
「そう。これからだって選ぶ事はできるわ。どんな人生を歩むも、貴女の選択次第ですもの」
 紫は神妙にユリゼの話を聞いている――その時。
「御方様、すぐにおいでくださりませ!」
 呼びに来た侍女に夫の急変を知らされ、紫はなす術もなく立ち竦んだ。
「奥方さま、ご主人さまをとても思っておられたのですね‥‥お悲しみの深さでお察ししますが‥‥今は、見届けて差し上げてください」
 ステラが紫の背を押して促す。人形のようによろよろと移動した紫の手を握り、ユリゼは励ました。
「この先も、貴女は生きていくの。今は無理でも‥‥強くなって。自分で自分や此処を守れるように」
 貴女を愛してくれた人の遺す全てを、守ることができるように。

「‥‥詩い手としては、お慰めする曲など詠って差し上げたい所ですが‥‥」
 今は不謹慎ですよねと、紫と是清を見送ったステラはしょんぼり羽を畳んだ。

●奪いたい程に
 それからは慌しく過ぎた。
 人の行き来が激しい屋敷内を、邪魔にならぬよう、かと言って有事には即時対応できるように待機する。
 何が来るかがわからない。実際以上に長く感じる時を待ちながら、一行はまだ見ぬ敵を待つ。

「――北より、アンデッドらしき反応を確認しました」
 嵐淡が静かに告げた。邸内の者たちが混乱しないよう是清に誘導を頼み、廊下から空を見上げる。コルリスの駆るティシュトリヤが見えた。
 騎乗のコルリスは北方から近付く暗雲を見ていた。
(「朧車、ではない‥‥?」)
 他所での話になるが、京の街に出没した朧車は同時期に冒険者達によって撃破された。今近付いているのは、別の何かだ。
 コルリスはティシュトリヤを旋回させた。門前に出て来た仲間達と合流し、今近付いているものについて伝える。
「暗雲‥‥?いずれにせよ、邸に入れる事はまかりならぬ!」
「私が空から誘導します、止めましょう!」
 一同、迎え撃つべく暗雲の移動する場へ急行した。
 そこで見たものは、二本足で立つ巨大な猫。その身に嵐を纏い、目を爛々と輝かせた異形の姿。
「まさか‥‥伝説の火車、なのか‥‥」
 伝聞の記憶を頼りに嵐淡が結論付けた。ならば――目標は死者の亡骸に違いない。
「守りましょう!業平さんも紫さんも、みんな傷つけさせたりはしない!」
 この時、この場は守ると紫さんに約束したのだから。ユリゼは怪異に向かって吹雪を舞わせた。

 上空より戦闘開始を知ったコルリスは、素早く闘気を練り上げると異形のモノに放った。
 地上と天空からの攻撃を浴び、生者の抵抗を知った火車は攻撃目標をこちらに定めたようだった。間近にいる地上の冒険者を睨みつける。
「反撃などさせぬ!」
 何やら気を溜めているような雰囲気を察した嵐淡が火車よりも早く動いた。呪縛に囚われた火車がその場で固まる。
 動きを封じられた火車を集中攻撃、勝負は呆気なく着いた。

●遺されし者たち
 念の為、周辺を再度探査してみたが、もう人ならぬモノの気配は感じられなかった。
「あとは生きている者たちか」
「火車が出るなんて‥‥余程恨みを買っていたのでしょうか‥‥」
 不安げなステラに微かに笑いかけ、コルリスは戻りましょうかと言った。

 葬儀は恙無く行われた。
 是清が心配していた元恋人達の弔問も、大きな騒ぎにはならなかった。
「無事に済んだ一番の原因は、葵様と六条様が来はらへんかった事やろな」
「また‥‥そんな事言って」
 是清の物言いに苦笑するユリゼだ。件の元妻と愛人は体調が悪くて寝込んでいると言う。男の死に精神的打撃を受けたのだろうか。
「紫さんはこれからでしょうけど‥‥」
 強く生きて欲しい、そう願ったユリゼの耳に、ステラの竪琴の音色が聞こえて来た。