【黙示録】悪剣〜収集者

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月01日〜07月06日

リプレイ公開日:2009年07月11日

●オープニング

●忌み刀
 一振りの打刀を手にした雲竜斎は、銘を見て信じられない風で呟いた。
「このような物を目にする事ができるとは‥‥素晴らしい」
「多くは潰され、残存するものも銘を磨り潰すが殆どでございます。しかし、かの名工の技を惜しむ者も少なからず居るのです」
 秘密裏に保管された物だと、打刀を持ち込んだ行商人は暗い笑みを浮かべた。

 銘が語るのは、かつて権力者を殺める武器に使用された咎で処分された名工の作――忌み刀と呼ばれ、本来は現存するはずのない妖刀。
 道楽で刀剣を集めている絵師・雲竜斎の許へは、名刀や妖刀だと言って持ち込まれるものも少なくない。言い値で買い取った後で紛い物だと知るのはいつもの事、だが今回ばかりは違うように思われた。
「咎は用いた者にこそあれ、刀と名工に罪はございませぬ。優れた技を真に理解する方にこそ、所有の資格があると言うもの」
 行商人の甘い言葉を雲竜斎は快く聞いた。うっとりと忌み刀の刃紋を眺める。良し悪しなど解りもせぬ癖に、いっぱしの審美眼を持ち合わせているかのように感じた。
「‥‥して、そちらの太刀は‥‥?」
「‥‥あ、それは」
 行商人が口篭った。ややあって数打ち品ですよと続ける。何か心に引っかかって、絵師は見せて貰えませんかと請うた。

 確かに、無銘の数打ち品だった。地鉄の鍛錬が甘く、刃紋も見るべき点がない。素人目の雲竜斎ですら数打ちと判る代物――にも関わらず、先程まで称賛していた名工の作が急に色褪せて見えるのだった。
「お目汚しいたしました」
「‥‥いや。この太刀は如何程‥‥?」
 数打ち太刀を下げようとする行商人を静止して、雲竜斎は値を尋ねた。お売りするような物ではございませんと固辞されると尚欲しくなる。
 最早忌み刀など何の魅力もなかった。目の前の数打ち刀が手に入るならば、己が所持している名刀の数々を引き換えにしても構わない。いや、いっそ行商人の命を奪ってしまえば‥‥
 正常な判断力を失いつつあった雲竜斎に、行商人は不可解な微笑みを浮かべた。
「それほどまでに、この刀をお求めになるのでしたら‥‥」

●悪剣
 雲竜斎は長年の恋が実ったような、妙な高揚感を以て行商人から譲り受けた太刀を撫でた。
『御代は結構でございます、太刀も貴方様を求めておりましょうから‥‥』
 粗末な柄ではあったが、攫むと自らの手によく馴染む。耳に行商人の甘い言葉が蘇った。
『刀は見目ではございませぬ。相応しい者が手にしてこそ、その真の力を発揮するのです』
 相応しい者。自分がそうだと言うのか。
 雲竜斎は大店の次男として生まれた。店を継いだ兄を補佐する才覚も独立するだけの器量も持たず、離れで絵だけを描いて生きてきた。絵師を自称しているが買ってくれるのは知り合いだけだ。兄から小遣いを貰い、このまま兄家族の厄介者として一生を終えるだけの存在なのだと半ば諦めかけていた。
 自分を求めるモノがいる。自分にはその資格がある――
 雲竜斎は、己が身となった太刀の鞘を払った。
「雲さん、お夕飯をお持ちしましたよ‥‥きゃ!!」
 夕餉を運んできた兄嫁に一太刀斬り付け、雲竜斎は離れを飛び出した。

●失踪者
「幸い妻はかすり傷で済みました。ですが、弟の行方はいまだわかりません」
 ギルドに駆け込んで来た商家の者とおぼしき男は、出奔した弟を探してくれと依頼した。

 弟――現在は雲竜斎と名乗っている自称絵師。歳の頃四十余、中肉中背。
 刀剣収集を趣味にしており、一振りの太刀を抜き身で所持して出奔。
 最後の目撃談は、非常に興奮しており只事ならぬ状態だったとの事。

「弟は妻も娶らず家も出ず、独りで絵を描き続けておりました。ですが‥‥おそらく大成はしないでしょう。身内の口から言うのも酷ですが、あれには才能がございません。私が一生守るつもりでおりましたものを‥‥」
 申し訳ありませんと男は地に頭を付けて頼み込んだ。
「お願いいたします、弟を‥‥助けてください!」
 世間的には過保護過ぎる兄と甘えすぎる弟と言えた。
 しかし凶器を持った成人男性が興奮状態で京の街の何処に潜んでいるかわからぬ、というのは治安的にも問題だ。
 早々に捕えた方が良い、そう判断した係は書類を作成する傍ら、急ぎその場に屯する冒険者たちへと助力を請うたのだった。

●幕間
(「太刀に選ばれたのですよ、貴方様は‥‥」)
 幾振りもの刀を背負った行商人が街をゆく。
 びた一文、稼ぎにならなかったはずなのに、行商人は笑っていた。暗い暗い笑みは、さながら闇を纏うかのようだった。

 地獄には宮殿がそびえると言う。
 その宮殿を建設したのは強欲を司る悪魔。そして火と鍛冶を司る悪魔だと――知る者は、ごく僅か。

●今回の参加者

 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2585 静守 宗風(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

志波月 弥一郎(eb2946)/ レジー・エスペランサ(eb3556

●リプレイ本文

●自称絵師の画室
 急がねばならなかった。
(「今の京都なら何が起こっても不思議ではないが‥‥」)
 膠が腐ったか異臭の漂う中、静守宗風(eb2585)は、出奔した男に不穏なものを感じていた。
 小さな絵皿に入った岩絵具が色鮮やかに並ぶ。この離れで雲竜斎に何が起こったのだろうか。
「静森殿、地図をお持ちしました」
 宗風の指示で京市中の地図を手配していた志波月弥一郎が紙の束を抱えて現れた。宗風の名を出し新撰組から借り受けた地図だが、敢えて何処から手配したかは言わずに差し出す。
「これは‥‥!助かります」
 自腹での購入を考えていたメグレズ・ファウンテン(eb5451)が詳細な地図に感嘆する。人数分の地図は直に全員へ行き渡った。

 収集家の急変。手にした刀剣に何か原因があるのでは――
 鍛冶屋を生業とするクーリア・デルファ(eb2244)は雲竜斎が手にしている抜き身の刀剣に思いを馳せた。雲竜斎は忌み刀に執心していたと聞く。剣に罪はないだろう、しかし剣の作り手として、人を凶行に走らせる悪しき剣の存在は許せない。
 シェリル・オレアリス(eb4803)は二月前の出来事を思い出していた。
 あれは神社に奉納されていた妖怪化した剣だったか――
(「今回もきな臭いわね」)
「剣は凶気を孕むと申します‥‥強き剣ならば尚更」
 シェリルと同じ事件に関わったジークリンデ・ケリン(eb3225)は、凶行を大事に至らぬ内に止めたいと願う。利き腕を三角巾で下げた依頼人の妻に当時の状況を尋ねた。
「暗くなっているのに明かりも点けず座っている男性の後姿が視えます‥‥」
 パーストを試みると、振り向き様に一太刀浴びせて駆け去る様子が視えた。表情までは確認できなかったが、中肉中背の男の太刀筋に戦士の経験は見当たらぬ。闇雲に刀を振り回している印象を受けた。
「闇雲に‥‥?剣の心得があるならともかく、収集者というものは所持しているだけで使用する事は少ないのではないのか?」
 過去視に疑問を挟む陸堂明士郎(eb0712)。その辺りを依頼人に確認してみると、やはり雲竜斎が刀剣を用いる事は無く、剣の心得もないのだと言う。
(「尋常な状況ではないな‥‥」)
「お話を伺っていると、刀自体が魔物という可能性もありそうだ」
 雀尾嵐淡(ec0843)の言葉に、冒険者たちは一様に頷いた。出奔者の持ち物を借り、同行の犬たちに匂いを追わせると同時に魔法での探査も行おうと決めた。
「俺はこいつを使うぜ」
 オラース・カノーヴァ(ea3486)が傍に従う陽霊の男の子を見遣ると、くるくるとよく変わる明るい表情で見上げてきた。
「依頼には含まれていませんが、雲竜斎さんに刀を売った商人も確保できるよう努めます」
 此度の事件、本当の黒幕は商人なのではないか。メグレズはそう推測し宣言した。

●捜索
 ジークリンデが全員の士気を高める呪文を唱えた。
 これから数日間、京全域を捜索する。期間中は毎日施そう。捜索は気の遠くなる作業でもあったし、憑依する何かが原因であれば精神力を高めておく事は重要でもあった。
「出奔当時の服装のままなら、絵の具の染みが着物に付いているだろうとの事だ」
「絵の具の染み、ね。追跡できないか試してみるよ。行こう、ヴィー」
 明士郎の忍犬・不動と自身のコリーに匂いを覚えさせていた助っ人のレジー・エスペランサは、コリーのヴィーに一声掛けると京の街へ消えていった。
「見回りの強化と、それらしい情報の提供を」
「御意」
 言葉少なに一礼した弥一郎は屯所へ伝令に向かう。残った者は三班に分かれた。

 雲竜斎らしき人物の目撃情報は比較的安易に得られた。
 街の者たちは皆、係わり合いになるまいと避けたようで実質被害者は出ていない。
「こりゃ柱も災難だな。足跡遺してんのと同じじゃねえか」
 陽霊にサンワードの指示を出しつつ、あちこちの建物に残る太刀傷にオラースは苦笑したが、すぐに表情を改める。
「近いな」
 人の騒がしさ、そしてこの反応。
 デティクトアンデットに掛かった反応はひとつ。大きさは三尺ほどか。
 嵐淡は不死に属する何かが、おそらくは刀剣が近くにある事を告げた。明士郎が不動を仲間の許へ走らせる。
 合流を待つか――それとも。
 近付くにつれ騒がしく損壊物が増えていく状況に、三名は取り押さえを決意した。

「収集家か。酔狂な‥‥」
 家人に尋ねた訪問者を訪ね雲竜斎の足取りを追うジークリンデと宗風。言い値で買い上げる雲竜斎には、付け込む悪徳商人が多かったようだ。多くは消息が攫めない。
「しかし何故に凶行に走ったのか‥‥大人しい男だったと聞くが」
 宗風が首を捻る。
「雲竜斎さんが持ち出した刀を売った商人も消息不明なのですよね」
「‥‥俗に刀剣には魂が宿り、中には妖刀の類も存在するとは言うが‥‥」
 急ごう、今は一刻も早く雲竜斎を見つけなければ。
 そう言いかけた宗風の前に現れた忍犬の不動。二人は別働班の急変を知った。

 一方、女性三名の班にも転機が訪れていた。
「あの後姿‥‥」
「目立ちますね」
 無数の刀剣を背負った後姿、クーリアの呟きにメグレズが同意した。反射的にシェリルを見れば、難しい顔をしている。
「間違いなさそうね」
 つまり、雲竜斎に刀を売った行商人に違いないという訳だ。
「ルーン、新撰組屯所‥‥わかるね。さっき通った場所。これを持って行って」
 雲竜斎捜索で移動し続けている他班の居場所を探すよりも、繋ぎを付けやすいだろう。クーリアは愛犬に手紙を忍ばせて送り出した。
「動き出しました」
「気付いているのかしら。誘っているようにも見えるわ」
 三名は誘いに乗る事にした――

●魔を孕む太刀
 飯屋で暴れている雲竜斎は滅茶苦茶に剣を振り回していた。
「お前が雲か?お前の兄貴から依頼を請けた者だ。その剣渡して、さっさと家に帰りやがれ!」
「‥‥い、嫌だ!漸く巡り逢った運命の太刀、私を選んでくれた太刀だ!」
 抜き身の太刀を構えなおした雲竜斎の腕がガタガタ震えている。腕前はお粗末と言えそうだ。
「心得のない者の剣捌き、太刀筋が読めぬ分侮れんな」
 口ではそう言うものの明士郎に焦りはない。恐慌状態の客たちを避難誘導してゆく。嵐淡がホーリーフィールドを展開し万一の事態に備えた。
 オラースが一気に間合いを詰めた。嵐淡が刀剣を呪縛、腕の震えがぴたりと止まった雲竜斎に明士郎が手刀一閃、取り落とした刀は剣士たちの手によって破壊された。
「嗚呼!私の太刀が‥‥!」
 粉々になった――はずの刀は、雲竜斎の目の前で霧散した。

「悪魔の手に踊らされていたという事か」
 合流した宗風の結論は皆の納得する所だった。太刀を失い、人が変わったように大人しくなった雲竜斎に、ジークリンデは行商人についての情報を尋ねる。絵師なれば何か視覚的な特徴でもと紙と筆を手渡すが、返って来たのは意外な応えだった。
「覚えて‥‥いないのです。会った事は覚えておりますが、特徴になるものは何ひとつ」
 依頼人である雲竜斎の兄が、絵師としての才能はないと言っていた事を思い出す。物事の特徴を捉える、物体の良し悪しを見る事が根本的にできない人間のようだ。
「悪魔絡みだと判っただけでも前進か‥‥不動?」
 邂逅時の記憶も浮ついた感傷程度しか印象にないらしい四十男を気遣って、小声で呟いた明士郎は忍犬の様子を伺う。
「皆様、ご加勢を」
 屯所からの連絡を携え、弥一郎が現れた。

 行商人に導かれた三名は、京市中を延々歩かされていた。
 酷くからかわれているような気さえする。相手に気づかれているのは疑いようもなかったが、見失う訳にはいかない。
「このまま行くと袋小路ね」
 地図を見たシェリルが言った。メグレズが無言で頷く。クーリアは愛犬の追跡を信じ、要所要所に手がかりを残しつつ進んでいった。
「ご婦人方――珍しい刀をご所望でしょう?ございますよ、とっときの忌み刀が」
 暫く連れ回して振り返った行商人は、闇を纏うが如き暗い笑みを浮かべ、ぞっとする程の冷たい声色で言った――

●収集家
 行商人の背の刀剣が一斉に鍔鳴りを始めた。一部が行商人を守るようにふわりと浮き上がる。
「気付かれてるのはわかってたけどね。逃がさないよ!」
「やはり魔に属するものだったのね」
 盾を構えたクーリアが行商人を追い詰め、シェリルが刀剣ごと拘束を試みる。探査で感じ取った不死者は大がひとつに小無数。それは行商人が人ならぬモノであり、背負う刀剣の全てが警戒すべきモノである事を示していた。
「到着まで持ちこたえなければ。攻撃に転じます!撃刀、落岩!」
 メグレズが駆けた。直刀の重みを加えた一撃を拘束から逃れた一振りに浴びせかける。瞬間、魔剣は消え去ったが数の差は埋め難い。
 再び魔剣が鍔鳴りを始めた――その時、クーリアは愛犬の雄声を聞いた。

「『人の欲望こそ潰えぬものなれば、この先も第二第三の雲竜斎は現れよう』‥‥ね」
 仲間と合流を果たし魔剣も行商人をも撃破した後、シェリルがぽつりと繰り返した。
 あの行商人は――倒した行商人は死体であった。悪魔が憑依していたのである。姿を現した本体は、宗風に止めを刺され消える間際にそう言って笑ったのだった。
「刀剣を収集している好事家を当たってみる方が良さそうね」
 皆さんまだ大丈夫かしらと品良く微笑むエルフの僧侶に、全員力強く頷いた。
「屯所に戻ってみる、何か情報が得られるかもしれん」
「ではもう暫く探査を続けましょうか」
「自分は雲竜斎殿をもう一度訪ねようと思う」
「バーニングマップを試してみましょう。お供致します」
 宗風と嵐淡は新撰組屯所、明士郎とジークリンデは雲竜斎の許へ向かった。オラースとメグレズはギルドへひとまずの報告へ向かうと言う。
「剣の形を成して人を誑かそうなんて‥‥許さない」
 刀剣の悪魔だなんて、鍛冶屋を馬鹿にしている。ミョルニルを握り締めクーリアは吐き捨てた。